一目惚れなんてないと思ってた

夜行生

第1話 一目惚れなんて

一目惚れなんて存在しないと思っていた。


相手の内面が第一。気が合うかどうか。話してみないと内面なんて判断できるわけがないし、話さずに人を判断することはいけないことだと教わってきた。僕もその通りだと思う。

でもそれは建前だ。第一印象は見た目で決まる。顔が良いと賞賛され、悪いと侮蔑される。身長は175センチ以上ないと論外という人もいるらしい。恋愛したいと思う相手にはみんな条件を設定している。

だから一目惚れは自分の好みを設定して、それに多くが当てはまった時、好きになる理由が「私の恋愛対象の条件にぴったりでした」では決まりが悪いから代わりの理由として用意したものだと思っていた。

それに一目惚れという理由はいろいろと便利だ。好きな理由を聞かれた時に、その魔法の言葉を言えば相手は何も言えなくなる。ハウもワイもその一言で説明してしまえるからだ。好きな理由を絞り出さなくて良い。


そんな内容の事を中学の頃友人に言ったら「お前つまんねーな」と言われた。

はいはいそーですね。


ここまでが中学生までの僕。

そして今。午前7時学校に行く30分前。僕は鏡の前で人に見せられない顔をしてしまっている。


原因は一つ。恋だ。しかも一目惚れだ。一目惚れなんて決してしないと思っていたこの僕がだ。これまでの恋なんか恋じゃなかった。この想いが恋なら今までのなんか冷め切ったお茶だ。ぬるすぎる。足して二で割ったらちょうど飲みやすくなってしまうほどに。

意識するだけで全身が熱くなってしまうこの想いが芽生えたのはほんの少し前。昨日に遡る。








今日は入学式だ。

新しい制服に袖を通し、まだ見慣れない通学路を歩き、学校に登校する。そして校長先生と新入生代表の言葉、その他諸々を座りながら聞いてすぐに帰る。おそらく学校生活で一二を争うほどに退屈なイベントである。因みに一位はマラソン大会。ただ走るだけの地獄の行事がこの学校にはあるらしい。

とはいえ、入学式の日は重要なイベントである。クラスのメンバーと初めて出会う日だし、自己紹介もするらしい。第一印象というものはこれからの学校生活を左右するのだ。僕は中学の時に失敗してクラスの人と話すのにかなり時間がかかった。あれは針の筵だ。二度と立ちたくない。


そんな事を考えながら、学校に着いた。

昇降口に名簿が貼ってあり、そこに新入生生が群がっている。同じ中学から上がってきた人たちもいるようで、

「クラス一緒だね!」

「そうだね!」

とか、

「どうだった?」

「ダメだ、離れた」

「まあ昼とかは一緒に食べような」

「おう!」

とかそんな会話が聞こえてくる。くそう、羨ましいぞ。自慢じゃないがこの学校は地元ではトップクラスの進学校である。僕の知り合いで受かったものは1人もいない。そう、僕を除いて。そしてそれは僕がたった今ボッチであるということである。あの人達は学校や塾が一緒だったとかそんなもんだろう。僕は塾に行っていなかったし、知り合いもいない。とてつもないハンデを背負っているのだ。

人がまばらになり始めたので僕もスマホで写真を撮って自分のクラスを確認して校舎に入る。どうやら僕はA組らしい。メンバーは全部で40人。男女比は女子がやや多く21対19。定員の男女比は同じだったが多分繰り上げ入学で男女比が偏ったのだろう。

階段を上がる。うちの教室は四階。つまり最上階である。二年生は三階、三年生は二階と学年が上がっていくごとに下がっていく仕組みらしい。下級生に楽をさせてほしいものだと思った。二年後には全く逆の考えだろうけど。

教室に着く。ドア越しに中を見るとほとんどの人がもう席に着いているようだ。スマホをいじっている人、周りと喋っている人、何もしていない人、様々だ。

こんなところで突っ立っているだけだと怪しまれるので意を決してドアを開ける。

この時、教室の前のドアを開けたのは僕の英断だっただろう。もし後ろだったら彼女の顔を見ることはなかったし、恋に落ちてもいなかっただろうから。

先生が来たと思って慌ててスマホをしまう人、音がしたから反射的に振り向く人、普通に僕を見る人、様々だった。

前の黒板に出席番号だけの座席表があったので席を確認する。出席番号順らしい。

僕の名前は「池田くん、ここだよ」名前を呼ばれたので反射的に振り向く。声から判断すると女子。しかしこの学校に僕の知り合いはいないはず。でもこのクラスの池田は僕だけだからやっぱり僕を呼んだのか?

「そうそう、君だよ。池田優希くん?」

視界の端を中心に持って来るとそこに運命が座っていた。長い絹のように艶やかな黒髪、白磁のように白く綺麗な肌、整った顔立ち。座っているけど多分身長は僕より高い。美しいとしか形容できない人がそこにいた。

下の名前も呼ばれたということはやっぱり僕を指していたのだろう。

彼女の席は窓側1番前。僕はその後ろらしい。僕の出席番号は二番だから彼女は一番。昇降口で見た名簿を思い出す。流石に自分の前後の人の名前は覚えるものだ。教えられた席へ移動する。席に座ると、彼女は後ろに振り向いてきて

「ふふ、緊張してるの? ドアの前にいる時からガッチガチだったよ?」

と笑顔で言った。

より正確に言うのなら、僕の恋は二目惚れで恋に落ちたのはこの瞬間だった。理由はただ一つ。彼女の笑顔が美しかったから。

それだけ? と思う人もいるだろう。だが、それだけだ。僕は髪は短い方で、身長は僕より低い方が好きだった。確かに彼女は美人だったが僕の好みからは外れていたのだ。それでもすぐに恋に落ちたのはやはり彼女の笑顔としか言えない。

とりあえず、一目惚れしたことは隠さなければならない。僕は精一杯の虚勢を張って

「そちらこそ緊張してるんじゃない? 相田香織さん?」と言った。

「おお、正解!まあ出席番号でわかっちゃうよね」

合っていたらしい。でも気になるのは

「どうして池田くんの名前が分かったのか。でしょ?」

そう。僕は彼女が席に座っていたから分かったけれど僕は席に着いてすらいなかったのだ。なのにどうして分かったのか分からない。

「答えは簡単。君が最後に来たから」彼女は言った。周りを見てみると、僕以外の全てのクラスメートはすでに来ていたらしく、机の側に荷物が置いてあった。消去法だった訳だ。


答えが分かった所で先生が教室に入ってくる。先生によると、今から自己紹介をした後入学式、そして解散だ。

自己紹介は相田さんのもの以外覚えていない。名前と一言は絶対。あとは自由だったが相田さんは趣味と好きな食べ物まで教えてくれた。読書とラーメンらしい。ラーメンは想像できなかった。

僕はというと名前を噛んでしまってあとは何も思い出したくない。「やっぱり緊張してるじゃん」と言われた。恥ずかしい。

そして入学式。退屈な先生方の歓迎の挨拶を聞いていたが新入生代表の挨拶なると僕の態度は変わった。代表は相田さんだったのである。成績優秀な人が選ばれるのが通例なので相田さんは頭もいいのだろう。とても凛々しく綺麗な姿を鼻の下と背筋を伸ばして眺めた。内容は不覚にも見る事に集中して覚えていない。


その日はそれで終わった。入学式に来た親と合流して帰宅。帰り道、「何か良いことでもあった?と聞かれたが「別に無いよ」と誤魔化しておいた。

しかし僕の心は有頂天。あの人こそが運命の人だと心が叫んで止まない。このままではまともにあの人の顔を見れない。よりあの人の近くにいるには恋人関係しかないだろう。


だから僕はーー







長い回想シーンは

「あんた、準備長くない?」

という母の言葉に遮られた。

そして妹の

「鏡ばっかり見てナルシスト? キモイ」

という心ない言葉が刺さる。

時計をみると7時10分と言うデジタル表示。鏡を見始めてから10分も経っている。鏡の前で何もしないで10分も立っているなんて正気じゃない。

急いで支度をする。顔を洗い、歯を磨き、髪を整える。そして服装のチェック。よし、どこもおかしくない。と思う。

「母さん、変じゃない?」

「変よ」

「えっ」

「さっきから鏡見て心此処にあらずって感じで。やっぱり昨日何かあった?」

「ああ......そうじゃなくて、見た目の話!」

「そっち?.......流石私の息子って感じ! かっこいい!」

「なんだその間は。絶対思ってないだろ」

「いやだって、あんた今まで見た目気にした事なかったじゃない。いきなり聞かれたら戸惑うわよ。やっぱり恋?」

「......」

いきなり核心をつく言葉に押し黙ってしまう。

「やっぱりそうなんだ! 相手はどんな人? 入学早々恋なんてあんたもやるわねー!」

「えっお兄ちゃん好きな人できたの!? 誰?」

妹まで参戦してきやがった。少し早いけど行くか。

「行ってきます!」

準備はしてあったので鞄を持って玄関に逃げる。

「あら、いってらっしゃい」

「ちょっとお兄ちゃん! 逃げるの!?」

そうだよ逃げるんだよ。誰が好き好んで恋愛事情を家族に教えるんだ。


電車に乗る。

中学は徒歩だったが高校は電車通学だ。通勤ラッシュは避けられたらしく、座る席は埋まっていたが満員にはほど遠かった。昨日は通勤ラッシュに遭遇して苦しかった。この時間の方が良いかもしれない。

乗る事数十分。学校の最寄駅に着く。そこから大体10分くらい歩けば学校である。


歩きながら回想の続きをしよう。

といってもあと残り少しだが。


だから僕は告白する事にした。


これだけだ。全く、あの母はとても良いタイミングで割り込んできた。あと数秒遅ければ僕の回想は終わっていたのに。


とにかく、告白である。しかも今日。少し早すぎる気もするが我慢できない。今告白しな

かったら誰かに奪われてしまう、そんな気がした。なにせあの美しさだ。みんな惚れてしまうに違いない。だから僕が真っ先に告白するのだ。


どうやってするかを考えているうちに学校に着く。どうやって呼び出すか、告白の言葉は何か。まあ予定より早く着いたのだ。教室でじっくり考えよう。


そしてドアを開けると彼女がいた。

「今日は早いね、池田くん」

彼女が笑顔で話しかけてくる。

「相田さん」

「うん」


「好きです! 僕と付き合ってください!」


気がついたら叫んでいた。

「えっ?」

しまった。相田さんが困惑している。

でも今しかないと思ったのだ。教室で二人っきり。これより良いシチュエーションはもう訪れない。そう思ったのだ。

「すみません、困惑させて。でも僕は本気です」

相田さんは黙っている。

「へ、返事は後日でもかまーー

「池田くんの気持ちは嬉しい。でもごめんなさい」

終わった。はい気まずい。これからどうしようかなー。席めっちゃ近いんだぞこの野郎。

「そもそも私たち出会ってまもないでしょう? 私池田くんのこと何も知らないの」

相田さんが何か続けている。

「だから、ーーまずは友達にならない?」


今なんて言った? 友達からだと? それはまだチャンスがあるということでは?

「はい!」

僕は即答していた。

まだチャンスがある。僕の高校生活は此処から始まるんだ!





ここからは後日談。

僕は一年A組の勇者になった。あの告白を聞いていた人がいたらしい。しかもごめんなさいまで。それが授業が始まる時には広まっていって僕のあだ名は「勇者」になった。出会って翌日に告白した勇敢なる戦士(笑)らしい。

「勇者! 気にすんなよ!」

「勇者! 次がある!」

なんて慰められた。

そして相田さんまでも

「また私に挑戦してね、勇者くん?」なんてからかってくるのだからもう手に負えない。

まあ、クラスに馴染めたのだから結果オーライと言って良いだろう。ぼっちよりはマシだ。


僕がこれから何度も相田さんに挑んでやがて香織さんと呼ぶようになるのは、また別の話。

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