第21話 王の叫び/361話 策謀

 ――ユウヤはほんの少し取り乱していた。

 この状況は、自分の勝ちで決定している。

 それはわかりきっている。

 なのに、目の前の彼は、いや、彼らは諦めていない。

 絶対に勝てるはずがないのに、それでもまだ自分は食らいついてこようとしているのだ。

 もし万が一のことがあれば、自分のスキルが、地位がなくなる。

 そういった考えが焦りを生み、雄矢を襲う。


「洗脳魔法の解除だぁ? 無理に決まってんだろ! 負けは決まってんだ! おとなしく諦めとけよ!」


 なによりもユウヤが苛立つのはそこだ。

 彼らが勝ちに繋がるはずのないことをしようとしていること。

 今隕石が降ってきているこの状況で、国民の洗脳を解こうが解くまいが、どちらも国民が危険であることは変わらない。


 何も変わらない。意味がない。本当に意味がない。


 だが、『意味のないことをしようとしている』ように見えているだけで、本当は何かに繋がっているのかもしれない、と、ユウヤは思ってしまった。

 一層その焦りを強める。

 不安が押し寄せてくる。

 そんなユウヤに、転生者が腕を組みながら


「お前みたいなのと戦ってんのに、少しでも諦めたら確実に負けるんだよ。ただでさえ勝てないんだからさ! ……っていうかキレてるけど何だ? ビビってくれてんのか?! えぇ?!」

「あぁ?! 違ぇよ! イラつくんだよ! てめえらのその往生際が悪さが! ムカつくんだよ! クソ!」


 程度の低い煽りだと分かっていても、雄矢は言い返した。

 負けるはずがないのに、転生者のあの佇まいが、雄矢の不安を掻き立てるからだ。

 

「弱者で、敗者なんだよ、お前らは! おとなしく自分の無力さに……いや、そうか」


 そこまで言いかけて、ユウヤは思いついた。

 洗脳魔法は繋がっている。ならまだ彼らの自由は自分が握っている。

 なら、半分くらい自害させてしまえば、彼らも迂闊なことはできないだろうと。


 ユウヤは国民のことなど、なんとも思っていない。

 この選択に、躊躇はなかった。


「こうすりゃ問題ねぇ――」

「やめとけよ。お前、負けるぞ」


 ユウヤがさっきまで転生者を狙っていた手を下に向けた途端、転生者がそう言った。

 苦し紛れの発言。ユウヤにはそのようには聞こえなかった。その声には余裕が紛れていて、ユウヤは彼の方を見た。

 その表情は焦っているようには見えない。

 守りたいものが危険にさらされているのに、その表情だ。

 

「俺が負ける?……何言ってんだお前」

「お前、浮遊フロートを使った状態で、洗脳魔法を使うんだよな? その状態で火球ファイアが使えるのか?」

「は、はぁ?」

「お前が同時に二つの魔法が使えるのはもうわかってる。けどさ、超不器用のユウヤ様が浮遊フロートを使いながら、洗脳魔法で国民操っている間に、突っ込んでくる俺に対して火球ファイアを撃てるのか?」

「っ?!」


 ユウヤはすぐさま下に向けていた手を転生者の方に向けた。

 無限魔力インフィニティだけは奪われてはいけない。

 その思いが、ユウヤをそうさせた。 

 

 確かに彼の言う通り、ユウヤには洗脳魔法を使いながら、自分へ迫ってくる相手に火球を撃てる自信はない。

 そもそも洗脳魔法を使う瞬間、隕石メテオを撃つ手は一旦止めるつもりだった。

 浮遊フロートを切ることは考えられない。場合によっては落下死の可能性だってあるからだ。

 

「……だっ、だが! 俺がどのタイミングで洗脳魔法を使ったかなんて、わかんねぇだろ!」

「わかるよ」


 転生者が自身の耳を指差した。


「俺とレヴィ達は今直接話せるんだよ。魔法でな。無線みたいなもんだよ。だから、国民に動きがあれば、お前が何かしたってすぐにわかるぞ。その瞬間、俺はお前に接近してスキルを奪ってやる」

「んだそれ……」


 ユウヤは一瞬信じられなかった。

 だが、王子がスピーカーで喋る前に彼が言った「準備できたってさ」という言葉を思い出す。

 あの直後に王子が話し出した。つまり、本当に無線の様な魔法で話し合っていることになる。

 だが、今の発言は引っかかる点があった。


「はっ……はは、動いてからじゃ遅いんじゃねぇか? 俺ならすぐにでも愚民どもに自分から首切らせるくらい――」

「国民の命とお前のスキルどっちが大事なんだ?」

「……」

「お前は自分のスキルの方が大事だろ? さっき言ったが、洗脳魔法を使った瞬間に俺はスキルを奪いにお前に迫るぞ。場合によっては…………そんな危険犯していいのか?」

「お前っ……?!」


 ユウヤは彼の発言の穴を指摘したはずなのに、逆に追い詰められ、苦渋の声を漏らす。

 転生者の言う通り、国民と自分のスキルなら自分の方が大事だ。


「クソが……」


 掌の上で踊らされている気分に、唇を噛む。


 ――だが、違う。

 今彼らを掌に置いているのは自分の方だ。

 盤上を支配しているのは自分だ。

 自分だけだ。

 

 このままなら勝てるのだから下手なことはしない。自分でもそう言った。

 ならばそれに準じよう。

 彼らが何かした程度で、自分が負けるはずがないと、ユウヤは自身の力を信じる。


「ああああああ!」


 天には火球を撃ち続け、もう片方の手は転生者から狙いを外さず、ユウヤは叫ぶ。


「勝手にしろよ! どうせ俺の洗脳魔法は解けねぇ! 解けたところで状況は変わらねぇ! せいぜい足掻いてろクソ共がよ!!」


 

**************************************



『助かった、レヴィ。こんなにいい感じにユウヤがムカついてくれる台詞、俺じゃ思いつかなかった』

「それ褒めてんの……? まあいいや。あと、ごめん、障壁作ったまま、グレンの声をスピーカーに繋げないとだから流石にこの魔法もうキツイわ。切るわね」

『りょーかい』


 レヴィは将斗と連絡を取っていた。

 現状、ユウヤに洗脳魔法で下手なことをされてはいけない。

 そのため、将斗がどうにか言って彼を引き付ける必要があった。

 しかし将斗がいいセリフを思いつけないと言うので、レヴィは将斗から小声でユウヤの言ったことを聞き、それに対して言うと良いセリフを将斗に教えてあげていた。

 そのおかげか将斗がユウヤを引き付けることができた。

 

 レヴィは将斗と繋がる魔法を切る前に、一つ言っておかなければならないことを思い出した。


「最後に一つ言わせて」

『何?』

「そこ行く前にも言ったと思うけど……そろそろ降りてきなさいよ?」

『……わかってる』


 そこで連絡は途切れた。

 

 将斗が飛び立ってから、数分は立っている。

 魔法を使ったことがない、ただの人間の魔力量ではそろそろ限界だろうとレヴィは思っている。だから将斗が落ちてこないか心配でならなかった。

 しかしそう思う反面、国民の洗脳魔法が解けるまでは、彼にユウヤの近くで気を引いていて欲しくもある。

 

「落ちてこないでよ……ホントに」


 空を見上げるレヴィ。

 そんな彼女に近づいてくる者がいた。



**************************************



 グレン・ファングは前王、スカーレッド・ファングの息子である。


 グレンは父である王の背中を追い続けてきた。

 仕事中は険しい顔をしている王だが、グレンと話す際は緊張の紐が解かれたかのように、優しい目を向けてきてくれた。

 しかし、いつも優しいわけではない。

 何かグレンが悪いことをすればきちんと、厳しく叱ってくれる。何が悪かったかを諭してくれる。

 他にも王として必要なことなど、色々なことを王は教えてくれた。

 兵士達から親バカと言われることもあった父だが、国のことになると真っ先に前線へ飛び出す勢いで業務に取り掛かる。

 それほどまでに王は国を愛していたのだ。

 それを裏付けるかのように、国民からも王は慕われ、愛されていた。


 父として偉大で、王として相応しい男。スカーレッド・ファングという男はグレンの誇りだった。自慢の父だった。

 そして自分もそうなりたいと、願っていた。

 

『僕だ! 前王スカーレッド・ファングの息子、グレン・ファングだ!』


 グレンは叫んだ。

 その叫びは、レヴィの力で魔力へと変換され、国中に設置された『スピーカー』と呼ばれる機械へと送られ、大音量に拡大され響き渡る。

 

 その中をグレンは走り続けた。道路や屋根、壁を全てを使って駆け抜ける。

 狙うは隕石。国の東側に落ちてくる隕石を次から次へと切っていく。


 足は数分前から悲鳴を上げている。

 気力だけで姿勢を保ち、飛び上がる。

 目の前に迫る隕石に向かって、握り締めた黒い剣を振りかざす。

 斬るたびに赤く燃え上がっていた球体が消える。

 同時に隕石が持っていた慣性がグレンの体に襲い掛かる。


 損傷を抑えようと壁を蹴ってその威力を殺すたびに、グレンの体力が減っていく。

 その中でもグレンは叫ぶ。


 『どうか聞いて欲しい! 今この国は危機に晒されている! 皆、それは嫌でも目に入っているだろう』


 最初に言った『どうか聞いて欲しい』は正しいかどうかグレンは一瞬悩んだ。

 洗脳魔法がかかった状況で、国民は意識を保っているのだろうかと。

 自分の声は本当は聞こえていないんじゃないか。もっと言うべき言葉があるんじゃないかと走りながら考え続けた。

 しかし、既に言った言葉は覆らない。

 考えても意味がない。

 グレンは、考えるのを途中でやめ、言葉をつづけた。


『二年前……王が殺されたあの日、僕らは逃げた。ユウヤの圧倒的な力を前に、僕たちは対抗する力を持っていなかった。だから逃げた。それから二年、僕らはずっと身を潜め、彼を倒すための牙を研ぎ続けた。みんなが苦しめられているのをわかっていながらずっと……だから、まずはみんなを置いていったことに対して謝りたい。悪かった。本当に悪かった……すまなかった』


 グレンは国民が苦しめられている中ずっとレヴィと共に森の中で、鍛錬を積んだ日々を思い出していた。

 忘れるはずがない。

 すぐそばで、父が愛した国の人々が苦しめられているのを知りながら、今すぐ飛び出してユウヤに切りかかりたい衝動を必死に抑えながら、鍛錬していたあの日々を忘れるはずがない。

 歯向かった者たちが猶予も与えられず、一人残らず殺されていったことを聞いて、唇を噛みしめた時に味わったあの血の味を、忘れるはずがない。


『僕らは彼に食らいつけるまでの力を得られるまで、必死に我慢し続けた。愛した人たちが殺された瞬間が毎日頭をよぎった。でも我慢して、我慢して、抑え込んだ。衝動に任せただけの、意味のない復讐にならないように必死に。彼を止められるくらいの力が、十分に溜まるまでずっと』


 この二年、ルナが焼き払われる最期の、彼女の背中をグレンは何度も思い出した。

 その度にユウヤに対する怒りが沸き上がった。それでも必死に耐えた。

 今まで何度、握った拳を解いたことか。


『この国のみんなも、そうだったと思う。彼の理不尽な政策で押しつぶされそうになったと思う。洗脳魔法で自由は奪われ、叫ぶことすらできない。そんな理不尽に対する怒りが悲しみがきっとあったんだと思う……だけど、彼は強かった』


 グレンは隕石を切った衝撃で吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられながらも、演説の雰囲気を崩さないように、耐えた。

 

『昨日の夜、僕らはユウヤに挑んだ。レヴィと、昨日出会った渡将斗という男と共に。僕とレヴィは魔法を消す力を持っていた。将斗は彼のスキルを奪う力を持っていた。僕らはその力を持って彼に挑んだ。だが……それでも雄矢は強かった。本当に。ふざけるなと叫びたくなるくらい、理不尽に強かった。彼の魔法を押し返すことができなかった。勝てなかった。僕らは負けたんだ。負けて牢屋に入れられ、死を待つだけになった』


 牢屋で目覚めた後グレンはたまりにたまった怒りを牢屋の鉄格子にぶつけ続けていた。

 拳が切れても、腕が紫色に腫れても、鉄格子が壊れるようなそぶりが一切なくとも、ずっと叩き続けた。

 闘い方を知らない子供のように、がむしゃらに叩いていた。

 

『――二年だ。二年頑張ったんだ。なのに彼は僕らを簡単に退けて見せた。僕らの鍛錬なんてまったく意味がなかった……そう思った。僕はあの空間で、彼に勝つことを諦めたんだ。王になってみんなの先頭に立って、引っ張っていかなければならないはずの僕がだ』


 グレンは完全に絶望して天井をただ見つめていた時を思い出す。

 ユウヤが持っている力を心の底から呪った。

 自身の無力さに落胆していた。

 

『彼には勝てない。これ以上戦っても結果は変わらない。意味ない。そういう風に僕は牢屋の中で腐っていた。どうしようもなかった。助けが来てくれても僕は動かなかった。もう意味ないって、そう思ったんだ』


 グレンは一度、息を整えた。

 完全には整わない。

 それでも、少しでも聞きやすいように、呼吸を正す。


『だけど、あの時、将斗だけが諦めていなかった。彼は昨日この国に来たばっかなのにだ。信じられなかった。そんな彼が諦めないで頑張る理由は、仲間にしてくれたことへの恩返しだって言っていた。そんなことで、と最初思ったよ。頑張る理由なら僕らの方が筋が通っている。その重みだって僕らの方がずっと重いはずだ……でも、そこで僕は彼から立ち上がる勇気をもらった。だから今ここにいるんだ………っ………その時、なぜ彼を信じられたかわからない。でも……今はわかる』


 一瞬言葉が詰まりかけた。

 隕石を斬りながらの演説はこれほどまでに苦しいのかと、グレンは歯を食いしばる。


『…………僕には勇気がなかったんだ。怖かったんだ』


 隕石が空気を燃やしているような音以外聞こえない国に、グレンの本心から出た言葉が響き渡る。


『頑張ればなんとかなるとかいう次元じゃない。ユウヤと言う男は、次元が違う。そんな存在と対峙して人間が抱くのは恐怖だよ。身をもって実感した。僕が動けなかった本当の理由は恐怖だったんだ』


 その時、二つの隕石がほぼ同時に落ちてきていた。

 距離はさほど離れていない。

 だが一つ斬った後、その衝撃に耐え、もう一つを斬れるかどうかは怪しい。


――いや、取りこぼしは、一つも、ない! なくせ!


 民家の屋根を踏み抜いて、飛び上がり、一つ目の隕石を斬る。

 一瞬、剣が隕石を斬る手ごたえを感じた後、隕石が消える。

 だが隕石から与えられる衝撃がグレンを襲う。

 落下していく体を立て直して、屋根の斜面を利用して転がって息を勢いを殺す。

 すぐさま立ち上がって、迫る二つ目の隕石を視界に捉える。

 走って届く距離の、建物の上。

 着弾まであと数メートルもない。


 グレンはスピーカーに声が入らないように、声を押し殺し、駆け抜ける。

 糸を通すように建物と隕石の間に体を滑り込ませ、その勢いのまま剣を振り、切り裂く。

 隕石は消える。

 ――だがその衝撃を殺す空間が、建物との間にない。


 破砕音と共にグレンが背中から建物にめり込む。

 そして突き抜けた。

 あらゆる部位に裂傷が刻まれ、グレンは身体中に火花が生まれる錯覚すら覚えた。


『っっ…………!』


 スピーカーから痛みを堪えた声が漏れ出てくる。


 床にめり込んだグレンは上半身を無理矢理引き抜くとあたりを見渡した。

 周りには、建物の中にあったタンスやら机やらが散乱している。

 今の衝撃によるものらしい。


 ――休むなっ 


 すぐさまグレンはそう思った通りに、休む間を自身に与えず、建物の屋根をぶち破って飛び出た。

 空を見上げ、落下してくる隕石の順番を把握し走り出す。

 そういった状況でグレンは演説を続けた。


『…………っ、でも僕は、そんな諦めない彼のおかげで立ち上がった。恐怖を乗り越えた。乗り越えて立ち上がれた! 彼が僕の、支えになってくれたんだ! 心の、支えに!』


 息が持たない。

 肺の痛みにグレンは耐えながら、叫ぶ。

 熱い何かが腕や足を伝っているのを感じながら、彼は走り、叫び続けた。


『その時分かったんだ、人は一人じゃ立ち上がれないんだってことを。だから今度は、僕が支えになる! 国の、ここにいる皆の心の支えに! ユウヤという存在によって恐怖に陥れられたみんなの、っ……心の支えに僕はなる! なってみせる! 王の息子として!』


 演説の中、昔、父が言っていたことをグレンは思い出した。

 あの時、理解できなかった言葉を。


『父が言っていた。「国は王が作るものじゃない。王と国民が共に作り上げるものだ」と。今ならその言葉が分かるよ。国にとって最も必要なことが何か、王としてすべきことは何かが! だから僕は戦い続ける! みんなを救ってみせる! 絶対に諦めない! 絶対に国を取り戻してみせる! だから、みんな立ち上がってくれ! もう一度だけでいい、諦めてしまった者もいるだろう。だけどもう一度だけ。立ち上がってくれ!』


 グレンは叫ぶ。


『今日ここで! すべてを終わらせてみせる! 彼との因縁も、二年間続いた地獄も全て! 全てだ! そのために、立ち上がろう! 立ち上がってくれた、みんなの存在は、ここで戦う僕らの支えになる! この戦いはたった三人の戦いじゃない! 国を挙げての戦いだ! だから、みんなの力を貸してくれ! みんなとならきっと勝てる! 信じてくれ!』


 彼の、思い全てを乗せて叫ぶ。


『僕らを、信じてくれ!!』


 すべてを込めた彼の言葉が王国中に響き渡った。



**************************************



 グレンの最後の一言が、響いて消えていく。

 

 静寂が国を包んだ。

 

 祭りの飾り付けがされた国には似合わない静けさ。

 

 グレンの演説は効果がなかったように思えた。

 やはり洗脳魔法には効果がなかったと、レヴィが落胆しかける。

 それでも、グレンは歩みを止めなかった。


 ――その時、どこからか声が上がった。

  

 それは簡単に消えてしまうような小さな声だったかもしれない。

 ただ、そんな小さな声でも、一部にとどまることはなかった。

 国のあちこちからそういった声が上がる。

 止むことはない。

 声の数は爆発的に増えていく。 

 声量も大きくなっていく。

 

 その声に乗せられたものは、怒りではない。悲しみでもない。

 希望に溢れていた。

 

 それらはまるで波のように、連なって広がっていく。

 いくつもの波がぶつかり合って、高め合ってさらに広がる。

 何度も広がって、広がって。その果てで、希望の大歓声が国中を包んだ。


 グレンの叫びは国の人々に届いたのだった。



**************************************



 大歓声がファング国に響き渡る。

 その声は空まで届いていた。


「んだと……っ…………!」

「すげぇよ……グレン」


 ギリッと歯を削りながら足元を睨みつけるユウヤの横で、将斗はグレンの演説に感動し震えていた。

 そんな将斗にレヴィから連絡が入る。

 耳に手を当て聞いていると、ちょうどユウヤが何かを言った。


「……から………だ」

「何だって?」

「だからなんだ! 隕石は止まってない! 状況は! 変わってないんだよ! 勝ち誇った顔しやがって! それに! 洗脳魔法なんか再度かけちまえば問題ねぇだろうが!」 

「それは無理だぜ?」


 激昂するユウヤに、将斗は冷静に諭す。


「クリスたちが洗脳魔法から守る薬を完成させたってさ…………え?…………ああそう、レヴィが最終工程を……? いやそれ別にこいつには言わなくていいんじゃないか……? ……あーーとにかく! 薬をばらまいて国中に散布した。これでもう当分、国民に洗脳魔法は効かないんだとよ」

「……はぁ?!」


 レヴィと連絡をとりつつ、雄矢へ事実を叩きつける。


「んな薬あるわけが――!」

「あるんだよ! そもそも、俺に洗脳魔法がかかってない件についてってやつだ」


 ユウヤの怒りを盛大に鼻で笑い飛ばした将斗は立てた親指を自身に向け、どうだと言わんばかりに胸を張る。


「っ…………!!」


 ユウヤが顔を赤くして将斗に向けた手を震わせる。

 

 連絡によると『気化させることのできる薬』をクリスたちに調合してもらい、クリスがそれを風魔法で国中にばら撒いたそうだ。

 その『気化させることのできる薬』の生成に時間がかかるのではなかったのだろうか? ならばあのクソマズい飲み物はいらなかったんじゃないのか? と、将斗はそんな苦言を申したい気持ちを抑え、自らに差し向けられたユウヤの手に集中する。

 

 ユウヤは自分の力に自信を持っている。

 それでいてこうも好き勝手され、煽られたらどうだろうか。

 怒るに決まっている。

 そして見るからに彼は激怒している。

 

 その怒りに任せて、急に火球を放たれる可能性を考え、将斗は注意し続けた。


――だけど……厳しいな、これ 


 将斗は横目で見たステータスウィンドウから、魔力残量がもう危ないところまで来ていることに気づく。

 もうすぐ降りなければならない。


 降りるタイミングを見計らっていると、息を荒げていたユウヤが落ち着きだした。


「まあ……いい……別に、変わらねぇ。状況は変わらねぇ」

「変わらない? ……そうでもないらしいが?」


 耳に手を当てて将斗はそう言う。


「なんだ?」

「下見ろよ」


 ユウヤは下を見た。

 将斗も、今連絡にあったことを確かめるように下を見た。


「あれは……」

 

 目下に広がる風景には、歪んだ空間にぶつかった隕石が消えていく様子と、その横で、赤い髪をした男が隕石を切り裂いていく姿があった。

 グレンの動きが速い。そして、隕石が斬られる間隔が短い。

 明らかに移動速度が上がっている。


「よお、どうなってるかお前にわかるか?」

「んなもん知るかよ!」

「グレンの魔力が復活してきてるってさ」

「……んだと」


 レヴィからの連絡は突拍子もないものだった。

 それは今言ったグレンの魔力が復活しているというもの。

 レヴィでも流石にこの現象についてはわからないと言っていた。


 詳細が不明でも、この局面においては最高に都合のいい出来事だった。


「理由は知らないって言ってる。でも、浮遊フロートが使えてるあたり、嘘じゃなさそうだし。嘘つく意味もない。あのペースなら、少しずつ――」

「ウッっっるせぇええええええ!!」


 何かが切れたかの如く、雄矢が激昂した。


「あのペースならなんだ!! あぁ!!?」


 将斗の言葉を遮って、ユウヤが吠える。


「いい加減にしとけよお前。調子乗んなクソが! だいたい! あいつらだけになっちまえば問題ねぇ!」


 ユウヤが一度降ろしていた手を将斗に向ける。

 将斗は横目でステータスウィンドウを見る。

 火球が飛んできても、すぐ横に避けるくらいの魔力はある。

 移動距離によっては、その後は落下するしかないかもしれないのだが。


「お前が死んで! 俺の手からスキルが消えなきゃ問題ねぇ!」

「……っ」


 ユウヤの気迫から今すぐ火球が来ると思い、身構えた。

 しかし、数秒経ってもユウヤは火球を撃ってこない。

 将斗は唾を飲み込んだ。

 一瞬の油断が命取りになると、思った。


「…………」

「…………」


 お互いに睨み合っている。

 将斗はその中で、避ける方向を決めた。


 もし、火球を撃たれた際、左右どちらに避けるかで迷っていれば、確実に燃やされる。

 距離的にはほんの一瞬考える時間がある。その一瞬を逃してはならない。

 万が一のこともあるため、どういう攻撃が来ても、右側に避けるということを決めた。

 つい握り締めた手に汗が滲む。

 魔力操作を間違えないように何度も移動するときの感覚をイメージする。


 集中しているせいか、ユウヤの反対側の手が、空に向かって火球を撃ち続ける音が良く聞こえる。



 ユウヤの目が一瞬、将斗の上を見た。

 ――その瞬間、彼の手から特大の火球が放たれた。

 避けられないサイズではない。


――右っ


 将斗は予定通り右に避けた。

 ――避けようとした。


 それは一瞬だった。

 一瞬、将斗のすぐ横を爆炎が通り過ぎたのだ。

 一瞬の間に、肌の表面が細かく爆ぜたかのような痛みが走る。


 身体の両側を焼く炎に、将斗は魔力の操作が疎かになった。

 

 そして今行っていた回避行動が中断された。


 隕石が、同時に、両側に落ちてきたことを理解するのに時間はかからなかった。

 気づけなかったのは、それまで自分とユウヤの近くには一切隕石は落ちてこなかったせいだ。

 それが彼の油断を招いた。

 自身に迫る隕石に気づけなかった。

 来ないだろうと、鷹を括っていたのだ。


 そして将斗は別の事実に気づく。

 雄矢――彼が一瞬上を見たのは、今の隕石にタイミングを合わせるため。

 

 将斗は全身が一気に冷える感覚を覚えた。


――狙ったんだ。俺が避けられないタイミングを狙って……


 将斗は視線を前に戻す。

 

 橙色と赤色のコントラストが視界を埋め尽くしていた。


 もう遅かった。

 視界がスローになり、思考と行動が一致しなくなる。

 避けようと思っても体はついてこない。

 目の前に迫った火炎。



 為す術はない。



 業火が、将斗を包み込んだ。

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