第15話 初戦の結果

<魔力の暴発による周辺の人間の不調と、その原因についての報告書 兼反省文>


 魔法には初級魔法、中級魔法、上級魔法とある。その区別は、その魔法を出すために必要となる最低限の魔力量で決まる。上級になればなるほど、必要な魔力量が増えていく。

 ただし、魔力をひたすらにつぎ込めばいいというものではない。魔法にはつぎ込める魔力の限界値が存在するからだ。それを超えると、魔法が暴発する現象が起きる。その際つぎ込まれた魔力の全てがその周囲に拡散する。それ受けた人間は、重度のめまい、吐き気などに襲われる。酷いと気絶してしまう。

 それが起きるのは、人間の体に魔力が流れていることに起因する。

 人間の体全体には魔力が流れている。そして人間は動く時、またそれこそ魔法を使う時にその魔力を消費する。使用され足りなくなった体内の魔力は、空気中を漂う魔力を吸収して補っている。時間経過による魔力回復はそういう原理で行われている。

 その吸収した魔力をほかの人間が使うことはできない。

 これは調査中ではあるが、吸収した魔力がその人間が操るものとして、何らかの器官を通して変換されているからと考えられている。

 魔力の暴発の発生時、周囲の人間に起きる不調の原因はここにある。

 押し寄せてきた魔力がその人間の中にあった魔力を押し出し、入れ替わる。

 人間はまだ自分用に変換されていない魔力を一気に取り込むことになるため、体に不調が発生するのである。

 海で生きてきた魚を川で泳がせると死んでしまうのと同じようなものだ。

ただし、暴発は起きるのは、稀であり、上級魔法を操ることのできる魔法使いが、その魔力をすべて初級魔法に一気につぎ込むという状況でしか暴発は起きない。

 中級・上級魔法での魔力暴発は、おそらく不可能とされる。

 つまり、今回のような事件は私にしかできないため、二度とこのようなことをしないように配慮していきたいと考えている。


<著者 ファング王国 魔法使い レヴィ>



************************************



 木漏れ日の温かい森の中に立っていた。


――て


 女の声がする。

 不快な感じはしない。


――きて


 綺麗な声だ。

 それに、どこかで聞いたことがあるような。

 声の主の姿が見えるようになってきた。

 正面に立っているが、向こうを向いていた。

 

――起きて


「えっ……」


 将斗は目を開けた。

 寝転んだ状態だったため、ゆっくりと起き上がるが、視界が悪い。

 薄暗い空間にいることだけが分かった。

 しかし、何故こんな場所にいるのか分からない。


「どこだよここ……」


 周囲を見回す際、後頭部のあたりが痛んだ。

 将斗はそこを抑えながら呟く。


「謎の女の子の声で目覚めるとかどこの主人公だよ。夢見すぎだわ俺……きも……」


 自分で自分に引いていると、後頭部の辺りの痛みの原因が分かった。

 床だ。 

 見るからに固そうな床で寝ていたためによるものだと推測した。

 将斗が床に触れると、そこがかなりざらざらしている石畳だということがわかった。

 石畳。寝床としては最低ランク。これは痛むのも無理はない。


「どこだよここ……」


 周りを見回すと光が差し込んでいる場所があった。

 上の方に小窓がついていてそこから太陽の光が――


「は? 太陽?!」

 

 奇襲は夜行われた。

 つまり、とっくに夜が明けていた。

 さらによく見ると空はオレンジ色に染まっていた。

 休日は寝て過ごし、朝を知らない彼でも、これは朝ではないと確信していた。


「いや待ってくれ……夕方……? 嘘だろ……」


 神に示された期限は三日目の昼。

 今二日目の夕方ということは、もう二十四時間を切っている。

 将斗はその事実に気づき、冷や汗が出た。


「やべぇって、早く動……」


 急いで動こうとしたその時、将斗は思い出した。

 雄矢への奇襲がルナの登場で失敗し、死にかけて、最後に謎の爆発を受けてから記憶がないことを。

 あの瞬間、自分たちは負けたのだと将斗はなんとなく思った。

 勝っていたらさすがにこんな劣悪な環境にはいないはずだろうから、と。


 将斗が小窓の反対側を見ると鉄格子があった。

 近づくと、扉っぽいところがあり、試しに引いたり押したりするが、開かない。

 

「牢屋じゃん……」


 絵に描いたような牢屋に将斗はいた。

 彼は、どうすることもできず地べたに座り込んだ。

 空気はよどんでいて、埃もカビ臭もすごい。

 改めて見ても最悪の環境だった。


 その時、ふと鉄格子の奥を見ると、反対側にも同じつくりの部屋があり誰かが倒れていた。

 赤髪の青年――グレンだった。


 よく見ると頭や腕から血が流れている。


「なっ!? おい! グレン! グレン聞こえるか?! グレン!!」


 将斗はすぐさま鉄格子にしがみつき彼に呼び掛けた。

 

「聞こえるよ~、なんちゃって……」

「レヴィ?!」


 隣からレヴィの声がした。

 そちらを見ようと、鉄格子の隙間からどうにか顔を出そうとするが、無理だった。

 しかし声の距離的に壁を隔てたすぐ向こうに彼女がいるのは確かだった。


「無事なのか?」

「私はね、グレンも……今はああだけど、起きるまでは無事だったよ」

「一体何が……?」

「起きるなりすぐ暴れたのよ。部屋を出ようとしてね。さすがのあいつでも鉄には勝てなかったみたいだけど」


 よく見ると鉄格子がへこんでいたり、曲がっていたりしている。

 相当な力で殴ったことが伺えた。


「グレン……」

「そっとしておいてあげて」


 一旦、沈黙が辺りを包んだ。

 死んだと思っていた恋人――ルナが、今あの雄矢の隣にいる。流石のグレンでも取り乱すのだろう。そう考え、将斗は声をかけられなかった。

 しかし落ち着いてる暇はないと思い将斗はレヴィに話しかける。


「なぁ、最後の爆発は何だったんだ? 魔法か? 俺あの剣で防いだはずなのにくらったんだけど、何? 洗脳魔法?」

「いや違うよ。あれは魔力の暴発。魔法に対して魔力を入れすぎると起きる爆発よ。暴発したら、周囲の人間に魔力が押し寄せてきて、それに当たった人間はめまいや気絶を起こすの。分かる?」

「うーん、わからんけど、風船爆発してびっくりする感じか……?」

「風船はわかんないけど、びっくりするって表現は間違ってないかも」

「……そんなのあいつにかかれば、何回もできるよな? 要は無敵なんじゃ……」


 魔力注ぎ込み放題の雄矢ならできないこともない。と将斗は考えた。


「いや、あれは本人にも影響が及ぶ。私もやったことあるし。きついよあれ。でも、あいつは気絶することなく立ってた。まあ魔力の流れがめちゃくちゃになってたから、さすがに魔法が使えないようだったけど」

「レヴィがそれ知ってるってことは、見てたってことだよな。大丈夫だったってことか?」

「全然ダメ。私は無理やり魔力の流れを変えて、受ける魔力をある程度抑えたけど、それでも完全には防げなかったせいでまともに立っていられなかったわ。まあ初見でよくやった方よ」

「……レヴィってやっぱすごいんだな」

「やっぱって何よ、やっぱってぇー!」


 怒って鉄格子をガチャガチャさせるレヴィに、変わらない彼女の様子に将斗は少しだけ安心した。

 しかし、一つ疑問が浮かんだ。


「なんで俺たち牢屋に入れられるだけで済んだんだ?」


 歯向かったものを死刑にする男が、気絶しているからって放っておくとは考えられない。


「よくわかんないけど、部屋に乗り込んできた兵士たちにユウヤがそう命令したの」

「なんでそんなこと……?」

「うーん……明日……っていうかもう今日なんだけど、何かあるって言ってた。その時まで……なんだっけ……あの時気分が悪すぎてそれどころじゃなかったのよね」

「……今日は……王位継承の日だ……」


 倒れていたグレンが語りだした。

 腕を顔に乗せているため表情は見えない。

 その彼の声には、覇気がなかった。

 

「そっか、もうそんな時期か……」


 レヴィはその日のことを知っているようだった。


「何だ? その継承の日って」

「王位継承式、王の権利が次の王へと引き継がれる式……その式が行われる日だ。この国では四年に一度行われる。王が変わらない場合はただの祭りの日になる。そういう日だ」

「じゃあ何か? あいつは――」

「最後まで聞け……ふつうは王が亡くなった場合、次の継承権を持つ者がその日から王になる」


 腕を降ろしグレンの顔が見えるが、その目は虚ろに天井を眺めているだけだった。

 

「本来は今回俺が王になるはずだった……父さんが……魔王が倒されたその日に、そう約束してくれた……」

「だからあんたは、やたら昨日にこだわってたのね……なるほど」

「………………」


 グレンはそれ以上口を開かない。

 再び沈黙が訪れた。

 敗北。そんな空気が流れていた。

 将斗はその空気に耐えられず話し続ける。


「じゃ、じゃあさ。早くこんなところ出てもう一回あいつを」

「……無理ね」


 レヴィに言葉を切られた。

 彼女は、何か金属音を鳴らしながら、鉄格子の間から両手を突き出した。

 その手には手錠がされていた。

 将斗もグレンも手錠はない。

 彼女だけが手錠をされていた。


「それは?」

「これ、簡単に言うと魔法を打てなくなる手錠。魔法使いの罪人用のやつね。だから今鉄格子は破る方法がない」

「そんな……」

「協力者もいないから、誰かが助けに来るとかは期待できないかな……」

「……」


 将斗は何かできないかと考えた。

 考えて考えて、一つ思いついた。『交換チェンジ』のスキルだ。

 物を隔てた移動はしたことがないが、試す価値はある。

 もしかしたら鉄格子を抜けられるかもしれない。そう考えた。

 試しに何か入れ替われるものはないかと小窓から外をのぞくが、並んで生えている木が邪魔して何も見えない。


「待てよ………そうだ、交換チェンジ!」


 将斗は目の前の木と入れ替わってみようとするが、無理だった。

 将斗とサイズが合わないため、交換チェンジの対象にならなかったらしい。


「どうだった?」

「ダメだった……」

「だよね……あと、ごめん、私将斗のスキルがあと一回しか使えないことを雄矢に教えた」

「えっ……」


 唐突な告白に将斗は驚く。


「言わなきゃアンタを殺すって言われてね。仕方なく。『超強化』の話もした。『交換チェンジ』は言ってないけど……まあ要は、もう手の内は知られてるってこと、だから二回目はもっと難しくなる」

「……ごめん」

「何でアンタが謝んのよ。悪いのは……私たちよ」


 隣から座る音が聞こえた。


「二年かけてできたのはあいつの魔法を無力化する手段の取得。つまり防御面が進化しただけ。攻めに関しては何にもない……そんな状態で勝てるわけなかったのよ」


 レヴィはそれ以上話さなくなった。


 そして将斗はどうすることもできず、それから誰も口を開くことがなく、押しつぶされる位重い沈黙が続いた。

 


 ――悔しい。


 将斗は奥歯をかみしめていた。

 正直なところ、自分が一番悪いんだと。

 自分がスキルを奪うことができれば勝てる戦いだった。

 ルナの存在に気づいた瞬間、浮遊フロートをうまく操作していれば。

 もっといいタイミングで入れ替わっていれば……。

 そんな後悔が後を絶たない。


 さらに二人が二年かけて磨いてきた力。それらに将斗が水を差したことで、作戦が失敗したんじゃないかと、自分がいなければよかったんじゃないかと、将斗は自分を責め続けた。


 そして悔しさの理由はもう一つ。それ以上に雄矢がどうしようもなく強い。

 将斗にはあの理不尽な強さの男に勝てるビジョンが全く見えない。

 将斗はもう何も言うことができなかった。 



**************************************



 沈黙の中、時間だけが過ぎていく。

 どれくらい経っただろうか、やがて鉄格子の間にある廊下のその奥から、足音が聞こえてきた。

 将斗は顔を上げた。

 鉄格子に近づくが、やはりうまく見ることができない。


「……なんだ、この空気は?」


 静かなこの空間にその声が反響した。

 女性の声だった。

 その声の主はどんどん近づいてくる。


 そして遂に将斗の鉄格子越しに見ることができる位置まで来た。

 足音の主はやはり女性。日に焼けたような色の肌に、長い耳。金髪。

 全身に、ナイフや針などの武器を装備し、背中には弓もあった。

 攻撃的な印象を持たせる一方、露出の多い恰好をしている。

 下なんて水着かと思うほど短いパンツを履いていた。

 彼女は将斗を見るなり、鋭い目で睨んできた。

 目が合った。

 そして将斗はその人物が誰なのかわかった。


「クリス……?」

「誰だ貴様、気安く私の名を呼ぶな」


 レヴィ、そしてグレンの話に出てきた女性の一人。

 殺されたアリスの双子の姉にして、勇者ユウヤの仲間の一人。

 『弓兵アーチャー』のクリスだった。

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