第12話/123話 英雄譚の終わり
ユウヤが帰還した日。
到着に合わせて、ファング王国では盛大な式典が開かれた。
グレンは昨日今日で準備を完了させた者たちの苦労を考え、感謝と共に若干の後ろめたさを感じた。
ユウヤが正門から入ってくるなり、国民全員が花を投げたり花火を上げたりと歓迎し、王も彼の前で深く感謝した。
式典では、旅の途中亡くなってしまったアリスへの黙祷も行われた。
式典の最中、グレンは落ち着かなかった。
国民の前に立つことで緊張しているのではない。別の理由があった。
隣にいた婚約者――ルナがそんなグレンに気づき肘でつっついた。
「あ、ルナ。いや……その……」
「来ないね、レヴィさん」
「え?」
グレンは目を丸くした。
「わかるのか……」
「フフッ、わかるよ」
レヴィの欠席。
グレンはそれが気になっていた。
結局式典の最後まで、彼女は一切姿を現さなかった。
グレンは式典の後、昨日レヴィが言っていたことを考えずにはいられなかった。
アリス殺害の件のことだ。
しかし、勇者ユウヤは平然としていた。
なんなら旅立っていった時と何も変わっていないように見えた。
アリスのことを話せば涙を流していた。
国民に対して旅のことを含めたスピーチも難なく行っていた。
そのためグレンは、レヴィの言ったことは、嘘だったんじゃないかと思った。
このユウヤがそんなことするはずがない、と。
しかしレヴィのあの取り乱し方はとても嘘ではない、とグレンは自分で否定してしまう。
経った今起きている矛盾にグレンは頭を悩ませた。
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式典が終わり王城ではその晩、立食パーティーが開かれた。
広間には名の知れた貴族たちが集まり、豪華な料理が数多く並べられていた。
勇者もクリスもそこに招待された。
当然レヴィも招待されていた。
しかし、一向にレヴィは姿を現さなかった。
グレンは意を決して勇者に接触を図ることにした。
「魔王討伐、本当にありがとうございます。勇者ユウヤ様」
ユウヤはスパゲッティを頬張っていた。
グレンに声をかけられ、むせた。
「んんっ! グレン王子。様なんてやめてください。俺は勇者として当然のことをしたまでですから」
「いいえ、今回の件は本当に深く感謝しているんです。ユウヤ様」
「え、ええ……なんか照れちゃうな。ハハ……」
赤くなりつつ頭を掻くユウヤ。
その姿を見たグレンは、とても彼が仲間を殺しただなんて思えなかった。
だからこそ、昨日のレヴィに対して何か引っかかる。
「あのユウヤ様……少しお伺いしたいことが」
「なんですか?」
「レヴィのことなんですが、何かご存じですか? 何か様子が変だったもので……」
「レヴィ? 確かに俺たちより先に王国に報告しに行ってくれたけど……でもよく考えたら今日は一切会ってないしちょっと心配ですね」
グレンから見てユウヤは何も知らないようだった。
「だったら……あの女、一体何考えてる……?」
ユウヤの言動とレヴィから聞かされた彼のイメージがグレンには全く一致しないように思えた。
疑わしいのはレヴィではないかとグレンは思いかけた。
――その時、音を立てて扉が勢いよく開きレヴィが飛び込んできた。
「いい加減にしときなさいよ! ユウヤ!」
レヴィは手のひらを彼の方向へ伸ばし叫ぶ。
あの魔法使いがその構えで近づいてくるのは、至近距離で刃物を突き付けているのと何ら変わりない。
つまり脅しているのに等しい行いだった。
「あんなことをしておいて、挙句の果てに国民の前で英雄気取りで演説? いい加減にしときなさいよ! あの時すぐにでも出て行って細切れにしてやりたかったわ!」
「レヴィ殿?! どうした!」
これ以上ないくらいの怒気を孕んだ声を放つレヴィにグレンは警戒した。
王も目の前の状況に困惑する。
広間にいる招待客たちも口々に騒いでいた。
「王様! よく聞いて、アリスは人を庇って死んだんじゃない! アリスはこいつに殺されたのよ!」
「バ、バカな。……どういうことだ、レヴィ殿」
衝撃の事実に一気に騒がしくなる広間。
騒がしい広間の真ん中で唯一、黙って立ち尽くしている男がいた。
ユウヤだった。
「信じられないわよね! 魔王倒した英雄が仲間殺しのクズだったなんて!」
「……そうだ……俺が殺した……」
「え……?」
その告白に、隣にいたグレンは驚愕した。
つまり、レヴィの話は本当だったのかと。
しかし――
「俺が……俺がもっと強ければ。魔物をちゃんと全滅させていれば彼女は死ななかった。俺の弱さが彼女を殺したんだ……ごめん……ごめんなさい」
彼は泣きながら膝から崩れ落ちた。
グレンは理解した。
アリスの死は彼の力が及ばなかったことで生まれた犠牲。
つまり直接殺したのではない。
今の彼の頬を流れる涙は責任からくるものなのだろう。と考えた。
そして王も、同じように解釈した。
「そういうことか……レヴィ殿、彼を許してやってくれ。アリスを失ったことは辛いだろうが、それは彼の責任じゃな――」
「何言ってんのよ?! まだ演技するつもり? あんた……どんな神経してるのよ!」
「俺がっ、俺がもっと強ければ……!」
どこで食い違っているのか、全然噛み合ってない会話。
そんな状況にグレンは混乱する。
誰が本当のことを言っているのか。
――その時、広間にいたクリスがレヴィの肩を掴んだ。
「待てレヴィ。アリスの死は……つらい。だが一番辛かったのは私だ。でも私は彼を責めるつもりはない。何よりアリス本人がそれを望むはずがない」
「クリス……あんた何も覚えてないの?」
クリスもアリスのことを思い出して涙を流し始めた。
そんな彼女にレヴィは驚愕していた。
「覚えているさ。あの子の勇敢な最期を」
「違う。そうじゃない! アリスはユウヤに首を絞められて殺された! しっかりして! 本当に覚えてないの?!」
「首を……? レヴィ、一体どうしたんだ……?」
クリスはレヴィに疑いの目を向けた。
グレンは、ユウヤがアリスの首を絞めたという話を思い出していた。
殺意を込めて首を絞め続けたというあの話を。
しかし、もう一人の仲間であるクリスが全く覚えていない。
レヴィだけがおかしなことを言っていることは明白だった。
彼女はまだアリスの死を未だ受け入れられていないのだ、とグレンは思った。
だから混乱してこんな騒ぎを起こしているのだと。
「やっぱり……そうなのね」
「レヴィ、いい加減にしておけ。こんなことしても意味は――」
「グレン……邪魔しないで。あんたは王と女王のとこに行ってて。お願い」
そういうとレヴィが何かを取り出す。
水色の液体が入った小瓶だった。
それを見た周りの客たちが口々に騒ぎ出した。
グレンも取り出されたその怪しい物体に警戒せざるを得ない。
「レヴィ……なんだ……それは」
「洗脳魔法を解く薬。空気に触れればすぐに気化して、吸った人間はかけられている洗脳魔法が解除される!」
「洗脳魔法だと? いったい何を」
「うるさい早く行って! これで全部わかる!」
そう言ってレヴィはその小瓶を床にたたきつけた。
小瓶は音を立てて割れた。
こぼれ出た液体はレヴィの言うとおりすぐに気化していった。
「うっぐ……」
――異変が起き始めたのは近くにいたクリスだった。
倒れるクリスをグレンは抱き留めた、
「なんだ……? 私は……? ここは……一体?」
起きた彼女はまるで何も覚えていないようなことを言い出した。
「大丈夫かクリス?! レヴィ! 一体なんなんだ! いいかげん説明しろ!」
グレンは怒鳴った。
仮にも仲間に、一体何の薬を吸わせたというのか、と。
グレンはそのまま、意識がはっきりしていないクリスの肩を揺さぶる。
「クリス、しっかりしろ。おい!」
「……あ……アリス。そうだ……あいつは、あいつはどこに!」
クリスは急に起き上がった。その目はすべてを敵とみなしているかの如く、鋭かった。
辺りを見回した彼女が、ユウヤを視界に捉えた。
その瞬間、彼女はグレンを突き飛ばし、腰にぶら下げていたナイフを素早く抜き取ると、ユウヤに向かって走り出した。
迷いのない殺意のこもった行動にグレンは驚いた。
止めることができない速度でクラスが動く。
しかし――
「
瞬間、暴風が吹き荒れた。
グレンは咄嗟に足で踏ん張り体勢を維持した。
近くのレヴィも防御魔法を展開して耐えていた。
その彼らの横を何かが飛んで行く。
グレンが目で追うと、それはクリスだった。
彼女はそのまま壁に叩きつけられた。
「かっは……」
壁から剥がれ落ちたクリスは、それ以上動かなかった。
グレンは、ユウヤのほうを振り返る。
ユウヤは下を向いたまま手だけをこちらに向けていた。
魔法を放ったのは紛れもなく彼だった。
「ごめん、クリス……」
唇をかみしめながらレヴィはユウヤのほうを睨んだ。
「ユウヤ、アンタ……」
「はぁ……せっかく心地よく勇者ごっこ楽しんでたのに、ひどいじゃねぇかよレヴィ」
不敵な笑みを浮かべながらユウヤが顔を上げた。
雰囲気がさっきまでの彼とはまるで違っていた。
「一緒に魔王討伐した仲間だろ?」
「洗脳魔法で人を無理やり連れ歩くような奴が、私の仲間なわけないわ」
「そんなこと言うとか、ひどいよなぁ」
「人殺しが何を!」
レヴィは右手を勢いよくユウヤに向ける。
瞬間、爆炎を纏った人間大の球体がユウヤに迫る。
無詠唱の魔法。
詠唱がない分発動が早い。
並大抵の人間では反応できない。
――しかし、その魔法はユウヤの目の前でまるで透明な壁にぶつかったかのように軌道が逸れ、奥の壁に衝突し爆散した。
レヴィは目を疑った。
「今の……防御魔法? しかも無詠唱……? 不器用なアンタにそんな芸当ができるわけが」
「おいおい師匠~忘れたんですか~? 旅の途中、あんたが俺のために作ってくれたアイテムの力をさ」
ユウヤが首元に手を入れると、赤い宝石のネックレスを取り出した。
真ん中にはめられた大きな深紅の宝石が怪しく光り輝く。
レヴィはそれに全く見覚えがないようだった。
「まさか洗脳魔法食らってた時の話? 気分悪い! あんたと勇者ごっこしてた時の話なんて知らないわ! 本当に気持ちが悪い。あんたどういう気持ちで旅してたのよ。アリスを殺しておいて!」
「純粋に勇者として正義感を持って旅してたが? さっきまであの女を殺したことを忘れていたしな」
「忘れていた……? 何言ってんの……」
唖然としているレヴィに対し、ユウヤは高らかに笑って見せた。
「俺はさぁ、洗脳魔法を自分にかけたのさ! おかげで最後まで勇者様をやりきることができたよ。アハハハハハッ」
「自分に洗脳魔法を……? イカれてる……」
するとユウヤが笑いをやめた。
「イカれてる……? ハァー……イカれてんのはてめぇだよ、ししょー。こんなとこで洗脳魔法を解いちまうなんてさ。あのまま俺を勇者様にしておけば……こんなことにはならなかったってのにさぁ!」
そう言いユウヤが腕を上げる。
その手が向いている方向は、王のいる方向だった。
ユウヤが口を開く。
その瞬間グレンは、彼の次の行動を察し駆けだした。
「
「危ない!」
グレンは王を庇うために豪炎の前に躍り出た。
素早く抜刀した剣が火球を捉える。
「っ?!」
グレンは剣で弾き返そうとしたが、彼の放った魔法は初級魔法にしては、重く、剣術に秀でている彼ですら止めることは叶わなかった。。
そのままグレンの体は吹き飛ばされるが、火球の軌道は逸れ、かろうじて王に当たることはなかった。
「グレン!」
「師匠よそ見ですかぁ?
爆炎がレヴィを包む。
だがその炎は、吹き荒れた風によって吹き飛ばされた。
「なめんな!」
レヴィの防御魔法と風魔法の同時発動。
王国最強と言われる要因の一つ。魔法の同時発動。
二つ以上の魔法の発動は困難とされている。できたとしても片方の威力は弱い。
だがレヴィはどちらも完全な状態で発動し、ダメージを受けず、火も吹き飛ばし被害を抑えた。
「こっちが何年魔法使いやってると思ってんの」
「ヘッ……何年もやってるくせして半年以上操られてたのはどこの誰でしたっけ?」
そこを皮切りに魔法の打ち合いが始まった。
次々放たれる爆炎を、水魔法と風魔法の合わせ技で打ち消していく。
王国最強の魔法使いと魔王を倒した勇者の戦いスケールは凄まじく、広間にいた人々は巻き込まれてもおかしくなかった。
しかし、レヴィは周りの人の近くに防御魔法を展開することで全員を守っていた。
三つの魔法の同時発動。
流石にレヴィにもそれにはこたえるらしく、魔法の威力が弱まり徐々に防戦一方になっていく。
「どうしました~師匠?
「クソッ。ムカつく……」
レヴィは舌打ちをした。
何よりも彼女を怒らせたのは、ユウヤが手加減をしていること。
もっと強い魔法を撃てることをレヴィは知っている。
彼はレヴィが受けきれるギリギリの威力で魔法を放ってきていた。
「ほらほらほらほら、どうしました?!
「ぐあっ!」
防御魔法の展開が遅れ、直撃は免れたもののレヴィに爆風が直撃した。
ドレスの一部が焼けこげている。
「あれ~? 師匠どうしました? そろそろ本気出そうかと思うんですけど」
そう言うユウヤの手からまた火球(ファイア)が放たれる。
それは無詠唱で放たれた。
「無詠唱?!」
咄嗟に防御魔法を展開するが、そのサイズも威力もさっきの火球の比ではなかった。
「ぐぅっ!!」
かろうじて防御魔法は火球の威力を少し弱めた。
しかし、レヴィの体は徐々に後ろに下がっていく。
そこへさらにユウヤが次から次へと火球を放ってくる。
無詠唱で、爆炎を無限に連発してくる相手を、人々を守りながら戦うなどできるわけがなかった。
レヴィは唇をかみしめる。
長年の努力により王国最強まで上り詰めた自身が、1年程度練習しただけの魔法使いに負けていることに悔しさを覚えたのだった。
「どうですか師匠。無詠唱の魔法は。僕ら一緒に練習したんですよ。いやぁ~厳しかったなぁ、まあまだ
「くっ……」
「実は、俺には洗脳魔法がかかっている間の記憶が残ってるんですよ。かかってる間、別の人間の人生を体験してるみたいで面白かったなぁ。まあ、もうやりたくねぇけど。あの状態だと俺の意思が反映されねえからなぁ」
「イカれてる……」
レヴィが苦悶の表情を浮かべる。
「てか師匠いつもより弱すぎません? ………ああ~師匠、みんながいるから本気出せないんですね。じゃあ……」
「何する気?! やめなさいユウヤ!!!!」
ユウヤは信じられない行動に出た。
「
風刃(ウィンドカッター)。 風属性の初級魔法のひとつ。
本来は、放たれた鋭い風が、相手にかすり傷を負わせる程度の魔法。
だが彼の膨大な魔力をつぎこまれた結果、その刃は多く大きく早くユウヤの周囲を暴れまわり――
――その広間にいた人々の体は、一瞬で細切れにされた。
叫び声が上がることもなく、人々はその形を失っていく。
柔らかく、液体を帯びた固形物が落ちる音がする。
広間一面は真紅に染まった。
やがて、錆びついた鉄のにおいが立ち込み始めた。
「そんな……」
その惨状にレヴィは声を震わせた。
咄嗟に王のいる方に振り返るが、無事だった。
王のいるあたりまでは、魔法が届いていないようだった。
「ハハハッ、隙あり」
周りを見て呆然として、油断していたレヴィに爆炎が放たれる。
反応が遅れレヴィは吹き飛ばされた。
その時――
「うおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
「ん?」
意識を取り戻したグレンが必死の形相でユウヤに切りかかる。
ユウヤは道端に転がっている石を見る時のように、興味なさそうにグレンを見た。
グレンは生き延びていた。
ユウヤが放った風の魔法は、倒れていたグレンに当たることがなかったからだった。
この惨状を起こした男をグレンは許すことができない。
これ以上被害が生まれる前にグレンは決着をつけようと、ガラ空きの彼の頭に剣を振り下ろした。
――その剣は空中で透明な壁に阻まれ弾かれた。
「ぐっ!」
グレンは彼の全力を込めた一撃が、何かに阻まれたせいで起きる反作用。それを受けた腕の痛みに顔をしかめた。
ユウヤはそれを見て笑いながら、首にかけたネックレスを見せつけるかのように取り出した。
「すごいだろこれ。身に着けている間ずっと防御魔法が展開されるんだよ。デメリットとしては、ずっと魔力を消費すること……あれ? っていうことは俺にしか使えない代物じゃないか。ハハハハハッ」
「貴様っ!」
グレンはものすごい速さで次々に剣を振る。
だが、やはり見えない壁に阻まれその刃はどれもユウヤに届かない。
「くそ……貴様! 一体何が目的だ! ここにいた彼らを殺して! 今まで一体何のつもりで」
「あ~特になんも考えてなかったな」
「……何?」
「うーん……あ、そうだ。王様やろっかな、面白そうだし。それじゃ今の王はじゃまだから、と」
ユウヤが王に手を向ける。
放たれる爆炎、それを受け止めようとグレンが再度、身を挺して庇う。
「ぐあああああっ」
しかし、先程よりグレンが吹き飛ばず、彼は床に手を付け、体勢をすぐに戻した。
「あれ? なんか弱くなったか……?」
自身の手を調べるユウヤ。
その後ろで、レヴィが立ち上がっていた。
「なめ……ないでよ。まだ私は終わってない!」
そう言い放つレヴィ。しかし今にも崩れ落ちそうなほどダメージを負っていた。
先程、彼女はグレンに魔法が直撃する瞬間、防御魔法をグレンの前に展開し、ぎりぎりのところで威力を弱めていた。
しかし、魔法の威力を完全には弱めることができなかったようで、膝をついたグレンはまともに動くことができない。
そのグレンに追い打ちをかけるようにユウヤが手を向けた。
「はい残念、王子様ご退場で――」
「やめてください!」
グレンとユウヤの間に少女が立ちふさがった。
ルナだった。
「っあ?! やめろルナ! 来ちゃだめだ!!」
「もうおやめください、これ以上は、私が許しません!」
「は? 何様のつもりだよ? 消えとけ」
そう言いユウヤは腕を横に振る。
荒れ狂う業火が少女を巻き込み薙ぎ払って壁に衝突した。
壁は崩れ落ち瓦礫が飛び散った。
――ルナだったものはもうどこにもなかった。
あっけなく愛する人が奪われ、グレンは目を見開いていた。
「よっわ。なんで出てきたんだあいつ」
「ああ……ああああ……貴様ッ! 貴様ああああああああッ!!!!!」
グレンは叫ぶ。
最愛の人を奪った目の前の男に憎悪を燃やして。燃やして燃やして。
しかし、その体は、魔法のダメージでまともに動かない。
足は滑り地面に顔を打ち付ける。
それでも彼は爪がはがれるほどの勢いで、地面を掻きむしり、ユウヤに近づこうとした。
「うるさ、何キレてんだようるせぇな。そんな好きなら一緒のとこに行かせてやるよ」
「待て」
王が口を開いた。
「あ?」
「ユウヤよ。貴様は王になるといったな」
「だから何?」
「俺の命と地位をやる。その代わり息子の命だけは助けてもらいたい」
「……へぇ」
「私の命も捧げましょう」
隣に立つグレンの母である女王も名乗り出る。
グレンはその発言に唖然としていた。
「へぇーえ、王様も女王様も優しいねぇ。こんなのに命かけちゃってさ。ザ王家って感じ。いいよ。助けてやるよ」
「そうか……では、レヴィ。頼んだぞ」
一国の王の荘厳なるまなざしがレヴィを見つめた。
言葉もなく数秒。
しかしレヴィは王の言わんとすることを察した。
「………………今なのね」
レヴィはそう呟いた。
「王様……。承知しました」
「っ?! レヴィ何を! 離せ!」
瞬間、レヴィは
ユウヤは笑いながら何もせずそれを見届けた後、王の方へその手を向けた。
**************************************
レヴィは夜の空を駆け抜け、隠れ家がある森へと向かう。
「やめろ! 離せレヴィ! 俺はあいつを! あいつを止めなきゃ!」
「……あんただけじゃ無理。それに王様にあんたを頼まれた」
グレンは歯が砕けるほど奥歯をかみしめた。
「今更何のつもりだ! 恩でも売るつもりか!」
「アンタになんか恩を売るつもりはない! 私は王様への借りを返してるだけ。あの人は昔死にかけてた私を救ってくれた。だから恩返しに、私はこの国を出なかった。今回はあの人が愛したアンタを守り抜いて見せる」
「……!」
いつもの彼女らしくないレヴィ。
自由奔放ながらも、王国に居続けた彼女にはそんな理由ががあったことを知らず、グレンは驚く。
レヴィは涙を流しながらグレンを見つめた。
「あの人を助けたいのは私も同じ。だけど今の私たちじゃユウヤには勝てない。今は、逃げるしかないのよ」
「ぐっ……あああ、ああああああああああああああああああああああ!!!」
夜空に悲痛な叫びが響き渡る。
数分後、爆裂音が、彼らの背後の王城から響き渡った。
************************************
その日から、グレンたちは森に隠れて暮らすこととなる。
その2年後、将斗が現れた。
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