第11話 重い……/122話 凱旋
「ちなみにここまででどう? どう思った?」
今まで話していたレヴィが、将斗にそう聞いた。
急に感想を求められ、将斗は困った。
「え……い、今?」
焦って目を泳がせ、感想を考える。
目の前にいるのはさっきまで体の自由を奪ってきた相手だ。無礼なことを言えばまた何かされる可能性だってある。
そんな事を危惧し慎重に言葉を選ぼうとするが、
「そんな迷うことじゃないでしょ? 思ったこと言ってみてよ、思ったことを」
「……じゃあ、正直に言っちゃっていいですか?」
「どうぞ?」
レヴィは肘をついて手に顎を乗せて将斗の次の言葉を待った。
将斗は迷いつつも意を決して口を開いた。
「クソ重い……」
思いついたのはその一言だけだった。
ただシンプルに重い。それが将斗の抱いた感想だ。
今までの話から、彼女が鈴木雄矢を狙う理由は復讐だったり、魔法を教えた者としての責任からだったり……ということになるので、彼女の気持ちを考えると将斗は重すぎて胃がもたれるんじゃないかと錯覚した。
将斗が雄矢を狙う理由は、神様に頼まれたからで、頼みごとを果たさないと存在を消されるため。
彼女の戦う理由と比較すると、将斗の戦う理由のなんと軽いことか。
自分大切さに戦おうとしているだけの将斗は思いの丈の違いに胃がほんの少しだけ痛くなった。
「アンタよく当時の被害者目の前にしてそんな感想が出るわね……」
レヴィはもの言いたげな目で将斗を見ていた。
「だって何でもいいって言ったじゃん……」
「言ったけど、限度があるでしょうに……ほらグレン、続き」
「わかってる。ここからは僕が話そう」
レヴィに肘で突かれてグレンは話し出そうとした。
しかしこの先の展開を将斗は少しだけ知っている。
彼は神から聞いていた話を思い出した。
「ちょ……この先も絶対重いじゃん、俺この後の展開聞いたから知ってんだぞ、確か王と王女が」
「嘘でしょ? ちょっとグレン、こいつ失礼すぎない? 大丈夫?」
「ま、まぁとりあえず一通り話しておかないと……」
先の展開をさらっと言おうとする将斗にレヴィが突っ込むが、グレンはそれを聞かずに話し始めた。
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時は流れ、その日は雄矢が旅立ってからほぼ一年が経った日だった。
「国王! ついに、ついに!」
相変わらずせわしなく戦争の情報が入ってくる玉座の間に、一人の兵士が駆け込んできた。
その迫真さに何かを察した王が玉座から勢いよく立ち上がった。
「まさか! 勇者の話か?!」
「はい!! 魔王を……かの魔王を勇者がついに倒しました!!!」
一瞬部屋が静まり返った。
直後、部屋にいた者たちが両手を掲げ、歓声を上げ、大いに喜んだ。
「ああ、そうか……ついに」
歓声の中、王は力が抜けたかのように椅子に座った。
近くにいたグレンは珍しいその光景に驚いた。
優雅に立ち優雅に座る、それがいつもの王の姿だったからだ。
「父上?! 大丈夫ですか?!」
「いや、大丈夫だグレン。つい緊張が解けてな」
「よかった……。ようやく終わるのですね。この戦争が」
「ああ、ようやく国民を安心させられる」
王は感動したのか涙を流していた。
しかしすぐに拭き取り、表情を厳格なものに戻し、兵士の方に向き直った。
「それで……勇者はいつ帰還する? 盛大に出迎えよう」
「それが……『飛んで帰ってくる』などと言っていたらしく、早くて三日後には王国に到着するとのことです」
「飛んで……? おそらくレヴィの魔法だろう。あの女、こっちには準備があるというのに嫌がらせか……」
グレンはまだ会ってもいないのに顔をしかめた。
「グレン、お前は本当にレヴィ殿に対して……まあいい、三日後だな? ならば早急に準備しよう、偉大なる英雄を労わねば。それと……彼女の葬儀も」
「そうですね……」
勇者パーティの一人。アリスの死は王国にも伝わっていた。
旅の途中、魔物から村人を守るため身を挺して庇ったときに致命傷を受け亡くなったとのことだった。
誰よりも勇敢な死だ、とグレンは心の中で賞賛した。
「彼女の魂が安らかに天へと返されることを祈ろう」
「はい……」
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兵士が出て行ったあと、王とグレンは二人で話していた。
「私の選択は正しかったのだろうか」
「父さん……」
「勇者を召喚し魔王を倒した。このまま戦いが長引いて行くにつれ増えたであろう犠牲者の数を抑えることができた。だが一人の少女が犠牲になってしまった」
「いえ、勇者がいなければ人類は魔王によって滅ぼされていたでしょう。それに――」
その時、コンコンと玉座の間の扉を叩くものがいた。
「誰だ?」
扉近くにいたグレンが扉を開け確認した。
そこにいたのは、黒い髪に、黄色い目をした――
「レヴィ?」
レヴィだった。
彼女は驚いているグレンの横を通って王の前で膝をつき一言、
「ただいま帰還しました」
今まで彼女が膝をついて挨拶をするなどということはなく、その変わり様に王もグレン同様驚いていた。
「レヴィ殿? 到着は三日後ではなかったか?」
先ほどの兵士は三日後と言っていたはずだった。
その問いにレヴィは考えることもなく即答した。
「到着が予定より早くなりそうだったため、一足先にそのことを伝えに参りました」
「おお、そうか……礼を言う」
「到着は明日の朝になります」
レヴィは淡々と告げていく。
あの彼女がこうも礼儀正しく。と、その姿に違和感を覚えたグレンはいつも通り嫌味を言うことにした。
「相当早いな、レヴィ。こっちには準備があるのをわかっているだろう? もう少しゆっくり帰ってきてもよかったんだぞ。ああ、そうか君はせ――」
「それは申し訳ありません」
「……?」
グレンは疑問に思った。
レヴィは礼儀のない女で、王にも敬語を使わない。部屋には勝手に入ってくる。
そういうところがグレンは嫌いだった。
だが今の彼女にはそれがないように思えた。
なんならグレンが理想とする正しい魔法使いの姿になっている。
正しいからこそ違和感を覚えるという矛盾した気持ち悪さに、グレンはその原因がレヴィということもあって少しだけ苛立ちを覚えた。
「それでは私は家で休ませてもらいます」
「あ、ああ……ご苦労だったな」
そうしてレヴィは静かに部屋を出て行った。
王もグレン同様違和感を覚えていた。
「父さん……今のレヴィ、何かおかしくなかったですか?」
グレンは黙っていられず王に聞いた。
何かどころか色々おかしい、と思っていた。
グレンの中のレヴィはもっと、無礼で、騒がしく……とにかく今のレヴィと真逆の存在だったからだ。
「ああ……おそらくアリス殿のことや長旅で何か思うことがあったんだろう。」
「そういうものですか……? 特に彼女に限ってそんなこと」
「半年間共に旅した仲間を失うというのはお前が思っているよりもずっと辛いものだ。ああなってしまうのも仕方あるまい」
「そうですか……」
グレンは納得できなかった。
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勇者の帰還が明日に早まったことを、城の皆に知らせたグレンは、部屋に着くなり、すぐベットに横になった。
魔王討伐の報告を聞いた時から力が抜けそうになっていたが、何とかここまで持ちこたえた。
王の前ではしっかりしていたいという、プライドのようなものがあったからだ。
「………………」
彼はひと眠りするつもりだったが、眠れずにいた。
引っかかるものがあった。
先程のレヴィの態度についてだった。
いつもだったら「まだいたの? 実は私たちが魔王倒したんだけど知ってた? 知らないかアハハハ」と、言われると彼は思っていた。
そこまで言わなかったとしても、いつものように言い合いになるはずだと。
その時、グレンの部屋に入ってくる者がいた。
「グレン……」
「ん? ルナ! 久しぶりじゃないか、帰ってたのか!」
青髪の少女が部屋に入ってきた。
彼女はルナ・フィール。グレンの婚約者だ。
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グレンと彼女が初めて出会ったのは、幼い時、森で遊んでいたときだった。
二人は意気投合し、出会ってから毎日遊んでいた。
しかし、グレンがある日いつものように森へ向かうと彼女はおらず、その日から会うことはなかった。
時は経ち魔王軍との戦争中、魔物の軍勢によって襲われ滅ぼされた国があった。
その国に残っていた人々を救出すべくグレン含めた王国軍が向かった。
グレンは戦火で燃え盛る国を駆け、次々と人々を救出、避難させた。
その途中でグレンは彼女と再会した。
彼女は負傷者の治療を行っていた。
雰囲気は大人っぽくなっていたが、特徴的な綺麗な青色の髪は幼いころから変わっていなかった。
グレンが彼女に近づくと向こうも顔を上げ、数秒後昔あっていた彼だと気づいたようだった。
感動の再開だった。
しかし、それもつかの間、火の手が強くグレンたちは、王国軍がいる地域と分断されてしまった。
火事に巻き込まれないよう、彼女の手を引いて走るグレンだったが、治療途中の負傷者を連れながらの逃亡は困難を極めた。
その途中、彼女の頭上から落ちてきた瓦礫から彼女を庇い、グレンは気を失った。
意識が朦朧とする中、グレンが見たのは燃え盛る炎の中必死に治癒魔法の『
グレンは薄れ行く意識の中思った。
スキルの
特にこの時のような燃え盛る火炎の中で、火傷したところから直していっては、いつかは魔力が尽きて回復できなくなる。
それに加え、彼女自身も危険だった。
グレンは彼女だけでも逃げてほしいと願った。
しかし、どうすることもできずグレンの視界は真っ暗になっていった。
数日後グレンが気が付くと彼は王国にいた。
奇跡的に駆け付けた王国軍によって助かったのだった。
彼女も生きており、負傷者も全員助かっており、グレンは神の奇跡だと感謝した。
その数日後グレンは彼女にプロポーズし、晴れて二人は婚約者となった。
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ルナは魔王軍との戦いにおいて『
そのため、最近彼ら二人が出会う時間は非常に貴重だった。
「魔王が倒されたって聞いたけど……」
「ああ、ようやく平和になりそうだよ」
「よかった……でも……」
ルナはグレンを心配そうに見つめていた。
「どうした?」
「グレン、何か気になることあるんじゃない?」
「え……いや。別になにも……どうして?」
「わかるよ。グレンって何か考え事してる時いつもそうやって寝ることもなくベッドにいるから」
「……ごめん。ばれてたか」
グレンは自分のことをわかっていると言われ少し照れた。
彼はそのまま、彼女にレヴィのことを話した。
様子がどうにもおかしいと。
「確かに気になるね。グレンとは会うたびに喧嘩してたし」
「喧嘩じゃない、あっちがつっかかってきているだけだ」
「フフッ、そういうことにしとくわ。でも、一応様子を見に行ってくるのはどう?」
「なんで俺がそんなこと」
「いいじゃない。今行かないと当分の間『あんな女』って呼んでるあの人に悩まされることになるよ? いいの?」
グレンはその状況を想像した。
寝る時も、ご飯を食べている時も、風呂に入っている時も、四六時中自身が嫌うあの女のことを考える自分を……
「……ハハッ。ルナは僕を乗せるのが上手いな。わかった行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
ルナが手を振って送り出してくれた。
そうしてグレンはレヴィの家へと向かった。
************************************
レヴィの家は城の近くにあったためすぐに着いた。
これだけ近いなら最初から迷わず来て、済ませておけばよかったと思うグレン。
彼は家の扉の前に立つなりすぐ戸を叩いた。
「レヴィいるか? あ~……その……」
心配で来た、とは言えなかった。
普段突っぱねるような態度をとっている分、グレンは気まずい。
「なんというか少し話があって来た」
理由を濁して戸を叩く。
やりづらさを感じつつ叩いた扉はすぐに開いた。
「グレン……?」
出てきたレヴィは、まるであるはずのないものを見るような顔をしていた。
そしてどこか酷く焦っているようだった。
黄色い目が見開いてグレンを捉えている。
「レヴィ?」
様子がおかしいことに気づくなり、グレンは視界の端で花瓶が落ちて割れているのを見つけた。
割れた花瓶と取り乱しているレヴィ、グレンはついさっき城で見た彼女の様子とは明らかに何かが違うことを感じ取った。
「なんだ、どうした。大丈夫か」
「……ええ、大丈夫。それより、クリスは?」
「クリス? クリスは明日到着するんだろ?」
「何それ……? 知らないわよ、とにかく……ハァ、無事なのね。良かった」
良かったとは何を指すのか。グレンは彼女が何を言っているかわからなかった。
レヴィはフラフラと部屋に戻り、机に手を突いてため息をついている。
彼女の行動はわからないことだらけだが、やはり今日の彼女は何かが違う。グレンは思った。
「さっきと言い、今といい……レヴィ、今日のお前少し変だぞ」
「さっき……さっきって何? 寝言でも言ってた?」
「何言ってる。君が勇者が明日帰還することを伝えに来たじゃないか」
「え……? 何……言ってんの?」
「そんなはず……」とレヴィは机から離れ、グレンの顔を見た。
彼女はひどく青ざめていた。
彼女のそんな顔を見たことがないグレンは一瞬言葉に詰まる。
「……本来三日後到着予定のところを、明日到着になるってお前が直接玉座の間に来て言ったんじゃないか」
「はぁ? そんなこと知らないわよ。私さっき目が覚めたところよ」
「……ふざけてるのか?」
「ふざけてない! それよりユウヤが明日王国に帰ってくる……? 何それ。ダメよ。今すぐ、今すぐ止めに行かなきゃ」
ふらふらとした足取りで部屋を出ようとするレヴィ。
理由はどうあれそんな状態で外に出すわけにはいかず、グレンは止めに入る。
「どうしたんだレヴィ? さっきから何を言ってるんだ?」
肩を掴むが、それでもレヴィは外へ出ようとした。
「離して!」と彼女が言うが、やはりいつもの彼女とは違う。
何がなんだかわからず、ただ止めることしかできないグレンに対し、急に彼女が振り向いた。
「邪魔しないで! あいつは……あいつはアリスを殺したのよ!」
「……え?」
グレンは彼女の言葉の意味がわからなかった。理解ができなかった。
文字通り受け取れば良いことに気づくのは数秒後。
それでも彼女が何を言っているのかがわからず、グレンは何も言えなかった。
「離してくれないなら聞いてグレン」
そう言ってレヴィは、彼女の覚えているこれまでのことをグレンにすべて話した。
騙られたその内容を、グレンは信じられなかった。
ユウヤがアリスを手にかけたなどという話が信じられるはずもない。
だってあの男は勇者なのだから。
「なんだ今の話……だって君たちは魔王を倒したじゃないか。なんでそんな、どういうことだ」
「魔王を倒した? 馬鹿じゃないの? あんなことされた後、私があいつと仲良く旅してたって? 嘘も大概に」
「いや本当だ。魔王場近くで調査に当たっていた者が、魔王城へ乗り込むお前たちを見つけた。そしてそこで少し話したということを聞いている。「勇者として魔王を倒してくる」と言っていたらしいぞ。覚えてないのか?」
レヴィは小刻みに首を振った。
「それに……魔王は本当に倒されたようだ。実際に魔王軍もだんだん力を失っていっている。あれはもう残党と呼んでもいいくらいだ」
「ありえない……そんなこと……」
「それに他にも……レヴィ?」
レヴィは口に手を当て震えていた。
何かぶつぶつとつぶやいた後、突然――
「まさか?!」
そう言って勢いよく立ち上がった。
「やり直すって最後の言葉、まさかあいつは本当にやり直した……?! 一から、勇者としての旅を?」
「やり直す……?」
「そう、あいつはやり直すって言ってた! あいつはアリスを殺したとき、あいつの中であいつの勇者としての物語は終わった。だからやり直した。だから「勇者として」なんて言った!」
「おい待て、落ち着け。もっとわかりやすくちゃんと説明してくれ」
「うるさい! そんな時間なんてない! 急がなきゃ! 私はアレを完成させる! あんたは……」
レヴィはそう言いかけて止まった。
何かを言おうとしているが、出てこないのか何度も腕を振って言葉を出そうとしている。
グレンは彼女がひどく焦っていることだけがわかった。
「あんたは王の近くにいなさい、片時も離れないで」
ようやく言葉を見つけたレヴィは部屋の隅に置いてあった、何かが大量に詰まった袋を手に取ると部屋を飛び出していった。
「おい待て! どこに行く!」
「絶対に王様から離れないで! 頼んだわよ!」
レヴィはどこかへ飛び立っていった。
グレンにはとても追いつけない速度で去っていく。
王様から離れるな。そんな一言だけを残して。
「どういうことなのか……説明くらいしていけ……」
吐き捨てる言葉を受け取る者はいない。
信じたくもない話と不安がよぎる言葉を抱えてグレンは自室へと戻った。
そして次の日――
ユウヤが帰還した。
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