第10話/79話 再開


「うおおおおおっ?!」

「おお、いいよ! その感じだよ、ユウヤ。ようやく魔力の流れをつかめるようになったわね」


 草原を歩く4人がいた。

 そのうちの1人――ユウヤは宙を浮かんでいた。

 これはレヴィが開発した魔法、『浮遊フロート』。

 この世界には魔法は五属性しかないはずだが、それとはまた別にレヴィ独自で編み出した属性のない魔法の一つだ。

 ただし、魔力の流れを操ることで飛んでいるため、厳密にいうと魔法ではなく魔力を操作する技術である。と彼女は熱弁するが彼女の周りにはそれを理解できる人間がいない。


「すげぇ! ははっ! 飛んでる!」

「さらに魔力を操作することでいろんな方向に飛ぶこともできるわ」

「おおおお、結構高いとこまで行けんじゃんこれ!」

「落ちないでよー?」


 この魔法は、景色の変わらない森や草原を歩く中で退屈しのぎなるだろうと教えていたものだった。

 レヴィは初級魔法を教えるのと同じくらい苦戦すると思っていたが、ユウヤはこの魔法だけは早く覚えられた。

 これについてレヴィの予想では、ユウヤはスキル『無限魔力インフィニティ』によって常に体内からとんでもない量の魔力が溢れ続けているため、半年も経てばいやでも魔力を感じ取れるようになってしまったと考えている。

 レヴィも魔力を知覚し始めたのはちょうど王国最強と言われ始めたあたりだったからだ。

 彼女は、魔力を知覚する能力は魔力量に比例して敏感になるのかもしれないと、次の研究テーマの候補に挙げた。


「ふぅ、ありがとうレヴィ。楽しかったよ」

「そっか、じゃあそろそろ中級魔法を覚えてもらおうかな」

「それはいいや」

「ハァ……アンタ最近……いや何でもない」


 レヴィは無駄だと思い、最後まで言うのをやめた。


 村で少女を救えなかったあの日から、ユウヤは『勇者だったらこうする』というような発言をしなくなった。

 レヴィはそんな彼からやる気というものを感じなくなった。

 今までだったら「やります!」と言ってくるはず。

 旅はちゃんと続けているが、最近はそのやる気のなさが露骨に現れ始めているように見えていた。

 そんな先頭を歩くユウヤにアリスが声をかけた。


「ユウヤさん……」

「どうしたアリス」

「先ほどの村で会った女の子に頼まれたこと、覚えてますか?」

「『魔物に追われてなんかを前の村に落としてきてしまったから拾ってきてほしい』だったっけ?」

「……『大事な母親の形見』って言ってましたよ」


 アリスはユウヤから目を逸らしてそう言った。


「ああ~そうそう、そんなこと言ってたな。で?」

「行かないんですか?」

「だってもう通り過ぎちゃってるし」

「でも彼女にとって大事な宝物で……」

「はぁ。そんなに大事だったらちゃんと持っておくべきだろ。それに、できたらでいいって言われたんだからそんなに重要でもないってことだろ」

「それは勇者に迷惑をかけないように思っての言葉でしょう? 大事じゃなかったらわざわざ伝えに来ることもないですし」

「いいんだよ。そんなに大事なものだったらもっと必死に伝えてくるだろ」

「……ユウヤさん、変わりましたね。」


 アリスはそう呟いた。

 彼女が旅の最初の方に見せていた、皆を元気にするあの姿はどこにもない


「は?なんだよ急に」

「昔のあなただったら絶対見捨てなかったじゃないですか」

「昔の俺? あんときはただ無理して頑張ろうとしてただけだよ。それにアリスが俺らしく行動すればいいって言ったじゃねえか」

「それは……」

「じゃあなんだ? 俺がまた勇者を目指せばいいのか? ああわかったよ、ほら戻って村に行くぞ~勇者ならそうしただろうしな」

「貴様なんなんだそれは。いい加減にしておけ」


 黙っていたクリスがユウヤの首根っこを掴んだ。

 険悪な空気が流れるが、ユウヤはその手を払いのけた。


「ちっ。なんだよさっきから、皆して文句ばっか言いやがって」


 そう言いながら茂みの奥に入っていく。


「どこに行くつもりだ?」

「便所だよ。ついてくんなよ」


 クラスの問いに対し振り向かずにそう答え、奥に行ってしまった。

 彼の姿が見えなくなってしまったため、はぐれないように三人は歩みを止め、彼を待つことにした。


「アリス、大丈夫か?」

「ごめん姉さん。大丈夫だから」


 大丈夫と言う彼女の表情は暗かった。

 レヴィは黙って二人を見ていた。


「あいつ、あんな奴だったか?」

「私が悪いのかも。私が変われって言ったから」

「アリス……」


 最近はアリスの元気がないせいか、クリスはより一層彼女を気にかけるようになっていた。

 レヴィも思うところがあったため、アリスを励ますことにした。


「アリスは悪くない。あの時のあれは正しかったはずだ。多分今はユウヤも変わろうとして頑張りすぎてるだけよ」

「……できることなら私は……昔のユウヤさんに戻ってほしい。わがままだよね……でも私は、前のあの真っ直ぐなユウヤさんに憧れていたから……」

「大丈夫でしょ。勇者のようにふるまうったって、そう簡単にはできないはずよ。本当はどっかにユウヤが勇者たる素質があって今までやってこれてたんだよ。そのうち、また元に戻るわ。」

「……うん、ありがとう……レヴィ」


 久々にアリスが笑ってみせた。

 ぎこちないが、少し元気が出たことが伺える。


 数分後ユウヤが戻ってきた。


「いやぁ~悪いなみんな。行こうぜ」

「こっちは待ってやったんだ。貴様、礼の一つくらい言ったらどうだ」

「はいはい。あ、そうそうアリス」

「なんですか?」


 アリスのほうを向いたユウヤは手を指し伸ばす。

 その手には切り傷がついていた。


「悪いんだけど、治してくんないかな。枝で切っちゃって」

「た、大変。すぐに直しますからじっとしててください」

「ありがとう~」


 傷に触れようとするアリスの手をクリスがつかむ。


「貴様、手は洗ってきたか?」

「あ~………悪い悪い洗ってなかった。」

「……貴様っ!」

「でもなにで洗えばいいんだ? 川に着くまでこの傷放置しておくのか?それに――」


 その瞬間レヴィが手をユウヤに向けた。


水流ハイドロ


 レヴィの手から水流が放たれた。

 その水流は、ユウヤの手を直撃し、そのまま彼ごと吹き飛ばした。

 彼は頭から足先までずぶ濡れになった。


「痛ってえな! なにすんだよ!」

「ユウヤ。いい加減にしておきなさい。最近は特にひどい。どういうつもりなの?」


「も、もういいよ、二人とも。大丈夫だから……ほらユウヤさん手を出して。」


 一触即発という雰囲気を感じたのか、アリスは二人を宥めた。

 そのまま傷に触れ治療を開始する。


「アリスはいっつも優しくて助かるよ。」

「……」


 アリスは治療している間、何も言わなかった。



************************************



 そんな夜のことだった。

 川の近くで野営することとなり、簡単な食事後、彼らはいつも通り寝る準備を始めた。

 準備といっても簡易のテントを三つ張り、クリスの持つ『索敵』というスキルと、レヴィの作った属性のない魔法の一つの『防御魔法』を発動するだけであった。

 『索敵』スキルは周囲数メートルの範囲に入った者がいたときに知らせてくれるスキル。

 『防御魔法』は周囲に透明な膜ができ、一定の強さの攻撃を受けるまでは、物理的接触から守ってくれる魔法だ。これは破られた瞬間、レヴィが気付けるようになっている。

 二重で警戒しておくことで、襲撃に対し即座に対応できる。

 そのため野宿でも十分安心して寝られるようになっている。


「次の村までまだ距離があるから明日は早めに出る。そのつもりでよろしくね」

 

 レヴィはそう言い明かりを消した。




 数時間経った頃だった。


「ゃっ・・・・くだ・・・・」

「・・か・・・・ろよ」


 なにやら声が聞こえた。それに物音も。

 それに気づいたのはレヴィだった。

 目を開けているが、外はもう暗く何も見えない。


「いったい何だ……?」


 レヴィは音のするほうに顔を向けたが、やはり暗くて見えない

 

「……『防御魔法』……には変化なしか……」


 変化はないが、謎の音は止まない。

 彼女は直接確認するために起き上がろうとした。


「……ん? ……なんで?!」


 レヴィの体はちっとも動かなかった。

 寝ぼけているわけではない、全く、一切動かせないのだ。

 動くのは目だけ。

 レヴィはその原因にすぐ気づいた。


「洗脳・・・魔法・・・?!」


 レヴィが作り出した魔法の一つ、『洗脳魔法』。

 魔力が体内を流れていることに着目したレヴィが考案し作り上げた魔法だ。

 対象の魔力の流れの中に自身の魔力を侵入させ、相手の体の自由を奪う。

 また細かく操作ができれば、相手の思考さえも支配することができる。

 

 自身の魔力の流れがおかしいことからレヴィは気づくことができた。

 そんな魔法を、彼女以外に知っている者が一人いた。

 ユウヤだった。『浮遊フロート』の説明の際についでに原理だけでも、と教えていた。


「まさかユウヤが?! でもなぜ……?」


 レヴィは考えた。

 先ほど聞こえた音は、そして今もかすかに聞こえるこの音――いや、声。

 声だった。それも二人。男女の。

 加えてレヴィにかけられた洗脳魔法。

 彼女の思考は最悪の状況を導き出す。


「……やるしかないか」


 レヴィは魔力の流れを操り自分に魔法をかけた。

 洗脳魔法だ。

 洗脳によって動けないのであれば、自身の洗脳で上書きしてしまえばいいと考えた。

 しかしうまくいかない。


「だいぶ無茶苦茶なかけ方をしてくれたな……」


 魔力の流れが乱れきっていて修復が不可能になっていた。

 レヴィが使う洗脳魔法は積み上げた積木の一部を数本抜いて場所を入れ替えるものだとしたら、今かけられた洗脳魔法は積み木を一気に崩して、適当に積み上げなおしたような状態だった。


「だったら……!」


 レヴィは、体全体でなく、腕のみを動かそうと集中した。

 それはうまくいったようで次第に、腕の自由がきいてくるようになった。

 レヴィはその動く手を、声のする方に向け――


火球ファイア!」


 魔法を放った。

 放たれた火球ファイアは状況を理解するには十分なほどに、周辺を照らした。


「……! なんで動ける?!」

「っあ……すけて! 助けて! レヴィさん!」


 ユウヤがアリスに馬乗りになって、身動きを封じ、服を剥ぎ取って、今まさに襲おうとしているところだった。

 アリスは口を塞がれていたが、ユウヤが突然の火球に驚いた拍子にその手が外れたため叫んだ。

 その顔は恐怖と絶望で塗り潰されていた。


「何をしてるのユウヤ! 馬鹿な真似はやめなさい!」


 レヴィは必死になって叫ぶ。


「アンタは何考えて――!」

「チッ、うるせえなぁ、黙ってろよ」


 そういうと彼はレヴィに腕を差し向けた。

 レヴィは一瞬、気を失えるほど膨大な魔力が流れ込んでくるのを感じた。


「っあ……?!……!!」


 途端にレヴィの腕の自由が再び奪われ、口も動かせなくなった。

 叫ぶこともままならない。 

 自身の洗脳魔法を上書きされたという事実にレヴィは驚いていた。

 だがそれ以上にアリスに手を出したことに対しての怒りが湧き出していく。


「んっー!! んんっーーー!!!」

「ハハ、まだ喋れるのか。さすが師匠っすね」


 レヴィが必死に叫ぶのに対し、ユウヤは笑っていた。

 ユウヤはそのままアリスの体に触れていく。

 触れられた箇所から逃げるようにアリスが体を捩った。

 レヴィはその間叫び続けた。

 彼女の叫びはもう一人の仲間に届いた。


「っ?! 貴様っ! 何してる! アリスから離れろ!」


 クリスが起きた。

 レヴィはこれを狙っていた。

 スズキユウヤの不器用さはかなりのものであるため、魔法を同時に二つ使うということができないことを知っていた。

 自分に洗脳魔法をかけている間、他の魔法は使えない。

 つまりクリスに対しての防御する手段を持ち合わせていないと思ったのだった。

 しかし、彼の魔法はレヴィの想像を超えていた。


「……?! 動けんっ………!!」


 クリスも体の自由を奪われていた。

 レヴィはこの事実に再び驚き、そして気づく。

 ユウヤの洗脳魔法は複数人同時に掛けられるということを。

 信じられることではなかった。

 複数に同時ということはそれだけ緻密な魔力の操作がいる。

 不器用なユウヤにできるはずがなかったはずなのに、だ。

 だが今は身体が動かない。現実がそれを証明している。


 ――違う。 


 レヴィは、動けない体をどうにか動かそうとしながら、その答えを否定した。

 ユウヤは器用になってなどいない。なるはずがない。

 これまでつきっきりで指導してきた自分が、彼の不器用さは伊達ではないことを一番わかっていた。

 レヴィは必死に考えた。

 自身の魔力がめちゃくちゃにされていたことから、彼が行ったのは『体の自由を奪うこと』、すなわち、『動きを止めること』。

 魔力の流れを止めてしまえば、それは可能になる。

 その場合なら正確な操作は必要ない。

 相応の魔力があれば、複数人の魔力の流れを無理矢理抑え込んで、『動きを止めること』ができる。

 その素質が十分彼にあった。

 彼は無限の魔力を放出し続けることで周囲の、同時に三人の自由を奪っていた。


 答えが出ても解決法がない。

 抑え込んでくる無限の魔力を押し返す力はレヴィにはない。

 

「さあ邪魔者はいないから、愛し合おうアリス」

「いやっ! やめてっ! んっ……やだっ!」


 アリスに向き直るとユウヤはその体をまさぐる。

 彼女の露わになった柔肌に彼の指が這う。

 動けず、それを見ることしかできないクリスの目には殺意の籠る怒りが浮かぶ。


「なんでそんな嫌がるんだエリス。森の中で俺がトイレ行ったとき俺のことが好きって言ってたじゃないか? だったらいいだろっ」

「私っ……うっ……そんなことっ……言ってないっ!」

「はあ? 言ってただろ! 俺のことが!」

「私が好きだったのは! 昔のあなたです!」

「は……?」

「私は、昔の努力家で正義感に溢れていたあなたが好きだったんです!」

「なんだよそれ……お前が、お前が変われって」

「ここまで変わってしまうなんて思っていませんでした……。こんな、こんな卑怯なことするような人に!」


「卑怯だと?ふざけんなよ、お前が俺らしくいろって言ったんだろ!だから俺は俺らしくあり続けた!何が違うんだよ!この――」


 雄矢が拳を振り上げる。


「違う……」アリスがそう呟いた。

「あ?」

「こんなの……」


 アリスは泣いていた。

 大事な存在を失ったことに。

 そして目の前の存在を憎むかように。


「なんだよその目、俺が、俺がどれだけ――」

「こんなの、ユウヤさんじゃない! ……あの人じゃない!」

「……え」

「あなたはユウヤさんじゃない! 私の知ってるユウヤさんじゃない!」


 ユウヤの動きが止まった。

 その目にも腕にも何の力も込められておらず、だらんとしていた。


 その瞬間、レヴィとクリスが動けるようになった。

 クリスはすぐさま弓を構えてユウヤを狙った。


「殺す!」

「待て! クリス」


 躊躇なく、クリスは矢を引く指を離そうとした。


「黙れよ……」

「なっ?!」

 

 矢は放たれなかった。

 再度洗脳魔法によって体の自由が奪われ、クリスは弓を引いた状態で、レヴィはそんなクリスに手を伸ばした状態で止まっていた。

 さっきとは違い口が動かせる。

 その時、ユウヤの肩が震えだした。

 その目には、殺意が宿っている。

 そして――


「黙れよ!」


アリスの首を絞め始めた。


「うっ……か……はっ……」

「俺が、俺がユウヤだ! 俺がユウヤなんだ! 俺がぁ! 俺が俺が俺が俺が俺が!」


 彼は叫びに合わせて、全体重をかけ首を押さえつける。

 体重をかける際に一瞬締めが弱まるのか、アリスの声が漏れる。

 何度も。何度も。

 殺意だけがユウヤを動かしているようだった。


「アリス! アリス!!!! やめろ!!! やめろおおおおおおおおおおおお!」


 目の前で大事な妹が殺されそうになっているのに、弓を引いたままのクリスはただ叫ぶことしかできなかった。

 


「っ………………………………ぁ………………ぁ……」 

「死ねっ! 死ねっ! 消えろ! 消えろ! 死ね!」

 

 アリスの瞼が閉じていく。

 半開きの瞼から除くその瞳にはもう光が宿っていなかった。

 しかし、我を忘れているユウヤはそれに気づかない。

 その後、彼はずっと彼女の首を絞め続けていた。

 クリスは叫び続け、レヴィはただ茫然とそれを眺めていた。



***********************************



 朝日が昇る中、ようやくユウヤはアリスが絶命したことに気づいた。


「ああ…………あああああっ?!」


 彼は物言わぬ体から手を離し後ずさった。

 その時だった。

 洗脳魔法が解けた。

 動けるようになり弓を投げ捨てクリスは一目散にアリスに駆け寄った。


「アリスっ……アリスっ! なんで……アリス! アリスっ!」


 クリスが抱きしめるが、動かない『それ』からはもう温かさすら失われていた。

 クリスの呼びかけに答えが返ってくることはない。


 動けるようになったレヴィは、頭を抱えうずくまるユウヤに手を向けた。

 

「ユウヤ………アンタは勇者として……いや、人としてやってはいけないことをした。アンタみたいなのに魔法を教えたのが間違いだった。……私が……けじめをつけてやるわ」

「待てっ!!!」


 アリスを抱いたままクリスが叫んだ。

 レヴィの前に立ちふさがりナイフを抜いた。


「こいつは私がやる。殺してやる。絶対に殺してやる。私の、私のアリスをよくも!」


 クリスは純粋な殺意のこもった瞳をユウヤに向け、持っていたナイフを――


「俺じゃない」

「あ?」


 クリスが動く前にユウヤがそう呟いた。

 クリスはその発言で怒りを燃やす。


「貴様がやったんだろうが! 逃げるつもりか? させない。殺す。ここで絶対に殺す!」

「俺じゃない。こんなの俺じゃない!俺は俺は俺は俺は俺はぁ!!!」


 狂ったようにユウヤが叫びだす。

 その狂い方はまるで、少女を救えなかったあの夜に似ていた。


「ユウヤ……アンタがやったのよ」

「……違う。俺は勇者で俺は勇者を目指してて……アハッ、アレ? 勇者は目指さなくていいんだっけ俺は俺になればいいんだっけ違う違う俺は勇者で勇者が俺で」


 ユウヤの目の焦点が合っていない。完全に錯乱していた。


「狂えば逃げられると思うなよ! 見ろ!」


 クリスがユウヤの頭を鷲掴み、乱暴に動かす。

 その頭をアリスのほうに向ける。


「お前がやったんだ!!!」


「う、ぁ、ぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 夜明けの森にユウヤの絶叫が響き渡る。

 頭を掻きむしり、その爪が赤く染まっていく。


「ああああああああああああああ……………………間違えた」

「あ?」

「間違えたんだよ俺」

「何のつもりだ」


 急に冷静さを取り戻すユウヤにクリスは何かを感じ警戒した。


「やりなおそう。もう一回」

「何言って」


 そう言って彼は手を自分の頭に当てた。

 レヴィは魔法で攻撃されると思い、咄嗟にクリスと自分に防御魔法を展開する。



 ――次の瞬間、レヴィはファング王国内の自宅にいた。


「……えっ」


 彼女の足元に花瓶が割れて散乱していた。

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