第8話/2話 『勇者として』

「だーかーーらぁーーーー!! なんで! こんな! 初歩中の! 初歩が! できないの! 下手くそ!!」

「ごめんなさいぃー---!!!」


 豊かな風が吹き抜けるファング王国外の草原に、怒号と謝罪が響き渡った。


「だから! 魔力の流れをよく見て!それを形にするの!」

「そもそも、その魔力の流れがよくわかんなくて……」

「こんの……! ああああああ! ……ハァ。もう一回だけ。もう一回だけ洗脳魔法かけるからそれで感覚つかみなさい! ……次はないわよ」

「は、はいっ!」


 王国最強の魔法使いレヴィは目の前の少年――スズキユウヤへ魔法を指導をしているのだが、あまりの出来の悪さに怒っていた。と同時に呆れていた。


 彼は『無限魔力インフィニティ』という『無限の魔力が生成される』スキルを持っておきながら、『魔法』を一つも知らなかった。

 しかし、彼女は彼が「魔法のない別の世界から来た」と言った時は、じゃあ仕方ないと思った。別に魔法はこれから覚えてしまえばよいと。

 だが、その第一歩目でつまづいている。

 

 レヴィはその状況と、その原因の彼に苛立ちを覚えていた。

 魔力とは魔法を使うために消費するもの。

 魔法が使えないのに魔力だけ溢れ出てくるなんて、レヴィからしてみれば宝の持ち腐れでしかない。

 特にレヴィは魔法への探求心に溢れているため、代われるものなら代わりたいとさえ思っている。

 さらに彼が召喚された勇者だからと期待していた分、落胆も大きい。

 

 レヴィはユウヤに向かって指を振った。


 「火球ファイア!」


 ユウヤが手を突き出しそう唱えると、手の先から、バスケットボール大の火の玉が飛んで行った。

 飛んでいき重力に引かれたそれは地面にぶつかり、草を焦がした。


 「はい、覚えた?」

 「うーん……」


 レヴィの問いにユウヤは首をかしげた。

 

 今の魔法は確かに彼の手から出た魔法ではあった。だが、彼が出したものではない。

 これはレヴィが洗脳魔法を使うことで撃たせたものだった。

 洗脳魔法とは体の操作を奪いとる魔法。思考さえも奪い取ることができる。

 作り上げたのはレヴィ本人で、細かい操作もお手の物だった。

 体の自由をうばうが、感覚や思考までは操らずにそのままにする。

 その状態で魔法を使わせると、魔法に支配されず自由なままの彼の感覚や思考で魔法の打ち方を覚えることができる。というのがレヴィの作戦だった。

 しかし、この方法は洗脳魔法を使う側であるレヴィの神経をかなり使うため何回もできなかった。

 だがレヴィは、魔法を出した感覚をちゃんと記憶してくれれば何回もやることはないだろうと、そう思っていた――


「はい、やってみて」

「ファイア!」


 彼の突き出した手からは何も出なかった。


「……ぅ」

「う?」

「うぅぅぅうううああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 獣の雄たけびの様な声を上げるレヴィにユウヤは頭を押さえてしゃがんで小さくなった。


「なんでできないのよ! どうなってんの! 不器用にもほどあるでしょ! こうよ! こう! こうこうこうこう!」


 声を荒げ、髪を振り乱し、レヴィはその突き出した手から馬車くらいなら軽く包み込める大きさの爆炎を次から次へと放った。

 まるで見本のように見せているが、その気迫からは私怨しか感じられない。

 爆炎の連撃に、世界百景として有名だったファング王国周りの豊かな草原の一部が黒く焼き焦がされていく


「ごっごめんなさい! 全然わかんないです……ていうか、レヴィさんファイアって言ってないけど、なんで魔法出せるんですか。本当は言う必要ないとか?」


「ハァ? ……詠唱のこと?」


 この世界では魔法を唱える際、その魔法の名前を言う。

 その行動を『詠唱』と呼んでいた。


「詠唱なんて出す魔法のイメージを固めるだけの補助みたいなもんなの。イメージさえ固まってればできるわよ。相当練習しないとできないけど。……って、要はあんたには1000年早いのよ! だから! 早く! 火の玉一個くらい出せ!」


「ごめんなさいぃーーーーー」


 収まりかけた怒りの炎が再び着火されてしまった。

 草原に響き続ける怒号と悲鳴が鳴りやむことは、当分の間なかった。



**************************************



 数日前、「魔法ってどうやって出すんですか?」という発言で、広間には静寂が広がった。

 全員が唖然としていた。


 スキルを誤認させるスキル、または同効果をもつ魔法の可能性を考えられ、スズキユウヤは牢屋に入れられそうになった。勇者を騙る罪人として。

 しかし魔法使いレヴィだけは、彼の体からあふれ続ける魔力を感じ取ることができていたため、彼のスキルは偽物ではないことだけはわかっていた。


 魔法の探求者であるレヴィには初級中級上級とある魔法から、さらに上の魔法を作り出すという夢があった。

 彼さえいればその夢に到達しうると考えたが、逆にここで彼を失えばその夢は叶わないと思った。

 魔法さえ出せれば彼の力が証明できるのならと、普段はやらない魔法の指南役を買って出た。 

 

 彼女は、流石に初級魔法の初級も初級。『火球ファイア』くらいならすぐできると思った。

 無限にある膨大な魔力をうまくつぎ込めば、『火球ファイア』程度でも、ドラゴンが放つブレスと同等くらいにはできるだろうと。

 それができれば、彼の無限の魔力の証明もでき、同時に手間もかからない。さらに、夢へ一歩近づける。そう思っていた。


 彼女の見込みは本当に甘かったのだ。


 彼――スズキユウヤはドがつくほどの不器用だということを彼女は知らなかった。



「もういいんじゃない? 無理でしょ」


 魔法を教え始めて、数日が経っていた。

 レヴィはもう諦めていた。

 いくらやっても彼の手から魔法が一向に出ないからだ。


「まだ……やります!」

「はぁ……あんたずっとそれね。よくもまあそんな持つわ」


 スズキユウヤは毎日手を突き出して「ファイア」と唱えている。

 朝から晩まで。

 最初はレヴィが連れ出してそうしていたが、ここ最近は彼が自主的にやっている。

 一応監督者として、レヴィは草原に寝転びつつ、他の魔法について研究しながら付き合ってあげている。


「なんでアンタはそんなに必死になってんの? 勝手に召喚された身でしょ? なんのために頑張ってんのよ?」

「……皆のため、です」

「皆って誰よ?」

「国の皆です」


 レヴィはあおむけで読んでいた本を閉じてユウヤを見た。

 相変わらず「ファイア」と言っていた。

 

「国の皆って……そもそもアンタとは何の関係もないじゃない」

「確かにそうですけど……でも」

「でも?」

「勇者として召喚された俺が、勇者として頑張るのは当然だと思います」

 

 彼がレヴィを見た。

 レヴィはため息をつくと起き上がった。


「台詞は良いのに、覇気がこもってなさすぎ。気合入れなさい」

「ご、ごめんなさい」

「ほら、もう一回やるわよ」


 そう言ってレヴィが手をユウヤに向けた。


「え、洗脳魔法は今日はもう疲れたからやだって」

「気が変わった。……何? やるの? やらないの?」


 レヴィは多少不服そうな顔をしているが、それでも手はユウヤに向けたままだった。


「や、やります!」


 ユウヤは大声でそれに応えるのであった。



**************************************



 スズキユウヤが召喚されてから半月が経った。

 その日の昼、王城を走り回る女性がいた。

 その女性は王のいる玉座の間の扉の前に来ると、扉を足で蹴り飛ばして吹き飛ばした。


「王様ァ! お待たせ! ようやくこの馬鹿が魔法を使えるようになりました!」


 レヴィがユウヤの首根っこをつかんで引っ張った状態で玉座の間に飛び込んだ。

 首だけを引っ張り続けていたせいか、スズキユウヤはぐったりとしていた。


「本当に長かったですね。王国最強とあろうお方が。……あと扉直してくださいよ」


 玉座の間には丁度グレンもいた。

 お互いがお互いを認識した瞬間、同時に彼らは嫌そうな顔をした。


「ハァ? あんた代わりにやってみなさいよ。ていうかあんたまだここにいたの? 戦争は? ……ああ、戦力外通告でもされた? かわいそ」

「アハハ、君と違ってちょうどさっき調査から帰ってきたところさ。ああ~最強魔法使い様にも関わらず魔法の指南に苦戦してたから知らないか」

「お前たちは……」


 王はレヴィの入室から間髪入れずに始まる言い合いにこめかみを押さえた。

 王は気を取り直してユウヤの方を向いた。


「それで、何ができるようになった」

火球ファイアです」


 レヴィが自信満々に答えた。

 だが王とグレン王子は呆れたという顔をした。


「初級も初級、僕でも使えるぞ。」


 そう言ってグレンが火球ファイアと唱えた。

 すると彼の掌の上に火の玉が現れた。


「こんなの明かりに使うくらいの魔法じゃないですか。」


 次第に火の玉は小さくなっていき消えた。


「レヴィ、お前ならば中級くらいの魔法を教えることは容易いのではなかったか? もっと頑張っ――」

「なぁぁああ! もう! 全力でやったわよ!! というかあんたらわかってない。火球ファイアで十分。こいつの火球ファイアは普通じゃない。見せてあげるからついてきなさい!」



*************************************



 半ば強引にレヴィに連れられ、王国近くにある池に、召喚の儀の時と同じ顔ぶれが集められた。

 この池は半径10メートルくらいの丸い池だった。

 池の一番近くにユウヤが立っていた。

 魔法を撃つというので万が一の場合があるため集められた兵士達だったが、誰一人期待していなかった。


「何するか知ってるか?」「なんか魔法が使えるようになったんだとよ」「中級とかか?」「それが……火球ファイアらしいぞ。」「なんだそれ俺でもできるぞ」「時間の無駄だな」


 兵士たちはこそこそと話している。

 というのも火球ファイアは早くて5歳くらいで使える魔法だ。

 そんなものをできるようになりましたと言われても反応に困る。


「あーもー! ペラペラと。静かにしてなさい。いや、この際いいわ。黙らせてあげる。ユウヤ? さっさとやってあげなさい」

「はいっ!」


 そういうとユウヤは池の方向に手を突き出した。


「行きます!」

「ユウヤ、魔力暴発しない程度に全力でやってね」

「わかってます! 火球ファイア!!!」


 ――その瞬間、池よりも遥かに大きい火球が現れ、着弾した。

 大地を揺るがし、轟音が鳴り響き、さらに水が一気に蒸発していく音が草原に響き渡った。 

 水蒸気が広がり、辺り一帯が霧白く包まれた。


 レヴィが手を振る。

 すると、どこからか風が現れ、蒸気を一気に吹き飛ばした。

 風の初級魔法、ウィンド。彼女が今使った魔法だ。

 蒸気が無くなり、明確になった彼らの視界には、そこに会ったはずの池がまるで超大型のドラゴンにでも抉り取られたかのような、窪んだ地面あるだけだった。


「池が……」


 状況を理解した呆然としたグレンが、そう呟いた。

 池が完全に干上がっていた。



 初級魔法でこの威力。彼を、スズキユウヤを勇者だと確信させるには十分だった。



**************************************



 翌日、ただの初級魔法で一瞬にして池を干上がらせた話はすぐさま広がり、第二の勇者の登場に王国の民たちは歓喜した。

 その頃、レヴィとユウヤは玉座の間に呼び出されていた。


「信じられないくらいの手のひら返しっぷりにびっくりするわ」

「すまない。だが、あんなものを見せられては勇者と信じるしかないだろう」

「私の努力を認めてほしいところよ。ほんとどれだけ血の滲む思いをしたか……」

「努力したの僕なんですけど……?」

「なんか言った?」

「いいえっ!」

「まあいいわ。それで今日は何の呼び出しなの? ご褒美でもくれるのかしら」

「ああ、褒美はまた用意しておこう。今日は別の用があってな。」


 「褒美~褒美~」と嬉しそうに歌うレヴィ。

 王は立ち上がってその隣のユウヤの近くまで来た。


「ユウヤ殿、其方にお願いがあるのだ。聞き入れてはくれないだろうか」

「は、はい……」

「ユウヤ殿、いや勇者ユウヤよ。魔王を倒す旅に出てくれまいか」

「え……」

「つらい旅になると思う。しかし勇者の存在が知られれば魔王軍はこの国を全力で滅ぼしに来るだろう。そこで、少人数で隊を組み、密かに魔王城を目指してほしい。その間、魔王軍は我々が何とかひきつけておく。必要な人員はこちらで用意する、そし……て……?」

「どしたの王様?」


 王は不思議そうな顔をしていた。

 レヴィはその視線の先、ユウヤのほうに顔を向けた。


「なぜそんな嬉しそうなのだ」


 ユウヤは目を見開いて、笑っていた。


「あはは。あ、いや、ごめんなさい。勇者っぽいなぁって。ああ~なんか凄い良い気分だな。あ、大丈夫です気にしないでください。魔王を倒しに行ってほしいってことですよね。行きます! 是非行かせてください!」


 その時、レヴィは初めて見る彼の姿に少し違和感を覚えた。

 一方、王は彼が是非と言ってまで旅に行きたいと言う姿に驚いていた。


「い、いいのか、つらい旅になると思うが」

「大丈夫です。魔王を倒せば世界が平和になるんなら俺頑張ります」


 その言葉に王は目を見開いた。

 勇者だからこそ出る言葉。

 自己犠牲をいとわず人々のためにその力を振るい、命を張る者の言葉。

 感極まる王はそれを抑え彼の手を握った。


「そうか……そうか。そう言ってもらえるととても心強いぞ」


 力強く、その手を上下に振る。


「アンタ前からホント勇者っぽいこと言うわね」

「だって勇者ですから」

「この子魔法の練習中も「俺は勇者だからみんなの力になれるよう頑張りたい」とか言うんですよ? 素質あるわ勇者の。世界もこれで安泰ね。魔法の才能は一ミリもないけど」

「うっ、それは効きます。レヴィさん……」


 スズキユウヤはレヴィの一言に分かりやすくダメージを受けるリアクションをとった。

 そんなユウヤにレヴィは微笑む。


「まあ頑張ってきなさい。ちょっとの間だけだったけど私の弟子だったんだし、多少、多少よ? ほーんとに少しだけだけど……応援してるわ」

「ありがとうございます」


 その時、レヴィはこれまでの苦労を思い出し少し涙ぐんだ。

 初めての弟子。彼女の人生からしたらほんの少しの間だけの関係だったが、それでも思い返せば辛くもあったが楽しい時間でもあった。

 そんな弟子の旅立ち、何かがレヴィの中でこみ上げてきていた。

 レヴィはそれが悟られないよう、後ろを向いた。

 そんな彼女に王が話しかけた。

 

「そうそう、レヴィ殿」

「っ……ん?何?」


 彼女は振り向かずに答えた。


「……其方にも彼の旅に着いて行ってもらうぞ」

「………………は?!」


 赤い目をしたレヴィが振り向いた。


「ちょちょちょ、ちょっとまって、なんで?! はぁ?! なんで?!」


 彼女の中で込み上げていたものは一瞬で引っ込んでいた。


「なんでもなにも彼はまだ火球ファイアしか使えないのだろう? それだけでは魔王は倒せまい。道中、その他の魔法も教えて貰いたい」

「そんな……むっ……無理無理無理無理。私もうこいつに魔法は教えたくない! 無理! そ、それにほら、溜まってる研究とか色々したいこととかあるし!」

「それも道中でやっていただけると嬉しい」

「私は嬉しくないんだけど?! ああああああああ!!!!」


 レヴィは頭がつくんじゃないかというくらいのけ反りながら頭を抱えた。

 彼女の中では、さっきまで懐かしく尊く見えていた魔法の特訓の思い出が、一瞬で地獄のように思えてきていた。

 あの地獄がこれから続くということに彼女は最大級の拒絶反応を覚えていた。

 そのせいで、さっきとは種類の違う涙が出てきていた。


 その姿にユウヤは申し訳なさそうな顔をした。


「レヴィさん、そんな嫌なら大丈夫ですよ」

「ああああ……駄目、王様が直接言ってきたことは断れないの……」

「なんですかそのルール」


 ついに床を転がって悶絶し始めるレヴィ。

 そんなレヴィに王は一言――


「ちなみに褒美は今までの倍は出る」

「行きます」


――こうして勇者ユウヤと魔法使いレヴィの旅が始まることとなった。

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