第6話/0話 前日
将斗が28番目の世界に現れる3年前のこと。
世界は『魔王』の復活により、侵攻を始めた魔物たちから大打撃を受けていた。
その頃、世界で最も力を持っていたのはファング王国。
彼らは他国と協力し抵抗を見せていた。
だが戦況は次第に人類側の劣勢となる。
とめどなく溢れることができる魔物の軍勢に、人類側は劣っていた。
傷ついた兵はその傷が癒える度に出撃を余儀なくされる。人類側が疲弊していくのは当然だ。
芳しくない戦況。相次ぐ敗戦の知らせ。
それはファング王国、玉座の間へ次々と届いた。
「国王様! 同盟関係を結ぶ予定だったクラウス王国が魔王軍に攻め入られたとのことで……未だ詳細はつかめておりませんが……事実上崩壊したとのことです――」
「まさか隣国のクラウス王国までもが……。待て、あの地方には軍を配備していたはずだ。どうなっている――」
「――ですがどの軍も長期に及ぶ戦闘によって精神的にも肉体的にも疲弊が見え始めており、ここから新たに兵を回すとなると――」
「国王! ダグラ平野での、魔王軍との大規模戦闘において、あのカントル国への増援要請が受理され――」
度重なる知らせに、王は諦めることなく対応していった。
「やはり、我々の、人間だけの力だけではもたない……か……」
彼の名はスカーレッド・ファング。
連絡係が来なくなり、束の間の小休憩に入っていた。何日ぶりのまともな休憩時間だろうか。
彼の業火を思わせる赤く逆立ったその髪と、一睨みで竜すら震え上がらせるとまで言われていたその目は、今や劣勢が続く魔王軍との戦いで精神的に疲弊しきったせいか、見る影はない。
しかし、魔王軍に対抗すると決めた、その信念の炎だけは絶やすことなく、その玉座に座していた。
椅子の肘掛けを握る手は力み、震えている。
「……やはり、これを使うしかないか」
王はそばに置かれた巻物を手に取り、開こうとした。
ちょうどその時、一人の青年が玉座の間の扉を叩いた。
「父上! 失礼します!」
凛とした声で入室する青年。その青年は王子――グレン・ファング。
スカーレッドの一人息子だ。
王と同じ赤色の髪に鮮やかな紫色の瞳を持つ。
彼は王の前に来ると跪いた。
「報告いたします」グレンは今まで魔王軍の不穏な動きが噂されていた地方へ調査に向かっていた。
王は彼の帰りが遅かったことに心配していたが、五体満足での帰還に王は胸を撫でおろす。
しかし、そんな息子の無事を喜ぶ王とは逆に、グレンの顔は暗いものだった。
「父上、魔王軍は予想通り軍を固めておりました。その数は……前回の侵攻と比べ、倍以上はあるかと……それ以上の調査は不可能でした」
「……そうか。ご苦労だった」
王は深いため息をついた。
幾度にもわたる戦闘により、兵力が不足し始めているのは事実。協力してくれていた国々も、この状況下では他の国に回すような余力などないようだ。
手は尽くしている。しかしそれ以上に魔王軍の侵攻が凄まじい。
兵士たちの士気にも影響が出始めてきている。
グレンが調査に向かった地方に回す兵力もない。回したところで、勝てるかどうか。
もはや手立てはなかった。
――ただ一点を除いては。
王は手に持つ巻物を見て、少し考えた後、そばに控えていた従者たちへこう伝えた。
「外してくれるか? グレンと話がある」
「父さん……」グレンは王の言葉と佇まいを見て背筋を正した。
ここ数ヶ月曇りがちだった王の目に、再び光が見えたからだ。
覚悟の光が。
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従者たちが退室し、玉座の間には王とグレンの二人だけとなった。
「父さん、何か用があるんじゃないですか?」
「……ああ、悪い。いかんな、いざ伝えるとなると、その……勇気がな」
「何でも言って下さい……僕は父さんの力になりたいんです」
グレンは真っ直ぐに父親の目を見た。
王はその目を見て、巻物を持つ手に力が入る。
――大きくなったものだな……
王は妻から親バカと言われるほどには、グレンをかなり手をかけて育てきた。小さい頃から育て上げ、時には反抗されることもあったが、今となっては王を支え、時には引っ張ってくれる。
そんな息子の成長に改めて感動し、王はその歓喜を噛み締めるように頷いた。
「ありがとう、グレン……ならば話そう」
そう言って持っていた巻物をグレンに見せる。
少々古びていて、ところどころ朽ちたせいで欠けていた。
広げられたその巻物には古い言語で何かがびっしりと書き込まれていた。
「これが何か知っているか?」
「存じ上げません。それは一体? やけに古びた巻物ですが」
「この巻物にはな、勇者降臨の儀の方法が記されている。この儀式についてはお前も聞いたことがあるだろう」
「勇者……降臨の儀? 幼いころによく聞かせてくれた、お伽話に出てくるあの儀式のことですか」
「そうだ」
淡々と告げる王に、グレンは信じられないと言った風に目を見開いた。
「何を急に……まさか?! その儀式を行うとでも? 父さん、どこの誰にそそのかされたかは知りませんが、馬鹿なことはやめたほうがいい! そんなもの、できるはずがない!」
「あのお伽話は実話だ。そして、この巻物は我ら王家に代々伝えられたものなんだ」
「そんな、信じられない」
「この巻物は解読してみたことがある。これには最初にこう記されていた。『魔王の封印は千年後に破かれる。その時再び勇者の力が必要となるどろう。初代王として後世のためにこれを残す。』とな」
書いてあることを読み上げられようとも、グレンには信じられなかった。
勇者降臨の儀はお伽話で聞き存在を知った。だからこそ信じられない。
お伽話は所詮お伽話。現実ではありえない。
グレンは誰かが王をたぶらかしている、そう思った。
劣勢が続くこの状況下で、甘い言葉で誘惑した何者かがいると。
誰の仕業かとグレン王子が考え込んでいた時、王の手から巻物が消えた。
「グレンくーん。とりあえずやってみない? 眉唾物だし」
するとグレンの後ろで、王の手に会ったはずの巻物を読みながら女性が歩いていた。
「レヴィ殿。いくら王国最強と言われる君でも、無断で王の間に入るのはいかがなものだろうか。しかも魔法まで使って。ここはあなたの新作魔法を試すところではないんですが?」
「あれ? 驚かすつもりで出てきたんだけど、おかしいな……」
グレンはその女性を睨みつけた。
魔法使いレヴィ。ファング王国において最強の魔法使いと言われている存在。
実力は折り紙付きな上、魔法の探求に力を注いでおり、本来五属性しかない魔法とはまた別に、防御魔法など属性の存在しない魔法を作り出すなど、偉業を数多く残している。
ただし礼儀というものが一切なく、気品もなく騒がしい。
グレンはそんな彼女を嫌っていた。
「グレン、許してやれ。今回は彼女の力を借りようと思って呼んだのだ」
「……は?!」
グレンは目を丸くした。
「正気ですか?! この前など、彼女は王命で招集をかけたのにも関わらず『戦争嫌いだから行きません』などとふざけたことを言って力を貸してくれなかったではないですか!」
そして彼女が来ない代わりに、グレンがその地に赴いて戦ったのは言うまでもない。
「いや~、戦争はめんどいから嫌いなんだけど、勇者降臨の儀なんてもう気になって気になってしょうがないじゃない?」
「っ……父上、彼女は面白半分で協力してるだけです。兵士たちが必死になって戦っているのに、こんなことを…………まさかとは思うが、君が王をたぶらかそうとしているのか?」
グレン王子はレヴィを睨みながらそう言う。
彼女は一瞬キョトンとした顔を見せると、そんな視線など何ともないと、軽くウインクして返してみせる。
一層王子の睨みが鋭くなった。
「違うぞグレン。この勇者降臨の儀を行うことから、彼女へ協力を要請するまですべて私の考えで行っている」
「そんな……」
「グレン、よく聞け。この戦いは、人類ができる限りのことすべてをやらなければ勝てないと私は考えている」
王は玉座から立ち上がり、拳を握り締める。
その目は力強く。真っすぐ前だけを見据えていた。
「俺は王として国民の生活を。未来を。命を守る義務がある。そのうえで使えるものはすべて使う。それが俺の王道だ。だから、この儀式は必ず行う」
「父上……」
グレンは王を羨望のまなざしで見つめていた。
父であり、王である彼は、グレンにとっての憧れだった。
「なに、とてつもない化け物が現れたとしても俺が飼いならしてコキ使って見せるぐらいの気概は見せてやるさ」
王はそう言ってグレンに笑いかけた。
グレンは驚いていた。
王の口調はごく稀に変わる。その時はいつだって、本気の時だった。
不安は少しだけ和らいだ。
「わかり……ました」
そう言うとグレンは少し考え込みレヴィの方を向いた。
「ならばレヴィ」
「なあに?」
「失敗は許さない。父上の顔に泥を塗らせるわけにはいかない。やるからには必ず成功させるんだ。仮にも王国最強の魔法使いならば」
「王国最強はみんなが勝手に言ってるだけでしょ~」
真面目に話すグレンに対し、適当にあしらうレヴィ。
そんな態度をされたグレンは――
「……フフッ。もしかして自信がないのですか? あきれたことだ」
わかりやすいジェスチャーを混ぜながら嘲るように笑った。
レヴィは眉をほんの少しピクリとさせた。
「は? ……アハハハッ! まさか?」
そんなグレンに対してレヴィは大げさに胸を張りつつ、不遜に笑った。
「アハハハ勇者なんて生ぬるい。それこそこんなくだらない戦いなんか一瞬で終わらせるくらいの化け物出してやるわよ」
「勇者で十分なんですが、それはそれは……。ハハハ、期待しています」
殴り合うかというくらい近づいて、レヴィとグレン王子は笑いあう。
……笑い合うが、二人の目は一切笑っていなかった。
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