スキル返してもらいます！！

第3話 28番目の世界

　――28番目の世界。

　『28番目』という部分には特に意味はないという。それは神様が管理している世界のうちの一つで、28番目に管理し始めた世界だから『28番目』なのだという。

　そしてその世界は3日後に返済期限が迫った『神のスキル』を持つ転生者がいる世界である。

　転生者の名は『鈴木 雄矢（スズキ ユウヤ）』。

　高校生の彼はある日、いつものように学校へ向かおうと家を出た矢先、数メートルの場所でトラックに轢き殺された。

　そして将斗と同じように神様に呼び出され、28番目の世界を救うために送られた。

　彼が28番目の世界に送られることとなった理由は、数千年の眠りから目覚めた魔王を倒すためであった。

　その魔王は遥か昔、人類を脅かす存在であった。戦える人間以外は皆、魔王の率いる魔物に食われるか、怯えるかしかなかった。

　古代の名のある魔術師たちが束になってやっとのことで封印に成功したそうだが、この度その封印が解かれたらしい。

　暗黒の時代の再来。神様はそれをよしとはしなかった。

　その時、ちょうど命を失ったのが雄矢だ。

　彼は神様に転生する意思があるか聞かれると、「願ってもなかった！」と喜びの声を上げた。彼もまた異世界転生を望む人間の一人だった。

　神様はその気持ちに応えるかのように、彼をその世界でも名のある王国『ファング王国』へ転生させる。

　転生する際に彼へ与えられたスキルの名は『無限魔力（インフィニティ）』。

　名前の通り持つ者は無限の魔力を得る。

　まるで小学生が考えたようなその力は、シンプルゆえに強力だった。

　火属性の下級魔法で魔王の軍勢を焼き払い、水属性の下級魔法で大地を潤した。

　そんな絵物語のような力は国中の人々に伝説の勇者の再来を確信させるほどだったという。

　雄矢は三人の仲間を引き連れ、魔王の住まう城へ向かう。

　それからたった一年で魔王を倒した。

　魔王を倒すだけではない。旅路の途中で弱き人々に救いの手を差し伸べ続けたそうだ。

　人々の希望となり、願いを果たした英雄は国へ帰る。

　ここまでは輝かしい英雄譚だった。

　その日――雄矢が帰ったその日、ファング王国を揺るがす大事件が起きる。

　『雄矢による国王と王女の殺害』だった。

　さらには翌日、彼自身が次の王となることを宣言。

　反対する国民もいたが、その強大な力で弾圧し、強制的に王の座を手に入れた。

　無限の力は留まるところを知らず、その力で周辺諸国を侵略し、領土を拡大。

　ついには王国の民へ重税を課し、自分だけが贅沢に暮らし、悪化していく治安には一切手を付けず、逆らう者は即刻処刑していった。

　その状態が二年続いているという――

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「――と……マジで最後の方はどうしたお前？　って感じだったな。本当に」将斗は腕を組んで呟いた。

　目の前には、草原が広がっている。

　白い部屋はもうどこにもない。草木が一面に生い茂り、爽やかな風が吹き付けてくる。　

　将斗は雄矢が大事件を起こした28番目の世界に来ていた。

　周りには何も見えない。一面に草原が広がるばかりだ。とりあえず進んでみれば何かが見えるだろうと歩を進めようとして――

「ちょっと待てよ……？」

　独り言をつぶやいて立ち止まり、思いっきり伸びをした。

　伸びたまま、ここに来る直前に聞かされた話を思い出していく。

「一旦整理。まず、その一。俺は鈴木雄矢から『無限魔力（インフィニティ）』を回収しないといけない。その期限は三日目の昼まで」

　なぜ三日目の昼なのか。それは『無限魔力（インフィニティ）』は他の神様から借りたスキルで、3日目の昼に帰ってこないと期限超えてしまうから、らしい。

　これに関しては神様の都合でしかないが、従わざるをえない。

「その二、この世界で死ぬ、もしくは期限を守れなかった場合、消される」

　理由は、こんなこともできない無能は必要ないからだ、と神様は言っていた。

　これに関しても神様の都合でしかないが、やはり従わざるを得ない。

「その三、俺にはチートスキルがない」

　これに関しては、神様の力がもう残ってないことが原因なので神様の都合で――

「ああああああ！！　あいつの都合ばっかりじゃねぇかよ、最っっっ悪だ！　念願の異世界転生なのに全然乗り気にならねぇ！　というか目的果たさせる気あんのか？！　なんなんだあいつ！」

　将斗は不満を漏らした。

　頭を抱えゴロゴロと草むらの上を転がる。思い返せば草むらにくるのは久々だ。小さい時は毎日のように遊んでいたはずなのに。

　なぜだろうかと考えながら転がる。やがて、自分はインドア派である上、友達がいないせいで利用しなくなったのだとわかってしまい急に悲しくなった。

「神様のせいだ……違うな……友達作ろ」

　できもしない目標を掲げ、起きあがろうとしたその時。

「はっ？！」将斗はすぐさま顔を上げた。

　よくよく考れば相手は神様。こんな姿でさえ今も見られている可能性を感じ、すぐに姿勢を正した。

　最悪の場合、目的に反した行動を見つけた瞬間消されるなんてこともあり得る。

　その考えが頭をよぎった瞬間、冷や汗が将斗のこめかみを伝って落ちていった。

「んっ！　んんっ！　ま、まぁ……さ、サポートは充実してるから……一概に最悪だとは言えんわなぁ～」

　人差し指をくるくると回し、わざとらしく大声でそう言った。不服だなんて思っていませんよアピールだ。将斗自身、今更遅いとはわかっていたのだが。

「さて……と。アレをやってみるか。本当にできるのかどうか……」

　将斗はそう言うと、人差し指を立てた。

「本で読むとき、なんかめっちゃ恥ずいんだよなこういうシーン」

　立てた指でおもむろに二回、空中で円を描く。

　――すると目の前に薄紫の四角い板が現れた。

「おぉー！」

　感嘆の声をあげる将斗。

　目の前のそれは浮いていて、神様が出したような空中モニターに酷似していた。表面には『ステータス』と表示されていて、またその後ろには『スキル』と表示された板が重なって浮いている。

　ホログラムのようではあるが、指を伸ばしてみると軽く抵抗を受ける。押している感覚があるのだ。

「すっげぇ、初めて見た……当たり前か」　

　一人ツッコミを入れながら目の前の板に触る。

　その板を『ステータスウィンドウ』と神様は呼んでいた。聞き覚えしかない。

　その名の通り、使用者の情報（ステータス）が記載されるようだ。

　これは神様が転生者を送るようになった時、役に立つだろうと思って担当する全世界に『実装』したらしい。

　異世界あるあるな物体の登場に少し目を輝かせる将斗だったが、その輝きは徐々に失われていった。

というのも―

「なんか作りが、雑じゃね？」

『ステータス』と書かれたこの板に表示された情報は主に3つ。

　一つ目は名前だ。『渡将斗』と表示されている。

　二つ目は謎の青い棒。ゲーム知識で補うとすれば何かの残量を表していそうだ。

　三つ目は服。人体を極限にまで簡略化したイラストから、引き出し線が伸び、線上に服の名前が表示されている。

　下半身から伸びた線上に表示されていたのは『ジーパン』。

　ブランド名などなく、ただただ『ジーパン』とだけ表示されている。

　上半身から伸びた線には『シャツ』との表示。

　しかもフォントもサイズも全部バラバラなせいで読みづらく、将斗は目を細めた。

「青いバー以外いらんだろ……」

　本人が見るだけなので、自分の名前が乗っている意味などない。

　服に関してもブランド名など表示せず、ただ単に種類名を載せているだけなのだからこちらも必要ない。ブランドと言ってもユ○クロだが。

　将斗がステータスウィンドウに求めていたのは、自身の筋力や、身体能力が数値化されたものが表示されるものだった。筋力100、敏捷100といった具合のゲームで見るようなもの。第一数字など一切書かれていない。

　年齢すらないのだ。

　将斗は理想と大分違うことに微妙な気持ちになった。

「フリーゲームでも無料アプリでももっと力入れてんだぞ」目を細めウィンドウを見た。

「あの人……こんなのに力使ってるから、すっからかんになったんじゃないのか？」

　文句を垂れるが、まだ希望は消えていない。

　本題はここからだ。

　将斗は裏側にあるスキルと書かれた部分を押した。

　するとウィンドウが回転してスキルと書かれた画面が入れ替わるように表示された。

　そこに表示されたのは――

　回収（コレクト）　残り二回

　ランダム　残り二回

　――の二つだった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「あなたには回収（コレクト）というスキルを持たせます」神様は紅茶を口にした。

「そんなあっさり？　なんかこう……鍛錬とか無しに貰えちゃうもんなんですね」

「そうなんですよ。便利ですよねスキルって」

「ははは」愛想笑いを返す。

　将斗は緊張しながら神様と会話をしていた。

　数分前に消されかけた相手と会話できているだけで及第点と言える。

　突如彼女が豹変して消してくるなんて恐怖はあったが、頑張って話し合いの場にしがみついていた。

　出された紅茶には何か入ってそうで口をつけていない。

「そうそう、ここで注意点が一つ。そのスキルは神のスキルです……いえ、神のスキル、でした」

「でしたっていうか、神のスキルは作れないんじゃ？」

　神のスキルがない。だから普通のスキルで頑張るようにと将斗は言われたばかりであったから、思わず聞き返した。

「確かに、神のスキルは作れません」神様は手に持った紅茶の香りを楽しんで、ゆっくり皿の上に戻した。

「神のスキルは簡単に言えば『発動条件が簡単』でなおかつ『能力の強い』もの。ただし、そこに条件を付けていき発動し辛くして、能力も弱くしていけば、神のスキルでなくなる。そうなれば、それを作り出すのに必要な力も少量で済みます。だから今の私にも作れたのです」

「条件とか付けるのに逆に力使いそうなんですけど」

「まぁ……そういうものなんです。わかりやすい説明も本当はあるんですが、今はやめときます」

――嘘つけ

「嘘じゃないです」神様がキッと将斗を睨む。

「アッはい」

　神様が心を読めるのにも関わらず、迂闊なことを考えてしまった。

　将斗は頭を振って余計な考えを振り払う。

「というわけでこのスキル。本来は『視界に入っている対象のスキルを問答無用で奪える』ものでしたが、色々弄って『対象に直接触れて、「コレクト」と言うと対象のスキルを奪える』というものになりました。さらに発動できる回数が二回までになっています」

「炎上するレベルの弱体化じゃん」

　明らかに発動し辛くなり、弱くなっている。

　最近のインフレゲームでもここまでのことはしないと言えるレベルのナーフ具合だ。

　せっかくの武器だというのに、頼りなく思えて将斗は不安にかられる。

　特に将斗を不安にさせたのは発動回数が二回までと制限されていること。

　数打てば当たるという戦法は使えない。

「回数二回までで、しかも直接触れないといけないって……相手は無限の魔力を使えるんですよね。魔法使うんでしょ？　どう近づくんですか。一般人の俺には無理無理――」

「何か言いました？」

「いえできます！　やりまぁす！」

　拒否権がない。

「大丈夫です」神様が再度紅茶を飲む。

「残っていた力を使って、とてもいいスキルを二つご用意したので安心してください！」

「とっても？」

「はい、とっっても」神様がウインクをした。

　消される云々がなければめっちゃ可愛いのになと、将斗が残念に思うと、右手が消えかけた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　あの時将斗は「とてもいいスキルとやらを二つももらえるのなら、まあ」とほんの少し安心していたのはつい数十分前のことだ。

　それが今はどうか。

『ランダム　何らかのスキルを得る　残り二回』

『使用しますか？　YES　NO　』

　スキルの画面に表示された、『ランダム』というスキルを押すと現れたのはその表示。

　YESとNOはどうやら押せるようになっているらしい。つまり、この画面を操作して使うスキルということになる。使い方を教えてもらっていなかったことに不満を持っていたが、こんな簡単に使えるのなら問題にはならない。

　問題はその効果だ。

「何がとてもいいスキルだボケ、とても良くねぇよ！　良いスキルか悪いスキルかも決まってねぇじゃねぇか！　ああもう！　詐欺だろ！　てか二つじゃねぇよこれ、二回分なだけじゃねぇか！」

　草原に響き渡る叫び。大自然は我関せずとばかりに、将斗をよそに自分達の活動を続けていた。

「はぁ……ああ、あれか？　知ってるぞガチャだろこれ。ガチャ転生だったのか、俺の転生は……？」

　ぼやきながら早速『YES』を押す。

　ガチャ転生のガチャとはいわゆるソシャゲによくあるあのガチャと同義だ。

　いいものを引き当てることができれば無双できる。その逆は言うまでもない。

　スキルを押すと『本当に使用しますか？』と確認画面のようなものが現れた。

　「妙に丁寧だな」と思いながら将斗は画面に表示された再度『YES』を押した。

　画面に『スキルを得ました』という表示が出てきた。

　スキルを確認する前に、どうせならと、将斗は同じ作業を繰り返し『ランダム』を使い切る。

　2度目の『スキルを得ました』の表示が消える。

　するといつの間にかスキル画面の回収（コレクト）の下に新しく二つの項目が現れている。

　スキルの画面に追加されたということは本当にスキルがもらえているようだ。

　将斗はそのスキルを押して詳細を確認した。

　『超強化　身体能力の超向上　常時発動』

　『交換（チェンジ）　触れている物、または自分を、視界内の同サイズのものと入れ替える　詠唱時発動』

　将斗は常時発動、詠唱時発動はゲーム知識を応用して、『いつでも発動している』と『言ったとき発動する』ことだと解釈した。

　しかし『超強化』による身体能力の向上という言葉に引っかかる。

　スキルの説明を素直に受け取るのであれば常に強くなっているという解釈になるはずだが――

「うーん、何か変わったってわけではなさそうなんだよな……」

　腕を見て、足を見るが、筋肉がついているようには見えない。

　服をめくって見るが腹筋がなく、ただ情けない肉が見えるだけだ。

　どこにも強くなったと言える要素がなかった。

　体を確認している時、スニーカーを履いていたことに気づく。

　白い部屋では履いていなかった。そこには気が回るのだと、神様に少しだけ感心する将斗だった。

「靴用意するならスキルの説明書とかくれよ神様……んー、発動に必要なレベルに達してないとか？　でもレベルがある系の転生だったら、ステータスにレベルが表示されるよな……多分」

「まあ、こんな作りだからレベルなんて表示されな――」物は試しにと、軽くジャンプをした時だった。

　――ドンッッ！！「へ？」

　ジャンプ直後、重量感のある音が真下で鳴った。

　ついでに視界がおかしい。何か、向こうに建物が見える。さっきまでは見えなかったはずだが。

　将斗は不思議に思い視線を下に落とした。

「え？……は？！　はぁぁぁぁ？！」

　信じようのない光景が広がっている。

　――体が宙に浮いていた。

　草原から数メートルの高さに将斗の体があったのだ。

　すでに頂点に達したのか自由落下を始めている。

「おいおいおい？！　やばいやばいやばいやばい！　やばい！」

　将斗の脳裏にとある出来事がフラッシュバックする。

　先日将斗は大学でレポートの提出のために急いでおり、階段を4段目から飛び降りたことがある。

　段を飛ばすなど中学以来だ。高校では教師が怖くてやっていなかったが、まだ若いから大丈夫だろうと高をくくっていた。

　――その後、彼が男たちによって抱え上げられ、医務室に運ばれたのは言うまでもない。

　あれ以来、自分の足腰を過信してはいけないと彼は心に言い聞かせている。

　あの時とは比べものにならない高さだ。

「終わった……」将斗は諦めて目を瞑った。

　数秒後、地面に全身が衝突した。

　芝生は柔らかかったが、その下の地面は硬く、風の音だけが聞こえる草原に鈍い音が響く。

　地面の温度を背中で感じている時、将斗は気づいた。

「……あれ？　痛くない……」

　飛び起きて体を確認する。

　おかしい。背中側から痛みが感じられない。

　腕や脚に曲がった部分などなく、無傷。

　頭にも血の跡はなかった。

「まさか――」将斗は立ち上がると、脚に力を込めた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　草原を自動車のようなスピードで走る人間がいた。

　――将斗だ。

「すげぇぇぇぇぇぇぇ！！！！　FOOOOOOOOOOO！！！！」

　大笑いで駆け抜ける。

　込み上がる笑いがどうにも止められない。

　将斗は今風になっていた。

「最っっっ高ぉぉぉぉぉぉぉ！！！！！！！！」

　明らかに常人からかけ離れた脚力で爆走している。

　将斗の運動神経でここまでの速度を出すのは不可能だ。

　つまり、スキルの『超強化』による『身体能力の向上』が問題なく適用されていた。

「ほっ！」

　地面を一蹴りすれば数メートルの高さまで跳べる。

「からの！」着地と同時に地面を蹴る。

　初速が違う。簡単に自動車並みの速度が出せる。

　このレベルなら攻撃力もきっとすごいのだろうと、将斗は期待に胸が膨らむ。

　耐久力だって、数メートルから落ちても問題ないことがわかっているのだ。パンチを全力で打っても痛みはないだろう。

――どう考えてもチート能力。隠れ神スキルかなんかなのか？　だとしたら僥倖！

　そう思って将斗は笑うと、

「異世界余裕だわ！！　アハハハハハ！！！！！」

　将斗は高笑いしながら爆走し続ける。

「待ってろ異世界ライフゥゥゥゥゥァァァァア！！！」

　静かな平原を奇声でかき乱しながらさっき見えた建物目がけ直進する。

　抱いていた不安はどこへやら。

　スキルのおかげか、将斗はもう自信に満ち溢れていた。

　チート能力持ちの転生者を倒してこいなどという神様の願いも、余裕でクリアできるだろうと、この時の彼は思っていた。