第2話 転生者とは

「すいません。なんかこう……もうちょっとわかりやすく」

「だから、転生者からスキルを取ってきてもらうだけです」

「いや、全然わかんないんですけど……スキルってのは、俺が読む小説に出てくるようなやつ? 取ったりできるもんなんですか? 取る理由は?」

「まあ……色々ありまして……」

「色々って?」

「色々です……」神様が一瞬バツが悪そうな顔をしたのを将斗は見逃さなかった。

「えっと、そっか……全部説明しないとダメか……ちょっと待ってくださいね」そう言って神が指を振る。


 ――すると将斗と神、二人の中間に薄い板が現れた。

 ホログラムか何かなのか、その板にはまるでテレビの様に映像が流れている。

 映っているのは宇宙空間に浮かぶの地球。SF映画でも始まるかのようだ。

 将斗は心の中でその不思議な物体を『空中モニター』と名付けた。


「はい、こちらをご覧ください。まず最初に、神様は私以外にも何柱もいまして」

「えっ、あ、はい」映像と関係がない説明で、将斗は早々に混乱した。

「それら神々は一柱ごとにいくつかの世界を担当し観察しています。いえ、観察というより管理の方が意味合いが近いですね」

「……なるほど」


――全然わからん。


 将斗はもう理解できていなかった。

 自分で俺の頭が悪いだけなのかと神の説明を反芻するが、それでも理解ができない。

 神様はもう次の説明に入ろうとしている。

 頭が痛くなりそうなので、将斗はもう『そういうものなんだろう』とスルーすることにした。

 神様が空中モニターを指差す。


「例えば、世界がこのように不安定になるとします。」神がそう言うと空中モニターに映る複数の地球に変化が訪れる。灰色に染まっていき、ビジュアルは確かに不安定といった様子だ。

「何が不安定で何が安定は、こちらの判断することですので……基準はまたいつか言います」


――今言わんのかい


「不安定になった世界は自力ではもう元には戻りません。崩壊の一途をたどるだけ。それは良くないので神々は、世界が崩壊し始める前に手を加えます。それが――」

「転生者。とか?」将斗は神様が言い切る前に口を挟んだ。

 これは悪い癖だ。

 日頃父親に「毎度毎度人が話している途中に喋るな!」と口酸っぱく言われていたあの頃を思い出す。


「あっ、すいません」

「いえ、正解です」

「えっ」


 正解だった。

 正答率一割(将斗調べ)のその癖が珍しくその一割を引き当てる。


「と言っても、『その方法の一つが』ではなく『たった一つの方法が』、『』なのですが」神は人差し指を立て、ウインク混じりにそう言う。可愛い。


 将斗は彼女の可愛い仕草に目を奪われながら、『たった一つの方法が転生者』という点について考えていた。

 やがて、そういえばと、長年疑問に思っていた事を思い出した。

 異世界転生について書かれた小説は何冊も何話も読み漁っている。そうして過ごしているうちに抱いた疑問なので今聞くかは悩んだ。

 目の前の神様とやらがまだ本物かどうかわかっていないからというのもある。

 しかもそれは、フィクションについての問いなのだ。フィクションと現実を混同する異常者と思われてしまう可能性も孕んでいる。

 しかし今まさに自分が物語の中にいるようなものだから、むしろ聞くならば今だ。


「あの……神様?」

「何でしょう?」

「な……」一瞬、本当に言うか迷い口を閉じるが、勇気を出して声を出す。

「なんでいちいち転生者なんて使うんですか? 神様パワーでどうにかできそうなのに」

 

 将斗の長年の疑問はこれだ。異世界転生モノを読んでいれば浮かんでくる純粋な疑問だ。

 神様という存在は未知だ。だが万能。大抵のことなら何でもできる存在くらいには持ち上げられている。

 だが大抵の異世界転生モノは必ず転生者を送り出す。それがそのジャンルの決め事みたいなものだから受け入れていたが、現実に異世界転生があるならば無視できない点だ。


――死んだ人間生き返らせたりしてるんだし、それだったら転

 

「『それだったら転生者なんてものを使わずに、神が自分の力で世界を救えばいいんじゃないか』とそう思っていますね?」

「そ、そうです」目を見張った。


 偶然か、心を読まれた。

 将斗の今まさに考えていたことそのままを、神が話したのだ。


――まさか本当に神さ……いや、偶然だろ?


「偶然じゃないですよ?」

「えっ」

「心を読みました。そろそろ信じておいてもらわないと、話が進まないので〜」


 今度は心の中の問いに、神が答えた。

 心を読んだと言った。そんはなずはない。そんなことができるのなら、本当に神みたいじゃないか。

 神なんているはずがない。


「……」

 将斗は口を閉じ、一つ試してみた。


――あめんぼあかいな?


「あいうえおーー!」笑顔でえいえいおーのように拳を上げながら、将斗の心の中の呼びかけに続ける形で、神様がそう言った。


――戦わなければ?


「生き残れない!」


――VRMMOをプレイしていたしがない会社員は、ある日急にログアウトできなくなったことに気づく。調べるとどうやらそこは異世界で、ゲームの設定をそのまま引き継いでしまった主人公は持ち前の土属性スキルを活かして道路建設を始める、今年ついにアニメ化された異色の異世界ファンタジー作品といえば?


「OVERDORO《オーバードーロ》!」

「神だ?!」

 神様は口元を緩めた「信じてもらえましたか?」


 信じざるを得ない、見事なまでの全問正解。心を読めるというのは本当だ。

 この女性は本当に神様なのだ。ということは将斗が夢にまで見た、異世界転生がここにある。

 本当に今から自分は――

 

「マジか……」

 

 心躍る気持ちを抑えきれない。

 不意に口角が上がる。手で抑えようにも、止められない。


「ん? じゃあやっぱり、転生者を使う理由がわかんないんですけど」


 心さえ読んでみせた。そこまでできる神がなぜ人間に頼るのか。

 人間の問題は人間で解決しろ、というようなスタンスなのだろうか。


「ふむ。まぁ、理由は色々あって、一つは神という存在が、全知全能と言える力を持ってないというところにあります」

「いや、え? そのわりには……」


 自分を殺し、こんな空間にワープさせた上に急に背後から現れ、それに加え空中モニター、ついでに心を読む。

 将斗からすれば、もう既に何でもありのように思えてしまう。

 しかし神様はその考えも読み取ったようで――


「まあ、何でもありにも見えますよね。でも人に向き不向きがあるように、神にもそれがあるんですよ」

「なるほど」

「そもそも神々の間では、『あまり世界に干渉してはいけない』という決まりもありますし」

「干渉って……俺を殺しておきながら? 未練はないにしろ、小説の続きが読めないからちょっとだけ許してないんですけど」

「それは、まぁ……念願の転生ができるからってことで許してもらいたいところでして」


 神は困った顔で「ごめんね」という風に手を合わせて体を傾ける。


「……まぁ良いですけど」将斗は女性経験が少ないからこういう仕草に弱かった。

「それに実は転生者を使うことにはメリットがあるんですよ」

「メリット?」

「それは不安定さに対して不確定のもので対処できることです」

「……どういうことですか?」


 ところで、将斗は薄々思い始めていることがある。

 目の前の神様の説明がかなり下手。


――ただでさえよくわかってないんだから、不安定とか不確定という不明確なワードを使って説明するのはやめてくんねぇかな


 と、思ってしまうのだが神相手にそんなこと言えるわけがない。

 神がチラリとこちらを見る。

 将斗はギョッとした。 

 心が読まれてしまうのであれば、迂闊にこういうことは考えるモノではない。


「き、聞いちゃいました?」

「何がですか?」

「よかった」読まれてなかったようで、将斗はホッと胸を撫で下ろした。

「もっとわかりやすく……ですよね。わかってます」

「読んでんじゃん」


 神様は頭を抱え、「あー」とか「うー」とか唸り始めた。

 よほど説明が難しいのか、それともボキャブラリーに富んでいらっしゃらないのか。

 それにしても、今の困っている姿は最初の近づき難いイメージとはかけ離れ、どこか親近感を覚える。


「そうそう! 『運』です。『運』とかそういうものだと思ってください」神様は自信満々に指をたてて話し始めた。 

「我々神は転生者に『神のスキル』を作って与えます。この『神のスキル』と人間の『不確定なもの』……つまり『運』が合わさることで、えーと、まあ色々あって、人間風に言うなら『奇跡』を起こします。その『奇跡』で世界の不安定さを取り払うことができるのです」

「『神のスキル』……? 『奇跡』……?」


 自信満々でこの説明では先が思いやられる、と将斗は呆れ始める。

「あ、あれ……?」神様は聞き返されると思ってなかったのか、そもそも説明しづらいのか、「うーん」や「えーと」と言っている。


「『神のスキル』はあなた風に言うなら『チートスキル』でしょうね。それとも『スキル』自体が分かりませんか? 『スキル』は超能力のようなものであったり、それがあると身体能力が向上したり、急になんらかの技術に秀でてしまうようになったりするものなのですけれど」

「ああ、そこはまあ、小説でよく読むからなんとなく……」


 少し前に読んだ異世界モノのいくつかで『スキル』について、そんな感じの説明がされていた。

 偶然か、どこかの小説にあったスキルについての説明が今神様がした説明と似ている。『――超能力のようなものであったり、それがあると身体能力が向上するもの』と、書かれていた。  

 将斗は、悪く言えば「努力しないでなんらかの技術を手に入れられる」その『スキル』が手に入ったら、すごく楽に生きられそうだとよく妄想していた。

 そして年甲斐もなく欲しがっていた。


「まぁ読んだことあるも何も、あなたの読んでいたような異世界転生モノの5割は事実が描かれていますからね」


「知ってた? すごいでしょ」と言わんばかりに鼻を鳴らす神様。


「……え? 5割……え?!」

「分かりませんか? ノンフィクションですよ。ノンフィクション」

「マッ! マジすか?」

「えぇ。転生者たちは皆世界を救った後、スキルを返却して、元の世界に帰るかその世界に留まるか選べるんです。元の世界に帰った何人かは自身の体験談を小説にしていますよ?」

「じゃ、じゃあ本当にノンフィクションじゃないですか?! 信じらんねぇ。え?聞いて良いですか? 例えばなんて小説が……?」


 自分が異世界転生すると言われたことを忘れているのか、将斗はそっちの話が気になってしょうがなくなってしまった。


「えっと……有名なのでいうと確か『トラックに轢かれた俺が転生したのは勇者の息子で、かわいい幼馴染の身代わりになって最難間のダンジョンに落ちたけど吸血鬼の遺伝子が目覚めちゃって居合わせた最強の魔法使いの血を飲んでから無双状態で余裕だしなんなら結局勇者の血も覚醒するし挙句にハーレム形成したりしてもうこの世界最高にちょろすぎるけど今更戻ってこいとかもう遅い~マジで素晴らしすぎるこの異世界生活~』という名前の小説でしたね」

「『トラすぎ』?!」


 『トラすぎ』で親しまれるその小説は全国のあらゆる本屋の一角に特設コーナーが常設され、アニメ化、映画化、舞台化、まさかの実写映画化と社会現象を巻き起こした作品である。

 将斗は既に全三十八巻を揃え、明後日発売の『幼馴染は悪役令嬢 完結編』である三十九巻をもう予約済みであった。ここにいる以上、受け取ることもできないので当然読めないが。

 あのタイトルも寿命も長い作品がまさかのノンフィクションだと知り、将斗は大興奮を抑えられない。


「はい。話を戻しますよ。脱線しすぎました」神様が切り替えますよと言わんばかりに手を叩いた。

「えっ……ああ、はい」


 『トラすぎ』の気に入っていた章の話について、本当だったのかを根掘り葉掘り聞こうとしたのに。と将斗はわかりやすく項垂れた。

 そんな彼に容赦はせず、神は急かすように拍手を繰り返す。


「ここからが本題です。先程私は『世界を救った後は神のスキルを返却する』と言いましたね?」


 さっきまではチートスキルと言っていたが『神のスキル』に直しているあたり、そちらが正式名称なのだろう。

 そんなことを考える将斗の前で、神様はすごく困ったという風に一回大きめにため息をついてから語りだした。


「私の送り出した転生者たちが……みんな世界を救い終わったのにスキルを返してくれないんです…………一人も」神は口に手を当ててそっぽを向いた。


 「か、神様?」将斗が体を傾けて覗いてみると神様は少し涙目になっていた。声も震えている。

 ほんの少し演技が入っているようにも見えた。

 将斗は指摘はせず、話に乗ってあげることにした。

 

「でも返したくない気持ちはなんとなくわかるような気もしますけどね。っていうか神様なら神パワーでなんとか取り返せばいいじゃないですか」

「神パワーってなんですか。それができたらやってますよぅ……」


 神様は泣いていた。縁起ではなかったらしい。

 もう威厳もへったくれもない。

 

「いやなんか俺殺した時みたいになんか出来ないんですか? できない理由でも?」

「はい。もう私にはその『神パワー』がないんです。転生者たちに次々とスキルを作ってあげていたらすっかり無くなっちゃってて……」


 無くなる前に気づかないものか。と将斗は少し呆れる。


「回復とかしないんですか? その力は」

「時間が経てば回復しますが、それでもかなり微量で……でもでも、神のスキルが戻ってくれば私の力へと戻せます。けど取り返す手段もないですし……ああぁ、終わりですよぅ……」そう言って神は椅子に座った。


 そう、椅子に座ったのだ。

「あれ?」気の抜けた声を出しながら、将斗は気づいた。いつの間にか目の前に高そうな装飾がなされた椅子が現れていて、さらに、それと同じブランドなのか、似たような装飾をした机が現れていた。

 神様はその机に突っ伏している。

 この椅子たちはどう考えても『神パワー』で出現した物に思える。


「あの、これなんですか?」

「今私が出しました。あ、座ってください」

「ご、ご丁寧にどうも」 


――こういうのに力を使っているから無くなったんじゃ

 と思いかけたところで彼女の読心術を思い出す。心を読まれる前に頭を振って掻き消した。

 そのまま将斗は手前の空いている椅子に「失礼します」と小声で言って座った。

 少しすると、神様は泣きながら少しずつ話し出した。


「神の力って戦うときにも消費するんです。だから、今何も無い私が転生者に直接会いに行ったら返り討ち。それどころか消し炭にされてしまいます」

「消し炭て」

「本当ですよ? 本当に消し炭にされますからね。その上、仮に私に少し力が残っていてもあちらには『奇跡』がありますから……詰んでいるんです」


 泣きながら神は愚痴を言い続ける。どうやら『奇跡』というものは神様でもどうにもできないレベルの代物のようだ。


「人間すげぇな」

「しかも不安定さを直すために送り出した強大な力が世界に残ったままになるから、むしろもっと世界が不安定になってしまうんです! そんなことになったら……」

「そんなことになったら?」

「そしたらさらに上の方々にお叱りを受けることに……ああああぁ!!」


 成り行きはわからないが、神様も苦労しているようだった。


――だけど、ようやく話が見えてきたな。


「ふっ」と将斗は少し笑ってから「だから人間の俺を呼んだんですね。『神のスキル』を持たせて、奇跡を起こせるから。んでその力でスキルを取り返してもらおうとそういうわけですね」


 キメ顔で言った。神が言いたいのは目には目を転生者には転生者という理屈のようだ。 


――他の世界で好き勝手やっている転生者に、新たな転生者将斗が鉄槌を下す。正義のはずの転生者を同じ転生者が潰すダークヒーロー? アンチヒーローモノか? とにかく意外なかっこよさあるな。めっちゃ良いじゃん最高

 

「いえ、あなたにスキルを取り返してもらうのは合っていますが……あなたには『神のスキル』を持たせることができません」神様はしれっとそう言った。


「え?」

「先程も言いましたが力が無いんです。神のスキルを作る力が。ただまぁ、他の神様から借りるという方法はあります」

「じゃあそれを……」

「しかしその方法は他の転生者にもう使っています。何回も。だからもう借りるアテも無いんです」

「え? 返してもらえる保証ない上に、取り返せるかもわかんないのに他から借りたんですか? それで結局借りパクされたと?」


「う」とバツがわるそうな顔になる神様。


「し、仕方なくですよ? どんな状況だろうと不安定な世界には転生者は送らないといけなかったから仕方なく。でも私、「これ借り物だから返してくださいね」って言って渡したはずなんですけど……人間の良心を信じた私が馬鹿でした……」

「マジで馬鹿じゃん」

「え、今馬鹿って言いました? 不敬では?」神が半目で睨みつけてくる。

「間違ってないじゃないですか」

「うっ……うううう」神様はそう言ってまた机に突っ伏してしまった。


 将斗はそれを見届けてから、腕を組んで白い天井を見つめた。


――どう戦うんだよ?


 話し合いで解決できるなら神がやってるだろう。できないから将斗を連れてきたのだ。

 が、神のスキルがこちらにはない。

 異世界小説を読んでいればわかるが、『神のスキル』もとい『チートスキル』は本当にチートなのだ。

 持っているだけで話の流れや戦況を強引に引き戻すぐらいには強力だ。

 一国の軍を簡単に滅ぼしてしまう程度のものだってある。

 異世界小説の5割が本物だというのなら、チートスキルの脅威についても本物が紛れているはずだ。

 危険だ。


「というか今の問題はそこじゃないんですよ! 借りたスキルの一つの返済期限が、3日後の昼なんです!」神様はバンと机を叩く。その表情から切羽詰まっていることがわかる。

「は?」


 異世界転生モノではあまり聞きなじみのないワードに、聞き間違いかと首を傾げた。しかし、言われた言葉を何回頭の中で繰り返しても『返済期限』というにしか聞こえない。


「……一応聞いておきますけど、その『返済期限』が迫ってるスキルを返してもらえてないんですよね」

「はい」

「もし、期限までに返せなかったら?」

「存在を消されます……処刑です処刑」

「それを取りに行くのは誰?」

「あなたです」

「マジすか」

「まじです」

「えぇ……」


 将斗は再び天井を見た。


――一旦落ち着こう


 深呼吸して冷静さを取り戻す。

 そして頭の中で情報を整理した。

 整理した後、神様を不審そうに見つめた。


「な、なんですか?」神様はたじろいだ。

「……借りたものを返せなくて死の危機に面しているから、新たに転生者として俺を呼び出した。ただし転生者にするために死んだことにしたって解釈で合ってます?」

「う……」


 図星だったらしい。

 将斗には目の前の神にもう威厳を感じていなかった。

 あれだけ会いたかった存在のはずなのに、こういうぞんざいな扱いを受けるとは思っていなかった。信心ぶかい方ではあったのだが。

 かわいそうな目に会っている神かと思っていたのに、聞いてみると自業自得のポンコツ神様ということが判明した。

 将斗はどうしてこの神のお願いを聞かなきゃいけないのか。と不満を抱いだ。


――そもそも殺されている時点で怒るべきだったか?


 将斗は頬杖をついてため息をついた。問題が山積みだ。転生することもそうだが、こうなってくるとむしろ家族や友達のことの方が気がかりだ。読みたい小説だってある。

 第一、目の前の神様が頼りないのが、不安すぎた。


――念願の異世界転生に意外とやる気が盛り下がってきたな……


 そんなことを考えていると神様がゆっくり顔を上げた。

 貼り付けたような笑顔がそこにあった。


「もしかして私のお願いを果たしたくないと?」

「えっ、あ、いや」体が一瞬のうちに怖張る。

 彼女からは妙な威圧感が漂っていた。

 下手な言葉を言えば想像しえないことが起きる。そういう類の底知れない雰囲気だ。


「いいんですか? 私が処刑されればあなたの命はないも同然ですけど」

「は? なんですかそれは」

「今のあなたは私の持ち物扱いですからね。当然です」

「はぁ?」


 それはあまりに横暴。

 私が死ぬとあなたも死ぬから言うこと聞きなさい、そう言いたいのだろう。

 流石の将斗も苛立ち言い返す。


「なんかちょっと酷くないですか? 神様だからってもうちょっとこう……なんか……あるでしょうよ」

「はぁ? なんかってなんですか? っていうか喋り方! やっぱり馬鹿にしてますよね?!」

「そもそも転生者選びに失敗した神様が悪いと思うんですけど」


 その言葉に神様がピクッと体を震わせ。

 急に立ち上がった。

 

「はぁぁ?! わかりましたよ! 文句ですか? そうですか! なら、あなたなんかもう必要ありませんからねっ」


 謎の逆ギレを起こす神様がその手のひらを将斗に向けてきた。

 その手を見つめるが、何もない。綺麗な手だ。

 何か出てくるわけではなさそうだ。

 不思議に思いつつ、将斗はふと自身の体を見た。


「え……」


 手が透けていた。

 いや、透けていっている。向こう側が見える。

 

「は?」


 一気に椅子を引いて立ち上がる。 

 やはり手が透け、その先にある自分のつま先が見える。つま先どころか足も透けている。服ごとだ。

 将斗は全身の血の気が一気に引くのを感じた。


「うわぁぁぁぁっ?! は?! は?! 待て待て待てまてまてまてまて」


 将斗は椅子から転げ落ち体のあちこちを見た。

 徐々に薄くなっていっている。数分と経たないうちにはもう、透明人間になる。


「何したんですか?!」

「大丈夫ですよ。消えるだけですので〜」神は淡々と告げて来た。

「な、何が?! 何が大丈夫なんですか?!」

「消えるだけです。無へと還る。ただそれだけ」目を閉じ祈るようなポーズをする神様。


「ふざけ、何言って! うわっ……?!」


 腕が胸を貫いた。実際は、すり抜けた。

 腕をいくら振り回しても、どの部位にも干渉することがない。

「おい、おい待てよ! やばい! ちょっと!」徐々に薄くなっていく身体。

 完全に消えた時どうなるのか、想像もつかない。


「助かりたいですか?」


 足の間隔が消え、将斗は地面に崩れ落ちた。

 だが痛みはない。痛みを感じる器官すらもう消え去っているのかも知れない。

 しゃがみこんで神が聞いてくる。「助かりたいですか?」

 

「たす、助けて!!!」


 慌てた様子で将斗は叫んだ。


「じゃあ〜、私に従うと言うのなら考えます」

「従います! 従いますから!」


 即答だった。

 神が指を振る

 その瞬間――透けていた将斗の体が元に戻った。

 慌てて両手で頭を触る。そこに確かに感触があった。


「も、戻った……」


 一安心して将斗は顔をあげる。

 目の前の神様。彼女は満面の笑顔をしていた。

 そしてその笑顔のまま言った。


「じゃあ、今から早速転生者の元に向かってもらいます。いいですよね?」


 将斗は何も言えなかった。


「そんな顔しなくてもご安心を。『神のスキル』とまではいかなくてもある程度戦える力は与えるので……それでいいですよね?」

「……」

「い・い・で・す・よ・ね?」

「汚ねぇ」

「なんて?」

「いいですよ! 行きますよ!」


 もはや有無を言わせてくれないらしい。これではもはや命令だ。


「そういえば、まだ行き先を説明していませんでした。私としたことが」


 頭に拳をこつんと当てて舌を出す神。

 可愛さ満点のそれは、今の将斗からすればサイコパスのそれにしか見えない。

 直前に自分を消そうとしてきた相手に可愛いなどと思えるはずもない。

 

――帰りてぇ

 

 将斗は神様の始める説明をよそに天井を見つめる。

 白い天井はただ無機質のままで、何も言わない。



************************************



 数十分かけて、行き先についての情報に加え、転生についてのあれこれなど、一通りの説明を聞かされた。

 一気に詰め込まれて理解できると思っているのだろうか。無理に決まっている。ふざけるな。

――なんて言えるかよ。

 

「以上ですけど、わかりましたか?」

「まぁ、なんとなく……あの」

「――では、いってらっしゃい」神が指を振った。

「え、もう? …………って、え?」


 今、将斗の目の前には草原が広がっていた。


「は? おい、嘘だろ」


 見回しても景色は変わらない。ただ一面青々とした大地が広がっている。

 駆け抜ける風は本物で、草の匂いを運んでくる。

 景色にもちゃんと奥行きもあり、遥か遠くに聳え立つ山が見える。

 未だ夢の中かと思ったが、足元の長い草が、脛に当たりちょっとした痛みを与えてきた。夢ではなさそうだ。

 将斗は力が抜けたかのように膝をついた。

 勢いよく行ったはずだが、草の絨毯が受け止めてくれた。

 

「マジかよ……もう異世界? 嘘だよな?」地面に手をついて項垂れた。


「召喚ゲートとかないのかよ!」


 異世界転生と聞いて将斗が楽しみにしていたものの一つ、『召喚ゲート的なトンネル』。

 国民的アニメの青ダヌキがタイムマシンを使うときに通るアレに似ている。

 だが、見る影もなかった。


「……はぁ」


 将斗は溜まりに溜まっていた息を吐き出した。体を消されそうになってから気分が悪かった。

 だが逃げ出そうにも逃げられない。相手は神様だったのだ。無理に決まっている。


「てかなんだチートスキル貰えないって! なんだ転生者倒せって! わかんねぇよ! なんなんだ!」

 

 将斗の神様を前にして言えなかった言葉が溢れ出してくる。


「クソっ俺は……俺はなぁ」


 芝を巻き込みながら拳を作る。


「最強の能力持ってて、女の子が集まってきて、皆にちやほやされてっていうただそんな普通の……」


 草原に項垂れる男。その姿はあまりにも情けなく、様にならない。


「普通の異世界転生がしたかったんだよ!!!」


 叫びと共に、握った土を明後日の方向にぶん投げた。



 こんなものが将斗の旅の記念すべき一ページ目であった。

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