スキル返してもらいます!!

味噌煮

第1章 

第1話 レポートは消えてくれ

「な、なにここ……?」


 目を開けた瞬間、世界は真っ白だった。

 周囲を包む光は柔らかく、どこまでも続いている。

 手を伸ばしても掴めるものは何もない。


「んん……?」


 慣れてきた視界で気づいた。

 この空間には四隅があり、ここは八畳ほどの小さな部屋だとわかった。

 しかし、家具がない。


「ミニマリストの究極系かよ。どこだここ……」


 服だけは着ていた。お気に入りの白シャツとジーパン。

 まさぐってみるみるもののポケットにも何も無い。

 肌身離さずにいたスマホはどこへ?


「なんだこれ、幻覚? ……就活のストレスが脳にダメージを?」

 

 その独り言は、空間に吸い込まれるように消えた。

 ここに来た理由も、原因も何もわからない。手がかりゼロだ。

 

「確かレポートをやってて……それで……」


 最後の記憶あったはずの机の上にあったレポートは今は影も形もない。


――このままレポートはマジで消えてほしい


「こんにちは!」

「はぇぁっ?!」


 背後から突如話しかけられ飛び上がった。


「んな……」


 振り向くと、目線は前の人物に釘付けとなった。

 そこに立っていたのは自分と同じくらいの背丈の女性だったのだが――

 柔らかな金色の髪が、陽の光を集めたように輝いていて、深い青の瞳は吸い込まれるような透明感をたたえている。

 頬は瑞々しくきめ細やかで、思わず触れてみたくなる。

 圧倒的黄金比に整えられたそのお顔に彼は我慢ができず呟いた。

 

「かわいい……!」

「そっそうですか? ありがとうございます」


 頬を少し赤らめ、頭を下げる女性。

 その所作すらどこか優雅さが漂う。頭を下げた際に揺れる金髪の一筋一筋が、白い光を弾くように輝いて見えた。

 自然と自分が彼女と住む世界の違う存在であると感じていた。どこかの国の偉い人か、金持ちのお嬢様か。

 そんな相手にいきなり可愛いなどと失礼な発言をしたことに、彼は遅れて気づいた。


「あああ、つ、つい声に。すみません」

「構いませんよ、ふふ」


 ふふ、と笑う女性が本当にいるとは。


「ところで、あなたは?」

「私は神様です」

「ああそうですか神様。なるほど」


 彼女の体にまとわれた白い布は、ただの布とは思えなかった。

 絹のようにきめ細やかでありながら、ふわりと重力に逆らって踊るように揺れている。

 空気そのものが彼女を支えているように感じられた。


「あのー?」

「え、ああその布何かなって――」


 彼が何も言わずにいたからか、彼女が声をかけてきた。

 彼はずっとその御身に目が釘付けになっていて――


「ん? すいません、見惚れてて聞いてなかったんですけど。今さっきなんて言ってました?」

「私は神様です」

「……」


 何か聞き間違えたようだと、彼は耳を軽く叩いた。

 問題ない、正常に機能している。


「すいません、もう一度」

「私は、神様、です」


 彼女もこちらの意図を察したようで、はっきりと、単語で切って言ってくれた。

 やはり聞き間違いではなかった。

 彼は頭を掻きながら何も無い天井を見上げた。

 そのまま、こう思う。


 ――夢だな、と。



**********************************



「レポート終わらん……」


 渡 将斗ワタリ マサトはシャーペンを投げると、スマホ片手にベッドに転がった。

 親元を離れて一人暮らしを始めてもう3年。

 大学生活には慣れたが、友人という友人はできていなかった。

 おかしい。思い描いていた大学生生活は、朝まで仲間と飲み明かしナイトプールでパーリナイ。

 一方現実は、バイトと授業、締め切り間近のレポートと格闘するだけ。

 思わず流しそうになった涙をグッと堪え、軽快にスマホを叩く。

 しかし、こんなことをしている暇はない。

 今日のレポートは本当に危ないからだ。期限は明日、教授の部屋前ポストまで。10時まで。期限厳守。交渉不可。必修科目。落とせば留年。


「ああーこんな生活クソだ……」


 乱雑に積まれた教科書の間から、今にも落ちそうになっている就活パンフレットが目に入る。世間一般的にはそろそろ動き出さねばならない。

 思えばこうしてベットの上でスマホを弄ってばかりだ。来年もこうして空虚に過ぎていくのなら、卒業と就職は言ってしまえばもう目の前だろう。ふと目を開けたら面接官がいるかもしれない。

 『夢に向かって』、そのキャッチコピーを将斗は感情なく見つめた。


「やりたいことってなんだよ」


 就活の準備を始めるべきだが、将斗の胸に広がるのは、焦りではなく、ただの無。

 何をすればいいのか、どこから手をつければいいのか、全くわからない。


 ずっと答えを求め続けている。

 小学生の頃、ランドセルの色を自分で決められなかった。

 親に勧められ、テニスを始めた。なんとか高校まで続いていたが、それと言った結果は残せなかった。

 読書感想文は、例文をちょっと借りてそれなりに書いていた。

 クラスメイトの会話に合わせて「だよなー」と相槌を打つだけ。

 進路も親の助言や、誰かの雑談で聞こえた無難な工学部に進学した。

 

 自分で決めたことはほとんどない。

 クラゲのように波に乗っている。そんな感覚をずっと味わっている。


「あー……やめやめ、休憩だ休憩」


 レポートは数時間後に手をつけるとしてひとまずは休憩。

 検索フォームの打ちかけの『就k』を消して、小説サイトを開く。異世界転生をタグ検索して、今日もまだ見ぬ新作の発掘に勤しむ。

 将斗は異世界転生ものが好きだ。現実よりも刺激的な物語の世界。勇者が魔王を倒す話や、平凡な少年が異世界で成り上がる話。

 自分に特別な才能はないし、目標もない。

 もしこの世界に行けたら、そんな空虚な希望に、ほんの少し胸が弾む。


 そうして将斗はひたすらにスクロールを続けていた。


『これが俺の生きる意味だ!』


 とある物語の最新話。物語も佳境。主人公の叫びにふと、読み進めていた手が止まる。


「生きる意味――」


 ふと気づかない間に呟いていた。


「生きる意味なんてあんのか?」


 この呟きは誰に向けたものだったのか。

 その時だった。


「――あ」


 右手が空を掴む。

 スマホあるあるだ。

 頭上から滑り落ちてきた。

 これは痛い。と、脳が一瞬で理解した。


――最悪


 そんな2文字を浮かべた頭の上から、スマホは真っ直ぐに落下し顔面へ――

 しかし、痛みは訪れなかった。


「あれ?」

 

 目を開けると、白い空間が広がっていた。



**********************************



 ――ここまでは覚えている。


「びっくりするほど手掛かりがなかった……!」

「落ち着きましたか? 何やら長いこと考えていましたが」


 自称神様がこちらを覗き込んでいる。

 聞き間違いではなく、彼女ははっきりと自分のことを神様と言っていた。


――白い部屋で今日び神を名乗るやつとかどこの異世界転生だよ


 そんなことを考えていると、返事がないからか、彼女の方から切り出してきた。


「時間もないので、単刀直入に申し上げさせていただきます」

「えあっ、はい」

「これからあなたには異世界へ、おつかいに行ってもらいます」

「へ?」


 異世界小説の典型的なシーンが頭をよぎる。

 何度も読んできた。何度も見てきた。この展開を将斗は知っている。

 謎の空間への召喚、異世界、女神、将斗の頭の中でプツンと何かが切れた。――意識が戻ってきたのは5秒後。


「いぃ異世界転生じゃん!!」


 思わず声を上げた。

 紛れもなく、この流れはもう異世界転生しかない。もしくは異世界転移。


――きたきたきたきた。え、俺が転生しちゃうのか? ついに?! 念願の?!


 将斗は急激に胸を高鳴らせる。

 あれほど願ってきた異世界転生が今目の前にある。


――待て待て待て落ち着け、まだ早まるな。まだ慌てるような時間じゃない。異世界転生なんてあるわけない……でも話だけ聞いとくか。うん、話だけ聞こう。話だけな。期待してないから別に


 将斗は、念の為に頬を抓った。ちゃんと痛みがあった。

 現実だということは確か。


「やっぱり、嬉しそうですね」

「そ、そりゃあ……やっぱり?」

「いえ、こちらの話なのでお気になさらず」


 少し含みがあったことに違和感を覚えたが、将斗はすぐに切り替えた。

 異世界転生の前では些細なことだ。


「あの、おつかいっていうのは一体?」


 異世界転生すると仮定するなら、世界を救え。魔王を倒せなどなど、目的は多岐に渡る。だから何を言われてもおかしくはない。

 超能力は当然ないから、基本的に肉体労働を強いられるはずだ。チートスキルをいただけるなら話は別だが。


「もしかして、俺に特別な力が備わってるパターンですね」

「いえ、ないですよ」


 ないのかと、肩を落とした。

 しかし神はこう続けた。


「あなたには、何も」

「な、なんか含みありますね」


 神様はまだ微笑んでいる。

 しかしその姿、雰囲気に将斗は自分の体が緊張していることに気づいた。 


「命すらありませんので」

「え? どういう――」


「あなたは、もう死んでいますから」


 将斗は一瞬、頭の中が真っ白になった。

 神様は嘘を言っているように見えない。


――え、今俺幽霊……?


 実感がない。

 大体、死因は一体なんなのか。

 将斗は最後の記憶をもう一度掘り起こした。

 しかない。


「俺、スマホに殺されたってことですか……?」


 神様は微笑みを崩さず、淡々と言った。


「はい」

「はいじゃないが?!」

「そんなあなたにお願いするは」

「え、死んだ件は終わり?」


 神様は将斗のツッコミも無視して続けた。


「転生者からスキルを返してもらってくることです」

「……回収屋さん的な?」

「そんな感じですね」


 母へ、仕事が見つかりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る