百合王子、大海原へ!

「あ、王子! 目覚めましたかぁ!?」

 オレが起き上がると、ポロリーヌ先生が駆けつけた。


 どうやら、生きているらしい。


 空には、本物の朝日が昇っている。

 そうか、オレはずっと眠っていたんだな。


 手許を見ると、サーベルが砕けていた。

 この剣が、オレの命を繋いでくれたらしい。


「みんな! 王子が目覚めたましたぁ!」

 ポロリーヌ先生が、みんなに呼びかける。


 続いて、ソフィとツンがオレに抱きつく。


「よかった! 死んだかと思ったじゃない!」

「王子、よくぞご無事で!」


 二人とも、自分のことなど構わずオレに寄り添ってくれた。


「これで、世界に平和が来たのですね?」

 ツンが聞いてくる。


 確かに、世界はこれからいい方向へ進むだろう。


「いや、まだ終わっていない」

 オレは首を振る。


「王子?」


「二人とも、覚悟はいいな?」

 ソフィとツンの手首を掴んで、オレはダッシュした。 


「ちょっと、どこへ行く気よ?」

 無理に走らされて、ソフィが悪態をつく。


「待ってください、ケガの手当を!」

 ポロリーヌ先生が追ってくる。


「すまん先生。【百合睡眠リリー・スリープ!】」


「ふええ、てえてえ……」

 ふにゃあと小さく悲鳴を上げ、ポロリーヌ先生や生徒たちが地面に倒れた。


「王子、みんなを眠らせてどうするの?」


「このまま、バルシュミーデを出る!」


「なんですって!?」


 オレが王子である以上、二人のどちらかがオレの妃となる。


 ならば、オレが国を捨てればいい。


 後ろから、猛スピードで馬車の音が。もう追いつかれたか!


「お待ちを~殿下~」

 御者がこちらに手を振っていた。あれは!


「おお、大臣!」


 大臣が、やけに豪勢な馬車を用意してくれていた。


「こちらにお手を、殿下!」と、大臣がオレたちに手を伸ばす。


 ソフィとツンの二人を、強引に荷台へ押し込む。

 最後にオレが、直接馬に乗る。


「随分と立派な馬車だな!」

「お礼は、ギャルルトルート殿へ!」


 彼女が乗ってきた馬車を、貸してもらったそうな。

 魔王から解放してくれたことに、ツンケンしつつも感謝しているとか。


「しかし、あなたはいいのか? オレを国外に逃がせば、政治犯扱いになるぞっ!」

「尊き百合が踏みにじられるくらいなら、私の罪など些細なこと!」

「大臣……よき!」

「よき!」


 互いにサムズアップを決めて、


「いつの日か、百合が認められる時代が来ますぞ。ならば、牢屋でも快適というモノ」


 大臣の覚悟に、オレは応える。


 必ず、百合が安心して暮らせる世界を。


 そのためには、バルシュミーデにいてはダメだ。



 港が見えてくる。


「大臣、ここでいい! 降ろしてくれ!」

 目前まで来て、オレは馬車を止めた。


「すまんな。あと、ナイフをよこせ」

「はあ……」


 ナイフを大臣から受け取って、大臣の頬をほんの少しだけ切る。


「ちょっとユリアン、何をして」

「いいんだ。これで」


 オレは大臣に、血の付いたナイフを返した。

 土を握りしめて、大臣の衣服に振りかける。


「大臣よ。あなたは、『逆賊ユリアンに脅されて馬車を動かした』と言い訳すればいい! 『賊は海に落ちて死んだ』と」

「殿下!?」

「今までオレに尽くしてくれて、ありがとう」


「お体を大切に、殿下」

 大臣がオレを抱き寄せた。


「もうオレは、王子ではない。ただの罪人、ユリアンだ」

「どんなことがあろうと、私にとってあなたは永遠に殿下です! 罪で手が汚れていたとしても、百合好きの大バカヤロウだとしても!」

「ありがとう大臣よ。メイによろしく頼む。シスタビルに、『お前に責務を押しつけて済まない』と」

「きっと妹君も、わかってくださいましょう」

「礼をいう。もう行くんだ。」

 

 大臣と別れ、波止場へ。


 一台のボートが、波に揺られていた。


 だが、そこにはメイが立ちはだかる。

 校舎にいないと思ったら、先回りしていたのか。

 さすがに足が速いな。


「メイ、通してくれ!」


「行ったらアカン言うても、どうせ行くんやろ?」

 あっさりと、メイは道を譲ってくれた。


「まさか、このボートはメイが」

「さて、どうやろうね?」


「自分は何も見ていない」とばかりに、メイは肩をすくめる。


「ボロいから、この穏やかな波でも沈んでまうかもな。せやけど、あんたらなら」

「ありがとうメイディア先生。いや、メイディルクスさん」


「あーあ。あんたら、知ってたんかいな」

 ソフィのひと言で、メイも察したらしい。


 オレたちを見逃して、メイはその場を去った。

 

「では行こう二人とも! あの大海原へ!」

 オレは、荒れる海の向こうを指さす。

「まるで文化祭の芝居みたいだな。そう思わないか?」


「これは現実なのよ!? 誰も幸せになんかならないわ!」

「してみせるんだ。キミら二人で」


 ソフィとツンが見つめ合う。


「新天地でも、私たちはやっていけるかしら。貴族社会が染みついた身体で、土を耕したりなんて」

「できますわ。園芸の授業を思い出しましょう」

「そうね。助け合いましょう」


 二人も、覚悟を決めたようだ。


「しっかり、つかまっていろ!」


 小さなボートに、三人乗り込む。


「さらば、バルシュミーデよ! オレはもう、王子であることを捨てるぞ!」

 オレは地面を蹴った。


「王子、あの島には何があるの?」

「わからん。だが、今までよりはきっといい世界が待っているはずだ」


 船が、未開の土地へと進んでいく。


 一日後、オレたちは島に辿り着く。


「今頃オレは、『二人のどちらも選べず駆け落ちした、浮気性の男』として語り継がれるんだろうな」


 皮肉の笑いを浮かべる。


 だが、それでも構わなかった。


 オレはもう、バルシュミーデへ帰るつもりはない。

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