タイムリミット

「でね。その最大の功労者である王子に会ってくれって」

「誰がそんなことを、言ったんだ?」

「なんかほっそいオッサン。『魔族と人との壁を越えるなんて、実によき』とか言って、めちゃキモかった。あんたみたいなヤツだったなぁ」


 そんな口癖を持っている人物を、オレは一人しか知らない。


「名前はなんていったっけ? セワシちゃんじゃなくて……」

「ひょっとして、セワスルチアン卿か!?」

「そうそう! やっと思い出したカンジ! そのオッサン、パパとライバル同士だったんだって!」


 やはり、大臣セワスルチアンではないか!

 そうだ。彼はエルフ族だった。

 ダークエルフとも交流があってもおかしくはない。


「ウチもあんたの嫁候補になるかもって、その人もパパも言ってたんだけど、まっぴらゴメンだわー。パリピじゃない人はお呼びじゃないしー。じゃあさいならー」


 こうして、何もしていないのにオレは失恋した。


 まあいい。世界は平和になったのである。

 実によきことだ。

 この調子で、百合も発展してくれたら。


 とはいえ、ダンスパーティか。


 今夜が、独身のタイムリミットである。


 これまでオレは、結婚を先送りにしてきた。

 色々言い訳をして。


 だが、もう逃れられない。


「誰を選んでも、よくなった」だけ。 

 結婚自体は、する必要がある。


 しかし、オレは二人を大切にしたい。


 二人には自由な恋をして欲しいのだ。


 オレが間に入っては、必ず歪な関係になってしまう。


 できれば、見守る立場でいたい。



 そう思っていると、とうとう時間が来てしまった。

 


 すっかり夕方となり、オレは純白のスーツに着替える。

 ダンスパーティに行くのだ。


 会場である学内ダンスホールには、料理の他にも豪華な衣装を着た生徒たちが、すでに踊り始めていた。


「とうとう、この時が来たわね、ユリアン王子」

 空の色を思わせるドレスと、天使の翼をイメージしたケープに身を包んだソフィが、オレを出迎える。


「ユリアン王子、どちらを娶るかは、もう決めていらして?」

 ツンディーリアも、大胆で情熱的なドレスを着ていた。

 炎をまとったバラを想起させる。


「二人とも、すごく似合っているぞ」


「お世辞なんていいのよ。さあ、お手をどうぞ」


 ソフィと一緒に、ワルツを踊った。

 初めて踊るのに、なぜか身体が自然と動く。

 人のマネをしているわけでもないのに。


「今度は、わたくしとですわ」

 曲の調子が変わり、ツンディーリアがソフィと交代する。


 燃えさかるバラが舞う。

 派手なダンスに、会場の視線がツンへと釘付けになった。


 オレも激しさに合わせて、ワイルドに攻める。


 ダンス自体は楽しい。

 しかし、これからオレには重要な役割が待っている。


「どうしました、王子? 浮かない顔ですわね」


「いいのよ。私たちのことは。覚悟は、できているから」

 ソフィは無理に笑顔を作った。


 ちっとも覚悟ができていない顔をして。


 二人のどちらかを、妻として迎え入れるワケにはいかない。

 一生、こんな顔をさせるくらいなら。


 オレはいっそ一人で生きていく。


「二人とも聞いてくれ。オレはずっと||!」



 突然、場内が暗くなった。



「魔族と人間が手を取り合うなど、あってはならない!」

 舞台の中央に、一人の異形が立っている。


「あなたは、ラスヴォス!」


「左様!」


 元リスタン国王が、禍々しいヨロイを着ていた。

 しかし、目からは何の生気も感じ取れない。

 おそらく、彼は操られているだけだ。

 声帯を借りているに過ぎない。


 学園を警備していた兵隊が、魔王と化したラスヴォスへと殺到する。


「ふん!」

 魔剣をなぎ払っただけで、ラスヴォスは兵隊を吹き飛ばす。


「余は、この学園の者たちが憎い! 余を封じ、封印のために魔術学園を建てた勇者と、末裔の人間共を! 我を直接殺害した、百合の勇者は特になっ!」


 殺害された魔王は、二度と復活できないように肉体を封印された。

 残った魂は、魔剣となって各地をさまよう。リスタンさえ利用して。

 長きにわたる調査の末に、ようやく魔法学園に流れ着き、封印されていた半身を探し当てる。


「この学園さえ破壊すれば、余は確実に復活できる!」


 そうだったのか。


 どうにも魔王の動機がおかしいと思っていた。


 百合の冒険者がオレに武器をくれたのは、復活するかも知れない魔王を再び眠らせるため。そうに違いない。



「残念だったな魔王。貴様は再び、百合によって滅びるのだ!」


 オレの百合魔法によって!


「百合魔法! バルシュミーデの小僧よ! 前回は苦杯をなめさせられたが、今回はそうはいかん!」


「学園長、障壁を!」


 オレは学園長に呼びかけ、結界を張ってもらった。


「転移もだ、学園長!」


 生徒たちを全員、会場の外へ転移させる。

 ソフィもツンも含めて。


「王子、あんた一人で何ができるのよ!?」


 外からソフィが、魔術結界を叩く。


「キミらは避難していろ! 生徒たちを頼んだぞ!」

「王子はどうするおつもりなのですか!?」



 そんなの決まっているじゃないか。



「コイツとダンスするんだよ」


 狂気じみた笑みを、オレは貼り付けた。



「ああもう、このバカには何を言ってもムダよ! みんなを連れて逃げるわよ!」


 ソフィが、ツンの腕を引いてこの場を離れる。 




「さあ、魔王よ。お手をどうぞ」

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