百合王子と父

 邪悪なドラゴンの消滅を確認し、全員が胸をなで下ろす。

 魔王の気配も探ったが、何も感じない。


「では、お話を聞かせて下さいますな、ライバラくん? あのときはどうして、街に出ていたのですかな?」

「ライバラ、もう大丈夫だ。お前を疑う輩は、少なくともこの周囲にいない」


 事情は、ライバラ自身に話してもらう。

「おれの正体は、暗殺隊の一員だ」


 なんと、物騒な。

 チエリ嬢があんな表情になるわけだ。

 血が流れる仕事なのだから。


「標的は誰だ? どこから指令が出ている」

「故郷の東洋地帯からだ。魔王を斬るように命令されていた」


 ライバラたちは、末端の末端組織に所属しているらしい。

 東洋からの依頼も、おそらく大陸から引き受けたのだろうとのこと。東洋から海を渡って、魔王の命を狙ってやって来た。

 魔王が現れたと報告を受けて、ライバラは調査に当たっていたのである。


 もっとも、見つけたのはオレなんだが。


「しかし、魔王は見つからなかった。帰ろうとしたところに、辻斬りが現れたんだ。おれはとっさに、この人らを助けた」

 どうやら、敵はライバラの正義感を利用したのだな。

 魔王出没も、誤報に違いない。


「魔王だったら、その辺りを出歩いていたぞ」


「なんだと?」

 驚きの表情を、ライバラが見せた。


「あんたは、魔王と知り合いなのか?」

「とんでもない! 二度しか会っていない。しかも、彼女はオレのことを覚えていなかったぞ」


 気持ち悪いヤツ呼ばわりされたから、向こうからオレに会いに来るようなこともなかろう。


「ばかな。おれは、感じ取れなかった。魔王の気配を。殺意を」


 無理もない。殺気などなかったのだから。

 殺意を調査していたから、発見できなかったのかもしれないな。

「聞いてくれ、ライバラ。さっきのファフニートという怪物も言っていたが、魔王は危険な存在ではないのかもしれん」


 全ての元凶は、ファフニートであるかのように思う。


「ヤツを倒したからといって安心はできぬ。しかし、全てが魔王の仕業と判断するのは、いささか早計すぎるのではないかと」

「おれも、同じことを考えている。だが、おれたちの雇い主がどう言うか」


 話している様子から、ライバラだって無闇に血を流したくない風に見える。


「とにかく、討伐は待ってくれ。もしかすると、話し合いで解決できるかもしれんからな」

「そうあればいいがな」

 ライバラは刃を納めた。



 帰宅後、オレは父に呼ばれる。


 父は自室で、日課のダンベルを巻き上げていた。

 椅子に座ってオレを見上げながら、口をつり上げる。


「大物の魔族を倒したそうじゃないか」

「まだ安心はできん。文化祭も近い。そのチャンスを逃すような魔王ではなかろう」

「だよなぁ。魔王だって、バカじゃねえよなぁ」


 いつもの呑気な口調のまま、父王はダンベル運動を続けた。

 何かに備えているのか、それとも、ただのトレーニングに過ぎないのか。


「ところでユリアン。結婚の話なんだけどな」


「くどいぞ。オレは誰とも」



「いや。もう誰と結婚してもいいぞ」



 オレは一瞬、何を言われたのかとまどった。

「なんだと?」


「リスタンの王ウラヴォスが、失脚したんだとよ。お前のおかげだよ」


 ファフニートを操っていたのは、リスタン王・ウラヴォスだったのである。

 彼が手引きをして、ファフニートを学園に送り込んだという。


 それだけではない。ソフィたちをバラ園で襲った女子生徒も、街に現れた人形遣いも、ツンの取り巻きも、全員がリスタン出身者だったのである。


 ウラヴォスらは太古から暗躍し、バルシュミーデの地位を狙っていた。

 ソフィたちヴェリエを日陰者に追い込み、実権を握っていたのもウラヴォス元国王だ。


「暗殺集団がいるって聞いていたから、オレサマも用心していたんだがよぉ。手間が省けたぜ。あんがとよ、ユリアン坊ちゃん」

「な……」


 よく言う。


 表向きは、母ロジーナの功績となっている。

 しかし、裏で動いていたのは王に違いなかった。


「父は、あの臆病さこそ最強」


 我が母ロジーナの言葉は、本当だったのである。

 恐るべきは、我が父の手腕だ。

 オレを泳がせておいて、バルシュミーデに巣くう真の敵をあぶり出すなんて。


「ただ、問題があってな。肝心のウラヴォスのヤロウを取り逃がした。全てが明るみに出た今、逃げも隠れもできんはずだが」

「魔王とも繋がっていたのか?」

「証拠は、出たには出たんだ。魔王は魔剣が本体だった」


 オレが見たダークエルフのギャルは、確かに魔王の血を継いでいる。

 といっても、かなり血が薄いらしい。


「その魔剣がウラヴォスと力を貸していやがってな。魔剣の力で逃げちまった」


 資格なき者に、魔剣は扱えない。

 ウラヴォスも長くは持つまいと、王は言う。


 文化祭にまで、影響が及ばなければいいが。


「とにかくよ、もうオレも誰かに決めろってしつこく聞かん。なんなら、あの魔王ちゃんを紹介してやろうか? 文化祭にも遊びに来るってよ」

「よせ! だからオレは誰も嫁にはせん!」


 オヤジのしつこさは、相変わらずだった。


 ああもう、このオヤジはウザすぎる!

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