百合の騎士と魔王

 格別の百合魔法を魔王に浴びせて、勝機を掴む。


 そのためにはまず、生徒を元に戻さねば。


 オレの試みを察してか、幽霊騎士の軍団が詠唱中のオレに一点集中で襲いかかった。

 彼らの背後から、魔道士の援護射撃が。


「オレをカバーしてくれ、トーモス!」 


「任せろ。今宵の俺は、血を欲しているぜぇ!」

 幽霊騎士たちを相手に、トーモスも奮闘している。


「食材になりたい方から、前へいらっしゃいませ!」

 トレントを担いで、ティファが魔物の群れへと投げ飛ばした。


「くっそ、いくら俺でも魔道士までは手が出せねえ!」


 前衛の騎士の相手だけで、トーモスは難儀していた。

 ソフィやツンが加勢に来ているが、数が多すぎる。


「任せろ。斬!」


 岩場に隠れて呪文を詠唱していた魔道士たちを、ライバラが真空波で切り裂く。


「チャージも、完了しましたわ!」

 先ほどより威力を調節して、ツンディーリアが手を交差させた。大砲と一体化した両腕から、ブレスを放つ。


 ツンの一撃で、大量の亡霊騎士が燃え尽きた。

 だが、ツンはそれだけに留まらない。


「トーモスさん、剣を一本拝借致します!」

「おうよ!」


 不要になった普段使いの剣を、トーモスはツンに投げてよこす。

 だが、ツンの方も手が空いていないが。


 ツンはシッポで、剣を掴んだ。


「三刀流ですわ!」


 両手で亡霊騎士の剣を奪い、三本の剣を持った。

 ソフィ共々、魔王に斬りかかる。


「こざかしい。勝てると思うてか!」

 魔剣を軽々と持ち上げて、魔王も四本の剣を扱う二人に挑む。


「無理でしょうね。だけど、あいつなら。ユリアンなら、やれるわ!」

「彼は、ユリアン王子とはそういう男でして!」


 ソフィもツンも、オレに絶大な信頼を寄せてくれている。


「くう!」


 ツンが持っていた二本の剣が、破壊された。

 魔王の攻撃は、ツンの防御すら突き抜けるのか。

 あやうくツンは、致命傷レベルの攻撃を受けそうになった。


 しかし、ツンはシッポに巻き付けていた剣を手に持ち替えて、相手の攻撃を受け止める。

 同時に、シッポは魔王の腕に巻き付く。


「余を相手に力比べとは。愚かな!」

「ドラゴンを相手に、言える立場では!」


 さすがの魔王でさえ、ツンの腕力を振り払えない。


 いや、これは。


「違う! 二人とも離れろ!」


 オレは、ソフィたちに魔王から遠ざかるように言う。


 だが、ソフィは魔王に斬りかかろうと、踏み込んでしまった。


 魔王は動じない。ツンを盾にしたからだ。


 本来ならば、絶好の機会である。


 だが、愛する友ごと悪漢を斬るなんて、ソフィにできるはずなどない。


 刃の動きが、ピタッと止まる。


 スキを突いて、魔王はソフィの脇にヒザ蹴りを入れた。


「やはり所詮人間。甘い」


 魔王がツンの首を締め、つり上げる。

 もう一つの手には、巨大な魔剣の切っ先が。


「甘いのは貴様だ、魔王! 【百合治療リリー・リフレッシュ】!」


 身体を仰け反らせて、オレは最大出力の百合魔法を唱えた。


 聖剣から、百合の香りがする霧のシャワーを放つ。


 心を壊された生徒たちに、シャワーが降り注ぐ。


 あれだけ自失していた生徒たちが、正気に戻った。活力が漲り、戦闘意欲が復活する。


 これが、聖剣・威厳ディグナティの持つ力か。


「ディグナティだと? そんな伝説級の聖剣を、どうして……」

「知るか。しかし、形勢は逆転したな!」


 道を塞いでいた魔物たちも、正気を取り戻した生徒たちの手によって壊滅した。


「なるほど。少しはできるようだ。腐ってもバルシュミーデの子孫か」

「ついでに貴様の心もいただこう! 尊い百合の世界へ、オレがいざなってやる!」


 だから、オレに力を貸せ。百合の剣士よ!


「我が前にいでよ、百合の守護者よ! 【百合剣豪リリー・ソードマスター】!」

 オレに聖剣を授けてくれた冒険者を、呼び出す。


 長いつばを持つ帽子を被った剣豪が、再びオレの前に現れた。


「ぬう、お前は!」

 忌々しげに、魔王ギャルルは冒険者を睨む。

「どこまでも我が覇道を邪魔するかっ!」


 やはり冒険者と魔王には、ただならぬ因縁があるらしい。


 女性剣士が、光る百合の花束へと変化した。魔王の軍勢を取り囲む。

 百合の花すべてが、サーベルの刃となって魔物たちを刺し貫いた。


 百合サーベルのシャワーを、今度はギャルルに向ける。利かないまでも、足止めくらいはできるはずだ。


「なああっ!?」

 魔剣を振り回し、百合の刺突を弾き飛ばす。


「これでどうだ!」


 一度百合刺突を引かせ、長い槍へと姿を変形させた。


「おおおお!」


 フェンシングの突撃を繰り出し、オレは聖剣と槍を組み合わせる。狙いは、魔王の心臓だ。


「こざかしい!」


 幅の広い魔剣を振り下ろし、ギャルルは黒い魔力障壁を作り出した。


「くそぉ。その聖剣は、封印したはずなのに!」


 障壁を前面に展開して、ギャルルは百合の槍を防ぐ。


 槍と黒い壁が、相殺した。


 爆風の勢いで、オレも吹っ飛ばされる。


 倒れていた魔王が、立ち上がった。

 まだ、足に力が入っていない。

 ダメージは負っていないはずだが、妙だ。

 パワーが散っていくかのように、魔剣が放電した。刃が一部、欠けている。


「あの女どもが王子に協力したか。死して尚、忌々し……いいい!」


 突如、魔王ギャルルが額に手を当てた。

 ブンブンと、頭を振っている。

 何かを追い払おうとしているような。


「……忌々しいのは、テメエだし!」

 明らかに、ギャルルの様子がおかしい。

 血を固めた宝石のように赤黒かった瞳が、蒼くなる。


「おのれ、調節がまだ!」

 巨大な剣を振って、ギャルルは地面を抉った。


「今日はこれまで。しかし、いずれ再び戦うことになろう!」

 土ボコリを起こし、魔王が姿をくらませる。

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