百合王子とギャル魔王

「見事だ。まさか力押しではなく、精神汚染で倒すとは」

 ボロ冒険者の瘴気が、癒やされていく。


「敵が瘴気の塊なら、浄化するまでだ。オレは汚染された瘴気を洗い流したに過ぎん」


 だが、懸念もあった。

 ここまで実体化すると、現実世界にも影響が出てしまいかねない。


「そんな方法で、我を倒すとはな。てぇ、てぇ……」

 満足げなセリフをつぶやいて、冒険者の幻影は消えていく。


「ん?」


 地面に、さっきのサーベルが突き刺さっていた。


 さっきは戦闘中だったので確認できなかったが、よく見ると柄が白い百合を形取っているではないか。

 まさしく、オレのために用意された武器に思えた。


 柄を手に取る。頭に、武器の名前が浮かんだ。

『聖剣 ディグナティ』

 と呼ぶらしい。


「うむ。これぞまさしく『威厳ティグナティ』だな。白百合の花言葉に相応しい!」

 尊き剣を、天高く掲げた。


 まばゆい光が剣から発せられて、辺りを照らす。


「ぬおっ」

 手で目を押さえた。


 光は一瞬で消える。


 気がつくと、元いた宝物庫に戻っていた。

 鍾乳洞も消えている。 


「みんな帰ってこれましたね! 一時はどうなるかと!」


 ほっとした様子で、ツンディーリアがその場で飛び跳ねた。

 彼女の手には新しい武器が。


「明らかに、メンバーの様子が違うな」


 全員が、何らかの武装を手にしていた。


「わたしは、パワーグローブです」

 力持ちなイモーティファにはうれしいだろう。


「俺のは、ブロードソードだな。幅広なのに軽いぜ。見ろよ、炎まで」


 トーモスが剣を振り回すと、炎の波動が降り注いだ。


「私は装甲ね。左半身を包んでくれて、魔法でカバーまでしてくれるわ」

「見てください。わたくしは大砲ですわ!」


 一気に、世界観が狂った。なにこの近未来?


「その点お前は、おあつらえ向きな武器が出てきたな」

「そうだな」


 ライバラのアイテムは、妖刀である。刀身が紫色だ。


 全員がウルトラレアとは。


「でも、一番ヤバいのは王子なんだけど?」

「そうなのか?」


 一見すると、少々頼りないサーベルに見えるが。


「ああ。【聖剣 威厳ディグナティ】なんぞ、レジェンダリ級のお宝なんだが?」


 ソフィもライバラも、口々に驚愕している。


「よいではないか。こうしてみんな無事だったんだから。さて、報告に行くぞ」


 外に出ると、ポロリーヌ先生が涙目で出迎えてくれた。

「みなさん、よく帰ってきましたぁ! 様子を見に行ったらどこにもいないから、どうなったのかとぉ!」

 先生が、オレに抱きついてくる。


「他の生徒たちも、王子を置いていけないからと、残ってくれたんですよぉ」


 それは悪いことをした。


「ずっとこんな調子やってん。まいったで」


 メイディアも、頭をかきながら呆れている。


「ありがとう皆の衆! この通り無事だ」


 聖剣を天へ掲げると、生徒たちも安心したようだ。


「では下山するとしよう!」


 オレは、歩き出そうとする。


「待って王子、囲まれてるわ!」


 ソフィの言葉で、全員が立ち止まった。


 トレントやオーク、オオカミなど、一〇〇〇匹を超えるモンスターが周りを固めている。


「どういうことだ? 安全は確保できていたはず」

「いきなり湧いてきた感じだな!」


 オレとトーモスが、剣を抜く。


「武装を試す、絶好の機会です!」


 両手にグローブをはめて、ティファが拳を打ち合う。


 他の生徒たちも武装を展開した。


 魔物たちも、獲物を前に興奮している。


「様子がおかしいな。襲ってくる気配がない」


 突然、モンスターの動きが止まる。

 何かをよけるように、列が割れた。

 魔物たちに、覇気が感じられない。


 現れたのは、制服に身を包んだ褐色の女性である。

 色合いから、日焼けではない。元々肌が黒いのだ。


「ダークエルフか」

 耳の尖った少女は、魔物たちの作った道でパンプスを鳴らす。


 赤と黒のチェック柄をした学生服は、どこの学校とも判別できない。少なくとも、地上世界の高校出身ではなかろう。魔界にも高校があるのだろうか?

 スカート丈が、やけに短く際どい。肉付きのいい太ももを、黒いニーソックスで覆っていた。


 手にしている得物は、魔剣である。

 大型魔獣の角をそのまま削ったと思わせる、雑な作りだ。

 しかし、発せられる魔力が尋常ではない。


 魔王は列の間を進み、パンプスを止めた。


「ごきげんよう、バルシュミーデの小僧」

 ぶ厚い唇が、艶めかしく動く。

 チャラい見た目に反し、古風な口調である。


 そのギャルは、声だけでその場の全員を震え上がらせた。


 脳を直接刺激されてか、魅了される者や気絶する生徒までいる。


「先生助けてぇ!」

「うわあん怖いいいいい!」


 しがみついてきた生徒を、教師の一人が突き飛ばす。

 彼らを守るべきはずの教育者までが、一部泣き出した。

 ギャルが相手の心を、言葉を発しただけで折ったのだろう。


「みなさん、しっかりしてくださぁい!」

 さすが保健担当のポロリーヌ先生は、ノーダメージだ。が、心をやられた生徒や教師の対応に追われている。


 このギャルは、只者じゃない。


「何者だ? オレを知っているようだが?」

「我が名は魔王ギャルル。ギャルトルート・ブルルンヒルデなり。現在は余の代が、魔界を統べている」


 手を伸ばし、魔王ギャルルがオレに近づいてくる。


 こいつが魔王か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る