百合優等生の兄

「ああ。あいつは用心しろよ」

 今朝の一件を話すと、トーモスが食い気味で指摘してきた。文字通り、デカ盛りを食っている状態なのだが。

 トーモスが挑む相手は、食パン一斤を土台にしたグラタンパスタだ。


 騎士の心得があるトーモスが、一撃でやられたのである。

 ライバラは、警戒するに値した。


「私のクラスでも彼と戦ったのですが、誰も勝てませんでした」

 兄とは違った特大の魚介スープパスタをモリモリと頬張りながら、イモーティファも加勢する。

 真顔のトーモスと比較して、ティファは笑みが出ていた。


 二人とも、コレでモーニングというのだから恐ろしい。


 すっかり食欲の失せたオレたちは、三人ともコーヒーだけ頼む。


 付け合わせにゆで卵でも、と店員に言われた。


 しかし、父のイヤミな顔を思い出して断る。


 記録担当のソフィが、イモーティファだけスケッチをしていた。ヤロウはお呼びではないということか。わかる。


「ライバラの強さは別次元だって。ソフィさんやツンディーリアさんでも、敵うかどうか」


 トーモスの話を聞きながら、ソフィは首を傾げた。


「そんなになの? ねえ、その男子って何者?」


 同じクラスであるツンディーリアに、ソフィは話をふる。


「東洋の出身という以外は、謎が多いんですの」

 ゆで卵のカラを指で小さく剥きながら、ツンディーリアは話した。


 クラスの誰も、ライバラとはまともに話したことはない。

 妹の面倒があるからと、部活にも加入してないという。

 担任ですら、彼を持て余しているそうな。


「まるで、自分のプライベートがないみたいなのですわ」


 妹中心に、世界が回っていると。


「わたくしと同じクラスというだけあって、武術は天才的ですわ。そのくらいでしょうか」


 ますますわからないな。


「直接対決したことは、ないのか?」


 ツンディーリアは首を振った。


「まあ、大食いで勝てばいいのです、お兄ちゃん」


「そうだな! 俺には大食いがあるんだ! お兄ちゃんがんばるから見てろよ!」

「頼もしいお兄ちゃんファイト!」


 腹を揺らしながら、トーモスが再びデカ盛りに立ちむかう。


 彼らがメニューを蹴散らしている間に、オレはデカ盛りについて、店員にインタビューを行った。

 特に興味はないが、一応体裁を取り繕うためである。

 

 オレが聞き、ツンディーリアがメモをまとめた。


「このケーキに載った、二つ並んだ雪だるまが実に尊いな」

「わかりますか? 実はお隣のヴァイオリン教室に通っている、仲良し二人組がモデルなのですよ!」


 ウキウキしながら、年配の女性店員がまくしたてた。

 窓からチラチラと見えて、かわいらしいと評判だそうな。


「話がわかるな。女性でこの尊さがわかるとは!」

「もちろん! この道、長いので!」


 女性店員も、百合の波動を持つ剛の者らしい。


「お、見事だ。常連にさせてもらうぞ!」

「ぜひぜひ!」 


 だが、そんなカワイイケーキの雪だるまを、ティファがパクッと食べてしまった。


「あああああ!」


 オレと店員の声が揃う。


「ん? どうしました?」

「今のを食うか?」


 あんな尊い芸術品を、あっさりと。


「そりゃあ食べますよ。食べ物ですから」


 皿にはもう、生クリームしか残っていなかった。


 

 約束の時間となり、ついんずたちとは別行動に。シビルを迎えに行く。


 ついんずの食いっぷりをずっと眺めていると、かえって腹が減ってきた。何か摘まんでおけばよかったか。


 ソフィも、シビルに会いたがっていた。

 だが、ツンディーリアと仲良くすることを優先するらしい。

 お邪魔虫なオレがいない間に、目一杯楽しむそうな。

 

 それでいい。


「おお、どこにいたかと思えば」


 すぐ横に、ライバラが立っていた。神出鬼没だな。


 シビルが、チエリ嬢と一緒に教室から出てきた。


「これから妹と食事に行くが、一緒にどうだ?」

 妹の頭を撫でながら、ライバラを誘う。


 話してみたいし、何よりチエリ嬢とシビルのふれあいも見てみたい。


「悪いが、次の習い事が料理教室だ。そこで済ませる」


 大変だな。しかし、愛する妹の手作り料理か。それはそれで。


「わかった。無理に誘って悪かったな」


「いや。こちらこそ。では」

 ライバラが、妹を連れて去って行く。


「よし。今日は、色々見て回ろう」

「いいので? 部活なのでは?」

「夕方に合流だ。それまでは自由だよ」


 午後は、シビルと久々に兄妹デートの時間を作った。


 ついんずが制覇した店に。


 シビルが好きなものを全部頼み、くつろいだ。

 仕上げに、さっき頼みそびれたカフェのケーキを用意してもらう。


 自分たちがモデルとも知らずに、妹はたいそう喜んだ。


 妹とこんなに話したのは、久しぶりかも。

 家族サービスも、たまにはいいモノだ。


「料理を作るとは。貴族なのに」


「お貴族様じゃないですよ。『しゃちょーれーじょー』なのです」

 舌っ足らずな言い方で、シビルが教えてくれた。


 東洋風レストランの、オーナー一家だそうで。


「なら、トーモス兄妹が食いつくはずだ」

「夜間にしか開けないお店だそうです」


 それで、ついんずが知らなかったのか。


「でも、潰れそうだとか」


 なので、子どもたちで立て直そうと努力しているらしい。

 妹は料理と演奏を担当し、兄も店の手伝いや、別のバイトで家計を支えているという。


 今朝姿をくらませたのは、バイトの時間だったのかも。


「苦労人なんだな」


 ただ、ライバラのバイトについては、シビルでも知らないそうだ。

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