ユリ柄のキモノ

 妹のシスタビルと街に出ると、聖ソフィとツンディーリアがふにゃあとした笑顔を見せて駆け寄ってきた。


 今日は部活の会合なのだが、オレを待っていたわけではなさそうである。


「待たせたな。みんな」


「あんたに用事なんてないのよ。まあ、相変わらずかわいいわぁ」

 しゃがみ込んで、ソフィはシビルの頭を撫でる。

 すっかり、我が妹に夢中だ。


「おはようございます、ソフィ様」


「まあ、おりこうさんね! おはようシビルちゃん」

 小さい手を取って、ソフィはデレッとした表情になる。


「ごきげんよう。シビル王女」

「ごていねいに、ありがとうございます。ツンディーリア王女さま」


 一方、ツンディーリアはシビルのような子どもが相手でも、丁寧に対応した。

 さすがファーストレディである。 


「よそよそしすぎよ、ツンディーリア。接待じゃないのよ。もっと気軽に声をかけた方が、相手だってうれしいわよ。ねーシビルちゃーん」

 言いながら、ソフィはホッペタをツンツンする。


 ソフィの場合は、スキンシップ過剰というのだが。


 シビルの方も、「えへへ」と返す。

 迷惑がっている様子でないなら、別にいいけれど。


「キミは将来、親バカになりそうだな」


 オレが言うと、ソフィは不機嫌になった。

「子どもって……まだそんなこと考えられないからね」


 そっちこそ気が早いんだが?


「ソフィの言うとおりですわ。わたくしは必ずソフィを、あなたの毒牙から守りますから!」

 頬を膨らませながら、ツンディーリアもオレに抵抗する。


「まあまあ、今日は妹の送り迎えなのだ。あまりシビルを刺激せんでくれ」

「そうなの? あんたにも優しい側面があるのね」


 オレは、この二人からどう見られているのだろう。


「そういえば、ついんずは?」


 飯テロにおいて主役である、トーモスとイモーティファの姿がない。

 大食い自慢の彼らが、おいしいお店に行くのに遅刻だなんてあり得ない。


「ついんずさんは、もうお店に入られたそうです」


 先に二人は、朝食に出ているそうだ。朝から何も食っていなかったという。

 店も、妹が通うレッスン教室からそう遠くない。


「朝イチから入店して、『全部のメニュー制覇だぜ』と息巻いていたわ」


 ソフィから、告げられる。


 あの二人らしい。


「わかった。先に行っていてくれ。オレは妹をヴァイオリン教室まで連れて行く」


 午前中には指導が終わる。昼以降は、妹と遊んでやろう。


「シビル。お昼はごちそうするからなー」


「わあい」

 両手を広げて、シビルは飛び跳ねた。 


「あ、チエリちゃんだ」

 友だちを見つけたらしく、シビルが道の向こうに手を降る。


 黒髪のお嬢様が、オレたちに微笑んでお辞儀をした。

 和装だ。華やかなキモノという衣装に身を包んでいる。

 東洋の出身者が、手に西洋楽器ケースを下げていることに違和感を覚えた。


 が、あまりのマッチングぶりに見惚れる。


 なにより、キモノのデザインが百合という!


 これは、シンパシーを感じずにはいられない!


「兄さま?」

「ああ、いや! なんでもない!」


 オレは、あくまでも平静を装う。

 ソフィたちには、動揺がバレバレのようだが。


「みなさま、ごきげんよう。チエリ・ライバラと申します。シビルちゃんと、仲良くさせていただいております」


 幼いながらもしっかりとした受け答えをされて、オレは圧倒された。

 なにより、「ごきげんよう」とは!

 ごきげんようなんて言う幼女を、オレは初めて見たぞ!


「シビルの兄、ユリアンだ。妹が世話になっている」

「お話は伺っております、ユリアンお兄さま。こちらにいらっしゃるなら、もっとオシャレしましたのに」

「いいや、どストライクだ!」


 発言して、後悔した。妄想がダダ漏れではないか! 


 ほら、チエリ嬢がキョトンとしてしまっている!


「兄さまは、チエリちゃんがかわいいねって」

「ありがとうございます。ユリアンお兄さま! 気に入っていただけて何よりです。この着物、とってもお気に入りですの」


 わかる。わかりすぎるほどに。

 オレはしみじみと、心の中で同意した。


 ああ、尊い。


「しかして、こちらの方は?」


 その隣には、黒い着流しの男性がいた。

 頭部を装束で鼻まで覆い、やけにほっそりとしている。


「……ど、ども」


 装束をほどき、男性があいさつをした。

 気のせいか、自信なさげである。


「キミは、どこかで」


 彼には見覚えがあるのだが、記憶がない。


「エミネ・ライバラ。ミケーリさんと、同じクラス」


 ボソボソと、ライバラが答えた。

 そうだ、ツンディーリアのクラスメイトだ。


「ああ。思い出した」


 模擬戦でトーモスを倒したのは、彼だったっけ。


 それにしても、こんな細身であの巨漢を撃退するとは。

 トーモスは一九〇センチはある大男だ。


「チエリ、そろそろ」


 ライバラが催促すると、チエリが懐から懐中時計を取り出す。


「はい。もうお時間ですわね。参りましょう」


「正午に、迎えに行く」

 チエリが、エミネに笑顔を送った。 


「うん。じゃあ兄さま、行ってまいります」

 手をブンブンと振りながら、シビルはチエリ嬢とスクールへ入っていく。


「では、我々も……あれ」


 ライバラとも話そうと思ったのだが、彼はどこにもいない。

 一瞬で消えてしまった。


「まあいいか。彼にも用事があるだろうし」

 ため息をつき、オレたちもトーモスの元へと急ぐ。

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