第三章 魔王襲来! 百合王子のドキドキ試練!

バルシュミーデ家の食卓から

「おはようございます、兄さま」

 妹のシスタビルが、ノックもせずに入ってくる。

 てててとダッシュで、オレのヒザに抱きついてきた。


「おはようシビル。いい夢を見たか?」


「はい」と、オレのヒザに柔らかいほっぺをスリスリしてくる。

 甘えん坊なシビルの朝は、決まってこうだ。


「最近、部活を始められたとか」

「そうだよ。シビルはいつも、なにをしているのだ?」


 オレは、シビルの頭をなでてあげる。

 彼女はオレの……いや、このバルシュミーデ王国の太陽だ。


「わたしも習い事です。今日も、バイオリン教室なのですよ」


 マジかよ、学校は休みだぞ。


 シビルまだは、一〇歳にも満たない。


 とはいえ、両親はシビルに色々と習わせている。

 英才教育だと。


「大変だな。イヤなら、断ってもいいんだ」


 しゃがみ込み、オレはシビルと同じ目線になった。


「お友だちがいっしょにいてくれるから、寂しくはないです」


 そうか。仲間がいるからがんばれるんだな。


「たまには構ってやらんとな。今日は、この兄が送ってあげよう」

「わあい。兄さま大好きです」


 ギュッと抱きしめると、シビルは小さな腕を回してオレの首を抱きしめる。


「殿下、お食事のご用意が」

「わかった。すぐに向かう。シビル、大臣についていきなさい」


 シビルは「はい」と、大臣の手を取った。


 オレは、中央に座る王にあいさつもせず、自分の席へ向かう。

 母には黙礼だけ済ませて。


 国王、ファザードリヒ・バルシュミーデも、オレに顔を向けようとしない。


「のう、ユリアンよ」

 食事の席に着くと、オヤジである国王がこちらに視線を向けてくる。


「んだよ?」


「余はいつになったら、おじいちゃんになれるのかのう?」


 また始まったか。最近、オヤジはいつもこれだ。

 婿養子という立場と、自分に政治を動かす才能がないことで、オレに跡を継がせたがっている。


「知るか。もうとっくにオジンだろーが」

 容赦なく、オレも言い返す。


「オレの血を継いでいるんだ。お前もオレみたいになるぞ」

「どちらも母親似だ。シビルもやがては美人に育つだろう。あんたみたいなオジン顔ではなく」


 オレも妹も、コイツに顔が似ていない。


 母親の影響力が、子供の顔にまで及ぶとは。


 この男の遺伝子は、世に出てはいけない代物らしい。


「オジンオジンって! 親をオジン呼ばわりとは、なんたる罰当たりな! モラハラという言葉を知らんのか!」

「息子に結婚をしつこくせがむのも、立派なハラスメントだと思いますぅーっ!」


 いつものやりとりに、大臣もメイも頭を抱えた。


「そんなに引退したいなら、さっさと舞台を降りやがれ。息子を巻き込むな。大臣にでも跡を継がせればいい。それをしないから、グダグダになるんだろうが」

「大臣に後を継ぐ気がないから、困ってるんだろうが! 顔だけイケメンが偉そうに! いいか。オレと違って、お前にはカリスマ性がある! 王になったら、イヤってほどわかるぜ。自身の才能によ!」


 自分が苦労した分、オレを王にして困らせたいのだろう。

 それでも親か?  


「兄さまがケッコンしないなら、わたしがおムコさんをいただきますわ」


 この場を和ませようとしてか、シビルがいじらしく言う。


「ダメじゃ! シビルはパパと結婚するんじゃ!」


 さっきまでのやさぐれっぷりは、どこへやら。

 父は良きパパとなった。


「そうだ。いかんぞシビル! こんな無能オッサンの遺伝子など、お前の代で絶やしてしまえ! それより、お前は女友だちを大切にしなさい!」


 オレたちの言い合いにも、シビルは朗らかな笑みを浮かべる。


「チエリちゃんとは仲がいいよ」

「そうか。同性の友だちは大切にな」


 シビルもいい百合に育っているようで、なによりだ。


「ところでユリアン、お知らせがあります」


 静観を決め込んでいた母が、オレの向かいから声をかけてくる。


「今日は、お休みなわけだけれど、お誘いの報告がございました」

「どなたからです?」

「お二方から。聖ソフィ様と、ツンディーリア嬢から」


 珍しいな。二人同時にデートの誘いとは。


「いいなーモテるヤローはよぉ」


 ヒジを突きながら、国王は自分でゆで卵のカラを剥く。


「ソフィちゃんは線が細くて、心優しい。聞けばお弁当も手作りっていうじゃねーか。素晴らしい! 一方、ツンディーリアちゃんもナイスバディの竜族と聞く。力持ちだが争いが好きではない性格なんだってな?」

「よく調べたな」


「王族の情報収集能力をナメんじゃねえよ」

 国王は行儀悪く、ゆで卵を一気に頬張った。 


「早くどっちかに決めてくれないかなー?」

 国王が、投げやりに愚痴ってくる。


 このヤロウは、厄介ごとをオレに押しつけたいだけ。

 心からオレの結婚を望んでいるわけじゃない。

 建国三〇〇年以来続く、両国の仲を取り持つ状態に飽きているのだ。


「バルシュミーデの王たる存在が、息子をアテにするなどなんたる怠惰か!」

「は、はいすいませんかーちゃん!」

 母に叱責され、王が背筋を伸ばす。


 そうだぞ母上の言う通りだ。もっとやらんかい。


「あなたもあなたです、ユリアン。二股を掛けるなんて、お相手がかわいそうじゃありませんか。いつまでもフラフラ遊んでいないで、相応しい方をお決めなさい!」


「申し訳ありません母上!」


 オレにまで、母の怒りが飛び火したじゃねえか。

 国王許すまじ。

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