百合王子、メイドを説得

「アカンアカン! なんでウチが、講師なんてせなあかんねん」

 腰に手を当てながら、メイディルクスは文句を垂れる。


 王城に帰った後、オレは事情を話した。

 百合テロ同好会の顧問になってくれと。


 こいつは、オレの家庭教師だった。

 つまり、教員になる資格を有するのだ。


「教諭でもない部外者は顧問になれない」と、生徒会長からも反対された。


 ならば、正式な先生として潜り込ませればいい。

 我ながらナイスアイデアだな!


「だからメイよ、今から教師として学校で授業をしてもらいたい」


「イヤやめんどい」

 秒で拒絶してくる。


「やってられるかいや。ただでさえ、国王やら王子やらの面倒で手を焼いてるいうのに。なんで、子守の人数増やさなあかんねんな?」

 ここぞとばかりに、露骨なアピールしてきた。

 城の仕事は激務らしい。


「そう言うなよ、メイ。お前が憤る気持ちも分かる。しかし、事情も察してもらいたい」

「どんなんよ、事情って?」


「校内に、魔物が出た」


 話を聞いて、メイの表情が険しくなる。


「魔物に操られている生徒だけやのうて、魔物そのものが出た、と?」

「そうだ」


 単なるマントとはいえ、ツンディーリアですら退けた。

 並の強さではない。


「被害は?」

「人的被害はない」


 だが、生徒の複数名が操られるという事態が発生した。

 のんびり構えていられる状況ではない。

 また、日増しに魔族は強くなっているとも告げておく。


「あんた一人で、見張りできる状態ではないんか?」

「生徒全員に目を行き渡らせるなど、オレにはムリだな。ソフィの警備システムほど、優秀ではないのでね」

「あれは、ようでけたシステムやったで」


 ソフィ作の警備システムに、メイは感心している。


 イラスト状の偵察ユニットは、歴戦の戦士すら舌を巻く出来だ。

 一見すると、監視機能が付いているなんて思わない。ただの子洒落た天井画である。天使の天井画は不気味ながら神々しく、信仰心の厚い者には刺さるだろう。

 誰しもが警戒心を解くはずだ。


 その編み目すらかいくぐる魔族、か。


「ちょっと厄介やな」


「なるべく、穏便に追い払いたい。人が死んだりはしていないから、目的もあやふやなんだ」


 学業に支障が出るから、騒ぎにはしたくない。

 魔族にも感づかれて、逃げられる恐れもある。


「まあ、そんな事態なんやったら、ウチも監視には協力したるで。せやけど、問題は、もう一つの目的や。百合テロってなんなん?」


「重要ではないか」


 オレからすれば、最優先の事項だ。


「いやいや、なんべん説明されてもわからんわ! 百合テロってなんやねん! 聞いたことないで!」


 同好会の顧問など、魔族退治よりよほど楽なハズ。

 なのに、メイは難色を示す。


「飯テロや食レポに紛れ、百合を世間に普及させるのだ。これまでにない極めて尊い部活だぞ!」


「モロにテロリストの発想やんけ!」

 すぐさま、メイの鋭いツッコミが入った。


「そんなヤバい部活を立ち上げるためなんかに、ウチを巻き込むなや! この思想犯!」

 どうしても、メイは首を縦に振らない。


「失礼致します」


 ドアがノックされる。


「入れ。おお、大臣ではないか」


 長い耳を持つエルフの大臣が、一礼をした。

「お話は、聞かせていただきました。お妃様の説得には、ワタクシも立ち会いましょう」


 彼がいれば、心強い。とはいえ。


「よろしく頼む。しかし、城はいいのか?」


 メイという最強の警備兵が外に出るのだ。手薄になるのでは?


「心配ご無用。城の警備は、こちらでなんとかいたします」


 大臣のモノクルが、雄々しく光った。 


「とはいえ大臣殿。あなたお一人で城の守りを固めるのは、酷なのでは? 魔族もいると言うし」

 身を正し、メイはオレの従者に早変わりする。


「お気遣い感謝致します。王妃の妹君、メイディルクス殿」


 メイが祖父の隠し子であるという秘密は、大臣も知っているらしい。

 大臣の言うとおり、メイは母からすれば、年の離れた腹違いの妹だ。


 ちなみに、この国は母親が先代国王の血を引き継いでいる。

 国王は、婿養子なのだ。


「あなた憂慮するほどには及びませんよ。ワタクシだって、元は王を守る任についておったのです。思い出しますなぁ、過去に二度ほど大きな大戦があったのを」


 戦闘経験に関しては、大臣も自信があるらしい。

 見た目は、メイよりやや老け気味という風体なのに。


「それとメイディルクス殿、ワタクシの前で地元の話し方をなさっても結構です。王位継承権を放棄した身とはいえ、あなたがこの城になくてはならぬ存在。少しは、リラックスなされてもバチは当たらぬかと」


「……さいですか。そうさせてもらいまっさ。いつもの調子やと、肩こってたんですわ」

 メイが、いつもの話し方に戻る。


「よろしいではありませんか、百合テロ同好会。ワタクシが手ほどきして差し上げたいほどでございます」


「ほな、アンタが学校に勤めるか? 代わったるで」


「いえいえ結構。若さにあてられてしまいます」


 照れ気味に、大臣が遠慮した。

 時々虚空を見上げる様子を見せるので、興味はあるようだが。

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