百合女帝

 大臣と共に、母のいる部屋へ。


 中に入ると、バラの香りがふわっと溢れ出てきた。

 

 これだけで、母の存在感に圧倒される。


 相変わらず、すごい魔力だ。

 香りがする魔力を使うなんて、オレの母親くらいだろう。


 オレの解説を、母である王妃ロジーナ・バルシュミーデは黙って聞いていた。


【バラの女帝】……それが彼女に与えられた別名である。

 王妃にして、魔法学校の理事長を勤めている人物だ。

 バラ園を運営しているのも、母ロジーナである。


 母に会った人は、口々にこう述べた。

 先代から豪胆ぶりを、先の王妃から美貌と優しさを受け取ったミセス・パーフェクトと。


 誰しもが、この国を真に統べている人物が誰かを把握していた。


 母がちやほやされるたび、父国王はヘソを曲げる。


 それでも、母ロジーナはあの情けない王に愛情を注いでいるのはわかった。


 オレが父を侮辱する度、母は言う。

「彼は、あの情けなさこそを武器にしている」と。

 タヌキだと言いたいのだろうな。


「わかりました、ユリアン。メイが学園で働けるように、手配いたしましょう」

「ありがとうございます」


 さすバラの女帝である。話がわかる母親で助かった。

 国王はキライだが。


「部室は手配致します。そうだわ。倉庫を空ければいいわね。使っていない空き教室はありますが、広すぎて持て余すでしょうね」

「百合を堪能できるなら、いっそ倉庫だろうと廊下だろうと構いません!」


 はあ、と母は嘆息した。

「嘆かわしい。本当に妃をもらうつもりはないのですね?」


「オレの人生に嫁は不要だ!」


 これだけは譲れない。


「部の設立に、あなたの嫁を連れてくることを付け加えておくべきでした。今からでも遅くないかしら」

「困ります、王妃いや理事長!」

「こうでもしないと、あなたは結婚しないでしょうが!」

「まだ早すぎる。誰か一人に決めるのは、もう少し待ってくれないか?」


 王の座につくことが約束されている以上、オレは跡取りを作らねばならない。

 とはいえ、少々気が焦りすぎではないのか。


「父である王が、王座から外れたがっています」

「だろうね」

「私が実権を握っているのが、面白くないのでしょう」


 母はそういうが、元々あいつはナマケモノなのだ。オレに似て、責任を取りたがらない。


「あなたが探さないなら、こちらで探すという手立てもあるのよ?」

「子どもをコントロールしようとなさらないでください」

「そんなつもりは」


 母は首を振る。

「まあ、いいでしょう。この件は、またお話しします」


 ひとまず、オレの嫁探しは保留に。


「そうだわ。倉庫ですが、一つ条件があります。手狭になってきたから、お片付けもお願いできるかしら?」

「お安いご用だ。母さん」


 場所を使わせてくれるなら、備品の移動などいくらでもやってやろうではないか。


「ただしメイ、学園に潜伏するなら、変装してらっしゃい。女教師として振る舞えるように」


「は、はあ」

 あまり、メイは乗り気ではない。


「しっかりなさい。魔族が潜伏している可能性があるのです。

 さっそく、母お付きの使用人によって、メイの改造計画が成された。

 

 メイの着替えが済むまでの間、オレは大臣と廊下で待機する。


 再度部屋に通されたとき、別人がそこにいた。


「どこをどう見ても、先生だな」


 髪型はキレイに揃えられ、伊達メガネとスーツで武装する。

 メイド服姿の時とはまた違った、やり手感を醸し出す。


「元が美人さんですからね」と母は言う。

「この装備一式ですが、魔族を油断させるため、細工を施してあります。並の人には、あなたは一般人として映るでしょう」


 そんな特殊効果が、何の変哲もない衣服に備わっていると?


「素敵よ、メイディルクス。私は一人っ子だったから、いつかあなたは本当の妹として招くつもりでしたのよ?」

 まるで実の姉妹のように、母はメイのコーディネートを行う。


「時々これからも、私を姉と思って慕って下さってもいいのですよ」

「いえ王妃。わたしは使用人の身。王妃の寵愛を受けるなど」

「腹違いとはいえ、私は実の姉なのよ? お姉ちゃんがいいっていうならいいの」

「そんな。王妃」


「だーめ」

 メイの唇に、母は自分の人さし指を当てた。


「ここでは、お姉ちゃんと呼びなさい。これは命令です」

 にこやかに、母がメイを威圧する。


「せやけど、あかんて。お、お姉ちゃん……」



「ああ。いいわメイ。その調子よ」

 母が一瞬、立ちくらみをした。



 ぐっ! なんだ、この胸の高鳴りは。


 オレが、このオレが母親とメイに萌えているだと!?



「王子、よいのです! ご自身を偽りなさるな!」

「しかし大臣! 相手は肉親だぞ!」


「尊きものは、尊き! 萌えは血のつながりすら超えるのです。ご自身の心に、素直になられませ王子!」


 こういうパターンもアリなのだな?


「尊い。これが、姉妹百合か!」


 自分の気持ちに正直になる。

 その瞬間、目の前にある光景がより眩しさを増した。

 身体の震えが収まらない。


 腹違いの姉妹!

 王妃と使用人となって、離れた身分!

 決して姉妹だと気づかれてはならぬ、禁断の関係!

 歳の差百合と姉妹百合の、絶妙な相乗効果! 


「ほろ苦い! どんなブレンドコーヒーよりほろ苦いぞ!」

「お見事ですぞ! ああっ、長生きはするモノですなあ! 眼福!」


 これはまさしく、バラの女帝ならぬ【百合の女帝】と形容すべき!


「極めて純度の高い百合である! よき!」

「よき!」


 オレたちは、サムズアップでお互いの理解を深め合った。



「あんたら、見境なしやな……」

「放っておきなさい。あれは病気です」



 呆れ果てていたが、母はすぐに立ち直る。

「空き教室ですが、表札に注意なさって」



「何かあるので?」

「たしか、あそこはよからぬモノがいたような、いなかったような伝承が」

「ハッキリしませんね」

「もう何百年も前の話なので」


 母でさえも忘れている伝説が、空き教室にはあるらしい。

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