魔族を百合で洗浄する!

「ば、バカな。放せ! お前たちのターゲットはオレサマじゃねえ! あっちだ!」


 女生徒たちは、一切聞く耳を持たない。

 校舎の外にある手洗い場まで、マントを引きずっていく。


「聞こえないさ。オレの指示しか聞かん」

「まさか! こいつ、オレサマの術式を上書きしやがった!」


 今ごろ、気づいたのか。


「オレが術式で女生徒から逃れられた時点で、気づくべきだったな」


 仕上げに、マントの持ち主だった取り巻きのリーダー格が、洗面器を持ってきた。洗い場の蛇口をひねって、水を溜める。


「こいつらまさか!」

「お前を洗って、浄化する」


 オレは、百合の香りがする石けんを生成した。生徒たちに与える。


「百合に挟まれて死ぬとは、こういうことだ。【奥義 百合洗濯リリー・ウォッシュ!】


 マントは女生徒の白い手によって、揉み洗いをしてもらう。

 これはこれで、うらやましい。


「なぜだ。どうしてオレサマがこんな目に!」

「何を言う? 気持ちよかろう? それはオレが作った特殊な石けんだ。魔獣の肉や皮を浄化する作用がある」


 さらに、乙女の細い手によって洗ってもらうのだ。

 これが心地よいはずがない!


「くっそお、痛え! 痛えっての!」

「痛いのは最初だけだ。いつだって、異文化を受け入れいるのは痛みを伴う」


 揉み手洗いが、より激しさを増す。


 泡立つ度に、癒やしを呼ぶ百合の香りが広がっていった。


「悔しい。痛えっ! 痛えのに、てえてえ! てえてえ!」


 最初こそ痛がっていたマントも、ようやく素直になってきたようである。



「いてえてええええええええええっ!」



 空から光の柱が降り注ぎ、マントは浄化されていった。マントに描かれていた、竜を象った紋章が消えていく。


「は、わたしは何を?」


 マントを洗う手を止めて、女生徒たちが目を覚ます。


「みなさん、おケガはありませんか?」


 ツンディーリアが尋ねると、取り巻きたちは彼女を囲んだ。


「ごめんなさい。わたし、ツンディーリア様の心が離れていくのが怖くて」


 不安から、魔族の甘言に乗ってしまったという。


「魔族の正体は見ましたか。とくに、ブルルンヒルデというらしき者は?」


 うつむきながら、女生徒は首を振る。


「気がついたら、路地に誘われていました。あのマントが、落ちてあったのです」

「そうですか」

「何も有益な情報を出せず、申し訳ございません」

「あなた方が無事なら、なによりです」


 女生徒はツンディーリアに一礼をして、オレにも頭を下げた。


「ユリアン王子、わたしたちはあなたを見くびっていました。お嬢様をわたしたちから取り上げる、色欲魔だと勝手に決めつけておりました」

「そう思われても仕方ないな」


 今回の一件は、半分くらいオレの責任だろう。

 オレの間違った行動が、彼女たちを惑わせた。


「貴君らが心を痛める必要はない。以後、余も気をつけよう」

「もったいなきお言葉!」

「今日はもう遅い。気をつけて帰るがよい」


 オレがみんなを解放すると、ツンディーリアがこちらに視線を投げかけてくる。


「わかったよ。ツンディーリア、ついていってやりな」

「はい。では失礼致しますわ。王子」


 ツンディーリアたちは、談笑をしながら校門を出ていった。


「そういうところよ、王子」

 腕を組みながら、ソフィがそっぽを向く。


「これで、他の生徒からのあんたの好感度が上がるのよ。この優等生」

「なにが優等生か? 聖ソフィから言われても、イヤミにしか聞こえんぞ」

「はいはい、そうですか」


 ソフィから「ところで」と、真剣な顔を向けられた。


「これで、部室探しは振り出しに戻ったわよ。どうするの?」

「そうだぜ。生徒会も、友好的ではないし」


 難題は、まだまだ多い。


「地道にやるさ、こうなったらな。とにかく、このマントの出所を探さねば。メイディルクス!」

「はっここに」


 いったい、いつもどこにいるのか?

 呼べばメイは必ずオレの元に現れる。


「このマントの所在を調べよ」


「ただちに」

 メイが、オレの前から消えた。


 入れ替わりで、生徒会長がやってくる。


「生徒や教員の避難は、もういいですね?」

「ああ。すべて片付いた」


 もう、被害は出ないはずだ。


「あなたを見くびっていました。まさか、魔族を倒してしまうとは」


 状況を見て、生徒会長が胸をなで下ろす。


「魔族と言っても切れ端だな。本体は別にいるようだ」

「でも、やはり王子には敵いません。ありがとうございました」


 生徒会長に頭を下げさせてしまった。調子狂うなぁ。

 しかし、これはチャンスだ!


「礼には及ばん。それより、この騒動を収めたのだから」

「部室をよこせ、ですか? それは話が別です」


 ムリかー。やはり顧問がいなくては、話は進まないらしい。


 待てよ? そうだ、思い出した。


「顧問が必要なんだよな?」

「ええ。何度も申しているとおり」

「一人、心当たりがある」

「本当ですか?」


 生徒会長が、手をパンと叩く。


「ああ。掛け合ってみるよ」

「では、後日その方を連れてきてください」

「いや、もう連れてきているんだ」


 驚いた顔を、生徒会長が見せた。


「メイディルクス、ちょっといいか?」

「はい。なんなりと」


 オレは再び、メイを呼ぶ。



「お前、教員免許持っていたよな?」

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