百合のお茶会
「はあい、これで今日の授業は終わりでーす。さよーならー」
ルビー組の担任ウッシ・ポロリーヌ先生が、HRを締めくくる。
放課後、オレはトーモスから遊びに行かないかと誘われた。
「二番街のカフェに、新しいチャレンジライスができるんだってよ。からあげ定食を三〇分以内に食ったらタダだって話だ! 一緒に行こうぜ!」
コイツはオレの夕飯が、どうせ退屈なものだとわかっている。いつも外食に呼んでくれるのだ。
「今日は、遠慮しておくよ」
例のお茶会がある。
「最近つれないな、お前」
「ちょっと、バラ園が気になるんだ」
オレの百合好きを知っているのは、トーモスだけだ。
それでも、バラ園でのことはトーモスにも一切話していない。
「ああ、賊が出たらしいな」
ソフィとツンディーリアを狙った事件は、うやむやにされている。暴行未遂事件でなく、バラの盗難未遂騒ぎにすり替えていた。
「我がバルシュミーデが開発している新しい品種を、ライバル国が狙ったのだろう」という体になっている。
「それで、オレも様子を見に行こうと」
「そっかー。まったく、どこの国だろうな? あるいは業者か。バラなんて食えないモノ盗んで、なんになるんだ?」
さすが、飲食業界の御曹司である。
「色気より食い気」を地で行くトーモスの価値観は、「食べられるかどうか」だ。
「それよりトーモス、オレとばかり遊んでもしょうがない。今日は久々に、妹と一緒に帰れよ。妹を誘ってあげたらどうだ?」
オレの言葉を受けて、トーモスがいそいそと帰り支度をする。
「そうだな。元々大食い趣味は、あいつスタートだもんな。じゃあまた明日! 待っていろ、わが妹よーっ」
妹に悪い虫が付かないよう、トーモスは颯爽と帰っていった。
「さて」
向こうも、オレを待っているはずだ。
お茶会は、その後の日課となった。
ただ、バラ園が立ち入り禁止になったので、バラ園近くの噴水で語らっているが。
「やはり、メイディルクス様のクッキーはおいしいですわね」
ツンディーリアが、ソフィに「あーん」をしている。今日は彼女が、男役を演じていた。元々、ツンディーリアはカツラと同じ黒髪だ。見た目もボーイッシュなので、驚異的に似合っている。
しかし、口調はいつもとたいして変わらない。むしろ、残念イケメンと化している。もっと雰囲気を出せばいいのに。
「そうねー。このために生きているわね」
隣にいるソフィも、クッキーを下品にバリボリとかじる。
コイツは外面と内面のギャップが凄まじい。日頃のうっぷんを、このデートで晴らしているみたいだ。苦労しているのだろう。
案外、二人は集会を楽しんでいる風に見える。
てっきり、場所替えして遊ぶのかと思っていたが。
「どうにか、王子を介さないパイプを築けないでしょうかしら?」
「それはいいですわね! 今度はメイディルクス様だけ来てくださらない?」
二人が、実に失礼なことを言う。
「ナイスアイデアだ!」
受け答えするオレもオレだが。
実際、メイディルクスも呼びたい。
あいつは祖父が冒険者に産ませた子で、苦労人である。
オレよりよっぽど、男前だ。
むしろ、ヤツの方が王子としての器・素質があるんじゃないか? むむう、女性であるのが実に惜しい。
「私たちも、身の振り方を考えないと」
「いつまでも隠し通せるとは、思えませんから」
「いずれは私たちのいずれかが、コイツの嫁にならないといけない」
心底イヤそうに、二人は語り合う。
「それなんだけどな。偽装結婚という手もある」
オレは、後頭部で手を組む。
「それでも、どちらかが妾にならねばならん。でも、イヤだろ? 格差が生まれてしまうからな」
二人は落ち込む。というか、露骨に不快感をあらわにした。
「私も、最悪ソレは覚悟したわ」
「いっそ二人になれるなら、その選択肢しかないでしょう」
でも、と、二人は告げる。
「ユリアン王子、アンタがキモイ」
「ただの女好きならよかったのですが、百合大好きとか残念すぎます」
ヒドい言われようだなおい!
「つまり、オレが生理的に受け付けないと」
秒でうなずきが返ってきた。
「男が苦手と言うより、アンタがすさまじく怖いわ」
「虫以下ですわ」
カースト最下層ですらないと。
「虫より下か。こりゃあいい。オレもせいせいする。気を使わなくてもいいからな」
「待って。アンタまさか!?」
テーブルを叩き、ソフィが立ち上がった。
「早合点するな。言いふらしたりなんか、するもんか」
ソフィの懸念材料を、オレは否定する。
こんな都合のいい状況を、わざわざ自分で崩すバカはいない。
ソフィとツンディーリア、いずれかを慕っているなら、この状態には耐えられんだろう。こんなの、生殺しだ。
オレはどちらにも、恋愛感情など持っていない。百合趣味を包み隠すのにも役に立つ。特等席で百合を楽しめるのだから!
「ええ。アンタがそんな人でなしじゃないってのは知っているわ。けれど、見返りとして」
悪い予感を察してか、ソフィがツンディーリアを抱きしめた。
「わたくしたちに、ひどいことをなさるのでは?」
二人が何を考えているのか、なんとなく想像が付く。
「あーはいはい。そういうことねー」
大げさに、オレはため息をつく。
「何も求めはしない」
オレは、コーヒーを飲み干した。
「要求は一つ、観察させてくれ」
「百合の間に挟まれたい」とか、「百合に囲まれて呼吸がしたい」とか、オレはそういう肉体的な刺激は求めない。それは百合好きとして、恥ずべき好意だ。
「はあ?」
ソフィが、眉間にシワを寄せる。
「遠目から、ただ見守らせて欲しい」
「見てるだけ?」
「もちろんだ」
どうも、二人の反応が鈍い。いい提案だと思っていたのだが。
「そっちの方が、気持ち悪いわね」
「身体を要求されるより、いい気分がしませんわ」
二人とも、難色を示している。
「かといって、拘束するのもなぁ」
「なにより、このバラ園も安全とは言えませんわ」
だよなぁ。一度襲撃を受けているし。
このバラ園は、王家が所有している。本来、王族関係者以外は入れないはずなのだ。
「それに、もうすぐ雨の季節よ。屋根が欲しいわ」
ソフィが、空を見上げる。
いつもは夕日によるオレンジが、どんよりと雲に覆われていた。
「空き教室を借りるのか。そんな都合のいいことが……できるかもしれない」
「どういうこと?」
「部活だよ。謎部活!」
そう、百合と言えば謎部活だ。
昼間、トーモスとも話し合ったではないか。
すっかり、失念していた。
「キミたちは生徒会にも入っていない。ソフィは図書委員、ツンディーリアは生徒会と言ってもクラス代表だ。この茶会に出席しているから、時間は多少なりともあるはずだ」
「それで、部活をやれというの?」
「なんでもいい。三人が集まって違和感のない部活を考えるんだよ」
演劇部は大所帯だ。今もレッスンの様子が外からでも聞こえてきている。
「お茶をするだけの部活もダメよ。去年、そういった部活は軒並み潰されたわ」
活動の乏しいクラブは、ほとんど整理されたらしい。
「ちょっと考える。謎部活」
「だから、どうして部活動に『謎』っていう変なワードを付けたがるのよ?」
「部活と言えば謎がつきものだろ!」
「ミス研は定員オーバーなんだけど?」
まいったな。これでは部活が作れないではないか。
「コーヒー研究会というのは? 王子はコーヒーお好きですわよね?」
「紅茶部と被る」
というか、謎部活はほとんど「紅茶部」に吸収合併された。今は、「紅茶に合うお菓子選手権」が行われている。
「この議題は、次回まで持ち越しにする」
「そうね。方向性は、悪くなかったんだけれど」
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