【破邪・百合紀行】 自称ライバルくん、再び

 結局、その日は何の進展もせず、お開きとなった。


 どこか他にアテはないか、街を通る。

 しかし、めぼしい場所はない。なにより……。


「大丈夫ですの? こんなところを見られたら」


 ツンディーリアが、辺りをキョロキョロする。

 人の視線が気になる様子だ。


「もう男装してないだろ? 安心しろ」


 今のツンディーリアは、変装をしていない。


「それでも、気になるわよ。こんな状態じゃ、あなたが女子二人をはべらせている風にしか見えないわ」


 たしかに、厳しい視線がオレに対して向けられている。


「思わせておけばいい。それなら、カモフラージュできるだろ」


 周辺に悪く思われたって、構わない。百合ップルを守れるなら。


 とはいえ、ソフィとツンディーリアは別だ。

 彼女たちは、校内でオレを取り合っている「フリ」をしている。「実は仲良し」だとバレるわけには、いかないよなぁ。


 もっといい場所がないかと、寄り道する。

 

 燕尾服の集団が、オレたちの行く手を阻む。


「待っていましたよ王子」


 中央にいるのは、我が校の男子生徒だ。


 ツンディーリアのクラスメイトだったよな。


「えっと、お前はたしか……誰だっけ?」


「朝、キミと対戦しただろう!?」



 そうだ。たしかに、模擬戦の対戦相手だったような気が。


「えっと。すまん。名前が出てこない」


「名前などあなたにはどうでもいいでしょう。あなたはここで、ボクに負けるのですから。今日こそ、引導を渡して差し上げましょう!」


 号令と共に、取り巻きが前に出た。


「あなた、まだ懲りませんの?」


「当然ですよ。ボクも伯爵家の息子。やられっぱなしというわけにはいかないんですよ! 参る!」


 燕尾服の連中が、オレを取り囲む。


「ユリアン王子、大丈夫なの?」


「やってみなければ」


 四方八方から、攻撃が降り注ぐ。徒手空拳だけではない。光の矢や氷の柱など、魔術攻撃も飛んできた。


「なんの、【百合障壁リリー・ウォール】で」

 

 オレは、カフェオレ色の煙をまとう。


 ふんわりとした煙が、オレに降り注ぐ攻撃のことごとくを反射した。


「大勢で一人をいたぶるなんて卑怯よ!」


「勝てばいいのです! それに、彼らはボクの手足! ならば、ボクの力といっても過言ではない! 聖ソフィさん、あなたもボクの財力に酔いしれることでしょう!」


 憧れの存在であるソフィの言葉すら、彼は聞き入れない。


「バラ園の方と同様、操られてらっしゃる?」


「だろうな」


 ツンディーリアの想像は当たっているだろう。


 どちらかというと、本性を剥き出しにさせられているような。


「やむを得ん。【百合風味リリー・フレーバー】!」


 オレは、コーヒーの香りを振りまく。並の人間なら、これで眠ってくれるはず。


 む? 手応えがない。精神耐性が高いのか?


 ならば、実力行使で。極力、武力には頼りたくなかったが。


 トン、とオレは燕尾服の首筋に手刀を当てた。


「おや?」


 まったく効果がない。

 皮膚の表面が剥がれて、内部に金属が見えた。これは。


「こいつらはオートマタ。血が通っていない人形か」


 気がついたときには、遅かった。

 オレは、背後にいた燕尾服ゴーレムによって、羽交い締めにされてしまう。


「ハハハハ! こいつらはボクの手足だと言っただろ? 文字通り、彼らはボクの操るオートマタ! これがボクのメイン魔法ってワケさ!」


 やり方が手慣れている。

 始めから、集団リンチを想定している感じだな。

 一対一を基調とした魔法は、習得していないように思える。

 コイツが模擬戦で勝てないわけだ。


「王子!」


「しっかりなさいまし!」


 未だにオレを応援する美少女二人に対し、伯爵の息子は不快感をあらわにした。


「まったく、こんな女たらしのどこがいいのか? まあいい。欲しいものはムリヤリにでも手に入れればいいこと。さあ、聖ソフィ殿。お手をどうぞ」


 差し出された手を、ソフィは払う。


「汚い手で触らないで!」


「まだ、おわかりでないか。ならば、数を増やしましょう」


 男子が指を慣らすと、建物の影などからワラワラと新手が。


「どうです? 魔族と契約したことで、操れるオートマタがさらに増えたのです! あなたも魔族の力を借りれば、もっと強くなれますよ」


「私は勇者の家系よ! 魔族と繋がるなんて」


「ではなぜ、魔族の第一勢力である【竜族】と並んで歩いているのです?」


 ツンディーリアは、竜族だ。

 もっとも、人間に味方するようになり、魔族とは対立するようになったが。


「そ、それは」


 ソフィは沈黙した。百合ップルだなんて言えないから。


「竜族は、調子に乗った魔族を見限って、人間に味方するようになった。ツンディーリア嬢の家系は、勇者に手を貸す一族だ」


「お前には聞いていないんだよ王子!」


 親切に教えてやったのに。


 苛立ちがマックスに達したのか、男子はオートマタに号令をかける。


「さあさあ、この小うるさい王子を叩きのめしてしまえ!」


 燕尾服たちが、拳を振り上げた。


 やれやれ。人間でないのなら、容赦はしない。


「ふん!」


 オレを拘束する両腕を、もぎ取った。


「なにい!?」


 男子生徒が狼狽する。


「この程度で、オレを止められると思っていたのか?」


「ほざけ! やれ!」


 生徒がオートマタに、指令を送った。


 燕尾服のオートマタが、同時にオレに殴りかかる。


 オートマタどもの腕を、オレは関節からへし折った。背後にいたオートマタのアゴを、振り返りざまのカカト蹴りで打ち抜く。


「戦いは数ではない。数は戦略の要素に過ぎん。数に頼っているだけのお前に、オレは倒せない」


 一体ずつでは勝ち目なしと見たのか、人形集団はオレとの距離をさらに詰めた。


「【百合旋風脚リリー・トルネード】!」


 オレは跳躍し、ローリングソバットを見舞う。

 司令部らしき頭部を、回し蹴りで粉砕した。


 群がるオートマタの集団を、オレは傷一つ受けずに破壊していった。


「どうやら、一体多数でもオレの勝ちだな」


「ああ。そのようだね」


 冷や汗をかきつつも、男子生徒は不敵な笑みを浮かべる。


「さすが、バルシュミーデの次期国王といったところか。見事だよ。けれど、これなら!」


 オートマタ軍団の標的が、オレから少女二人へと変わった。


「お妃候補を人質に取られては、さすがの王子と言えど!」



「それは、最悪手ってヤツだぜ」



 ソフィの手首を掴んだ刹那、人形は桜色の刀身によって真一文字に両断される。


 ツンディーリアを狙った個体は、杖から放出された火球によって灰になった。



「勝負あり、だぜ」


 オレは、地面に転がっている燕尾服の頭部を蹴り飛ばす。


 頭部が千切れ、生徒の頬をかすめた。


「あわわわ」


 負けることが頭になかったのだろう。男子生徒はヒザから崩れ墜ちる。


「貴族なら何をやってもいいとは限らん。ムリヤリ従わせても、根本は解決せん。いつまでもシコリは残る」


 オレは周辺を、コーヒーの香りで覆い尽くす。


「お前を操っている魔族の瘴気も、払ってやる」


 男子生徒に、芳香を嗅がせた。


「あわよくば、お前に百合の加護があらんことを」


「はわーっ!」 


「百合に抱かれて、眠れ。【破邪・百合紀行リリー・ジャーニー】」


 香気のシャワーを、男子生徒に浴びせた。


 カフェオレ色の煙が、列車のように男子生徒に絡みつく。

 煙はヘビのように男子生徒の身体を這い上がり、鼻へと吸い込まれていった。


「て、てえてええええええええええええ!」


 男子生徒が、薫香の渦に包まれて眠りにつく。

 きっと、百合の夢でも見ているのだろう。



「魔族の残り香一つ、払えているな」


 あとは、メイディルクスに任せるか。



「あ、なんだ?」


 振り返ると、二人がまたもポカンと口を開けていた。


「アンタ、メチャクチャ強いじゃない! どうして黙っていたの?」


 オレの戦い振りを見て、ソフィが尋ねてくる。


「暴力が好きじゃないんだよ。師匠が師匠なだけに」


 冒険者で、魔族と何度も衝突しているのだ。オレは、そんな実力者を先生に持つ。


「おかげで強くなりすぎて。だから、普段は加減しているんだ」


 精神攻撃の方が、オレの性に合っている。

 犬のように暴れ回るのは、エレガントじゃない。


 とはいえ、二人はうらやましがってはいなかった。


「なんだか、私たちへの当てつけみたいに見えるわ」


「わたくしとソフィは、戦闘系術士ですもの」


 またも、オレの好感度が下がる。


 別にいい。二人の関係が保たれているなら、オレはそれで。


「でも、助かったわ。ありがとう」


「どういたしまして」


 しかし、バラ園は使えない。

 外も人の目があってダメ。

 ならば、早急に手を打たなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る