コーヒー豆の代用品には、何が使われていたと思う?

 まだだ。すべてが終わったわけではない。


「そこにいるわね?」


 ソフィが、小型のナイフを投げた。


 茂みの奥にいる女性の足下に、投げナイフが突き刺さる。


 身を隠していた茨を断ち切られ、少女がたじろいだ。 


「どうしてわかったの?」


「香水です。コーヒーの香りに混ざって、お花の香りがしたので」


 隠れていた少女は、「くっ」と舌打ちする。


「ん? キミは」


 今朝、さっき襲ってきた男子生徒に絡まれていた女子生徒ではないか。


「どうしてこんなことを?」


「王子を狙っているのは、あなただけじゃないわ!」


 ツンディーリアが聞くと、ヒステリックに女生徒はわめく。


「あなた方有力候補二人が、このバラ園で大勢の男共の手によって純血を散らす。となれば、強大なお妃候補が減る。そういう算段だったのに!」


 恐ろしいことを考えるものだ。度しがたい。


「愚かな。候補が減ったからって、あなたに順番が回るわけではないのに」


「最終的に、私が王子の妃になればいいのよ! 邪魔者が現れたら、また排除すればいいだけ!」


 ヤンデレ気味に、少女は笑った。


 これは、治療が必要かな?


「ふたりとも、離れていろ。これはオレの問題だ」

「王子、お一人ではムチャですよ!」


 ツンディーリアがオレを気遣う。


 しかし、この程度の相手なら造作もない。


「王子様自らが、婚約者を守るってわけ?」


 女子生徒が、さらに嫉妬の炎をその目に宿した。


「キミ、コーヒー豆の代用品には、何が使われていたと思う?」


「なんですって、王子?」


 少女は、不遜な態度を取る。いうことを聞かなければ、さっきの男子のように操ればいいとでも思っているのだろう。


「その昔、ツンディーリアの故郷は魔族との戦争下にあった。そのとき、コーヒー豆が不足したんだ。こまった各国は、様々な植物をコーヒー豆の代わりにした。今日の授業で習っただろ?」


「ハンッ。タンポポくらいしか、知らないわ!」


「まあ、正解だ。しかしね、もっとたくさんの代用品がある。たとえば」


 オレは、アイテムボックスに手を突っ込む。



「百合の根だよ」



 乾燥した百合の根を取り出す。


「酸味の利いたフルーティな豆とのブレンドしてみた。ぜひ、堪能してくれたまえ」


 ステッキを振って、オレは周辺にお湯を展開する。


「キミには余裕が足りない。そんなキミには、やすらぎが必要だ」


 オレは、この女生徒の望みを叶えてやることはできない。

 だが、彼女を癒やすことならできる。



「召し上がれ。【破邪・百合三昧リリー・サマディ】!」



 空中でコーヒーを淹れ、氷魔法で十分に冷ました。霧状にして、女生徒へ振りまく。


「ほわああああああ! てえ、てええええええええええっ!」


 恍惚の表情を浮かべて、女生徒は倒れた。



「メイディルクス」


 オレは、メイド兼ボディーガードのメイディルクス・ハッセを呼ぶ。


「はっ。ここに」


 ショートカットの女性が、オレの側でかしづく。


 ソフィもツンディーリアも、突然現れたメイド服の女に唖然となる。


「彼女を保健室へ。オレは女には手を出せんでな」


「承知」


 メイディルクスが、目を回している女生徒を運ぶ。


 擁護教諭には、貧血で倒れたと告げておく。


「女子生徒は、どうなさいまして?」


「どうもしないさ。明日の朝には一連のことはキレイさっぱり忘れているだろう」


百合三昧リリー・サマディ】は、記憶消去の作用がある魔法である。


 女生徒は、自分が男子生徒を操っていたことだけでなく、ソフィたちへの憎しみさえ消えているはず。


 これにて一件落着だ。メイディルクスも帰らせる。


「あの」


 申し訳なさそうに、ソフィがこちらに歩み寄ってきた。何かを言いたそうに、モジモジとしている。


「アンタのことは気にくわないけど、礼は言っておくわ」


「礼には及ばん。降りかかる火の粉を払ったまで」


 単にバラ園の一件が知られたら、オレにとって都合が悪かっただけだ。オレは、自分の身を守ったに過ぎない。ソフィに礼をされる言われもないのだ。


「それでも、あんたがいなかったら、学校の生徒にも危害を及ぼしていたわ」


「んなもん結果論だろうが。気にするなって」


 オレは、オレがやりたいようにやっただけ。


「わかったわ。でも、ありがとう」


「王子、わたくしからも、感謝致します」


 ツンディーリアまで。


「ったく。調子狂うんだっての」


 オレは彼女たちからは、罵倒されるくらいがちょうどいい。




「その上で図々しいんだけど、王子、お願いがあるの」


「関係を秘密にしてくれ、って言うんだろ?」


「察しがいいわね。そのとおりよ」


 ソフィが、オレの前で膝をついた。


 ツンディーリアも、ソフィにならう。


「私たちは、あなたに秘密を知られてしまった。しかも、二人ともあなたに忠誠心はあっても、愛情はない。私たちは、この感情を抑えきれない。この愛を守るためなら、私はなんだって。いっそあなたの妻に」


「いらん」


 オレは、ソフィの嫁入り宣言を断る。


「さっきも言っただろうが。交際を続けろってな。そちらを命令したいくらいだ」


 オレは、二人が幸せなら構わない。

 むしろ、オレにとってはそれこそ望ましいのだ。


「ユリアン王子、それではお世継ぎが」


「望まぬ結婚をして、望まぬ子を宿すほうが不幸だ。オレにとって、いや、世界にとってな!」


 ハハハ、と笑いながら、オレは二人を残して立ち去る。





 夕食後の寝室で、オレはメイドのメイディルクスと語らう。


 かたわらには、メイディルクスの淹れてくれたコーヒーと、クッキーを添えて。


 ソフィとツンディーリアがいかに素晴らしい百合ップルであるかを、メイディルクスに解く。


「ひとこと言うてええか、王子?」


 コーヒーをたしなんで、メイディルクスはひと言つぶやいた。


「なんだ?」


「きっしょ」


 目を細めて、メイディルクスはオレを罵倒する。


 メイディルクス・ハッセは、オレの親戚筋だ。

 祖父が死ぬ間際、若い冒険者を孕ませでできた子である。


「百合がうつりそうやわ。近寄らんといて」


「相変わらず、オレには塩対応だよな、お前は」


「年上にお前言うな。干支が一回りちゃうねんから」


「干支って……東洋の暦だろうが」


 メイディリクスは、王国ではオレの配下を装って、かしこまっている。

 しかし、二人きりになるとタメ口を利くのだ。


「それより、今日の女子生徒な。何かわかったか?」


「あんな、あの子、魔族かなんかに操られとったみたいや」


 特殊な催眠術を掛けられてた痕跡が、彼女の首筋にあったらしい。

 メイディリクスが呪いを解き、今は大事には至っていないそうだ。


「どないする? 魔族のエリア丸ごと吹っ飛ばす?」


「アホか。お前が本気を出したら、【地上の太陽事件】の再来になるぞ」


「あれは我ながら豪勢やったよなー」


「自慢するなよ。魔族の城が一つ吹き飛んだんだぞ」


 とにかく、身動きの取れないオレの代わりに、メイディルクスに調査をしてもらう。

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