美しい百合には距離《トゲ》が必要だ
オレはアイテムボックスをまさぐり、コーヒーセットを用意した。
バラ園でカフェオレを飲む。これが、放課後の日課である。
テーブルにセットを置き、オレは予定通りコーヒーを淹れた。
「まあ、コーヒーだけは淹れてやるから、落ち着け」
向かいの席に椅子を並べてやる。
二人はおとなしく、肩を寄せ合うように座った。オレから、互いを守るように。
「できるまで、これでも食っててくれ」
さらにアイテムボックスをまさぐって、オレはクッキーを出す。
「ウチのメイドが作ったクッキーだ。あいつ、口は悪いが料理は得意なんだ」
見た目こそデカくて男らしく微妙だが、味は保障する。
「たしかにおいしいわね」
「結構なお点前で」
気に入っていただけて、何よりだ。
容器にフィルターを用意して、挽いた粉を入れる。
熱の魔法を唱えて、ポットを手の平で温めた。
フィルターに沿って、「の」の字にお湯を入れていく。
「できたぞ。ミルクと砂糖は、こちらな」
ミルクと砂糖のポットをアイテムボックスから出す。
「オレはカフェオレ派でな。コーヒー作りも本格ではないんだ。味にうるさいヤツにはつまらんかもしれんが、めしあがれ」
自分用にはミルクを足した。
「クールなコーヒーと、優しいミルクの融合か。まるでまるで君たちみたいだな! ということは、オレはカフェオレを淹れる度に、二人のイチャイチャを再現できる! なんたる自家発電すばらしいイイっ!」
ただコーヒーを淹れただけなのに、こんなにも胸を締め付けられるなんて! 助かる!
「はっ!」
ソフィとツンディーリアがいたことを、ようやく思い出す。
二人はオレの言動に、ドン引きしていた。
苦いコーヒーを飲んだ後より苦そう。
「コホン。まあ」
呼吸を整えて、平静を保つ。
「あとは、キミらのお好きなように楽しみたまえ」
特等席で、百合遊びの続きを堪能させてもらおうか。
「だから王子! あんたがそこにいると、やりづらいって!」
ソフィも、本性を現したな。
「オレは、二人の恋路を邪魔するような、無粋な真似はせん。恋愛は自由だ。自由であるべきだ。オレは恋をしない自由を選ぶ。それだけだ」
そっぽを向いて、コーヒーを楽しむ。
黒いコーヒーと白いミルクというベストマッチングで、二人のイチャイチャを飲み干すとしようではないか!
「どうした? 飲まないなら捨てるが」
「い、いえ。いただきますわ! せっかく、未来の旦那様が淹れてくれたんですもの!」
カップを両手で持って、ツンディーリアがコーヒーを一気にあおる。
「うえぇ、まっず!」
あまりの不出来に、ツンディーリアは舌をべえっと出した。いつものツンディーリアからは、想像も付かない変顔である。
面白すぎるリアクションに、思わずといった感じでソフィもプッと笑う。
「わ、笑わないでくださいまし! ソフィ!」
咳き込みながら、ツンディーリアが指摘した。
「ごめんなさい。だって、あなたのそんな声、初めて聞いたんですもの!」
ソフィは今度こそ、笑いが止まらなくなる。腹を抱えて、うずくまってしまった。
ああ、和む。この瞬間のために、オレは生きているんだなぁ。死んでもいいくらいだ。
「ブラックで飲んだらマズいさ。カフェオレ用に配合した、適当ブレンドだからな。豆の知識もロクにないんでね、直感で選んでいる。それにキミ、ムリしてブラックで飲んだろ?」
ツンディーリアに、ミルクと砂糖を差し出す。
あきらめて、ツンディーリアはミルクと少量の砂糖を注いだ。
今度は、お気に召したようである。
「やはりな。昼食時、キミらはどちらも紅茶にミルクを入れていた」
教えてあげると、二人がおぞましいモノを見る目でオレを見た。
「へえ、のぞき見してたの?」
「よく見ていますわね」
「ヘンタイ」
仲良く、カフェオレを口にする。
「恋愛も同じだ。ムリすることなどない。オレの取り合いをしているのも、演技なのだろう?」
二人が生徒たちの前で取っている態度は、周囲に対するカモフラージュに過ぎない。
「察しがよろしくて」
「ヘンタイ」
タネをバラされ、二人も開き直った。
「二人はいつから交際しているんだ?」
ソフィに尋ねると、彼女はカップの縁を指で拭く。
「幼少期からよ」
「初対面からずっとですわ」
ツンディーリアも追随する。
「私たちの親が対立しているのは、知っているわよね?」
「ああ。有力者同士だもんな」
テーブルに膝を突き、オレはアゴに手を当てた。
ヴェリエ家はバルシュミーデ国の北に位置する、リスタン公国領にある。リスタンはヴェリエの親戚筋で、遠回しにヴェリエを操っていた。
対してミケーリ王国は、西の湾岸都市だ。
コーヒーの名産地で、酸味のある豆は人気が高い。
ツンディーリアが、普通のコーヒーで満足できるはずがなかった。
どちらも勢力は拮抗しており、バルシュミーデ王国と交流が深い。
いずれの勢力も、広大なバルシュミーデとのパイプを持ちたがっている。
そのために、オレのいるこの学園に嫁候補である娘を送り込んだ。
「けどね、私たちには関係なかった。すぐに惹かれあったわ」
好きなモノも同じ。親の言いなりになりたくない、という気持ちも。
「どちらかが男として生まれたらよかったのに、って、何度も思った」
なるほど、歪んだ禁断の愛ってワケか。
「つまり、男装も互いにやり合っていると」
「どうして、わかりますの!?」
ツンディーリアが、席を立つ。
「髪の毛だ。ほれ」
オレは、二人から拝借したカツラを手に取る。
血相を変えて、ツンディーリアがオレからカツラを取り上げた。
「いつの間に……」
ソフィが、アイテムボックスを確認する。オレに視線を移し、苦々しい顔をした。
「キミらが、コーヒーでむせているときだよ。それより、この材質を」
「質感が、どうかなさいましたの?」
ツンディーリアが、オレにカツラを渡す。
カツラに指を滑らせ、オレは二人に見せた。
「この髪質は、ツンディーリアのモノだ。けれど、裏の髪留めはソフィのモノを使っている。二人が共有して、使っているんじゃないか?」
「そうよ。アンタの言うとおり」
ソフィが肯定する。
「互いが互いの相手役を演じている、か。難しい立場にいる者どうしだから、なお燃え上がったと」
わかる。美しく、儚い。
「ああもう、尊い。こんなの尊すぎる!」
乱暴に、二人にカツラを返す。このままだと、想像しただけで鼻血が出そうだから。
バルシュミーデと繋がりたいリスタンとミケーリは、昔から相容れない。
二人のどちらかが男性だったとしても、結婚は難しかっただろう。
月並みな意見だが、かくも運命とは残酷なのか。
まるで、戯曲にでもなりそうな間柄だ。
間に挟まれているバルシュミーデは、両国の対立を幾度も防いだ歴史がある。
とはいえ、我が国はいい加減ウンザリしていた。
両国家のパワーバランスを崩したがっている。
そのカギを、オレが握っているってわけ。
だから、ソフィとツンディーリアのいずれかと結婚させたがっているのだ。
めんどくせえ。
「オレはこういう勢力争いがキライだから、嫁を取りたくないのだよなー」
人の幸せを政治の道具にする、国家のやり方が許せない。
オレが発言すると、二人が意外そうな顔をした。
「チャラい見た目に反して、実に頼もしいですわ」
「そうね。中身はただのヘンタイだけど」
ヘンタイは余計だ。否定しないがな!
「とにかく、二人は交際を続けろ。オレは一切咎めない」
オレはコーヒーをソーサーに置く。
美しい百合には、
百合は守られるべき。
「ところで、さっきからノゾキ見しているモノは誰かな?」
オレは、茂みの向こうに声をかけた。
「ここは、王族関係者以外は立ち入り禁止だ。わかってて入ったのか?」
茂みにいる人物に、声をかける。
応答はない。だが、人影が明確になってくる。
現れたのは、数名の男子生徒だった。
足を引きずりながら、こちらへとにじり寄ってくる。
その一人は、今朝追い払った男子生徒も交じっているではないか。
「尊い……」
目がうつろだ。誰かに操られているらしい。
「百合、間に挟まりたい……」
男子生徒が、ヨダレを垂らしながら要求を口にする。
「女性カップルの間に割り込み、性的欲求を満たそうとは。どうしようもないな」
「アンタが言う、それ?」
オレの発言に、ソフィが顔をしかめた。
「ツンディーリア、私から離れないで」
ソフィが、ツンディーリアの肩を抱く。
「ご心配なく。多少の心得なら」
ツンディーリアの手には、指揮棒サイズの細長いステッキが握られていた。魔法を使うための触媒である。バチバチ、とステッキから電流が流れた。
「そういう意味じゃなくて、生徒を傷つけちゃダメって意味!」
「別に構わなくって? 民草にも等しい方々ですわ。軽く雷撃を」
生徒への攻撃を阻止するため、ソフィがツンディーリアの手首を掴む。
「ダメよ。いくらあなたが有力者だからって、そんなことをしたら退学になるわ」
「仕方ないですわね」
ソフィに諭され、ツンディーリアはステッキを持つ手を下げた。
「でも、これだけの数の相手を、どうすれば」
今にも、彼らはソフィたちに熱いわだかまりを注ぎ込まんとしている。
「オレに任せろ」
長めのステッキを、オレは振りかざす。俺の使うステッキは、サイフォン式で使う竹製のヘラだ。
「くらえ【破邪・
背中を仰け反らせて、指揮棒を扱うようにステッキを振る。
ステッキから、コーヒーの香りがふんわりと漂った。
香りを嗅いだ生徒たちが、離れて行く。風に乗った香りを追いかけているのだ。
「何よ、この技?」
「破邪の魔法だ。彼らに掛けられた呪いを、解除している」
オレは直接攻撃するより、精神攻撃の方が長けている。
「彼らは、操られた記憶すらないだろう」
「これで安心?」
「いや、彼らを操った張本人が出てきていない」
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