第26.5話 腹温め係
翌日も、俺は腹温め係を命じられた。
昨日の反省で、昨夜は丁寧に身体を拭いてきれいにしたから、体臭で迷惑をかけることはないと思いたい。
「昨夜は添い寝できないと断られるとは思わなかった」
責める口調の割に彼女の表情はどこか幼い。もしや拗ねているのだろうか。
「うっかり熟睡して、陛下に粗相してはいけませんから。それに、俺の替わりに湯たんぽをお使いになったと聞きました」
「湯たんぽで済むならここまで来ないぞ」
「すいません」
わずかに吐息で笑い、彼女を見つめた。
ぷいと背を向けた彼女は、俺の手をひっぱり、その薄い腹へ回させる。
怒っているわけじゃない。
けれど、俺から彼女を抱きしめるようなことをしてはいけないのも分かっている。
お気に入りの人間湯たんぽは、彼女を癒すことだけに努めるべきだ。
同じ一枚の上掛け布の下、彼女と俺の間はこれまでになく近寄り、その体温をわずかな空気を挟んで伝え合う。
一、二センチのすき間を律儀に保ちながら、彼女のうなじに俺の息が当たらないよう、そっと息を吐いた。
雨は今日も降り続いている。
波の音に似た音に眠りを誘われ、陛下の隣りで俺もうとうとしてしまった。
眠気を払おうと瞬きを繰り返す。ふっとまぶたに息がかかる。視線を上げれば、微笑む彼女がいた。
いつの間にか寝返りを打ち、こちらに身体を向けていたのに、俺は気づかなかったようだ。
努力していたつもりが、気づかぬうちちにすっかり寝てしまっていた。
慌てた俺の表情を見て、また彼女が口角を上げ、静かに笑う。
それから、俺がいた異世界のことをぽつぽつと聞かれた。
政治や人々の暮らし、娯楽や歴史。
俺の話せることは深くも広くもないし、あやふやなところもある。
それでもちょっと変わった暇つぶしにはなったのかもしれない。
穏やかにやり取りされた会話がふっつり途絶えると、今度は彼女が寝息を零していた。
呼吸とともにゆるやかな動きが、彼女の腹から俺の分厚い手に伝わってくる。
雨音が異世界でも同じなように、誰かを大切に思う気持ちも変わらないのかもしれない。
静養という名目にふさわしい数日が、こうして過ぎていった。
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