第28話 バターでステップアップ
――なんだろうこれ。胸がウズウズする。だまっていられないっていうか、ふわふわ落ち着かない。なんなんだこれ!?
初めての感情と感動に、俺は浮かれていた。
散歩から戻ってアイブラスと別れると、俺の大事なものを準備するため、走った。
倉庫へ行って、一番奥から何重にも布でくるんだ包みを取り出す。カサリと懐かしいプラ袋の音とともに、俺とともにこの異世界にやってきたイモが三つ現れた。
三つ全ては陛下には多すぎるかもしれない。一つは包みに戻し、取り出した二つを丁寧に水洗いする。
陛下からのご指示なのでと王さま専属の料理人に頼み、調理場を使わせてもらった。
――これをスライスして油で揚げると、小さすぎて焦げちゃうだろうな。
思案し、ふかし芋をつくることにする。
道具を借りさせてくれと頼むと、料理人の男は気さくに手伝ってくれた。
「
中年の料理人は一見強面だが、意外に面倒見が良い。
たしか名前はザックさんだ。
「
「陛下にお出しするなら、一つ味見させてもらうよ? 仕事上、毒見しなきゃいけない規則なんだ」
もちろんだと頷く。
「味付けはどうするんだい?」
「塩か、あればバターが一番なんですけど」
「あるよ」
ザックさんがさらりとこぼした言葉に、俺は目を見開いて駆け寄った。
「は⁉ あるんですか? マジですか? 最高じゃないですか!」
俺の勢いに驚きつつ、ザックさんは食糧庫からビンを取り出す。
黄みがかった乳白色の色は、まさに俺が求めていたバターだ。
「隣から分けてもらったんだ。ミルクもバターも新鮮なものを手に入れられて助かってるよ」
「ターニャさんですね! 気さくな良い方なんです! ザックさん、バターを取引してくださってありがとうございます!」
「ミオさま、頭を上げてください。俺も噂のイモを一度食ってみたかったんで、楽しみですよ」
そこで、はたと気づく。
そういえば、俺がお城を追い出された原因はイモだった。
最近すっかりたい肥のことばかり考えていたので忘れていたが、この世界では根を食うのは非常識なんだった!
「もしかして、陛下に根をお出しするのは禁止事項だったりしますか? このイモは俺の大事なものなんですが……」
ザックさんは明るく笑って手を振る。
「毒見させてもらえればそれでいいよ。ここに来る時点で、根を食う件は覚悟してたしな。ここだけの話、辞退者が相次いで出たもんで、侍従のモリタが怒りまくってたよ」
「ご迷惑をおかけしてすいません」
「俺は興味があったからいいのさ。昔、従軍してたときは、カエルもヘビも貴重な食料だったんだ。根が食えるなら、食うに越したことはないだろ。なにより食糧が増えるのは、貧しい人間にとっては良い話だ」
「そういってもらえると助かります。イモを食べるのはご不安かもしれませんが、美味しいんで安心してください!」
「救国の乙女が糞あつめをして作った、土にまみれた根っこが食えるなんて、いい土産話ができるよ」
快活な笑い声にホッとする。
そうして
「この料理はジャガバターと言います。では、いざ実食!」
じゃじゃん!
秒でザックさんが唸る。
「クソうまいじゃねぇか! なんだこの根は⁉」
「じゃがいもにバターを付けて最初に食べたひとは天才です‼」
久しぶりに感じる、でんぷんの舌触りとひんやりしたバターのとろみとうまみ。
もぐもぐと食めば食むほど、イモの甘さが口内に広がる。
――バター、天才か! 天才だ! バターすげぇ!!!
まわりに大きな声で叫んで回りたいのを堪え、まなじりに涙を受かべつつ貴重な一口を飲み込む。
――イモ、やはりお前は最高だ。
「分かった。これは熱いのもウマさの一つだな。よし、小鍋に熱湯を入れて、中に小鉢を立たせよう。そこに皮をむいたイモを乗せて蓋をしてっと。食べる直前に塩を混ぜたバターで食してもらうのが一番だな!」
ザックさんは料理人らしい慣れた手つきで素早く盛り付けると、俺へトレイを持たせてくれた。
アイブラスはもちろん喜んでくれた。
おいしいとも言ってくれたし、食料として普及させるがいいと言ってくれもした。
ただ、なぜだかちょっとガッカリした表情だった。
そういえば、ジャガバターに夢中になりすぎて、お風呂に入るのを忘れてしまっていた。
それがいけなかったのかもしれない。
せっかく久しぶりのお風呂を勧めてくれたのに入り忘れるなんて、親切を無にする行為だ。失礼でしかない。
「イモに夢中で、お風呂に入らずに参上してしまいました。忘れてしまってすいません」
しょんぼりと肩を落として反省する。
「異世界人め、手強いな」
そんな独り言めいた呟きはあったが、王さまは苦笑しただけで、機嫌を損ねてしまったわけではないようだ。
俺はといえば、なにより大事にしていたイモを食べてもらえて、心底大満足だった。
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