第25話 兄弟の引っ越し

 城から持ってきたイモ用の畑は、バールさんが手配してくれた人たちであっという間に耕してもらえた。

 同じく持参したたい肥を全て鋤き込み、持っていた種イモも全部植えることが出来た。

 ソミアが有能なのは知っていたけど、バールさんも人夫たちの頭領を務めるだけあって、実行力がある。

 ターニャさんに話したことをバールさんに相談したら、あっという間に川上で牧場を営む家々を回り、家畜の糞を集める流れを作ってくれた。

 ふんを川まで運ぶのは手間ということもあり、タダでも喜んで渡してくれる。

 専用の台車とそれを引くロバは、バールさんたちが仕事で持っているものを譲ってもらえた。

 バールさんの息子さんが台車を作る工人をしているそうで、そこから買い替えるつもりだったそうだ。

 俺と背丈は同じぐらいだが、体重は半分以下であろうバールさんの頭には白髪が目立っている。大きな子どもがいてもおかしくない。


 そんなわけで台車は安くしてもらえたので、ソミアが現金で支払うことを許してくれた。

 ソミアと二人きりの屋敷にロバとはいえ、仲間が増えるのは嬉しい。

「生き物を飼うのは初めてなんだけど、ロバって散歩は必要? エサはどうすればいいんだろ。ロバのエサも畑に植えた方がいいのかな?」

 バールさんを質問攻めにしてしまう。大真面目に聞いたのに、バールさんは苦笑して、何もしなくていいと言う。

「ミオ様のお手を煩わせずに済むよう、手配しますから、ご安心ください」

「なんでも『手配』してくれるんだね! すごいやバールさん!」

 城を追い出されてから、俺の人生の登場人物は増加傾向にある。

 ソミア以外にはトーヤ兄弟ぐらいしかまともな話し相手がいなかったせいか(王さまは特別すぎるのでカウントしない)、バールさんと話すのはとても楽しい。

「そりゃ、ミオ様が世間知らずなだけですよ。エライ人の前で俺の名前を出したりしないでくださいよ。貧民と慣れ合ってるなんて、知れたらまた立場が悪くなりますよ」

 ターニャさんにも頭を下げるなと言われたことを思い出す。俺を心配して助言してくれているのが分かるから嬉しくなった。改めて、お城を出て良かったなと思う。

「俺のせいでまた王さまの立場を悪くしちゃいけないよね」

「お慈悲で貧民へ仕事を与えているって姿勢が無難でしょうな」

 ソミアもターニャさんもそうだけど、適切なアドバイスをくれるのも、とてもありがたい。

 おかげで、俺はのびのびとたい肥作りに専念できそうだ。


 たい肥を作る場所を決め、そこでほかの材料と混ぜ、発酵させることにする。

 材料はバールさんに頼んで米ぬかや豆殻、ゴミとして出される貝殻なんかを集めてもらった。

 満面の笑顔で、貝殻を石でゴツゴツと砕く。ホタテやあさり、よく分からないやつも混ざっているが、この貝殻は酒場で出されたゴミらしい。

 川に流しても流れが悪いので、引き取り料は高く、どこも家の裏に捨てて山にしているらしく、糞尿の引き取り料よりも相場は高くなるとバールさんが教えてくれた。

 つまり、良い金になるので、バールさんは機嫌が良い。儲けが出るので、ほかのたい肥の材料も無料タダにしてくれた。ありがたい!

 

「このたい肥作りは、ターニャさんに見てもらった方がいいと思います。できればこのたい肥でターニャさんの家庭菜園と同じ作物を作って、比較したいですね。価値を知ってもらえれば、いずれ各々の農場で発酵させ、たい肥作りの協力者になって頂けるでしょう」

 ソミアの提案にそうかと、バールが手を打つ。

「発酵すれば匂わないのと、たい肥として有効なことをこの農場で証明できれば、村の農民たちが買うだろうし、それは牧場を営む彼らの収入になるな」

 二人の考えに、高揚してしまった。

「それならみんな得するね!」

 冷静なソミアがあくまで案の一つだと、浮かれる俺に釘をさす。

「どう周知させるかが問題です。常識を覆すのは簡単ではないでしょう。作物を購入する側がミオ様のたい肥を使用した作物は買わないと拒否すれば、有効だと分かっていても農民は使用しないでしょう。ミオ様を嘲笑した人々が、己の過ちを認める日が来るとは、私には思えません」

 でも、と俺は食い下がる。

「家畜のだけじゃく、人のも使えるって話も広がれば、川に汚物を捨てる人がいなくなるよ。川の水も飲める日がくるかも」

「そりゃそうだろうけどなぁ……」

 二人が苦笑する。仕方のないことだけれど、夢物語にしか聞こえないんだろう。バールさんは少しでも俺の気持ちを汲もうとしてくれるが、うーんと唸る。

「たい肥作りを俺たち貧民ができるようになれば、変わるかもしれないが、そのための土地なんかを考えると、気の長い話になりそうだな」

「まずは、肥料になるという認知が広まることが大事です。そうすればミオ様への人々の認識も変わるはずです!」

 彼女の表情は厳しい。俺が笑われていることに胸を痛めてくれていると分かり、申し訳なくなった。

「まずはたい肥の有効性を示すってことだね」

 そんなわけで、引っ越して5日目で、新たなたい肥作りを始められた。


 引っ越してから1週間目では、王さまがお城に戻ってきたというニュースとともに、シューヤたち兄弟と病弱なお母さんが一緒に引っ越してきた。

 この農場の住民が増えるのは、ソミアも俺も大歓迎だ。 

 兄弟が任されていた鶏舎の仕事は、生活に困っている貧民のために設けられた枠なので、元々一年の契約で雇用されていたのだそうだ。

 期限には少し早いが、俺の農場を住み込みで手伝ってくれる人を欲しかったので、彼らに来てもらうことにした。

 彼らがお城でしていた仕事は、次は親を亡くした子が働くことになったそうだ。

  

 シューヤ家族のほかにも、我が農場はメンバーが増えたっていうか、増える予定だ。あぁ、そもそも厳密には兄弟のもので、俺のものではないけど。グダグダでごめん。

 二人は退職のお祝いでヒヨコを5羽もらってきていた。

 このヒヨコはは繁殖用で飼っている雄鶏と雌鶏のゲージで取れた有精卵から生まれた子たちなんだって。

 空いていた納屋の二階に三人は住むそうで、その1階を鶏小屋にすると話していた。

「俺がヒヨコの母ちゃんになるんだ!」

 シューヤがそう宣言していて頼もしい。


 兄弟はよく働く。

 兄のシューヤはバールさんから教わって、俺のたい肥の材料集めをしてくれているし、手が空けば畑を耕してくれる。しかも早くて耕し方も上手だ。

 弟のトーヤはロバとヒヨコの面倒を見て、なおかつ冬にエサとして蓄えるための穀物の畑を作っている。前に使っていた家具を売って、タネを買ってきたのだそうだ。

 トーヤに教えられるまで、冬のエサについて全く考えていなかった俺は頭があがらない。

 彼らが住む納屋の家賃は、このヒヨコちゃんたちが大人になったら生んでくれるはずのタマゴで支払うとのこと。

 家賃の話なんて、ソミアも俺も一度も出したことがないのに、しっかりしているなぁ。


 ソミアがトーヤたちの母親、マーマさんを屋敷の手伝いに雇いたいというので許可をした。

 兄弟たちの働きもそうなんだけど、現金がないので、しばらくは三食の食事を給料の代わりにするしかない。

 農場が軌道に乗るまでこれで我慢してほしいと頼むと、むしろ貧民相手には破格の対応だと喜ばれた。

 そもそも、汚れ物を扱う貧民は家の中に入れないと聞いて驚いた。

「臭いですから」

 そういうものだと言われ、これも川に汚物を流すのを止めれば、変わるのではないかとまた考えてしまった。

 王さまの巡幸の負担を減らすこと、それと貧民が汚れ物を扱うことで差別されることもなくしたい。

 あれもこれも一度に変えられるとは思わないし、俺はそもそもチートもなければ、イモを育てられたのもバジリアの魔法のおかげだ。

 自分の力だけではまだ何も成せていないのだから、あまり高い望みを持っても無理なんだけどさ。

――でも、目標として持つぐらいならいいよね。

 いつか、きっと。俺なんかに出来るとしたら、地道な毎日の先に、ちょこっとだけって程度かもしれないけれど。

 ポテチ関連以外でやりたいことができたのは、よく考えたら初めてかもしれな――あれ? ほかにも俺、なにかやんなきゃいけないことがあった気がするけど、なんだっけ? まあ、いっか。

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