第23話 イモ、認められる
朝は男の声で目が覚めた。
昨日、俺を見てぎょっとしていた農民が襲撃に来たのかと、一瞬恐怖が走ったが、隣で寝ていたソミアが「バールさんの声だ」というのでほっとする。
「ん? んんん? ソミアもここで寝たの⁈」
「すいません、自分の寝具を入れた箱が分からなくて。寒いと感じてはいましたが、とりあえず見つけた布にくるまって寝たんです。どうやら夜中、無意識にミオさまの身体の下に冷えた手足を入れてしまったようですね。おかげで熟睡できました」
「あ、そう……それは良かった」
一瞬、美しい女王さまの顔が脳裏をよぎる。アイブラス王が知ったら、俺がお仕置きを受けるのではと心配になった。
このことは陛下に内緒にしてくれ、そう言いかけて口ごもる。これじゃまるで、俺が浮気したみたいだ。口止めしたらそれはそれで、永遠に後ろめたい気がする。
「夜明けに目が覚めて、温まった手足を引っこ抜こうとしたんですが、やわらかいし温かいしで、最高だったもので。すいません、以後は寝室を別にしますし、二度とミオさまを湯たんぽ代わりにいたしません!」
心底すまなそうに頭を下げられる。
「ふ、布団に勝手に入られるとびっくりするから、その……頼むね。陛下が誤解したらアレだし」
「やはり! ミオ様もアイブラス陛下にお心を寄せてらっしゃるのですね! 陛下はいつか必ずまたお渡り下さいます! このソミアが全力でお仕えしますから!」
かーっと顔が熱くなり、「ナ、ナ、ナ」とよく分からない言葉を俺は呻く。
――俺が王さまに恋している前提で話されるの、すごく恥ずかしいからやめてくれ!
どういう言い方で頼めば恥ずかしくないか考えているうちに、ソミアは再び聞こえたバールの声に応じ、玄関ホールへ行ってしまった。俺も慌ててあとを追う。
「バールさん、朝から一体どうしたんですか? 何か問題でも?」
バールはソミアへ一礼し、挨拶をする。
「おはよう、お嬢さん。朝から悪いね。ミオさまに是非言いたいことがあって、馬を借りて来たんだ」
「おはようございます、バールさん。なにごとですか?」
ソミアの後ろから俺も顔をだし、声を掛ける。
「最高にうまかったぞ‼」
「え?」
「美味かったんだよ! 昨日もらったイモがむちゃくちゃウマくて、どいつもこいつもびっくりしてんだ。あのイモ、ミオ様がお城で作ってひんしゅくかった根っこなんだろ? クソを肥料にして根っこを作って食う変人だとは聞いてたが、まさかそのイモがあんなにウマいとは思わなかった! それを伝えたくて、仕事前に来たんだ」
興奮気味に語るバールは、俺たちに口を挟む隙を与えず、さらに言葉を続ける。
「俺たち金はないけどよ、身体は丈夫だから、また何かあったら呼んでくれ。あのイモがもらえるなら、みんな喜んでくるぜ」
やったーっと俺は両手を上げて喜ぶ。
初めて俺のイモを心から喜んでもらえたことが、嬉しい。
もっとイモをお分けしますと言いかけ、あとは日に当てて緑にしてしまったイモばかりだったと思い出した。
「すいません、食べられるイモはあれが最後なんです。あとはここの畑を耕して、種イモを植えるところから始めないと」
「ここをアンタ一人で耕すのかい? その種とやらがどれぐらいあるか知らないが、なかなかの広さだぞ。手が空いたら、手伝いに来ようか?」
「でもお支払いするものがありません」
王さまにもらった胸布はもう余っていないない。胸布だって、現金がないから取引に使っていたぐらいなのだ。金がないのは明らかだ。
渡せるとしたら、農村出身のお城の使用人からもらった、便通の良くなるゴボウぐらいしかない。しかも数は一本。
俺の思案を読み取った優秀な侍女が、素晴らしいアドバイスを授けてくれる。
「ミオさま、現金は少ししかありませんが、油や小麦を一年分お城から持ってきましたし、食器も必要以上に持ってきました。さらにあの別邸にあるもので換金できそうなものはほぼ全部持って来ていますので、それらと交換なら、彼らの労働に対し、支払うことができます」
「お城のものを持ってきちゃったの?」
「追い出されるんですから、ここぞとばかりにかっぱらって――、言い間違えました。当分使用するものを分けて頂くのは、おかしなことではありません」
「盗むの、良くないよ」
「もちろん退職した使用人が主人のものを勝手に持ち出すのは盗みであり、悪いことです。ですが、陛下のお妃様がその身分のまま住まいをお移りになるのとでは、事情が全く違います」」
それもそうかと俺は頷く。
すき間だらけのあの別邸では、椅子は丸太を切っただけだったし、高価な家具もなかった。残しても、お城では誰も使わないだろう。
「バールさん、時間のあるときでいいので、一緒に畑を耕してもらえると助かります。賃金は俺にはよく分からないので、ソミアと決めてもらえますか?」
「ヨシ! なら明日にでも、何人かで来るよ」
さくっと話しをまとめると、バールは仕事があるからと、馬を走らせ帰って行った。
俺が4時間かけた道のりも、馬を走らせれば30分で来れるらしい。
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