第21話 Lv.1 ふかし芋
自分の身体だけでも重いのに、肥やし満載のリヤカーを少年のシューヤとで引くのは重労働だ。
街に入ったところで、ロバを操るトーヤが荷車を先に走らせ、手伝いの人夫たちを呼んでくれていた。
兄弟が住む家がある貧民街の住人達は、たい肥に嫌な顔をせず手伝ってくれる。
シューヤに顔と人数を憶えてもらい、あとでソミアからお金を受け取るところまで頼むことにした。
人夫たちのリーダーらしき人がロバの鼻先を脇道へ向ける。
「大通りを土を載せた荷車が通ると嫌がられますから、汚物を運ぶときに使ってる裏道の方を通ります。遠回りになりますが、ぼったくってるわけじゃないので、ご心配なく!」
表の道も裏道もさっぱり分からない俺は、彼の言葉に一も二もなく頷く。街の人たちの視線を既に存分に集めてしまっている身としては、裏道を通るのは大歓迎だ。
貧民街の中の広場らしきところで休憩を取ったときには、俺はリヤカーの後ろを息を切らしながら歩いているだけだった。
こんなに長距離歩いたのは久しぶりで、歩くだけで疲れる身体だってことを久しぶりに実感する。
広場に井戸はあるが、手足を洗う者はいても、水を飲む者はいない。
「喉が渇いたんだけど、あの井戸の水は飲んでもいいの?」
「煮立たせてから飲まないと病気になるよ」
トーヤに注意され、水を諦める。蛇口をひねれば清潔な水が当たり前に出ていた国から来た身としては、喉の渇きを我慢するのは慣れなくてつらい。
「昨日、お城から息子たちがもらってきた水です。よろしければお飲みください」
女性の声に振り返ると、三十代ぐらいの痩せた女性が皮の水筒を差し出してくれる。身なりから見て貧民街の住人のようだ。
「母ちゃん!」
彼女の灰色のスカートへ、トーヤが抱きつく。兄弟の母親のようだ。
「貴重な水をいいんでしょうか? ありがとうございます」
問いかけながらシューヤをちらりと見ると、黙ってうなずいている。無理をしているわけではないようだと感じ、ありがたく飲ませてもらった。
「以前、お薬を下さった妃さまですよね? こんなところでお見掛けするとは思わず、驚きました」
「いや、まぁ、はは……」
なんと返答して良いか分からず、笑ってごまかす。
シューヤたちの青白い顔をした母親は頬がこけている。それを見て、改めて自分の体型がこの世界の非常識であることを実感した。
自分が注目を浴びていることで頭がいっぱいで気づかなかったが、手伝ってくれた人たちも、貧民街を行き交う人々も、老人も子どもも一様に痩せている。
「ここの人たちなら、俺のイモを嫌がらずに受け入れてくれるかな」
思い立ったらすぐ行動だ。
荷馬車に積まれたたい肥の上に、
お城の人と同じリアクションを取られる可能性もあるが、もう言われても気にすまいと心の準備をしてから、勇気を出して声を出した。
「俺が作ったイモです。火を通して食べるんですが、もし嫌でなければ、もらって頂けませんか?」
戸惑う人々を見たら、やっぱり迷惑だったかと気弱になってしまった。
「嫌なら無理強いしません。無理に持っていけとはいいません。でも、この根は食料になるんです。俺がいた世界ではとても人気のある食べ物なんです」
「母ちゃんに持ってった薬、このイモで作ったみたいだよ」
トーヤの言葉に大人たちが、おっと目を見開く。
「滋養強壮の薬ってこのイモだったのね。私、あんなにおいしい薬は初めてだったわ」
そういって、トーヤの母親は、イモに土がついていることも気にせず、俺が差し出したものを一つ手に取ってくれた。
「この薬は食い過ぎても毒にはならないので、気軽に食べてください。前の調理法では油を使いましたが、ふかし芋にしてもおいしいですよ」
彼女が手にしてくれたことをきっかけに、ほかの人たちも恐る恐る手をのばす。
もちろん手にしなかった人もいたが、お城の人たちの反応を考えれば雲泥の差だ。
「よかったな、ミオ」
俺の不安を察していたシューヤが声を掛けてくれる。彼ら親子には本当に助けられる。
「一番うまいのは薄切りにしてたっぷりの油で揚げるポテチだけど、油って高価なんだよな?」
シューヤに聞くと、ものにもよると首を傾げられた。
「ちょっとなら手に入るけど」
「細切りにしたイモを炒めるよりちょっと多めぐらいの油で揚げればポテトフライになって、おいしいよ」
「食用油ならなんでもいいのか?」
「ごま油みたいに油そのものの風味が強くなければ、手に入るものでいいよ。菜種でもラードでも」
「ラードって?」
「豚の油」
あー、口が滑った。
俺たちの会話が聞こえていた人々から向けられる、非難の視線が痛い。
価値観の違いです……。
「ここにチャッピーんトコのじいさんが居なくてよかったな」
落ち込む俺を弟のトーヤが笑顔で励ましてくれたのが救いだ。
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