第20話 城追放

「宰相さんから太古の妖精が来た? 妖精さん、この世界アリなの?」

 厳しい表情のソミアがかぶりを振って否定する。

「違います。退去の要請です。城の外へ引っ越しといいますか……」

 ソミアが言葉を濁す。その表情から、あまり良くないことだと察せられた。

「引っ越し先に畑は作れるかな? 行くのっていま?」

「時期については明言されていませんが、突然言い渡されて、私も戸惑っておりまして……」

「アイブラス陛下が決めたことなら、もちろん従うよ」

 ソミアを安心させたくて、出来るだけにっこりと微笑む。

 王の寵愛が薄れるのは後宮ではよくあること、な気がする。小説やマンガ基準でしか知らないけど、多分。

 あのきれいな女性に愛想を尽かされてしまったのかと思ったら、胸が痛んだ。

 そもそもデブな俺にいっときでも興味を持ってくれただけで、奇跡だったのだと自分に言い聞かせる。

「それが、陛下のご指示ではないのです。陛下は巡幸中ですので、おそらく耳にすらなさっていない可能性があります」

「名前だけとはいえ、妃の俺を勝手に追い出せるくらいの、権力のある人がいるってこと?」

 この国の王権がどれぐらい強いものか、俺は知らない。

 召喚されたときに、お年寄りの魔術師さんが、アイブラス王が最後の王族だって言っていた記憶がある。この数十年、子宝に恵まれていないとも。

 王族が一人きりなら、家臣たちの発言力が強くなるのは分かる気がする。

 そういえば、夜中に押し掛けてきたバジリアが、なんか言っていた気もする。なんだっけと記憶を遡ってみたが、残念ながら覚えていない。

「ミオ様は正当な妃様です。宰相たちの勝手な言い分に従う必要はありません」

「宰相さんたちが俺を追い出したがっているんだね。俺がいると王さまの迷惑になるなら、俺は出ていくよ。ただ、生活費をどう稼げばいいのか、生活が安定するまで、補助してもらえたりするのかな?」

 スーパーのバイトという前職の技能がこの世界で生かせるかは分からない。俺の見た目にぎょっとする人がほとんどだし、客商売には向かないかも。むしろ見世物になりそうだ。

 王さまは俺のタプタプの腹を触るのが好きだった。(過去形なのが辛い)

 他にも俺の太った身体を触りたがる人はいるかもしれない。そういう需要を満たす仕事なら――とここまで考え、十八禁な分野にはみ出しそうな危険を感じて却下した。王さまの名前を傷つけるようなことはできない。出来ればまっとうに働きたい。

「なんと慎ましいおっしゃりようでしょうか! ミオ様、このソミアも付いてまいりますから!! 異世界人へ理解のない宰相たちの狭量さを責めないとは、その高潔さに胸を打たれずにおれませんわ……」

 泣きだしたソミアを励まし、宰相たちの言い分を拒否はしないが、あくまでアイブラス王からの命令として承りたいと謙虚な言い回しで返事をすることにした。


 王からの命令はあっさりと下った。

 ちょっとどころではなく傷ついた自分にびっくりししつつ、テーブルの上に置かれた封書を手に取る。表には赤で複雑な模様の印が押されている。ソミアいわく、王家のマークとのこと。

 王さま直筆のこの書簡の厚みにせめてもの心遣いを感じる。もちろん受け入れることにした。

「ソミア、引っ越す準備をしようか」

「ミオ様、お読みにならないのですか?」

 なんでもない振りをしてきたのに、ソミアの指摘で胸が不意に痛んだ。しゃんと背筋を伸ばして上げていた顔がくしゃりと歪む。涙腺が緩み、目頭がカッと熱くなった。

「だって……別れの言葉が書いてあるんだろ。読んだら泣いちゃうよ」

「もう泣いてらっしゃいます。陛下のご真意を妃様はお知りになるべきです」

 そうか。俺、妃だったんだな。

 これぐらいはちゃんと役目を果たすべきだろう。

 封蝋を切り、長い手紙を潤んだ瞳でしっかり見据えたところで気づく……字が読めなかったよ俺! 

 言葉だけか俺の能力……。マジでチートないんだな俺。


 識字層はこの世界では富裕層と役人や商人のごく一部だからと、慰めてくれたソミアの優しさに感謝しつつ、代読してもらった。

 言い回しが堅苦しい上に、俺の知らない人名や地名なんかが出て来たので、ソミアにかみ砕いて解説してもらったところによると、王さまの俺への寵愛はまだ薄れていないことが分かった!

 寵愛受けてる前提で喜んでる俺もどうかと思うけど、見捨てられたわけじゃないと知れて、もうふわふわ浮ついてしまうほど嬉しかった。

「王さまに飽きられたわけじゃないのか! あ、そう思わせる言い方をしているだけで、実際は――」

「そんなことはございません。間違いなくこの引っ越しはミオ様のためと書かれてございます‼」

 さらに言葉の端々に隠された政治事情を解説しつつ説明してくれる。さすが元政治家の娘、ソミアはお城の使用人たちの噂話とそれまでの知識から、裏事情にも通じていた。俺の侍女にしておくにはもったいないほどの逸材なんじゃないだろうか。

 王族が一人きりとなった王政下で発言力を強めてきたのは、いま王宮内で最も幅を利かせる宰相派の者たちだ。大悪徳魔女サラマンディアの復活の予言を知った彼らは、ここ最近おとなしくしていたが、救国の乙女の召喚が空振りに終わったことで、また勢いを盛り返しているらしい。

そんな彼らが、俺の畑作業のことを『異世界人が不浄の行いをしている』として当初から問題にしていた。

「俺、役に立たないだけじゃなく、迷惑もかけてたんだな……」

 好きなイモづくりにばかりに夢中なって、なんて脳天気だったんだと肩を落とすと、優秀な侍女はすかさずフォローしてくれる。

「王さまの権威失墜が宰相の発言力強化になると思った彼らのプロモーションです。こういう場合は、言いがかりを付けられるならなんでもいいのです。ミオ様が愛するイモに罪はございません」

 とはいえ、俺のたい肥作りがこの世界の非常識なのは事実だ。そんな奴は城を追い出せという意見が日増しに強くなり、自分が巡幸で不在のときに何かあってはと、王さまは不安に感じていたのだそうだ。

 そこで、まつりごとの中心である王城から俺を離すことで、俺の身の安全を図りたい、それが俺の引っ越し許可につながった。

 もちろん引っ越し先も決まっていた。城の外の、さらに郊外の屋敷に移ることになる。

 俺が王さまの寵愛を変わらず受けていると知られると、俺の命を奪う者が現れるなど面倒が起きかねないので、宰相派の言い分を大方受け入れ、追い出す体になってしまったことも詫びられていた。

「俺なんかの命を狙うヤツなんているわけないのに、心配性だなぁ王さまは」

「いますよ」

「え?」

 空耳かな? ソミアを見ると、再度「いますよ」と繰り返される。

「いままで陛下はどなたにもお手を付けてらっしゃらないのです。いままで陛下に恋文を送って、すげなく断られた殿方や姫君が、ミオ様を疎ましく思うのは当然です。陛下のお好みがミオ様のような常人とかけ離れたお方だと知ればなおさら、己の美しさを誇る者ほどお怒りになってもおかしくありません」

「殺したいぐらい?」

「さあ、そこまでは分かりませんが、陛下の見目の麗しさが人の心を狂わせたと言われても、誰もがさもありなんと頷くでしょうね」

「……出来るだけ早く引っ越そうか」

 血色を失った顔で呟くと、ソミアが笑顔で頷く。

「そういたしましょう」

 こうして俺の追放という名の引っ越しは速やかに実行された。


 追放よりも、せっかく作った畑が気になる。せっかく耕した畑はさすがに持って行けないが、他はなんとかしたい。

 前回収穫してから、畑の拡大に気を取られ、まだ次回の植え付けをしていなかったのは不幸中の幸いだ。

 くわすき、農作業用の一輪車などは、全てありがたくもらっていくことにした。イモも袋へ入れて、大事に積み込む。

 バジリアに時間経過の術をかけてもらったたい肥は発酵してふわふわになっている。うんこさえあればすぐ出来るわけではないだけに、これは是非とも引っ越し先に持っていきたい。屋敷は郊外だと言っていたからスペースはありそうだ。

 このたい肥も荷車に載せたいというと、馬で荷車を引いてきた男たちの顔が引きつった。城の荷車はどれも綺麗で、土を載せるなんてもったいないので使えないので当然だ。それに、汚物の運搬は一般的には貧民のする仕事だと思われているのでなおさらだ。

「分かったよ、これだけは自分でなんとかする」

 たい肥以外はソミアへ任せ、俺は豚のチャッピーがいる厩舎へと向かい、馬糞を場外に運び出すのに使っている荷車を貸してもらうことにした。チャッピーの飼い主であるおじいさんが、荷を引くためのロバも二匹付けてくれる。

「変わりモンは城みたいな場所には住みづらいもんだ。追い出されても苦にしちゃいかんぞ」

 そんな優しい言葉までかけてくれて、不覚にも涙ぐんでしまった。

 荷車一つでは俺がため込んだたい肥は全て運べそうにないし、俺にはロバは扱えない。おじいさんが御者なら、鶏小屋の兄弟に頼めと教えてくれたので、シューヤとトーヤに手伝ってもらいたいと頼んだ。

「お前、追い出されるのか。すげぇな、ほんとに妃さまだったのか」

 弟のトーヤがそんな調子で感心するので、ちょっと心が軽くなった。本当に王さまに愛想をつかされたわけではないが、やっぱり追い出される形で出ていくのは精神が削られるものがある。

 荷車が足りないかもしれないと相談すると、兄のシューヤが鶏小屋用の台車を貸してくれた。こちらは厩舎のものより小ぶりで、リヤカーみたいに人が引っ張るタイプだ。

 厩舎の荷車は、小さいながらもトーヤがロバを操ってくれ、リヤカーは俺とシューヤで引っ張ることにする。

 後宮の俺の別邸に行く道すがらも、俺の大事な肥やしを山ほど積んで戻ってくるときも、王城の窓からたくさんの人が顔を出し、俺を指さしていた。

 中には「汚くて醜い救国の乙女は出て行けー!」と声を上げる者もいる。

 ニヤニヤと出ていく俺たちに拍手を送る者も男女問わずいる。ごくたまに、心配そうに俺を見つめる人もいるけど、少数だ。

 王さまが城を留守にしていたせいもあるのだろう。俺を罵り、嘲る人々がみんな宰相派の人たちなのだとしたら、王さまの立場はかなり苦しそうだ。

「笑われてるのは俺だけだから気にするなよ。お前ら兄弟にこんなこと付き合わせてごめんな」

 驚いているだろう二人に声を掛ける。トーヤはロバを操りつつも目を丸くして驚き、声を上げる。

「あの上の窓の人の服、すげぇ! 俺、そっくりな蛾を捕まえたことあるよ。目玉みたいな模様が袖にあるとこなんかそっくり!」

 トーヤの幼い声は甲高く響き、辺りの人々が一斉に上を見上げた。

 俺を見下ろし、指をさして笑っていた男は、突然自分に視線が集まったことに狼狽し、部屋に引っ込んでしまった。

「幼子の一声で宰相様がお隠れになるとは」

 どこからか聞こえた女性の声はソミアのものにそっくりだ。声の出どころを探す前に、どっと笑い声がそこら中から上がる。

「え? あの人宰相さんだったの? 俺を笑ってた人たち、宰相派じゃなかったの? 宰相さんを笑って大丈夫なのか?」

 しきりに首を傾げていると、シューヤに「そんなもんだろ」となだめられる。

「噂は簡単で手軽な娯楽だって、厩舎のじいさんが言ってた。いつも話題の中心になってた変わり者の妃さまが、城を出ていくんだ。普通の人たちは見なきゃ損って思ってるだけさ。きれいな王さまを見るのも、そうじゃないお妃さまを見るのも、似たようなもんなんじゃないの?」

「若いのに達観してるんだね」

「貧民は基本無視されるもんだから。俺たちが居ても、油断して噂話で盛り上がってる人は多いよ。そういうの聞いてると、偉い人も頭のいい役人も俺たちと考えることは変わんないなって思うよ」

「人がいっぱーい! シワシワの人が多いね!」

 無邪気なシューヤの声は良く通る。聞こえたらしい人々の顔が一瞬強張ったのを見て、俺はつい笑ってしまった。

 

 こうして俺は、肥やしが山盛りになったリヤカーを引きながら、城をあとにした。

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