第19話 王さまのちょっかいルーチン化

 やっとポテチを口に出来た翌日から、さらなる収穫を目指し、俺は夢中になって畑を耕した。

 固く痩せた土を深く掘りほぐす。石をはじき、固い根を掘り、柔らかい土に変えていく。それに、馬糞と鶏糞、そして俺が日々大切に溜めたあれらで作った肥やしを混ぜ、土にき込んでいく。

 赤かった土が黒々と色を変えていくことで、結果が目に見えるのも嬉しい。

 とはいえ一日で3メートルしか畑づくりは進まない。

 汗だくなのに、たったそれだけ。十歩で終わり。

 最初に作った畑は、花壇に使用されていた場所だったので比較的土も柔らかかったが、草ぼうぼうの茂みでは、鍬を入れるのも大変だ。

 ほんの3メートルですら耕すのに一日かかる。手元にあるイモで50本分は植えたかったが、先は長い。


 俺の巨体を支える膝は悲鳴を上げている。筋肉痛も考えれば、連日の作業は想像以上に難儀だった。

「一日置きに3メートルを耕すとすると、30センチおきにイモを植えるならば……だめだ。疲れすぎて考えたくない」

 とりあえず、裏庭一面を畑にするのは1年ぐらい当たり前にかかってしまう。

「ポテチを食いたいけど、食えばイモは減る。植えればイモは増えるけど……めちゃくそ疲れる」

 せっかく農具をそろえてもらったのに、こんな小さな畑を作っただけで、俺は力尽きようとしているなんて情けない。

「農家さん、スゲェな。開拓者スゲェ。だけど俺はダメ人間だ……」

 一日の労働を終えた俺は深くため息をつき、うなだれた。

 

 王さまは短時間ながら、ふらりと来ては畑を見て、たわいもない話をしていく。

 俺が鶏糞を撒こうが、馬糞を運んでいようが、気にした様子はない。

 すれ違う人たちの方が気にしまくって、俺を見ると方向転換して去っていく人もいるくらいなのに。

 さすが王さまは大物だ。

 寛容なのか、さもなくば鼻に問題があるのか。どちらなのかは分からないが、うるさく言わないのはありがたい。

 代わりに侍従のモリタさんが、神経質に地面に馬糞が落ちていないか気にしている。怪しい土くれは全てホウキで掃き出していた。

 臭いや俺の汚れについては陛下がなにも言わないので、それにならって見逃してくれている。あんまりなときはすごい目力で視線で訴えてくるので、モリタさんが胃を痛めない程度に空気を読むようにしている。


 今日も陛下は俺の農作業姿を見つけると、ちょいちょいと指先で俺を呼んだ。

 不思議なことに一番最初に聞かれることはいつも同じだ。

「今日の水浴びはそろそろか?」

 もはやあいさつ代わりとなっている。

 いつもはまだ働きたいので、まだしないと答えるところだ。ふと、同じ答えばかりではつまらないだろうかと考える。たまには冗談で返すのも悪くないだろう。

「陛下、一緒に浴びていきます?」

「ほう、それはいいな!」

 モリタさんがさしかける日傘の下、美しい顔の中央から、荒い鼻息がフンと出る。透き通った紫の瞳が、ぎらぎらと強い意思の光を放った。

 その光を見たら、なぜか俺は寒気を感じた。

「王さまも冗談おっしゃるんですね。王さまみたいな高貴な方が俺なんかと水浴びするわけないって俺だって分かってますから、真に受けませんよ!」

 そういって笑うと、なぜか乗り気な王さまに遮られた。

「そんなことはない。ちょうど汗をかいて気持ち悪いから、ちょうどいいから、本ッ当にちょうどいいから一緒に浴びよう。背中を流してやる!」

 白いドレスを脱ごうとするのを慌てて止める。土で汚れているから触れないが、手のひらを向けて、ストップしてくれとアピールした。

「いやいや、それはマズイですよ!」

 助けを求めて、侍従さんたちに視線を向けたが、皆、ニコニコするばかりで止める様子がない。ソミアは目隠し用の大きな布を持ち出して侍従さんの一人と井戸の周りに広げようとしているくらいだ。

「皆さん、なんで止めないんですか?」

 聞けば「おふたりはご夫婦でらっしゃいますから」とのこと。

「なんか違う気がする……」

 おぱいが見られるとしても、俺の心はちっともワクワクしない。

 だって王さまだよ!? 俺がムラムラして良いとはどうしても思えない。

 こっそり覗くとかならアリな気がするけど……あ、それもおかしいかな。よく分からないけど、俺基準では良くない気がする。

 大きな汚れを落とすまで待ってくれと言い訳をし、待ちきれずに王さまが入ってきたところで入れ替わるように逃げることに成功した。

 王さまは逃げる俺の尻を見たが、俺は神聖で高貴で美女みありまくりのお身体を一目も見ずに失礼させてもらった。

「まだ恥じらうか。私にもったい付けているつもりか? 尻だけとはなんという仕打ち。これが恋の駆け引きといのものか……」

 王さまがなに言ってんのかよく分かんないけど、女の人の裸はそう簡単に見せちゃダメだし、見ちゃダメだと思うんだよなぁ。

 責任、っていうの? そういう覚悟が必要だと思うんだよ。童貞だからビビって逃げ出したわけではナイ、こともナイけどさ……。


 とはいえ、女性を置いて逃げた形になったのには、罪悪感を感じる。お詫びに朝、俺が作っておいたポテチをごちそうした。

 もちろん、モリタさんが涙目で毒見した上でのことだ。

 病気でもないのになんでこんなものを食わなきゃならないのかって愚痴ってだけどね。

 ほぼ一人で水浴びをした王様は不機嫌だったが、俺のポテチを出したら、ためらうことなくすぐに食べてくれた。

「これが異世界の根の料理か。悪くない。だが、モリタが毒見するところを見たかったな」

 濡れ髪を侍従の一人に拭かれながら、からからと笑ってくれる。

 そのままふたりで残りのポテチを分け合った。なんだか友だちみたいで楽しい。友達になれたとしたら、俺の異世界ライフ初の友だちだ。

 水浴びを終えた王さまの濡れた髪が、なんとも色っぽい。絵になるたたずまいに見惚れていると、彼女が俺の手を取った。

「ミオは変わった料理も作れるし、見ていて飽きない。この柔らかい手も、腕も、二の腕も丸い肩も浮き輪が巻かれたような腹も、なんとも言えない可愛さがあるぞ」

 二の腕をぷにぷにと揉まれ、肩をさすられ、腹のぜい肉をわしづかみにされる。

 女性の柔らかで薄い手で触られると、経験値がゼロな俺はそわそわしてしまった。遊ばれているだけだ勘違いしちゃイカンと自分に言い聞かせ、ゆるみそうになる顔を引き締める。

「俺がかわいいわけないですよ。お城の人も俺の姿を見たら、びっくりして来た道を戻っちゃうくらいですから」

「当然だ。私のかわいい妃に手を出す奴はいない」

 王さまのズレた反応に、俺は困り顔で苦笑する。

「そういう意味で逃げてるわけじゃないと思うんですけど」

「水浴びから逃げたことといい、そなた、私の慈悲が欲しくはないのか?」

「ジヒ?」

 ジヒってなんだっけと、頭の中で変換する。自費、じ……お慈悲を賜るとかいう慈悲? それって悪いことした人が許しを乞うときに使うやつだっけ? なにか許されなきゃいけないような失礼をしたのか俺?

 いろんなハテナが俺の頭の中をめぐる。とりあえず、起きてしまったことは仕方がない。腹を括り、まずは誠意を示すことにした。

「気づかなくてごめんなさい」

 頭を下げて謝る。何も言わない王さまを見上げると、変な顔をしてため息をついていた。

 呆れさせてしまうようなことをしてしまったのだろうかと不安になったが、握った手はそのままだから、ひどく怒っているというわけではなさそうだ。

「まあいい。そうだミオ殿、もうすぐ巡幸が始まる。残念だが、しばらくここには来られない」

 以前、バジリアが俺の畑に魔術を施してくれた際、ソミアが説明してくれたのを思い出す。

 巡幸は王さまの一番大事な務めで、公務員の魔術師たちを引き連れ、国中の田畑と井戸を巡るのだ。

 腐葉土を使うことこそあれ、糞尿をたい肥に使う習慣のない上に、川に糞尿を流してしまうため、飲料水は井戸頼みのこの国では、巡幸で魔術の恩恵を受けることは、生きていく上で必要不可欠だ。


「今年は異世界召喚でかなりの無理を魔術師たちに強いてしまったからな。まだ十分な魔力が戻っていない者たちが多い。ありったけの聖水を持って、私が井戸だけでなく土地にも術をかけていくことになった。その分、多忙になりそうだ。悪いがしばらく、こちらに来る時間を取れない」

「俺のせいか……役に立たない俺なんかを召喚したせいで……謝ってすむことじゃないけど……ほんとに、あの……」

「違う。これは私の意思だ。ミオ殿こそ、我が国の都合を押し付けて強引に呼び出してすまない」

 アイブラス王は俺の手を握り直してくれる。俺より体温の低い手は頼りなく感じられ、何もできない自分が歯がゆかった。


 それからすぐに巡幸が始まった。王さまは時々城へ戻ってきているらしいが、戻ってくるたびに疲労の色が濃くなっているという噂だ。昨日は何度目かのお戻りだったが、起き上がる気力も残されていないほどクタクタらしい。

 巡幸に使われる大きな馬車には、ベッドが据え付けられ、移動中はその中で終始横たわっているそうだ。

 心配だった。

 俺のせいじゃないと言ってくれたが、俺に魔力があったら手伝えたはずだ。

 申し訳なさと、顔を見られない寂さに、ポテチを作る気になれなかった。

 鬱々とした気持ちを誤魔化すように、黙々と畑を耕して日を過ごした。


 そうして数週間過ごしていたら、いつの間にかイモが緑色に変色してしまっていた。

 掘ったイモを畑の隅にそのまま置いていたのがいけなかった。

 俺としたことがイモ置き場は日陰に作るべきだったのに、ポカポカひなたにおいてしまうとは。明らかな失敗だ。

 イモに付いた土を乾燥させた方が、洗う手間が減って、使う水も減るだろうと思ったのが裏目に出てしまった。

「あぁ、もうホント俺って役立たず……」

 広げる畑を耕すことばかりに意識を向け、冷暗所へしまうのを忘れていた俺が一番悪い。

 太陽光を浴びたイモは、皮が緑になってしまった。小さな芽が出ているものもある。

 ほかのイモの下になって光りを浴びなかった数個だけを食用として室内へ移し、残りは全て種イモにすることにした。


 ぼんやりして気づかなかったことは他にもあった。

 イモのピンチと時を同じくして、俺の立場もいつの間にかピンチに陥ってしまっていたのだ。

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