第16話 災厄のイモづくり

 急にやる気を出したバジリアが帰りがけに畑を見たいというので、庭を見せてやった。

 ソミアもこの同じ屋敷の使用人部屋で寝起きしている。足音を気にしていると、遮音の魔法を外でも使うから平気だと言われた。実感があまりないが、便利な魔法だ。

「狭い畑ね。しかもまだ何も生えてないじゃないの」

 たしかに狭いが、手塩にかけた畑だ。ムッとした俺は早口でまくしたてる。

「種イモを植えたばっかりなんだ。すぐに芽が出るわけがないだろ。それと畑が小さいのは、持ち込んだイモの数が少ないからだし。収穫出来れば、イモは五倍ぐらいに増えていくから」

「植物の成長を早める魔術を知ってるわ。怪しまれないよう、明日、正式にここを訪問して術を施してあげる」

「え、いいの?」

 振り回されて迷惑な奴だと思っていたが、(意外と)いいヤツなのかもと考えを改める。

「災厄のイモを蔓延させるためだもの。任せて!」


 昼前、バジリアは約束通り姿を現した。担いでいる大きな皮袋からは、歩くたびにカチャカチャと瓶がぶつかり合う音がした。

「菜園を作ってらっしゃると伺いまして、少しでも救国の乙女様のお手伝いが出来ればと思い、参上致しました」

 他人行儀な素振りが寒々しい。

「それはどうも」

 ソミアがお茶を用意するというのをバジリアは丁寧に断り、さっさと裏庭へ向かう。

 俺より先に歩くので、勝手を知りすぎているとソミアに不審がられないかヒヤヒヤした。


「救国の乙女のところへご機嫌伺いにいくって言ったら、同僚の魔術師たちから『あのくそあつめの乙女』のところかって笑われたんですけど、どういうことか伺ってもいいかしら?」

「畑の肥やしに使うために集めただけだよ。庭の隅に積んでるあそこと、すぐそばの穴の開いたところと穴を埋めてあるあたり、あそこらへんが一年経つとたい肥になるから、それを畑に撒くんだ。そうすると作物の生育が良くなるし、出来る実も大きくなるんだよ」

 穴の部分になにがあるかは伏せておく。言ったらまた面倒なことになりそうだ。

「ほう、では畑のついでに、あそこも時間経過の魔術を掛けておきましょう」

「そうしてもらえると、すぐ使えて助かるよ」

 バジリアは革袋から瓶を取り出し、テキパキと準備した。

 何かの粉末を畑とたい肥置き場の四隅にそれぞれ撒くと、次は持ってきた水を地面へ注ぐ。瓶には何か文字が書かれているが、俺には読めない。

「なにを撒いたんだ?」

「ラベルに書いてあるでしょ」

「読めないから聞いてるんだろ」

「あら、そう。これは成長を進める粉と聖水よ」

「俺の言語能力はそっちの匙加減なんだから知ってるだろ? ついでに読み書きの能力も付けてくれれば良かったのに」

 っていうかバジリア、お前のせいなんだからそれぐらいの基本機能は付けろと目力を込めて見返す。

「努力もせずに知識を得られる魔法なんかそうそうないわよ。こちらの言葉を話せる能力だって、相手の言葉を聞いて翻訳して理解する能力と、自分の放った言葉を相手の言語に変えて伝えるっていう二つの魔法が同時に使われてるの。そうそうオプション増やせるもんですか。そもそもアンタに魔力さえあれば――」

 少し離れて控えていたソミアがゴホンと咳払いをする。

「バジリア様、いまなんと?」

 ソミアの目が怖い。バジリアも咳ばらいをすると、ちらりとソミアを見た。二人の視線が一瞬ぶつかる。

 なんだろう、ものすごく息苦しい……。

「あらうっかり。失礼しました」

 にっこり微笑むバジリアと、それと全く同じ微笑みで無言で受けるソミアを見ていたら、霊障でも起きたのかなってくらい肩が重く感じた。怖いよ二人とも!


「――ミ・オ・様は胸布をしてらっしゃるのですね?」

 やけに俺の名前部分を強調して言ったのはバジリアの嫌味なんだろうなと察しつつ、頷く。 

「日中はね。俺の揺れる胸のぜい肉を見て、ソミアが嫌な気分になっても悪いし」

 そこへソミアが誇らしげに口を開く。

「バジリア様、陛下は度々ミオ様のところへご訪問なさっておいでです! その胸布は、その際ミオ様へ下賜されましたブラジャーというものでございます‼」

 自慢に思ってくれているのは嬉しいけれど、俺の胸が揺れるのを見て嫌な気分になる下りは否定しないことに、胸がずうんと重くなる。正直なところもソミアの美徳だね。

「ほお、陛下が通われるとは珍しい」

「はい! これも、これも! こんなのもくださいました!」

 ソミアは、いつのまにか持ち出した色とりどりの胸布を手に自慢する。

 正直なところ、俺のブラジャーを自慢するのはやめて欲しい。下着だし、ね。

 バジリアも「よくたらし込んだ」と言いたげな、含みのある視線を俺に向けてくる。……恥ずかしくて居たたまれないんだが。

「しかもお心優しいミオ様は、侍女の私にこの眼鏡までお与えくださったんですよ!」

 王さまからもらった胸布を売ってソミアに眼鏡を贈りたいと相談したところ、視力の悪いソミアはとても喜んでくれた。

 しかし、もらってすぐに換金するのはさすがに失礼にあたるからと、物々交換で作ってもらうことにしたのだ。もちろん貨幣は流通しているが、物々交換も活発なのだそうだ。

 昨日届いたばかりの眼鏡はピカピカの真鍮製で、レンズもソミアの視力にぴったりのようだ。

「さすが救国の乙女、ミオ様でらっしゃいますね。このバジリア、非力ながらいつでもミオ様のためにご尽力させて頂きますわ!」

「まぁ、なんて心強いんでしょう!」

 二人とも明るい声で、満面の笑顔だ。なのに、胸が圧迫されているようで息がしづらい。そして、二人の笑顔が怖い。

 笑顔でケンカしてる人、初めてみたよ俺。


「では、早くイモを蔓延させましょう!」

「蔓延?」

 ソミアがごもっともな疑問を挟んだので、俺は慌ててフォローにまわる。

「いやいや、蔓延じゃなくて、バジリアは……ま、満開って言ったんだよ! 発芽させてイモの花を満開にさせるって」

 ソミアは納得したようなしないような曖昧な表情で頷いている。

 この場合、言語翻訳の魔法はどう伝わっているんだろうって思わなくもないが、説明されても分からないだろうから考えないでおくことにする。

 俺がオロオロ言い訳している間に、バジリアは呪文の詠唱を始めた。

 

 成長を進める粉と聖水を撒いた部分がぴかっと光り、徐々に内側へ光りが浸透していく。光りがじょじょに弱まって消えると、土で盛り上げたうねの上にちょこんと緑の芽が顔を出した。

 伸びをするように小さな葉を振りながら、茎が太く長く育っていくいく。紫の小さな花が開く様子に胸が躍った。

「ホントに魔法だ。すごい」

 異世界召喚で体験したり、遮音魔法を使ってもらったことはあるが、こうして分かりやすい形で目にするのは初めてだ。

 眼前で魔法が繰り広げられる様に目を丸くしていると、ソミアが解説してくれた。

「公務員の魔術師は年に一度、国中を回って田畑に生育の魔法をかけて回るんです。いまバジリア様が掛けてらっしゃる魔法よりごく弱いものですが、土の滋養を豊かにさせる魔法です。それがないと、ほとんど作物が育たないので。お金のある人は自分のお金で魔術師を雇って、再度掛けてもらうこともあるんですよ」

 公務員の魔術師ってフレーズに気をとられてそうになったけど、ちょっと待て!

「魔術がないと作物が育たないの?」

「育たないことはないですが、それでは農民の暮らしはかなり厳しいものになるでしょうね」

 俺がいた世界とこちらの世界では土に違いがあるのだろうか。今回の収穫でイモの数に余裕ができたら、次は試しに魔法でなしでイモを育ててみてもいいかもしれないと考える。

「地方にいる魔術師ほど、本業はこういった農作物関連なんです。ですから、魔術師はどこでも大切にされていますよ。王族が何人もいらっしゃった時代は、王には一番魔力の強い方が選ばれていました。陛下は最後の王族でいらっしゃいますが、幸いにも強い魔力に恵まれてらっしゃるので、国民の人気も自然と高いんです」

「王さまになるのに魔力が必要ってこと?」

「大事な公務の一つに、巡幸がおありになるんです。この巡幸は数年に一度行われ、各地の井戸へ潤いの魔術を掛けてめぐられます。王族の魔力を使った術は特に効き目が良く、持続も長い特別なものですので、この国で人々が糧を得るために、なくてはならないものなんです」

「井戸全部に?」

「水脈ごとにと言った方がよいですが、山中の水脈を探すより、井戸を探した方が手っ取り早いので。同じ水脈を使用している井戸なら、距離が近ければ同じ効果を得られます。ただ、人々は陛下のお姿をそこで拝見するのを楽しみにしていますから、すべての町や村の主だった井戸には全てお立ち寄りになります。前回の巡幸は二年前でしたが、陛下はひどくおやつれになって、ひと月は寝台から起き上がれないほどお疲れになったそうです」

「その働き方、絶対寿命を縮めてるよね? 過酷すぎない?」

「代々の王は50才で歩けなくなり、60才になるまえに、天に召されてしまうのです。それもあって王族の人数は増えず、減り続けてしまった要因の一つだと言われています。しかし、人々にとって水は命ですから、これだけはどうにもならないんです」

 偉い人は楽してお金をたくさんもらっているものだと思っていたが、どうやらここでは想像以上に身を削る仕事のようだ。


「よし、魔術が完了したぞ。生育を助ける程度にするつもりが、畑が小さいせいで撒いた粉の分量を間違ってしまった。4か月ぐらい経過したのと同じ成果だな。そっちの肥やしの方は発酵促進の術をかけた。一年程度経過したのと同じとみていい」

 わざと間違っただろうに、バジリアはけろっとしている。畑はすでにモッサモッサと茂った葉が萎れて枝を下げていた。本当にあっという間だ。

「良かったですね、ミオ様」

「うん。ありがとうバジリア」

 この様子ならもう収穫時期だし、すぐに次の植え付けの準備もできそうだ。

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