第14話 糞集め

  ふんの許可が下りた!

 スコップを載せた一輪車を押しつつ、さっそくふんを取りに行く。

 鶏小屋の担当は十歳前後の兄弟だ。腕力がなくとも務めやすい仕事なせいか、彼らに仕事が割り振られているらしい。

 子どもとはいえ「お前が救国の乙女のワケがないだろ!」って言葉で、そっけなく追い払われたんだけどね。畑の肥やしにするって説明したんだけど、全然聞いてもらえなかった。

 しかし、子どもって本質を見抜くよねー。何にも反論できなかったもんなぁ。

「兄ちゃん、あのバカがまた来た!」

 俺が姿を現すと弟くんが指さし、嬉しそうな声を上げる。そういう呼び方良くないぞ!

「またアンタかよ。城の人間がくそを欲しがるなんてどうかしてるな」

 綺麗なわらを運び入れようとしていた兄が足を止め、呆れた目を向ける。

 俺の感覚だと、弟くんは小3、兄ちゃんは小6男子って感じの元気の良い兄弟だ。細い手足でいまも広い鶏小屋の掃除をテキパキとこなしている。

 ここは卵専用の鶏らしい。食肉用の鶏は城の外から定期的に納品されると、前回弟くんが教えてくれた。

 ふんの話を出した途端、態度が変わっちゃったんだけど。基本は人懐こい子なんだよな。

「今日は王さまからふんをもらう許可をもらってきた!」

 胸を張ると、そろって意味が分からない顔をされた。

「はァ? こんなものを陛下にねだるなんて……」

「お前、マジでバカなのか?」

 語尾を濁した兄に代わって、弟くんがストレートに俺をなじる。遠慮のない言葉だが、全てはポテチのためだ。

「俺は俺のやりたいことをやるんだ。あとでまた取りにくるから、溜めておいてくれよ」

 兄弟は鶏舎から掻き出した汚れたわらを、燃やす藁と廃棄する鶏糞とに分けて山にしていた。少年たちの仕事ぶりが良好なせいか、集められた鶏糞は多くない。汚れたものは、毎日こまめに城の外へ運び出すのだそうだ。

 捨てるだけならと、鶏糞の方を遠慮なく全てもらう。藁を燃やした灰も見つけたので、それももらっていく。

 灰は水で溶いて掃除に使えるそうだが、ここの灰は人気がないから余っているそうで、遠慮なくもらった。灰は長野の父が田んぼに撒いていたので使えるはずだ。

 宝の山じゃないか!

 スコップですくう度に笑顔になる俺を、兄弟は怪訝な顔で見ている。

「そんな見た目でも一応アンタ救国の乙女なんだろ? 恵まれた生活を城で送れる身分のくせに、山盛りの灰とウンコに喜ぶなんて……」

「マジのマジでバカだな」

 弟くんの子どもらしい語彙の少なさを、フフンと鼻で笑う。今日は余裕があるぞ俺。

 一旦畑へ戻って一輪車を空にする。次は馬糞ばふんだ!


 厩舎のそばまでいくと、俺を迎えるように、桃色の肌のブタが足にまとわりついてきた。

 首輪はしているがリードはない。放し飼い方式ってことは、脱走しない程度にブタも賢いんだな。

 フンフンと足元を嗅がれる。足首に息がかかるのがくすぐったい。

 自分から俺に近づくやつなんて、ここじゃ王さま以外誰もいない。(前の世界でも似たようなものだったけど、ここでは忘れたことにしておく)

 ブタとはいえ、寄ってこられると無条件に愛おしく感じてしまった。かわいくて、頬が緩む。一輪車を置き、撫でようと手を伸ばしたことろで、鋭い怒声が飛んできた。

「ウチのチャッピーに触るな!」

 首を竦めると、厩舎の入り口に、藁を扱う際に使用するスコップみたいな大きさのフォークを手にした老人が立っていた。つるりとした頭と白いヒゲはお年寄り感溢れているんだけれど、身体がムキムキなんで迫力がある。

「また来たか、豚を食う野蛮人め! いくら救国の乙女だろうと、容赦せんぞ!」

 尖ったフォークの先が俺へ向けられる。腰を落としていまにも戦わんとする体勢になった爺さんの目には蔑みが浮かんでいる。その目つきも凄みがあって、ぶるりと震えてしまう。

 前回もこの厩舎番のおじいさんに敵意の目を向けられ、話しさえまともできなかったのを思い出す。

「大事なペットを食べようなんて思ってません! それより俺、王さまから許可をもらって来たんです。今回はちゃんと俺の話を聞いてもらえませんか?」

「まさか、チャッピーを食う許可だなんて言うなよ。いくら陛下でも――」

 真剣みを増した爺さんの腰がさらに深く下がる。いまにも飛び掛かろうとする姿勢に慄きつつ、両手を振って誤解を解こうと必死になった。

「違いますって! 俺は馬糞を分けてもらいに来たんです。俺が住まわせてもらっているところの裏庭を畑にしていまして、そこの肥料にしたいだけなんです」

 根を食う習慣のない世界だ。イモの話はややこしくなるだけなので、ここでは伏せておくことにする。

「乙女が畑仕事をするのか。どこまでも常識外じゃな」

 救国は置いとくとしても、性別的に乙女ではないのだが、これもややこしくなりそうなので黙っておく。

「畑の肥料に使いたいので、馬糞を分けてください」

「やはり陛下のおっしゃるように、この国は滅亡の危機にあるのかもしれん。頼りになるはずの救国の乙女がくそを集めて回るとは、魔女復活の阻止はどうみても無理だ。ワシは充分生きたからまだいいが、年若い者たちは……」

 ここでおじいさんはまなじりにうかんだ涙を、袖でぐいと擦る。そこでやっとフォークの切っ先を下ろしてくれた。戦う姿勢も止めてくれて心底ホッとする。

「すいません。それで、馬糞は――」

「異世界人め! 好きにしろ!」

「あ、ありがとうございます……」

 さすがの俺も、お年寄りを泣かせるのは罪悪感がある。魔女は復活しないと思いますよーって伝えて安心させてやりたかったけれど、理由を問われたら答えられない。

 肩身の狭い思いをしながら、涙ぐむ老人の監視の元、馬糞をひと山もらった。

 この厩舎にいるのは王家の馬だけみたいだけど、それでも馬糞はなかなかの量だ。

 一番古い山のものを教えてもらって突き崩すと、湯気が上がった。ちょっと発酵が始まっていたみたいだ。

 あと五杯ぐらい欲しいと言ったら、捨てるだけだから勝手にしろとのことだったので、五往復させてもらう。

 爺さんは悲しませてしまったが、汗をかいて働くのは気持ちいい。


 俺の畑の脇に、ふんが山盛りになった!

 これらを畑の土に鋤き込む日が楽しみだ。

 ワクワクして待ちきれないので、明日は次の畑の拡大予定地を耕し始めるプランを頭に描く。イモが深く根を伸ばせるよう、出来るだけ深く掘りたい。

 浮かれていたせいか、再度水浴びしても、冷たい水が気にならなかった。ここの生活に慣れてきたのかも。

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