第13話 俺の畑と王さまのちょっかい3
陛下と俺の間では気持ちよく決まった話だが、侍従のモリタはまだ納得がいかないようだ。
「おそれながら申し上げます。陛下、本当によろしいのですか? ミオ殿の目的は、人と動物のアレを作物の栄養分として使い、なおかつその
「根を食うのも、こちらの世界では非常識なんでしたっけ?」
言い終えるよりも早くモリタは頷く。
「もちろんです!」
どうやら俺が作るイモは、二重の禁忌を犯すイモになるらしい。ただのイモなのに。
「イモ、おいしいですよ? 収穫出来たらみなさんにも――」
「お気遣いなく‼」
またも言い終える前にぴしゃりと断られてしまった。
「そうですか」
にっこりと満面の笑みで答えると、王さまは俺を不思議そうに見る。
「いまのはお前なりの冗談か?」
「冗談?」
問い返すと、彼女は長い銀髪をほっそりとした指でくるくると巻きながら、小首を傾げる。
「お前が大事にしているものを汚いと言われて、わざと嫌味でイモを勧めたのではないのか?」
「まさか。人にやるには惜しいくらい美味いイモですけど。嫌味に聞こえてました?」
「いや、そういうわけではないが。しかし、好意の申し出を断られてミオ殿は不快ではないのか?」
「そんなことが不思議なんですか? ご心配なさらないでください。これで心置きなくイモを独り占めできますから。もちろんあとで欲しくなったら、いつでもお分けしますんで言ってくださいね」
モリタたちへ声を掛けると、皆、そろって首を振っている。
「ご厚意だけありがたく受け取らせてください。神に誓って、欲しがることはありませんので」
固い決意に思わず笑ってしまう。王さまのお付きの人たちの苦渋の表情を見ていると、心底嫌なんだなと分かるから、まったく腹が立たなかった。
モリタの言葉で、この世界の宗教観を聞いていなかったことに気づく。
いままで気にならなかったぐらい、生活の中に宗教の影響がなかったせいもある。とはいえ、後ろめたい秘密のある身だ。急に神様が現れて、あっさり正体を暴かれて退治されるなんてことはないか、それとなく確認しておきたい。
「神さまといえば、この世界の神さまは姿を現すの?」
自然な話の流れを心掛けて口にすると、要領よくモリタ答えてくれる。
「神は我々に姿をお見せになることはありません。自然現象の全ては神の意思であり、我々はその中で精いっぱい生きることが善とされています。こちらでは神殿を中心とした女神信仰が一般的ですが、もちろん他の信仰もあります。それぞれの神殿が否定し合うことはなく、緩やかにつながりを持ちあっています」
「複数の神さまがいることを互いに認めてるってこと?」
「そうとも言えますし、全て同じものだとも言えます。神は我々の認識の外にある存在ですので、多様な姿を我々が別々に名付けているだけかもしれませんし、全く別の存在なのかもしれません。それは私たち人間には知りえないものです。その共通認識があるので、信仰する神の名が違うからといって否定することはありませんし、複数の信仰を同じように信じる者たちも多いのです」
どうやら、いきなり神さまが現れて正体をバラされるなんて展開はなさそうだ。ホッとしてニコニコしていると、王さまが不機嫌な声を上げる。
「モリタとばかり話すな。お前に会いに来たのはモリタではなく私だ」
ムッと口を尖らせる高貴な美女を前に、俺の頭は混乱する。
――もしかして拗ねてんの? こんな綺麗で身分も一番に高い人が? まさか、それはさすがに俺の妄想だよ、な?
そんな妄想をするほど自己評価は高くないつもりだ。あり得ないことだが、理由はどうあれパトロンともいえる相手を怒らせるわけにはいかない。っていうか、王さま相手に面と向かって話していいってこともスゴイけど。
失礼のないよう、俺は膝をそろえて姿勢を正す。
「いまって国の危機なんですよね? 魔女をやっつけるのを神さまにお願いなさったりしてるんですか?」
魔女が異世界に転生させられたのは神の意思だったのだから、今回も何かしら反応がある心構えは必要かもしれない。
「神殿の神官たちは祈りを捧げているが、我々は神をあてにして無策に過ごしているわけではない。救国の乙女として召喚したとはいえ、お前の手を煩わせるつもりはない。安心してイモ畑を耕していろ」
王さま直々に畑に専念する許可をもらえ、笑顔で礼をいう。
「ありがとうございます」
「ミオ殿、よく聞け」
またもやなぜかアイブラス王の機嫌を損ねてしまったのか、凄みのある顔をされた。
「……ハイ」
「お前は私の妃だ。誰にもお前の肌を触らせるなよ」
不意にぐっと腹の肉を掴まれ、ウォッと変な声が出る。俺の情けない姿に満足気に頷くと、王さまは去っていった。
Sっ気あるのかな……。
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