第12話 俺の畑と王さまのちょっかい2

 異世界に来てからしばし便秘気味だった俺だが、二日前、畑仕事による運動で幸いにも解決を迎えた。

 久しぶりの便意にニコニコしながら便座に座った際、思いついたのだ。これ、肥料になるんじゃないかって。

 畑(予定地)の真ん中にダイレクトにしちゃおうか迷ったが、長野に引っ越した両親がたい肥を『発酵』させて作っていたのを思い出し、庭の隅に穴を掘って致した。

 俺の腹の中でともに異世界に来たこいつが、土に埋もれていくのを見ると、妙な感慨がある。

 本体の俺の身体もいつかこのまま異世界で埋葬される日が来るのだろうかとうっかり考えてしまった。不安と心細さで情緒不安定になってしまいそうで、必死にポテチを再び口にすることを考え、精神を保った。

 とにかくポテチを安定して口にできる環境づくりに専念したい。将来とか老後とか、重い話は考えたくない。

 そんなわけで、初便意以降、俺は畑トイレを活用している。

 作業はシンプルだ。穴を掘って、済んだら上から山から持ってきた腐葉土をかぶせる。数度使ったら多めに土をかぶせて、別の穴へ移動する。

 トイレの壺を使わなくて済むから、壺を入れ替える必要もなければトイレも臭くならない。我ながら良い案だ。

 ソミアが目にしないよう、畑トイレには目隠しの布を張るくらいの気遣いはしてる。王さまからもらった胸布を使おうとしたら、ソミアがすぐさま別のちょうどいい布を差し出してくれた。さすがソミア、気が利くなぁ。

 そんなわけでたい肥作りを志した俺は、たい肥としてよりメジャーなふんを探し集めようとしたのだが――。


「俺が厩舎番の人に頼んだら、鶏糞も馬糞も川に捨てるもので土に混ぜるような汚らしいことはしないと断られまして。仕方ないので、とりあえず自分の排泄物を溜めてます。来年までにはそれなりに発酵すると思うんですが」

 俺の言葉をハテナ顔で聞いていたアイブラス王が、怪訝な顔で問う。

「……それは、お主のくそという意味か?」

「ええ、そうです」

 整った色白の顔は表情を変えず、眉だけがピクリと上がった。

「……」

 俺の返答ののち、沈黙が続く。王さまは片眉を上げたキザな仕草のまま、固まっている。モリタが眉間に皺を寄せ、素朴な疑問を呟く。

「ミオ様は一体なんのお話をなさっているのだ?」

 モリタの視線がソミアへ向けられる。フリーズ状態だった王さまも、ぐりんと首を回してソミアを見た。

 二人の視線から翻訳の使命を感じたソミアが、再び王の前で口を開く。

「おそれながら申し上げます。ミオ様は便所をお使いにならず、裏庭の隅に排せつなさっておいでです。イモ畑にお近づきの際はご注意頂きますようお願い致します」

「なんと汚らわしい!」

 モリタが怒りをにじませた声を上げる。王さまはくわっと目を見開き、俺へゆっくりと視線を戻した。

「……なぜ?」

 これ以上ない簡潔な質問へ、自信を持って明快に答える。

「畑の肥料にするためです」


 くんくんと鼻を動かした王さまは首を傾げる。

「土を掘り返した香りはするが、それだけだな」

「庭のたい肥用のスペースに穴を掘ってしますけど、都度上から腐葉土を掛けているんですよ。たい肥は発酵すれば臭いもなくなると聞いたので、しばらくすれば近づいても気にならなくなると思います」

 俺は得意気に説明する。

「ミオ殿、こちらでは畑の肥料に植物を腐らせたものを使う」

 王さまの表情はやけに真剣だ。

「腐葉土のことですね。俺も今回は畑に山の土を使わせてもらいました。枯葉が厚く積もって、柔らかい良い土でした」

 俺のたい肥作りになぜか引っかかっているようだが、腐葉土は同じ解釈で安堵する。

「そうか……」

「栽培が失敗したときに備えて、イモはまだ半分残してあります。成功したらもちろん畑を広げます! でも山から大量の土を運ぶのは重労働だし、次回使うためのたい肥をいまから準備しておこうかと思って。今回の生育の様子を見て、次は人糞じんぷんも肥料に使おうと思ったんですけど」

「じん、ぷん……」

「人糞は俺の――」

「言うな! 分かっている! 繰り返しただけだ」

 険しい顔をした王さまが、ふうっと大きく息を吐く。

「それで、できれば鶏糞や馬糞も混ぜて使いたいので、もらう許可を頂けますか? 王さまからの許可があれば、ふんを分けてもらえると思うんです」


 秋、父が畜産をやっている家から、ほわほわと湯気の上がった牛糞をトラクターいっぱいに購入していたのを思い出す。

 この牛糞は湯気があがるほどとれたてなのかと聞いたら、そんなわけがないだろうと笑われたのでよく覚えている。発酵によって湯気が立つほど発熱していると知り、驚いた。

 父は稲藁をカットしたものと木くず、落ち葉、米ぬかを牛糞と混ぜていた。混ぜてもすぐには使わず、来年まで寝かせてから田んぼや畑に撒くと言われた気がする。発酵が必要って話だった。


「そなたのいた世界ではその――排泄物を肥料として使用するのが一般的だったのか?」

 王さまの声がぎこちない。そんなに非常識なことをしてしまったのかと、少し不安になる。

 効き目はあると思うし、イモの収量は俺にとって重要だ。使うなと言われても使う気満々だけど、王さまを悲しませるのは本意ではない。

「ええ。俺の居た国では昔からある肥料の一つです」

「こちらでは排泄物を肥料には使わないのが一般的だ。排泄物は川に流す」

 そういえば、中世ヨーロッパのお城でも排泄物は川に流していたと何かで読んだ記憶がある。ちなみに街では、あの素敵な石畳の道に捨てるのが普通だったらしい。

 日本へ来たイエスズ会の宣教師が、人糞を田畑に使うことに驚く記述も残っている。動物の糞はヨーロッパでも畑に撒いていたらしいが、人のそれは使用していなかったようだ。

 町民から糞便を農民がお金を出して買うシステムこそ、江戸八百八町の清潔さにつながるのだから、人糞利用は汚い話では決してない。

 同時期のヨーロッパ都市では街中に排泄物が溢れ、ハネたり踏んだりするそれらを防ぐために日傘やハイヒール、マントが考案されたくらいに不潔だった。

 トイレが一つもないというヴェルサイユ宮殿に比べれば、こちらのお城にはトイレがちゃんと備えられているし、歩いていてウンコを踏むこともない。

 ウォシュレットで至れり尽くせりの清潔な生活を送ってきた俺も気にならないくらいだ。捨てる仕事をしている人がちゃんと働いているってことなのかもしれない 


「俺のいた世界では、排泄物には肥料成分があって、土の改良にも良いと昔から使われてました。こちらの世界で試したことがないなら、やってみる価値がありますね」

 まさかここで自分が役立てることがあるとは思わなかった。笑顔でがんばりますねと答えると、戸惑った様子の王さまは表情を柔らかく崩し、微笑んでくれる。

 その後ろではモリタが頭を抱えている。ソミアや他のお付きの人たちも表情は硬い。この中で、俺の理解者は王さま一人だけみたいだ。

「ミオ殿が楽しそうで、私も嬉しい。驚く部分はあるが、ふんの許可は望み通り与えよう」

 俺の体型といい、こちらの世界では非常識なことも、王さまは大きな度量で受け止めてくれる。この人だけは俺の味方になってくれそうで、心強い。しかも最高権力者だしね。ラッキーなことこの上ない。

「アイブラス陛下、ありがとうございます!」

 王さま大好き!

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