第11話 俺の畑と王さまのちょっかい1
王さまが来た夜、ソミアが嬉しそうに肉の入ったスープを持って来てくれた。
これからは朝に三食分配給方式ではなく、毎食ごとに違うメニューを持って来てくれるらしい。
自分が仕える『妃様』がご出世なさるのは、仕える者の歓びです! とのことだ。
異世界から来た俺の珍しさで今回は来てくれただけかもしれないから、あまり期待しない方がいいよとお願いしたけれど、肉のスープをソミアに分けたらすごく喜んでくれて、なんだか複雑な気持ちになった。
俺に甲斐性がないばっかりに苦労かけてごめんな……うぅっ……。
それにしても王さま効果がスゴイ。
俺のところに『陛下がお渡りになった』おかげで、これまであからさまに俺を馬鹿にしていた使用人たちは態度を変えた。
気にしてないつもりでも、嘲られるのは気疲れする。表面上だけでも不快な顔をされないのは、生活する上での弊害が減って嬉しい。
そういう過ごしやすさよりも、俺にとって一番の恩恵は食事のメニューが毎回違うことだ。
昨日の夕飯なんか、味の付いたご飯の上に卵が乗ったオムライスだった! 異世界初の米食だ!
キャラじゃないのに、ばんざーいって無邪気に両手を上げて喜んじゃったよ俺。
この巨体の重量を考慮してくれているのか、量も多めにしてくれて嬉しい。全部ぺろっと食べたかったけど、この世界では太るほど食料が豊富じゃない。ソミアに毎回おかずの三分の一を分けることにした。
王さまからは、あのあと山ほどブラジャー用の胸布を贈ってもらった。
ソミアへおすそ分けしたけれど、それでもこんなに使わない。ボヤいていたら、仕える人たちへ下げ渡しする前提だから多めなのだそうだ。便宜を図ってもらいたいときなんかも、心づけ的に使うと便利みたい。なるほどね。
ランプのオイルまで上質なものになって、魚油の生臭さがなくなったのも嬉しかった。
そんな訳で、俺の毎日はとても充実している。
朝食後、外へ出れば青空が目に眩しい。ぐんと両手を天へ向け、背伸びをした。
「ヨシ! 今日も働くか!」
裏庭の土はほどよい湿り気で、モリタさんが調達してくれた
ちなみにソミアに作ってもらった服を汚したくないので、作業中は俺のデフォルト服、ジーンズとTシャツを着ている。
畑づくりを始めた最初の一日は、背丈まで伸びた雑草や、もじゃもじゃのツタを取り払うだけ終わった。一人で黙々とやる仕事は好きだけど、筋肉痛に耐えながらの作業は辛い。
昨日は日当たりのよい場所を選んで丁寧に雑草を抜き、固い土を掘って耕したんだけど、腰が悲鳴を上げて大変だった。
ジャガイモは一袋しかなくて、数は六個だ。だからそんなに大きな畑を作る必要はないんだけど、慣れない作業は進みが悪い。
長野でリタイアライフを送る両親の畑を手伝ったことがあるものの、あくまでその程度だ。基礎知識はあるが、あくまでざっくり知識でしかない。
ともあれ、小学生のときに授業でジャガイモの植え方を習っておいて良かった。
なんとなくある知識と現実が一致しない場合、改善策が思い浮かばないのはそんなざっくり知識ゆえの弊害だ。
いま俺は、裏庭の土が黒くないことに不安を感じている。
ここ、赤土なんだよね。北海道のジャガイモ畑ってやわらかい黒土のイメージなんだけど、どうすりゃいいんだろ。
俺の命の次に大事なじゃがいもを植える畑だ。絶対、ゼッタイ失敗したくない。
とはいえ、俺に出来ることなんか限られている。裏庭の先はどん詰まり。そこから先は山だ。
枯れ葉でも持ってくるしかないと試しにかき集めてみたら、落ち葉の下に黒々とした土を見つけた。
「腐葉土!」
そうだよなぁ、腐った葉っぱの土って書くもんなぁってしみじみしながら、手押しの一輪車とシャベルで、枯れ葉交じりの土を採取する。モリタさんが一式そろえてくれた農業セットには、前の世界と共通する道具が多くて助かった。
畑の予定地の赤土を掘り、代わりに山の土を入れていく。イモがのびのび大きく生るイメージで30センチ以上掘るよう目指した。これがむちゃくちゃ辛い。
腐って細かくなった枝葉交じりの黒土は、柔らかくてふわふわだ。長野で暮らす両親の畑の土に近い気がする。
俺には農業素人の自覚がある。失敗する可能性は充分にある。
しつこい自覚はあるが、くれぐれも全滅は避けたい。
昼食を持って来てくれたソミアに相談したら、ゴボウを借りた農村出身の人に早速聞きに行ってくれた。仕事が早い!
だが、見たこともない作物の作り方について聞かれても責任持てないと断られてしまった。王さまからもらった胸布を一枚渡したけど、交渉は失敗。胸布は『便通に効く薬』になって戻ってきた。つまりゴボウだ。
「仕方ない。現時点でのベストは尽くした、と思おう!」
手持ちのジャガイモのうち、半分の三個を勇気を持って使うことにした。
二つに切って、切り口を下にして植える。
ふんわり土をかぶせ、水をかけて終わり。
不安!
王さま効果のおかげで衣食住は足りているものの、さすがにホカホカのお風呂はここにない。
ソミアに聞いたら、寒い日はたらいに湯を入れて身体を洗うが、春から秋の始まりぐらいまでは水浴び一択だそうだ。サウナは娯楽の一つとして街中に施設があったり、お金持ちの家にはマイサウナがあったりするらしい。
異世界言語の翻訳がどうなっているか分からないけど、サウナが通じるのにちょっと感動した。概念が近いものは、同じ言葉に訳されるんだろう。
言語互換魔法的なものが使われている、と想像しておく。
魔法がどれぐらい気軽に使われるものなのか、いまひとつ分かってないのだけれど、成長促進剤的な魔法があれば、是非俺のイモ畑に施してもらいたいものだ。ブラジャー布と交換でやってくれる人がいればいいんだけど。
俺が湯あみをしたいなら用意するとソミアは申し出てくれて、冬になったらお願いしたいけど、いまは水浴びで大丈夫だと断った。
畑仕事で泥だらけの身体をお湯で洗ったら、たらいが何杯必要になるか分からない。
「新しい石鹸とスポンジをご用意しましたので、お使いください」
着替えも用意してくれたソミアへ、水浴び中は中庭に入らないよう頼む。ケツとかコカンを洗ってるとこを見られたくない!
素っ裸でジーンズとTシャツの洗濯を済ませ、
ふわふわの泡の感触が嬉しくて、そのまま身体も洗った。顔に垂れてきた泡に目をつむったまま、てさぐりで
足取りが早い。まるで走っているみたいだと思ったときには、「陛下のお渡りです!」の声が聞こえた。
「桶、桶、桶!」
目が! 目がぁ~! またたくさんの人に裸を見られるなんて嫌だ! なんとかしないと!
「はい!」
ソミアのアシストで桶を掴み、頭から水をかぶる。すぐに目を開けば、まだ王さまの姿はない。ソミアは出迎えのために、玄関へ走っていく。
「よし、いまのうちだ」
急いで二杯目の水を汲み、再び頭からざばっとかぶる。
まだ来ない! これはいける!
全力で着替えを素早く済ませたところで、ノースリーブドレスの涼し気な王さまが登場。俺は濡れた頭のまま頭を下げて、迎えることができた。
「なんだ、水浴びはもう終わったのか」
ムッと口を尖らせたアイブラス王は、残念そうだ。
もしかして、俺の水浴びタイムを狙って来たんだろうか?
そんな物好きがいるわけがないと思う一方、パンダ的な珍品見たさならあり得ると思い直す。
「ちょうど終わったところです」
「触らせろ」
王さまの細腕が素早く伸び、上着の裾をかいくぐって俺の張り出た下っ腹を直に鷲掴む。
「うぉっ……」
腰が引けた俺の肩を、王さまが突き飛ばす。壁に背を付けたところで、ドンと――アレだ、いわゆる壁ドンをされた。ヒールの高い靴を履いた王さまは、視線は俺より少し上だ。
異世界に飛ばされたとはいえ、俺の基本路線は変わらなかったつもりだ。
――それがまさか美女に壁ドンされる未来がくるとは……!
ひそかに感激する。肩を押されてからの流れといい、完璧な動作だ。頭の中で『きゅるりん』と効果音まで鳴る。
思わず潤んだ目で一瞬見上げてしまい、慌てて瞬きをしてごまかす。どうした俺、しっかりしろ。
「座れ」
「あ、ハイ」
言われるがまま、そばの椅子に座る。王さまも隣に腰を下ろした。
横暴で暴虐な王は、俺のシャツを胸までまくり上げ、しみじみと三段腹をご鑑賞なさる。
「座ると段が三つ出来るのか」
率直にひどい。ちょっと乳が見えてるし! 抵抗して隠すともっと恥ずかしい気がしたので、無抵抗で耐える。
……妃ってこういうものなんだろうか?
いきなり来て、恥ずかしい身体を見られるもんなの? しかもお付きの人たちの前で……ちょっと待て。言葉面だけ見たらエロいな、オイ。
ぶるぶるっと頭を振って、邪念を追い払う。
違う! 違うから! ここではたるんだ身体が恥ずかしいって意味!
見世物状態にしばし耐えること数十秒。満足した王さまが手を離すまで、俺は無の心で耐えた。
「イモを植えたいと言っていたが、畑は作ったのか?」
俺の三段腹に満足した王さまが、井戸から少し離れた裏庭の方へ視線を向ける。
「作りましたけど、こっちでは畑は汚いものなんでしょうか? 侍女のソミアに一歩も足を踏み入れたくないと言われてしまったんですけど、理由がよく分からなくて」
「ソミア、なぜだ? 気に入らないことがあるのか?」
話を振られたソミアがその場へ膝をつき、理由を答える。
「畑のたい肥作りを実験なさっているのですが、その実験作業が私どもの想像を超えるもので、とても足を踏み入れられる状況ではないのです」
「よく分からぬが、法に触れるものでなければ、ミオ殿の好きなようにさせてやれ。こちらの常識には時間をかけて慣れてもらえばよい」
「か、かしこまりました」
王さまのおかげでソミアが承諾してくれたのを見て、どうしても自分ではできなかったアレをお願いしようと思いつく。
「陛下、早速お言葉に甘えるようで恐縮なのですが、許可を頂きたいことがあるんです」
「かわいい妃にねだられるのなら喜んで許すぞ。広くて綺麗な宮に移りたいのか? 艶やかな布と腕の立つ針子を用意させようか?」
気前の良い王さまへ、俺はできる限り愛想の良い笑顔を浮かべ、おねだりした。
「
「ん? そなた、私に動物の
アイブラス王が首をこてんと傾げた。銀髪がさらりと流れ、風に揺れる。大きな紫の瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
頬にうっすらとあるそばかすに気づいたとき、目の前の王が一人の女性なのだと意識した。
美女み溢れる王さまが、きょとんと心底不思議そうに俺を見る。普通の女の子みたいな表情に、どきりと俺の胸が鳴る。
――王さま、ギャップ萌えしそうです。
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