第10話 俺のイモ

「陛下、そろそろお時間でございます」

 王さまが連れて来た侍従の一人が声を掛け、何かを載せたトレイを掲げる。黒髪のその侍従は一人だけやけに大柄だ。てっきりボディーガードかと思っていたから、ちょっと意外だった。

 トレイからカサカサと耳慣れた音がする。

「うむ、今日の用向きはこれだったな。モリタ、それをミオ殿に」

 モリタと呼ばれた大きな図体の男がトレイを手に移動し、俺へ差し出す。モリタ、なんか覚えやすい名前だ。

「ああっ! うそ、やった! そうですこれですモリタさん!」

 思わず大きな声を上げてしまう。俺の驚きように王さまも侍従のモリタもびっくりしている。

 レジ袋の音が懐かしい。手に取ると、中には俺の生涯の恋人がある。最愛のジャガイモたちの重みに目頭が熱くなった。

「聖堂の隅に落ちていたのだ。そなたをこちらに召喚した際に、一緒に世界の狭間を飛び越えてきたらしい。こちらでは見たことのない物だったので、きっとミオ殿の物だろうと」

 王さまの気遣いに頭が上がらない。心の中で、めっちゃイイ奴認定をした。


「ジャガイモです、これ! これを油で揚げるとむちゃくちゃ美味しいんですよ!」

 袋を開けてジャガイモを一つ取り出し、王さまへ見せる。

 侍従たちがいっせいにざわつき、いったん下がった侍従のモリタが「おやめ下さい!」と慌てて飛んできた。

「土の中のものは不浄とされています。くれぐれもその汚れた手と根を陛下の御身に近づけてはなりません!」

 汚れた手って、指先に微かについた乾いた土のことだろうか?

 そもそもイモを見せたぐらいでなぜそんなに騒ぐのかと首を傾げる。

 危機感のない俺にモリタが一層目を吊り上げて注意しようとするのを、王さまが「そう騒ぐな」と手を上げ、制した。

「それは作物の球根の類か何かか?」

「この世界ではイモを食べないんですか?」

 モリタが「そんなものを食べるのか⁉」と驚きのあまり敬語を忘れて声を上げる。


 冷静なアイブラス王が淡々とこの世界の常識を説明してくれた。

「薬以外では、土の中のものを食べる食習慣は我らにない。球根をイモと呼ぶことはあるが、食料にはしない」

 ソミアから聞いていた通りだけれど、ここは粘らせて欲しい。

「大根、ニンジン、カブといった品種はこちらにありますか?」

 なぜかモリタが速やかに答える。

「葉や花芽を食べる野菜です」

 菜の花みたいなことかと想像し、なるほどと頷く。

「玉ねぎ、ゴボウなんかは?」

「根が玉のように丸くなるネギの品種を長ネギと区別するのに玉ねぎと呼びますが、玉ねぎの根は毒があると言われています。植えても、あくまで茎と葉を食します。ゴボウは乾燥させたものを薬の一つとして使うことはありますが、土の味でひどいものです」

 モリタの説明は明快だ。ゴボウは慣れていないと木の根にしか思えないという話は聞いたことがあったから、味の感想は仕方ないかもしれない。

「こちらの世界で俺のように太った人間はいないんですよね?」

「全くいないわけではありませんが、まともに働くことのできない愚鈍な人間がなるものという認識です」

 わお! キビしいね!

「この世界の人に太っている人がいない理由が分かった気がします。俺のいた世界では、ジャガイモとかキャッサバとか、イモ類を主食にする国も多かったんですよ。イモってそれぐらい安定して生産できる食料なんです」

「えっ⁉ 土の中のものは汚いでしょう!」

 眉間に皺を寄せたモリタの顔は、うえっとい言いたげだ。俺はと言えば、イモの悪口を言われ、反論せずにはいられない。

「水で洗えば大丈夫でしょ!」

「土を水で洗い落として食べるなら、大量のきれいな水が必要です。もったいない。この城は水脈に恵まれ、多くの井戸を持っているのでご存知ないのかもしれませんが、庶民は限られた水を分け合っています。とても大量のしかもきれいな水を毎回使えません」

 ここは砂漠でもないし、山には緑も多い。なのに水が貴重とはどういうことだろうか? いまひとつ話が噛み合わない気がする。

 とにかくこの世界では根菜類含めて食料として捉えていないという常識は知れた。もったいないことこの上ない常識だ。


 視線を上げれば、いつのまにかモリタの顔が青ざめている。隣を見れば、王さまが無表情でモリタを見つめていた。そこで、自分が王さま抜きでモリタと話してしまっていたことに気づく。

 もしかしたら、ルール違反なのだろうか。一応、妃だったもんな、俺。

「アイブラス陛下、俺がこのイモを食べたいって言ったら、誰か困りますか?」

「そのイモはそなたのものだ。好きにするがいい」

 安定した男前発言に俺は「やった!」とガッツポーズで喜ぶ。

 すぐにカリカリのポテチが脳裏に浮かんだ。

 じゅわっと口中に唾液があふれたところで、待てよと考え直す。

――これ、種イモになるんじゃないか?


 食ったらそれでおしまいだが、植えたら五倍か十倍か分からないが増やすことができる。

「これ、栽培していいですか? ほら、ちょうど目の前のこの裏庭あたりなら、使ってませんし」

 モリタを始め、侍従たちの目が丸くなったのを見て、非常識だったかなと思ったが、俺の生きる幸せである大事なイモは絶対増やしたい。

「面白い。必要なものがあれば、いつでも持ってこさせよう」

 アイブラス王がモリタへ視線を向けると、かしこまりましたとばかりに黒髪の頭が下がった。

「ありがとう王さま!」

「初めて笑ったところを見たぞ。愛い乙女を妃にできた私は幸運だな」

 ふっと笑ったアイブラス王がキラキラ眩しい気がして目を細める。自分が少女漫画の主人公になったようなヘンな気分だ。百合モノっていうか……いや俺は男なんだけど。

 ものすごい美女にかっこいい言葉で口説かれているみたいだ。タカラヅカの出身のお姉さんにリップサービスしてもらっているのに近い。(もちろん体験したことも会ったこともないけどさ)

 ヘンだけど悪くない。

 悪くないどころか、なんか胸がキューンとしちゃってる。

 美女に免疫なさ過ぎて脳が誤作動を起こしたみたいだ。正気に戻れ俺!

 初日を思い出せ。お世辞みたいな形式上のものなんだから、真に受けてもしょうがないだろ。

 それでもドキドキしてしちゃうんだけどね。

「いや、あの、アハハ……デブデブの俺になに言ってんですか」

 やっと返した言葉は、もごもごとはっきりしない。コミュ障爆発したかな俺……。

 どうしようもないリアクションしかできない自分が情けない。

「ミオ殿のいた国では身体を豊かに肥えさせるほど、食料が豊富だったのか?」

 さすがに百二十キロの俺レベルはそうはいない、と言おうとしてやめる。自慢なのか自虐なのかよく分からなくなりそうだ。同じ誤解をされるなら、別方向がまだマシだ。

「俺ぐらいなら、いつでも太ろうと思えば太れる環境です。戦争とか、国を治めている人が良くなかったりする国は、衣食住に困ってますけど」

 それなりに頑丈な胃袋がなければ百キロの壁は超えられないのだが、百キロ超級だって珍しいわけじゃない。まぁ、ジロジロ見られる程度には目立つけど。

「ミオのいた国は良いところだったのだな」

「色々問題はありましたけど。過去の歴史ではエグい戦争してたときもあったし、いいことばかりじゃないです。でも俺の身体を見れば、確かに平和って感じしますよね。ケンカですらしたことないし、戦ったら激ヨワ間違いないですもん」

 腕を上げ、力こぶを作る代わりに、腕の下の脂肪をフルフル揺らす。

「争わずに生きることができ、なおかつ食べるものが豊かにあるのは素晴らしいことだ。この国の北では麦、南では米が栽培に適しているためそれぞれ主食とされているが、民の全てがミオ殿ほど肥えられるような量を生産できるわけではないからな」

 王さまのちょっと悲し気な口調から推し量ると、植え付け面積に対する収量がいまいちっていうか、つまりは実りが少ないと感じているのかもしれない。


「そろそろ議会堂に大臣たちが集まるお時間です」

 モリタとは別の侍従の言葉に、王さまが腰を上げる。

 そういえば前回は「元気暮らせ」って言ってたから、俺に会う気なかったみたいだけど、やっぱりそう何度も俺のとこなんかに来ないものなんだろうなと、ぼんやり思う。

――今度は達者でなとか言って、マジで二度と顔出さないかもなぁ。また来てねとか言っちゃっていいんだろうか。形だけだけど、妃なんだし。……ん? また来てもらいたいのか俺?

 なんだかこれ、寂しがってるお妾さんみたいな思考になってる気がする。

 俺って王さまを恋しがってるんだろうかと再度自問自答し、首を傾げた。

 まさかそんなわけがないだろう。世界征服よりもポテチを選んだ俺だ。ポテチ以外に興味があることなんかない。恋愛もしかり。

 珍しく美人に興味を持たれたのが原因だな。ほらアレだ、脳の誤作動だ。

「また来る」

 王さまのたった四文字の言葉に、自然と笑みが浮かんだ。

――権力者に気に入ってもらえるのは、俺の異世界ライフにとっても重要だしな!

 自分に言い訳するように、そんなひねくれたことを考えたけれど、胸の奥はぴょこぴょこ弾んでいる。また来てくれると約束してくれたのが素直に嬉しかった。

 アイブラス王は来た時と同じように颯爽と去っていった。その後ろ姿はやっぱりカッコ良かった。

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