第9話 俺のブラジャー2

 王さまの命令通り水浴びをするには、股間を隠している両手を離す必要がある。

 身体を捻って尻を向けると、王さまから「それでは乳が見えない」と苦情が入ってしまった。

 男の胸なんか権力を使わずともその美しい容姿でいくらでも見られそうなものなのに、この美人は本気で俺の乳が見たいらしい。

――どうすりゃいいんだ一体⁉

 もう頼れるのはソミアしかいない。

 王さまの侍従たちから少し離れて控える彼女を見つけ、涙目で助けてと念を送った。


 ソミアは驚異的な侍女能力を発揮してくれた。

 台所から丸いお盆を持ち出し、かがんだままそばまで移動すると、そっと俺と王さまの間に垂直に差し入れる。俺の股間の正面だ。

「失礼いたします。ミオ様が恥じらって動けずにいらっしゃいましたので、こちらで隠させて頂きます」

 恥じらっているのとはちょっと違う気もするが、フルチンスタイルを見せたくないのは同じだから、間違ってはいない。

 王さまに向かって膝をついた彼女は目線を伏せたまま、片手で俺の股間の前に丸いお盆を掲げる。見てないのに気配で分かるのか、ジャストポジションだ。

「恥じらう乙女は責められないな」

 乙女って俺の方が? って思ったけど、そういえば俺は救国の乙女って扱いだったと思い出す。

 納得してくれたアイブラス王は井戸から離れ、軒下に置かれた椅子へ腰を下ろす。王さまのお付きの人たちもぞろぞろと移動してくれた。

 裸芸的な状態だけど、おかげで手を股間から離し、王さまの指示通り水浴びをすることができた。

 片膝をついたソミアの裾を濡らさないように考えたら、アホみたいにちょろちょろとしか身体に水をかけられなかったけど、もう程度の問題じゃない。やることに意義があるって感じだ。

 プライベートな部分を先に洗っといてよかった!


 なんとか水浴びを終え、服を着た。ちょっとパツパツだけど、問題なく着られる。

 よく見たら、たたまれた服の間に下着がちゃんとあってホッとする。気づかなかっただけで、ソミアはパンツをちゃんと縫ってくれていた。さすがだ。

 両脇を紐で結んで留める紐パン方式だったので、ケツの大きい俺でもサイズ調節不要なのもありがたい。紐は長めに縫い足されていたけども。

 ちなみに移動中はソミアがしゃがんだまますり足で俺の股間をトレイでガードしてくれた。いわば人力モザイクだ。

 手招きに従い、王さまの隣りに座る。すぐに二の腕に触れられた。揉まれて、つねられ、そしてまた揉まれる。俺は無言でそれに耐える。

「素晴らしい。しっとりとした肌が手に吸い付くようだ」

 男らしい美女の褒め言葉に俺の頬がポッと熱を持つ。

 マジで照れてしまった自分が恥ずかしくて、また赤面してしまった。

――ポッってなんだ、ポッて!

 自分の反応にツッコミつつ、赤らんだ顔を気づかれないよう俯く。視線の先には、白地に刺繍が入ったドレスに大胆に入ったスリットが。

 今日も芸術的なほどの美脚だ。きれいだけど凝視すべきではないと判断し、視線を逸らす。

 身体の柔らかなラインを慎ましく飾り立てる刺繍はつる草の意匠で、葉と茎の合間に……ぽつんとかすかな膨らみが目に入る。

――ここにいたかお前!

 

「また胸を見ているな。お前の胸の方が素晴らしいのに、私の胸に興味があるのか?」

 俺の胸が素晴らしいってとこに引っかかりそうになったが、いまはそれどころではない。そんなことより、バレてる!

――むちゃくちゃ一瞬しか見てないつもりだったのに、スケベな顔しちゃってたかな俺……。

「すいません!」

 頭を下げると鷹揚な笑い声が聞こえ、慄いていた身体から力が抜けた。

「責めているのではない。そなたは妃なのだ。好きなだけ見るがいい。ただ、同様に私にも貴殿を見る権利がある。特にミオ殿の乳は私より大きくて興味深い」

「え? 俺の方が大きいってまさか……あー……」

 己の胸を見れば、形は全くもってだらしない形状ではあるものの、くっついてる面積が大きい分、容量的にはたしかに大きいかもしれない。おっぱいの定義次第なところはあるが、ミリリットル的には確かにそうだ。

「どれ」

 ほんの二文字を発した短い瞬間のうちに、王さまの滑らかで細い指が、服の上からとはいえ俺の脇胸をがんがんつつく。

 そんなにしたら、俺のぜい肉が波打つでしょ!

「垂れて柔らかい上に、ぷるぷるして卑猥だな」

「……ごめんなさい」

「褒めている」

 ニヤリと不敵に笑う王さまは、今すぐ俺を押し倒しちゃうんじゃないかってくらい、色気がダダ洩れだ。しかも抱く側の方の色気なのがすごい。

 ドキドキしちゃってる俺も俺だけど!


「あの、俺の居た世界では乳を固定するブラジャー、えっとバンド? 専用の布みたいなものがあったのですが、こちらではないのでしょうか?」

「兵士や労働者で胸の大きいものは邪魔だと布を巻くことはある。しかし、それは周りではなく本人が判断することだ。私が胸布をしていないのが気になっていたのか?」

「エロ……その、性的なものを感じる人はいないのですか?」

「口説きたい相手なら魅力の一つとして考えることはあるが、そうでないなら気にする者はいないぞ。身の丈が大きいからといって、いちいち興奮する者がいないのと同じだ」

「では……その、ちく、いや、えっと胸の先がちょんと出てるのが見えてしまうのも、こちらでは気にしないのですか?」

「お前にだってあるじゃないか。同じ二本足で歩いているのに、その足を隠せというのと同じだ。おかしな言い分だな」

「でも気になるんです」

「気にするのはお前の都合で私の都合じゃない。異世界から来たとはいえ、お前の都合を私に押し付けるとは何様だ」

「……ごもっともです。ついでに白状すると、胸が大きいのも気になってしまって。揺れるとつい、魅力的すぎて見てしまうんですが」

「見るな」

 さっき、妃だから好きなだけ見ていいと言っていたよね⁉ とはいえ、矛盾を指摘していい空気じゃないのは俺でも分かる。

「はい、すいません」

 王さまの機嫌を損ね、胸を見る権利をあっという間にはく奪されてしまった俺は肩を落とす。あぁ、もったいないことをした……。

「お前が走っているとき、お前のふぐりは同じリズムで弾んで揺れているはずだが、誰もそれを見たがったり、知りたがったりしないだろう? もしや、そなたのいた世界では、ふぐりを揺らす様を恋する相手に見せつけて注意を引くものなのか?」

「いえ、しません。想像もしません。ほんとにすいません」

 俺は姿勢を正し、また頭を下げた。恐縮する俺に王さまは少し考え、声音を優しいものに変える。

「常識が違うことで戸惑うのには同情の余地がある。慣れるにはそれなりに時間がかかるだろう。恥じる気持ちも分かる。私もお前の気持ちで考えるよう努めよう。そうだな、ではお前も乳を固定する布、ブラジャーと言ったか? それが必要だろう」

「俺?」

 たしかに悲しいことにDカップぐらいある。Dカップの定義はしらないけど、バイト先のおばちゃんに判定されたことがあるからだぶん間違いない。

 見下ろせば服の上から俺の乳首ポッチがツンと主張している。(ちょっと待て。注を入れさせてくれ。これは水浴び後だからなっている。通常はこんなに主張してないから!)

「お前の部屋付きの侍女は、お前の乳が揺れるのを毎日目にすることになる。お前の常識ではそれに羞恥を覚えるということだな?」

「いや、俺は――」

「ここの出っ張りなんか丸見えだぞ?」

 ポッチ部分を指さされ、ソミアやお付きの人たちの視線が俺の胸に注がれる。王さまが指さしてんだから、そりゃみんな見るよね……。

 王さまなんか身体を乗り出して俺の胸をガン見している。

「そんなにみんなで見ないでください!」

 耐え切れず、両手を胸に当てて隠した。それを見たソミアがすかさず提案してくれる。

「後ほど胸布をお持ちしますね」

 本当に気の利く侍女だ。なんて優しいんだろう。だけど、その配慮はちょっといらないっていうか、なんで俺の方がブラジャーをさせられる流れになっちゃってんのかよく分からない。

「え、あ、ソミ――」

「私からもそなたに下賜しよう。ブラジャーとやらが手に入って良かったな!」

 バンバンと肩を叩かれ、その振動でまた俺のぜい肉が揺れる。もう訂正できる雰囲気じゃない。

「ありがとうございます……」

 そんなわけで、俺はこれからブラジャー代わりの胸布を巻くことになった。

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