第8話 俺のブラジャー1

 腹が減りすぎて眠れないかと思ったが、バジリアのせいで空腹を忘れてしまった。

 国を亡ぼす方策を考えたものの、難しいことを考えると眠くなるのは学生時代から変わらなない。

 あっさり寝落ちして、目が覚めればまた空腹に悩まされる。

 ソミアが持ってきてくれた食事を大事に三分の一だけ食べ、お茶を飲みまくる。食事はまずくはないが、この豊満な身体を維持できる気がしない。……維持する必要ないって分かってるけどさ。


 ため息をつきつつ水汲みをし、恐縮して断ろうとするソミアをこの世界の勉強になるからと説得して、薪運びの手伝いもした。薪小屋ですれ違った使用人にぎょっとされてしまったけれど、場所は覚えたから次は一人で行けると思う。

 その後は手伝ってもらえることはないと断られたので、静かにじっと昼を待つ。

 一昨日から突然小食ライフが始まってしまったので、うんこすら出ない。

 ちなみにトイレは壺にする。壺の上に乗った椅子に座ってする、ぽちゃん方式。

 狙いを外さないなら立ってしてもいいらしい。しかし、ひっかけてしまったら便と尿の入った壺は自分で運んでもらいますよってソミアに笑顔で言われたので、小も座ってすることにしている。壺は一人で運べそうなサイズだし、ソミアの目は本気だった。

 この壺は定期的に入れ替えるらしいけど、まだ三日目なので溜まっていない。大はまだしてないけど、それでも充分匂う。建物の端に便座と壺の置かれた小部屋があり、ドアは中庭に面して作られているので、建物内が臭くなることはない。

 トイレには尻を拭くためのスースーした匂いのする葉っぱが置いてある。消臭効果狙ってるのかな。拭いた尻もスースーしそうで心配だ。

 ソミアに聞いたら、葉っぱの汁を出さないようにお尻を拭くのがポイントなのだそうだ。ちょっとなら汁が付いても爽やかスースーレベルで済むとのこと。だからほどよくしなびた葉っぱを置いていると誇らしげに教えてくれた。

 異世界に来たのなら、ケツの拭き方も異世界流に従うのは当然だ。


 ちょっとフライング気味かなと思ったけど、昼近くなったのでまた三分の一の食事を食べる。なんか、一食を三回に分けて食べている気分だ。

 木の実、パン、チーズ。どれも昨日と同じメニューだ。腹が減ってなかったら、たぶんもう飽きてると思う。

 昼過ぎ、ソミアが農村出身の使用人が持っていた『薬』を借りてきてくれた。

「昨日お話したイモはこちらです」

 結論から言うと、ただのちょっと太い根っこでした! 残念! カラカラに乾燥してたから自信はないけど、匂いはゴボウっぽい。

 こっちにゴボウがあるなら、豚汁に入れたらうまいだろうなと思ったけど、そういや豚はいるけど食べたらいけなかったのだと思い出す。豚は愛玩動物なんだった。

「豚汁は諦められるけど、ポテチは諦めきれないなぁ……」

 せめてこの世界の畑をあちこち見させてもらえれば、どこかに見つけられるのかもしれないけれど、城から出ていいのか分からない。一度出たら、俺の見た目を嫌ってる人たちからもう帰ってこなくていいとか言われそうな気もする。

 ここは食事の量は少ないけれど三食昼寝付きだ。稼ぐアテのない状況を考えれば、追い出されたら生きていける自信がない。

「お力になれずすいません。とりあえず、遅くなりましたが服のご用意ができました。不便な部分がありましたら、直しますので、おっしゃってください」

 しょんぼりする俺を励ますように、ソミアが仕立て終わった服を差し出してくれる。二セットも作ってくれた。早い!

 二着とも俺の短い首には似合わないであろうスタンドカラーの長衣だ。色はグレー。あご髭を生やした、彫りの深い中東の男たちが着てる服に似ている。

 早速着替えようとしたところで、下着をまた頼み忘れたのに気づく。

「ソミア、ぱんつ……」

 顔を上げると、多忙なソミアの姿はすでにない。玄関に出て城の方を見たら、大量の布を押し付けられているのが見えた。あれではしばらく戻ってこれないだろう。

 これ以上、パンツの汚れを先延ばしにはできない。

「替えがなくとも、いまあるパンツを大事にすればいいことか」

 自分で洗って、乾くまでノーパンで待つことにする。

 城から二百メートルほど離れたこのボロい別邸小屋には、城と反対側の屋敷裏に井戸がある。その先は頭に『朽ちた』っていうのが付きそうな庭があって、さらにその先は傾斜の急な山だ。

 西側が山なので日当たりは良い。気持ちの良い朝陽が入るかわりに、夕方が迫るとここは日陰になる。

 どん詰まり作られているので見晴らしは悪いが、他の視線は入ってこない点は良い。


 午後に入って気温は上がり、水浴びしても凍えることはなさそうだ。

 石鹸を出し、まずはパンツをよくよく洗って伸びた庭木の枝に引っ掛けておく。素っ裸で着ていた服も洗う。

 それから首にいつも巻いているタオルで身体を洗った。タオルを異世界に持ち込めて本当に良かった!

 洗髪しながら、改めてタオルの素晴らしさに感じ入る。そこへ突然、ソミアが駆け込んできた。

「陛下のお渡りです! 水浴び中とはナイスタイミングですね! ミオ様、頑張ってください‼」

「うぉっ、え⁉」

 突然の王さま降臨もびっくりだけれど、ソミアが俺の裸にノーリアクションなのもプロの侍女って感じですごい。しかし、すっぽんぽんなのにナイスなタイミングとはいかに?

「水浴び中に出くわした振りをして相手の裸を見るのは、いちゃつきたい恋人たちの定番なんですよ。上手くいけば一発逆転あるかもしれません! なのでこれは没収です!」

 股間を隠していたタオルを素早く取り上げられてしまう。俺がどんくさいのかもしれないが、動きが早すぎて阻止できなかった。

 慌てて身体を捻って彼女から股間を隠し、両手でもしっかりとガードする。

「なんでタオルがないと一発逆転なんだよ?」

「ここで慌てて服を着たら興が削がれますからね!」

 玄関の扉が開く音がすると、ソミアはフルチンの俺をそのまま置き去りにし、王さまを迎えに行ってしまった。


「……服、着ちゃダメなのか?」

 頭の中で、以前ソミアを呼びつけに来た侍女の、『なんて醜いのかしら』という呟きが脳裏をよぎる。

 王様も嫌な気分になるんじゃないかと不安になったが、脱いだ服はもう洗濯してびちょびちょだ。新しい着替えは軒下に置いてあるから、大股で五歩もあれば手にできる。

 ソミアに禁じられたものの、やっぱり下だけでも履こうと着替えを取りに行こうとしたところで、タイムアップ。

 優雅に白いドレスと銀髪をなびかせつつ、力強い足取りで闊歩する王さまは今日もカッコイイ。

 あごを軽く上げ、冷ややかに俺を見遣る彼女には気高さと高慢さが滲む。そんな彼女が一歩踏み出す度に、少し遅れたリズムで胸が揺れる。

 ハイネックのドレスは少しの素肌も許さないのに、身体のラインにぴったり作られた布地は、下胸のたわみも谷間も脇へ流れる様まで露わで、直視できないものがある。

――この世界にブラジャー的なものって……あるよね? ないなら……!

 ごくりと喉が鳴る。

 あるなら是非早く教えて欲しい。今すぐ知りたい。

 心の中で、ここはブラジャーが存在しない世界ではないかと期待している俺がいる。期待しているうちは、膨らみの頂上にポッチがあるのではないかと空想のラッキーポッチに視線が引っ張られてしまうのだ。

 雑念で目が霞む。

 いまはそういう雑念は捨てろ俺。いや、いまだけじゃなくずっと捨てるべきだけど。

 いや、待てよ? 『妃』の俺はこの雑念持っててもいいのか? いや、やっぱり怒られそうな気がする。よく分かんないけど。


 いくら捨てても雑草のごとくたちまち雑念がはびこる俺の心の内なんか全く興味ないだろうアイブラス王は、井戸の前で仁王立ちする。

 まぁまぁの至近距離に立たれ、思わずのけ反る。額に浮かんだ冷や汗が、こみかみを流れ落ちた。

 王さまに付き従う侍従たちが、少し離れてずらりと並び控える。彼らは視線を伏せているが、視界の端で俺たちをしっかり観察しているのが分かる。

 せめて王さまとソミアだけならまだしも、これでは衆目に俺のフルチンを晒すようなものだ。

 

 たるんだ身体を見られることは、それなりに恥ずかしい。ただ、しょうがない状況なら我慢できなくもない。相手を嫌な気持ちにさせる可能性を思えば気は重いものの、馴染んだたるみには愛着さえある。

 譲れないのは体毛だ。

 俺の体毛は薄い。すね毛は細い上に薄く、女性よりすべすべだ。腕毛も胸毛もしかり、腋はほぼ無毛だ。ただ、陰毛まで薄いのが気になっている。

 同性異性に関わらず、他人の股間を凝視する機会を得られるようなライフスタイルではなかったため、他人がどれぐらい濃い茂みを所有しているのかは知らない。だが、俺の下の毛はスカスカだ。平均値から大きく外れている自信がある。それがたまらなく恥ずかしい。

 これだけは死守したい。

 

 股間に当てた手を少しでも動かしたら、俺の恥ずかしい秘密がバレてしまう。

 指一本動かせない雰囲気に息が止まりそうだ。

「ごきげんよう、ミオ殿。こちらの暮らしはどうだ?」

 股間を両手で隠しただけの全裸の俺に、王さまは全く動じていない。

「は、はい。なんとか」

「そなた、すごい乳だな」

 子どものような率直さで指摘される。非難や嘲りは感じられない。

 目の前の王さまは一見すると無表情だが、よく見ると紫の瞳が輝いている。高慢そうに見えて実際は無邪気な姿が微笑ましく、つい丁寧に説明してしまった。

「太っているので、ぜい肉が胸にも付くんです」

「せっかくだ、柔らかい肉が揺れる姿を見てみたい。水浴びを続けるがいい」

「……俺が水浴びしてるとこ、見るんですか?」 

「何か問題があるのか?」

 アメジストパープルの瞳に影が差す。王さまの視線に圧を感じた俺は秒で屈し、ぶるぶる頭を振って否定した。

「ないですないですないです」

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