第7話 悪事要求される夜2

「たしかに俺の頭の中で話すだけのヤツはいたし、そいつはサラマンディアって名乗ってたけど、ここ十年は出てきてない。いつの間にか消えた。この世界に来るまでは、子どもの俺が作り出した幻想だったんじゃないかと思ってたぐらいだ」

 俺の言葉にバジリアがふむふむと頷く。

「それはサラマンディアから聞いた話と一致してるわね。日中はあなたの意識が強すぎて出られないから、寝ている間しか活動できないと言ったわ」

「俺が眠って意識がない間にあいつは君と連絡を取ってたってこと?」

 バジリアは魔女の力を得ようと異世界へ働きかける魔術を繰り返しており、反応のあったサラマンディアと『世界と世界の狭間』と言われる領域で言葉を交わしていたらしい。

 彼女の推理では、俺が深い睡眠に入っている間に魔女の意識が覚醒し、その際に僅かな魔力を集め、元の世界に戻るための手がかりを探していたのではないかとのことだった。


「こっちじゃ程度の差はあるけれど、あなたみたいに魔力が皆無な人間はいないわ。どうやらそちらの世界では魔力も魔法もほぼ存在しないようね」

「気づかなかっただけで、魔女はまだ俺の中にいたってことか。じゃあ、いまは……昨日、俺が寝ていたときは出て来なかったのか?」

「一晩中気配を探ってたけど、全く感じなかったわ。どう考えてもおかしいから、てっきり魔女に騙されたんだと思ったの。昨日から予定が狂いっぱなしよ!」

 それは『失敗』ってやつじゃないかと思ったが、憤慨しているバジリアに口にする勇気はない。

 代わりに魔力と魔法、魔術の違いを尋ねると、魔法を発動させるためには魔力と魔術が必要なのだと言う。魔力は魔法の力の元となり、その力をどういった形で発動させるか決める手順や方法が魔術と呼ばれるらしい。

 魔術の扱いには高い知識と経験、才能が必要で、誰にでもできるわけではないとのことだ。

「魔術は数式や化学式みたいなものかな」

「選ばれた者が魔術師になれるわ。魔術師は王と契約し、王の命令には逆らえない。サラマンディアは才能あふれる魔術師だったけれど、仕える王を持たず、魔術で人々を苦しめ、もてあそんだ悪女よ」

「だから神様に追放されたのか」

「彼女がそう言ったのならそうね。神は人の世に姿を現さないし、関わらないけれど、怒りを買えば天罰が降りると言われてる。私も天才と言われるけど、彼女は千年に一人の伝説的な力の持ち主だった。そんな彼女が魔力不足なんて弱点、隠したくなるわよねそりゃ。だけど、嘘をつかれて許すほど私はお人好しじゃない。どんな形でも約束は守ってもらうわよ」

 怒りを新たにしたバジリアが肩を怒らせる。

「あの魔女が都合の悪いことを明かさないのは分かるけど、こっちの世界に来たんなら喜んで暴れそうだけどな。俺が子どものころは世界征服する気まんまんだったしさ」

「魔力がなさ過ぎて逃げてるのかしら? サラマンディア、もし聞こえてるなら――ゴホっ、反応してよ! そっちが契約を破る気ならこっちだって――ゴホッゴホッ、手はあるのよ」

 咳を交えつつ言い終えると、彼女はぶるっと身体を震わせる。己の腕を抱え、喉が痛いと呟いた。

 話している間にずり落ちた毛布を掛けなおしてやり、失礼と断って額に触れると明らかに尋常ではない熱さに驚く。

「昨日も咳込んでたよね?」

 なぜかバジリアはギクリとする。

「……確かに風邪気味よ」

 ここまできても『気味』をつけるとは、思わず苦笑してしまった。なんて負けず嫌いなんだろうか。

「完全に風邪だってば。風邪のせいで魔術を間違えたとか言いがかりつけたりしないから。もう遅いし、家に帰ってあったかくして寝なよ」

 なぜかなぜか、バジリアの表情が硬い。

「まぁ……そう、うん……」

 言い淀む彼女の姿に、これはやらかした自覚があるなと確信する。

「なにか思い当たることがあった、ね? その顔、心当たりあるんだろ?」

「しょ、召喚したときは少し朦朧としていたのも否めない。だから――こほっ。喉が痛くて話しづらいわね。また今度にしましょう」

「いまの咳はうそ臭かった。これまでべらべらしゃべってきて、肝心なところで帰るの? 言うことあるよね?」

「えっと、その、ちょっと召喚の呪文を間違ったかも。ちょっとね、ホントにほんのちょっとだけ。咳込んだときに、詠唱のフレーズが乱れたような……。救国の乙女と魔女を入れ替える呪文を、同時に巧みに紛れ込ませなきゃならないんだもの。とってもとっても大変だったのよ」

「もしかして凡ミス?」

 怒りまくっていた勢いはどこへやら。すっかり無表情になっている。

「……まだ分からないわよ。どこか遠くに逃げて、魔力を蓄えるまで潜伏してるのかも」

「転生者である俺の身体から離れられるのか?」

「そういう話は聞いたことないけど、伝説の魔女だし……」

 曖昧で漠然とした根拠に、俺はため息をつく。

「神の意思か凡ミスか知らないけど、とにかく魔女はこの世界には来られなかったということなんじゃないか?」

 他人の意見に絶対頷かない誓いでもしているのか、バジリアはここでも粘った。

「神の意志によって異世界に飛ばされたんだもの、どれほど魔術で呼び戻そうとも、神の意志に逆らうことは出来なかったって――ゴホっ、ことかしら? これなら魔女の意識だけが消えた説明がつくわ」

 いまさら説明も理屈もどうでもいいと思ったが、バジリアが満足そうなので黙っておく。指摘して、また荒ぶられても面倒だ。

 

 色々よくないけどここまでは仕方がないとして、問題はこの先だ。ちらちら彼女の話に登場していた契約ってフレーズが怖い。


「なんのために俺、この世界の呼び出されたの? もうなんの意味もないよね? バジリアが天才魔術師で、魔女と世界と世界の狭間で話せたなら、俺を元の世界に戻すこともできるよな?」

「無理」

「こんなことになったの全部君のせいだろうが!」

「王家の秘宝があったからできたことだもの。あれと同じ力を持つ物はもうないから諦めて。それより、私との契約は残ってるんだから、当初の目的通り、この国を滅亡させてもらわないと」

「さらっと言うな‼」

 つい声を荒げると、バジリアに怒鳴り返される。

「だってもう契約交わしちゃったんだもの、しょうがないじゃない‼」

 キレたらキレ返される。だめだ俺、冷静になろう。 

「そんなに騒いで、侍女のソミアが起きてきたらどう説明するんだよ」

「この部屋に遮音魔法掛けてるもの。これはそんなに魔力使わないし、私レベルなら楽々よ」

――そんなに凄いレベルなら、凡ミスしてもらいたくなかったな……。


 深呼吸して確認したところによると、魔女は元の世界に呼び戻してもらう代わりに、ある契約を交わしたのだそうだ。

 バジリアが呪文を唱えると、俺の胸のあたりがチリチリして、そこへ胸に魔法陣が浮き上がった。黒い線が肌に浮かび上がるのが気色悪いけど、これはその契約の証なのだそうだ。

 契約内容は、この国を亡ぼすこと。

「無理でしょ。俺、魔力もなければ傾国の美女でもないし。腕っぷしがメチャ強いわけでもないし」

 見せつけるように己の張り出た腹を叩くと、脂肪がタプタプと波打ち、揺れる。

「そんなの見れば分かるってば。それよりこっちの世界に召喚するために、アンタが救国の乙女の生まれ変わりだってこの国の魔術師たちを騙すのは大変だったのよ。その労力の代償を払ってよね」


 バジリアはぶちぶちと愚痴を言い始める。

 『世界と世界の狭間』で出会った際は互いに意識体だったため、魔女は転生前の姿だった。

 実際に呼び出してみれば、魔女の存在は抜け落ち、残った俺はといえば魔力はゼロ。乙女のはずが男だし、それこそ傾国の美女といわれた姿さえ微塵も面影がない上に、体型に至ってはこの世界では常識外れもはなはだしく、怒りを覚えるほどだと忌々し気に言われる。

「アンタはあてにならなそうだし、私もアルティパの王とミル王国を滅亡させる契約魔法を交わしちゃってるし。ホントはそんな極端な契約したくなかったけど、家族を人質に取るなんて卑怯なことされたら、逆らえないわよ。契約を交わしたら解放してくれたけど、私はこの国を亡ぼすまで帰れない」

 悲し気に肩を落とした姿にちょっと同情してしまった。

「王のくせに国民を脅すなんて、王の器じゃないだろ。アルティパは大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないから、ミル王国を滅亡させたがってるのよ。領土が広がれば、貴族や国民の不満をごまかせるって思ってるみたい。安直だけど、これが効くのよねぇ。目先の利益にみんな釣られちゃうの。自分の都合が悪くなるたびに戦争して領土拡大。私が優秀過ぎて、戦いに勝っちゃうのもイケナイんだけど」

「バジリアって、そんなにスゴイ魔術師なのか」

「手柄はみんな王様のものになってるから、私の名前も顔も向こうじゃ全然知られてないわ。こっちじゃ移民の私にも正当な評価をくれて、滅亡させるにはもったいないくらいよ」

「アイブラス王は良い王さまなんだね。アルティパの王さまの方は、家臣の手柄ぶんどっちゃうような問題アリアリなヤツなのか」

「アルティパの魔術師たちでさえ、戦だけは王様すごいって思い込んでる。だからこそミル王国で私が疑われずに済んでいるんだけど。あ、私ミル王国のはじっこにある山岳地帯出身ってことになってるから。バラしたらぶっ殺すわよ」

 ほぼ本気の脅しに冷や汗が浮かぶ。同情してる場合じゃなかった。

「言わないよ。俺もまだ命が惜しい」

 ポテチをもう一度食うまでは死ねない!


「ともかくこの国を滅ぼす以外に、あなたも私も存在価値はないの。私の秘密を知る以上、協力する気がないなら死んでもらうことになるわ」

「俺に選択肢がないのは分かったけど、他にこの国を亡ぼすあてはあるのか?」

「ないわよ。とにかく死にたくないならこの国を滅ぼして!」

 勝手な言い分にあきれ果てる。

「そんな無茶な……」

「私だって崖っぷちなの! やるわよね? 異世界から来たんだもの、何かあるでしょ⁈」

 血走った眼で睨まれる。

 できないって言ったら殺されるんだろうなと思った俺は、どうにかすると根拠のない約束をするしかなかった。

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