第5話 異世界生活二日目2

 午後もソミアは忙しく、度々呼び出されるので縫物が進まない。上着を一枚縫い終わっただけだ。

 縫い目を見れば均等で綺麗にできている。

「返し縫いだっけ? 家庭科で習ったな」

 針も待ち針も俺が知っているものと同じだし、チャレンジできそうだ。学校の授業を思い出し、布が用意済みのズボンを縫ってみることにした。脇に布を足すだけだから直線だしね。すっごく遅いけど。

 もしソミアが完璧主義なら糸をほどかれて、余計なことをしてくれましたね的なため息をつかれるかと心配したが、俺がやりたくてやったことなら尊重する姿勢のようで、俺の縫い目を残して仕上げてくれたので安心した。


 夕方になってランプに火を入れる。

 魔法は誰にでも使えるわけではないらしく、普段の生活でお目にかかることができるのは、暖炉やかまどに火をつけるときのマッチ石ぐらいだ。

 夜の明かりはオイルランプかろうそく。電灯やガス灯は見当たらない。


 しばらくして、仕事を終えたソミアがスープを一杯持ってきてくれた。

 なんていい子なんだ!

「いいの?」

「貴人の方々にお出しした残りは、使用人が食べていいことになってるんです。ミオ様は例外的な存在とはいえ妃様です。陛下のお渡りがあれば、使用人たちもこんな待遇をしていい方ではないと気づくはずです」

「お渡りって、王様が俺の部屋に泊まるとかそういうこと?」

 十七、八の女性に直接的表現を使うのは避けたい。っていうか、性別関係なくそんな話題はしたことがないし、できないよ!

 ポテチ優先の人生を送ってきた俺に、性的な話ができるような友だちなんて胸を張って言えるくらいいない!


「陛下はどんな美男美女が秋波を送っても、一度も関心を持たれたことがないんです。だからこそ他とは違うミオ様に心惹かれる可能性もあると思うんです!」

 美男美女、って同性っていう選択肢が当たり前に用意されてんだね。どっちだろうと、王様が抱く側になる想像しかできないくらい男前だったもんね。

 それにしても、俺を見上げる彼女の目が妙にキラキラしてるのはなんでだろ?

 ソミアは俺の侍女だから、俺が王様の覚えめでたいポジションになれば、俺だけじゃなく彼女の待遇も良くなるんだろうなと考える。

 給金が増えれば、メガネも買えるかもしれない。彼女のためにも頑張りたいとは思うけれど、恋愛経験値ゼロだから無理めなのは明らかだ。

「母親以外の異性とは、フォークダンス以外で手をつないだことがないんだ。そこは期待しないでくれる?」

「そこまで清いお身体とは、素晴らしいですね! 神殿の巫女レベルですよ。神々がお喜びになります‼」

 価値観の違いかな?

 ソミアの目はさらに輝いている。

 童貞発言が期待値上げちゃったってこと?


「……ええと、もう寝ようかな」

「寝る前に温かいお茶をお入れしましょう。こちらのかまどに火を入れてきますね」

 働き者の彼女はすぐに腰を上げる。早速準備しに行こうとするのを慌てて引き留めた。

「水でいいし、自分でやるからいいよ」

 紅茶のお茶の葉はあるけれど、飲むにはまず薪に火種をうつすことから始めねばならない。

 沸かしたお湯をフェルトのカバーで覆った陶器製のポットに入れれば数時間は保温できるけれど、魔法瓶みたいな便利さはない。

 ソミアの手を煩わせたくなくて、井戸の汲み置きの生水で妥協する。

 水浴びのついでに生水をちょっとずつ飲んでテスト済だ。俺の腹が繊細なタイプじゃなくて良かった。

「そうですか、では今夜はこれで――」

「待った! 大事なことを確認させて!」

 急に緊張感を漂わせた俺を見たソミアは、何事かと姿勢を正す。

「私で分かることでしたら」

「ジャガイモってある?」

 なんということだろう。彼女はあっさり首を振る。

「サツマイモは?」

「聞いたこともありません」

 追い打ちをかける言葉に涙が浮かぶ。

 ひどい。神様、なんて試練を俺に与えるんだろうか! ジャガイモもサツマイモも聞いたことすらないなんて!

「じゃあ、電気は?」

 同じく首を振られる。エアコンもベビパウダーも、ダメ元で言ってみたポテチチップに至るまで、彼女は首を振り続ける。

 当たり前のことと分かっているけれど、肥満体に必要不可欠なエアコンがこの世界にはない。

 これから夏が来るという話だが、春でも肥満体の自分は、日中は汗だくになった。

 洗濯のついでに水浴びをした際、太ももの内側がやたらとかゆくて見たら、股ずれを起こしていた。肥満の勲章みたいなやつだ。

 元の世界でも毎年夏は擦れて赤くなっていた。

 かゆみ止めもベビーパウダーもないこの世界で、また明日も生きねばならないと思ったらため息が出た。

「……イモ、ほんとにないの? もうイモ系ならなんでもいいからさ」

「農民が薬で使うという話なら聞いたことがありますが、普通は使いません。ですので、流通自体していないかと」

「もし手に入りそうなら、お願いしていい?」

「農村から出てきている者に聞いてみますね」

 なんでそんなことを聞くのかぐらいの変な顔をされてしまった。

 彼女はおやすみなさいませと言って下がる。

 ソミアは俺の小屋っていうか、別邸の中の使用人部屋に寝起きしている。

 スープを飲んだとはいえ、毎食ポテチ三袋が主食だった俺はまだまだ空腹だ。空腹をまぎらわすために汲み置きした水を壺から汲んでがぶがぶ飲み、寝ることにした。

――あ、パンツ頼むの忘れた……。

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