第4話 異世界生活二日目1
あれから俺は、城の敷地の片隅にある古い別邸に案内された。
途中で見物人たちの驚くような視線に晒される。色々と珍しいのだろう。
部屋も建物もこじんまりとしている。
最初の夜は暗くてちょっと換気が良いなくらいで良く分からなかったが、朝陽が壁に空いた穴から差し込むのを見て、別邸どころかなかなかのボロ小屋があてがわれたのを知った。
もしかしてとりあえずの『一晩だけここで寝てね!』のパターンかとちょっと期待したけれど、誰も呼びに来ない。
どうやらここが俺の住まいに確定したらしい。
前の世界同様、誰からも期待されていないせいか、とても静かに一日が過ぎる。暑いけど。
季節は春にあたるそうで、これからまだまだ暑くなるようだが、すでに俺は汗だくだ。元の世界にいたときから、動かなくても汗かいてたし。
お城の廊下を食事らしきカートを運ぶ人の姿が見える。お昼ご飯の時間らしい。
料理の香りが漂ってきそうだ。その様子を見ながら小屋の前の椅子に座ってぼんやりしていると、ぐうと腹が鳴った。
――腹減ったなぁ。コンビニとかラーメン屋台とかお城にはないのかな。街に行けばさすがに飲食店あると思うけど、金がないからなぁ。
まさか、朝食だと思ったご飯が三食分だとは思わなかった。
朝、侍女のソミアが持って来てくれたのは、コッペパンが三つとローストして塩を振った木の実が一皿、そして握りこぶしサイズのチーズだった。
ちょっとボリュームのある朝食かと思ったら、それが三食分だと知り、驚いた。どうりでみんな痩せているはずだ。
いま思えば、差し出した際に「使用人と同じ食事ですいません」となぜだか謝っていた。てっきり簡単な食事ですが的な意味かと……。
ごちそうさまと空になったトレイを渡したときの彼女の驚いた顔を思い出す。これが一日分だと教えられ、俺もショックで二人で茫然としてしまった。
「すいません、私がきちんと説明しなかったばかりに。三食違うものを召し上がるのはごく一部の高貴な方々や裕福な方々で、庶民は同じものを食べます。城でも商家でも、使用人は仕事もあるのでそれぞれ都合の良い時間に食べられるよう、朝に三食分配給されるんです」
華奢な身体を縮こませ、ソミアが説明を続ける。
「ミオ様は陛下が異世界から召喚なさった方ですので、本来ならば三食その都度お持ちするべきだと私も主張したのですが、私たちと同じで良いと……ミオ様は……その、風当たりが強くて……」
彼女は俺に唯一ついてくれる侍女で、太った人のいないこの世界の中でも、びっくりするぐらいやせ細っている。
そのせいで体力がないのかいつも疲れた様子で、なぜだか目つきが悪い。
年は俺よりちょっと下に見えるから、十七とか十八歳ぐらいだと思う。
「風当たりが強いって――あー、見た目が違うから気持ち悪いってこと?」
「……すいません」
たしかに昨夜の俺の姿を見た人たちの驚き様を考えれば想像がつく。ソミアを呼びつけに来た侍女が俺を見て、「なんて醜いのかしら」って呟いてたしね。
「ってことは、おかわり的な追加はもらえないって感じだね」
いまの時点ではどうしようもないと観念する。俺の印象が悪い上に、この世界は食料が多くない。むしろ少ないのか?
戦争中なら昨日の時点で王様たちから聞かされいそうだし、農作物の収穫量が多くないとか、あっても魔物(この世界にいるのかまだ聞いてないけど、魔女がいるんだからいてもおかしくない)に荒らされるとかあるのだろう。
この場でソミアに聞いてしまいたいが、彼女の手にはやりかけの俺の縫物が握られている。
こちらの世界には俺の身体に合う服がないので、彼女が朝から布を縫い足して直し、それと並行して朝食を運んだり、お茶を淹れたかと思えば、他の侍女に呼び出されて仕事を言いつけられている。ひと時も休めていない。
彼女の時間をこれ以上奪うのは気が引けた。
「本当にすいません。私の配給分で良ければお持ちします」
「その食事は君の分だから気にしないで。我慢できるから。俺もこっちの常識知らなくて、ごめんね」
眉間に皺を寄せ、睨んでいるような目でソミアは俺を見上げるが、肩はしょんぼり落ちている。
目つきだけを考えれば嫌われているのかなと思うが、その割には忙しい中でもご用はないか、不便はないかと度々声を掛けてくれる。働き者なのは間違いない。
彼女だって俺に生理的嫌悪を感じていてもおかしくない。だからこの目つきなのだろうか。
それでも仕事で手を抜かない姿勢には好感しかない。むしろ、嫌な思いをさせてしまっていることに申し訳なく感じてしまった。
「ソミアも俺が太ってるから気持ち悪いって思ってるんだろ? 嫌な思いさせて、ごめんな」
彼女は赤毛の三つ編みをぴょこんと跳ねさせ、慌てて頭を下げる。
「そんな、嫌だなんて思ってません! あっ、この目つきのせいですか? すいません! いつもこれで睨んだと思われて叱られているのに、またやってしまうなんて申し訳ありません。目が悪いもので、良く見えなくてつい目を細めてしまうんです。ミオ様のことはぼんやり大きな瓜のようなシルエットでしか見えてないので、お近くまで寄らないと表情も察することが出来ません。至らず、本当にすいませ――」
「何度も謝らなくて大丈夫だから。嫌がられてたんじゃなくてホッとしたよ。俺のいた世界でも近視のひとはたくさんいたし、分かるよ。この世界に眼鏡はないの?」
「眼鏡は高価なんです。お城でのお給金は全て実家に送金していて、あまり余裕がなくて……。目つきには気を付けているんですが」
「理由が分かれば気にならないよ。それよりソミアはやることいっぱいあるみたいだけど、大丈夫?」
「私の父は罪人ですから、仕方ありません」
うつむくソミアに詳しく話しを聞くと、彼女の父親は濡れ衣で罰せられた元政治家らしい。失脚ってやつか。
位は高くないものの貴族の位を持っていたが、それもはく奪され、いまは田舎で召し使いもなく暮らしているのだそうだ。ちなみに移動禁止で、街に出て働くこともできない。
「お城にはソミアのお父さんのことを知ってる人、たくさんいるんじゃないの?」
「そうですが、お城は礼儀作法や文字の読み書きができないと働けないので、商家よりもこっちの方がお給金がいいんです」
俺の侍女にさせられたのも、それだけ彼女が冷遇されているという証らしい。
――デブっていう悪口はなかったけど、嫌がらせやいじめはどこも同じってことか。
がっかりした。異世界が良い世界だと思ってたわけじゃないけど、魔法があるってだけで、俺はちょっと夢を抱いてたのかもしれない。
「俺でできることがあればやるからね。ただ、この世界の常識が分からないから、教えてもらわないといけないけど」
「めっそうもありません。ミオさまのお世話するのが私の仕事ですから」
きっぱりと断られる。でもちょっと微笑んでくれたから、俺の申し出は不快ではないみたい。彼女に嫌われてるのかと不安だったから、すっきり解決して俺も笑顔になれた。
飲み水や身体を洗う水を聞くと、華奢なソミアが一人で汲んで運ぶというから、やり方だけ聞いて自分で井戸から汲むことにする。
いつも首にかけている汗拭きタオルや着ているTシャツを洗いたかったのを思い出し、石鹸を出してもらって、ついでに洗濯もやることにした。ズボンは乾くまで時間がかかりそうだが、Tシャツならすぐ乾きそうだ。
ソミアはいくつも仕事を抱えているし、これなら俺でもできる。
下着は迷ったけど、我慢した。ソミアに服より下着を先に作ってとお願いしなきゃと心に留める。
ソミアの姿が見えなかったので、ついでに水浴びも済ませた。この小屋には風呂の設備がないし、暑くて汗だくだったから水浴びぐらいがちょうどいい。
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