第3話 召喚失敗2
みんながため息に沈む中、アイブラス王だけが、平然とした態度を崩さない。
彼女は嫁がでっぷりした男でも気にならないんだろうか?
それとも王様っていう立場上、心の内は簡単に見せるわけにはいかず、ただやせ我慢しているだけ? だとしたらむちゃくちゃ申し訳ない気分だ。
月光を吸い取ったような輝きの銀髪には、金色の王冠が載っている。その下でアメジストのような紫の瞳が眇められた。深く座った椅子の背にもたれ、足を組む姿が最高に似合っている。
王様みが眩しくて、うっとりと見惚れてしまう。
「そなた、魔術は使えるのか?」
「俺? まさか! いや、チートで授かってるパターンもある、かな……?」
己のことながら自信がない。
異世界トリップの定番、チートが俺にもあるかもしれないという期待が頭をかすめる。夢の中で女神様と契約したとか、そういう下りがあった記憶は全くないが、まさか能力ナシなんてことはさすがにない……と願いたい。
バジリアが白いローブのフードをおもむろに下ろす。
ピンクの髪と同じくピンクの瞳が印象的だ。浅黒い肌によく似合っていてかわいい……ものすごい眼力でずっと俺を睨んでるけれども。
彼女は大股で俺へずんずん歩み寄ると、俺の顔を覗き込む。
「お前には魔力を微塵も感じない! どういうことだ! クソ……一体何のために……ゴホゴホッ」
咳き込んだせいか怒り過ぎたせいなのか、涙目でぎりぎりと歯ぎしりする音が目の前のかわいい顔から聞こえてくる。機嫌も悪いが体調も悪そうだ。
魔術師長の老人もやってきて、素養がないようだと頷いた。
「試しにこれを握って光れと念じてごらんなさい」
しわくちゃの手からピンポン大の透明な石を受け取ると、さあさあと急かされる。
チート展開なら、ピシッと石が割れちゃうとかあるかもしれない。
魔力を持ってなさそうなヤツがすごい力を持ってる展開、あるでしょ⁉
ちょっとワクワクしつつ全力で念じてみたものの、ちっとも光らない。唸って集中してみても、息を止めてぎゅうぎゅう握っても、うんともすんとも言わなければ光りもしなかった。
「あれ? ……定番がない?」
隠された(?)能力を検証するため、魔術師チームが次々と俺を試していく。
「私がこれから簡単な魔術の詠唱をするから、真似して唱えてみろ!」
「子どもでもできるマッチ石で火花を出すぐらいなら、さすがにできますよね?」
「絶体絶命の危機にならなければ発動しない能力なのではないか?」
最後に殴られ、防御魔法が偶発的に起きることもないと分かると、ようやく皆が諦めた。
頭を殴られてむちゃくちゃ痛かったけど、すぐに治癒魔法っぽいので治してくれる。とはいえ、シンプルにひどいことをされてしまった。
「さすがにひどくない⁉」
俺の訴えは、『救国の乙女』に魔力がない原因を検討中の彼らには届かない。
「大振りで柔らかい肉が魔力を封じ込めてしまっているのでは?」
「タプタプ部分にもなんの魔力も感じないぞ。呪いでもない限り関係ないだろう」
「ぶよぶよの身体になる呪いか! なんと不憫な!」
「たしかに動くのもお辛そうです。筋肉とは違う肉を大量に身にまとってらっしゃる呪いが――」
配慮された物言いがなんともじれったくてイライラする。耐え切れず、俺は声を上げた。
「はっきりデブって言っていいから‼」
「で……ぶ?」
初めてなの?
はじめてデブを見たの君たち⁉
この世界にデブって言葉はないわけ?
「豚だろ。俺が豚に似てるって言いたいんだろ?」
憤慨する俺に、王様の冷静な声向けられる。
「お前と豚のどこが似ているのだ? バジリア、この者に豚を見せてやれ」
バジリアが王様へ一礼し、小さな声で詠唱したのち、視線をよそへ向ける。夜の黒い木々の間から何かが空を飛んでやってくる。
聞き覚えのあるブギーッという泣き声とともに、犬に似たシルエットが目の前に降り立った。
「厩舎から連れてきました。寝ているところを起こしたので怒っています。すぐ返しますよ」
ピンクの肌と小さな垂れ耳は同じだが、身体が犬みたいにほっそりしている。大きさも中型犬程度で大きくない。
「食べる場所なくない?」
白いローブの魔術師たちがざわっと騒ぐ。なんて野蛮な、そんな声が聞こえた。
「これは厩舎番の爺さんが可愛がっているペットだ。よほど飢饉でもない限り、この国では豚を食べない」
王様の言葉に、魔術師さんたちの軽蔑したような視線の意味を知る。
「俺がいた世界では、豚は太っていることの象徴でしたので。俺はデブだから、えっと……」
「ではデブ殿――」
「名前じゃないですから! 言い方悪かったかもしれないけど、俺の名前は小池未央(こいけみお)です!!」
やっぱりこの国にはデブって言葉がないようだ。そう思うと、いまこうして言葉が通じてるのってすごいよなと思う。
魔法か女神さまのご配慮かお慈悲か分からないけど、言葉だけは通じるの助かるわー。
「ではデブとはなんだ? いま『俺はデブだ』と言ったではないか」
「言ったけど、それは悪口だから」
「なんと、悪口で相手を呼ぶ習慣があるのか? 可愛いブタを食うことといい、ミオ殿は残酷な世界から来たのだな」
世界がもうすぐ破滅するらしい世界の人々に憐れみのまなざしを向けられ、なんとも言えない気持ちになる。
「……そうですね」
もういいや、疲れた。
「魔術師長、ミオ殿には魔力はないのだな?」
「はい陛下、残念ながら魔力もなければ魔術使いの素質も皆無でらっしゃいます」
魔術師チームの一人が悲し気に報告する。
「仕方ない。救国の乙女抜きで、大悪徳魔女サラマンディアの復活を阻止する策を一から考えるか。我々の魔力もいまは乾ききっている。力を蓄えねばならぬ」
王様はサクっと諦めてくれたけれど、王様の後ろにいる兵士も、俺を囲む魔術師たちも落胆の表情を露わにする。
期待を裏切った俺への厳しい空気をピリピリと感じた。
さっき聞いた話では、この国では大悪徳魔女の復活という危機に直面していて、それを打開するためには、異世界から救国の乙女を召喚し、妃として娶らねばならないということだった。
それで呼び出されたのが俺。
確かにそりゃガッカリするよなぁ。薄目で見ようと遠目から見ようと、どこから見ても俺は乙女ではない。
片尻の中にそれぞれ2個ずつ別の尻が入ってんじゃないかというくらいデカイケツをもつ俺だ。そりゃ動揺もするだろう。ヨメにもヒメにもなれない。ただのタプタプデブを召喚したなんて。
――しかも救国の乙女の生まれ変わりどころか、悪徳魔女サラマンディアの生まれ変わりなわけだし……ん? もしや、俺がここにいるってことは、もうサラマンディア復活してるってことじゃない? ……頭の中の『おともだち』が俺を乗っ取りそうになったら、王様とかおじいさんの魔術師に相談すればいっかな? ベストは前の世界に戻してもらって、なかったことにしてもらいたいけど。
「認めがたいですが、どうやら救国の乙女に頼ることは諦めねばならないようですな」
おじいさん魔術師は肩を落としてしょげる。
「あのー、俺はどうなるんですか? 元の世界に返してもらえるんですよね?」
「魔術は1度きりの片道しか使えん。そもそも呼び出しの魔術はあっても、戻す魔術はない」
――おぉ、無責任……。
そしてじいさんの口調がタメ口になっている。態度もなんか、ナメてきてる?
よし確定だ。魔女の生まれ変わりだってじいさんには絶対相談するもんか!
この調子じゃ、言ったらさくっと封印されそうだ。コ……コロスとか言い出す可能性もある。間違いなく俺の身が危ない。
王様の紫の瞳に憐憫が滲む。気の毒だと俺を思ってくれているみたいだ。
優しくてイイ奴だな!
「城の中に部屋を用意させよう。私の妃の一人にしてやるから――あー、元気で暮らせ」
――妃の一人? 扱いのレベルが下がった気がするものの、とりあえず寝食の保証はしてくれそうだ。それと、元気で暮らせって台詞は、今生の別れ的シーンで使うやつじゃないか?
期待してたわけじゃないけど、式も初夜もしないうちに、もう別居決定ってこと?
「嫁じゃないの俺?」
こうして、俺の異世界ライフは、誰にも歓迎されない形で始まった。
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