第2話 召喚失敗1
月の光を反射させた銀髪をなびかせ、王と名乗った美女が戸惑う人々へ高らかに宣言する。
羽織っていた青い上着が風に煽られ、彼女の上半身のラインが露わになった。首元までボタンで留められているが、それでも分かるダイナミックな曲線に俺の視線が吸い寄せられる。
「皆の者、嘆くな! 召喚魔法は失敗していない! 乙女は動揺している。今夜はこれで終いだ。皆、ご苦労だった」
腹から出す声は鋭く、威厳に満ちている。人々がその声にかしこまり、頭を下げた。
俺の動揺を表すように、再び汗がこめかみを流れる。
汗をぬぐい、視線を足元へ落とす。
見慣れた太い足首を凝視し、一瞬でも抱いてしまったふしだらな感情を払拭しようと精神集中に努めた。
拝みたくなるほど大きい。しかも、王としての尊大な振る舞いと、揺れるほどの胸が共存しているなんて!
これまで愛読してきたラノベのシリーズをいくつか思い浮かべ、三次元で会えた歓びに俺は胸を震わせた。
――もっとおっぱいを見たい!
すぐにダメだと己の願望を打ち消す。二次元で許されても三次元では非常識。
ジロジロ見たり、ヤらしいことを考える自体失礼だよな。
いくら俺が女っ気のないポテチオンリーの生活を送っているとはいえ、勝手に女性をそんな目で見てはいけないぐらいの良識はあるつもりだ。
だがしかし、力強い声が発せられる度に乳は微かに、絶妙な度合いで揺れる。ボヨンではなくフルフル、それが――いかん、また無意識に見てしまった。
えろい視線は痴漢の始まり、犯罪の始まり。この世界のことはまだよく分からないが、ふしだらな視線を王様に向けたのがバレたら、牢屋行きになりかねない。
俺が己の視線の持って行き場に苦心しているうちに、重い扉が開かれる音がした。
顔を上げ、室内に目を向ければ、通用口の扉が開かれるのが見える。
侍従たちが頭を前方へ下げ、退出を促す。この世界の礼の仕方はお辞儀に近いようだ。人々は同じように彼女へ向かって一礼すると、ひそひそと言葉を交わしながら、侍従たちに促されるまま退室していく。
「魔術師長さまの様子では失敗したように見えたが、あれで成功なのか?」
「天才魔術師の誉れ高いバジリア様も一緒に術を行った上に、陛下だって強い魔力をお持ちだ。失敗なさるはずがない」
「しかしなぁ……。異世界から召喚したのだから、見た目が我々と違うのは当然かもしれぬが、あれほどまでタプタプなお身体を持つものなのか?」
「乙女が男にも思えるような外見でらっしゃるとは、異世界とはやはり我々の常識とは違う世界なのだな」
どうやら女性を召喚させたつもりだったらしい。
まあ、乙女というくらいなんだから、女の子を呼んだつもりなんだろう。
どちらにせよ、本人の意思を無視してトリップさせちゃいかんだろうと思ったが、こちらでの俺の立場や扱いが未知数すぎるので、とりあえず黙っておく。
銀髪の美女とその護衛らしき屈強な兵士たち、そして俺を睨む青白い顔の一名と、悲壮な顔をした魔術師たちが残った。扉が締められると王様が俺の前に立つ。
失望のせいか、皆一様に疲労の色を浮かべている。魔術師のうちの何人かは肩で息をしていた。
「私はこの国の王、アイブラスだ。お前は救国の乙女として、我らの魔術で異世界より召喚した」
「マジで二次元展開……」
夜空を見上げれば、見慣れたものの倍はある、大きな月が輝いている。救国の乙女が何なのか不明だが、異世界トリップしたことは間違いないようだ。
お揃いの白いローブを身に着けた魔術師の一人が、疲れた顔でおずおずと疑問を口にする。
「あのぅ、女性でらっしゃいます……よね?」
俺の顔をもっとよく見ようと、魔術師たちがずいと近づいた。俺は同時に一歩後ずさる。手すりが尻にぽよんと当たった。逃げ場所がない。
大して動いていないにも関わらず、うなじをまた汗が流れる。汗拭き用に首にかけていたタオルで拭うと、二の腕についた脂肪がふるりと揺れた。
くたびれたTシャツと同じくくたびれたジーンズは、俺の身体のフォルムにぴったりとフィットしている。俺のある意味ゴージャスでわがまま放題な曲線が、その場にいる全員の視線に晒された。
しばしの沈黙ののち、先輩らしい同僚の魔術師が答える。
「救国の乙女の生まれ変わりだからといって、性別も女性のままとは限るまい」
「ですがお胸が豊かでらっしゃいます」
再び、皆の視線が俺の胸に集中した。王様のおっぱいに見惚れたバチが当たったのだろうか。視線が辛い。
――視線は暴力になるね……やっぱり王様のおっぱい見た天罰かな、コレ。
自分から己の性別を申し出るのはもっと辛い気がして、俺も黙る。
この沈黙でもって期待に添えないことを察して欲しいが、そんな都合の良い期待を異世界でしてしまう甘さは俺だって理解している。多分言わなきゃ分からない。でも辛くて言えない。
先輩魔術師は俺の胸を凝視したが判別できなかったらしく、言い訳なのか俺のフォローなのかよく分からないことを言い始める。
「俺は女性とは限らないと申しただけで、男だと断言したわけではない。肝心なのはこの国の危機を救える者かどうかということだ」
「では……ありのままを受け止めるということで……」
――なにその玉虫色の決着!? 優しいけど!
召喚魔法が失敗したと思った人々が嘆いていた様子を思い出す。世界が破滅するとかって物騒な話が本当なら、確かに性別なんて気にしてる場合じゃない。
魔術師長と呼ばれた老人が肩を落とし、ため息交じりに呟く。
「わしの感触では召喚魔法は成功しておりました。ただ、このタプタプなお方が救国の乙女かどうかは……これからを見守る必要があるようです。救国の乙女の生まれ変わりを探しあてたのはバジリアです。バジリアの魔力の高さとその魔力を扱うための魔術への知識は、わしを凌駕するものがある。もし間違ったのだとしても、バジリアですらできなかったのだ。わしが乙女の探索を受け持っていたとしても、同じ結果だったでしょう」
バジリアという人物をかばうような物言いに、このじいさんの人の良さを感じる。
魔術師チームの皆さん、良い上司をお持ちで良かったですね!
「私は間違っていない!」
少し離れてこちらを見ていた女性が声を上げた。彼女がバジリアらしい。ずっと怒りまくっている顔だったのは、自分の失敗を疑われたことへの怒りだったのだろうか。
アイブラス王が銀髪をかき上げ、いつの間にか兵士たちに用意させたふかふかの椅子に座る。
「いずれにしろ、この者の行いが全てを証明するだろう。救国の乙女でなかったとしても、異世界から召喚するような強力な魔力を持つ秘宝はもう我らに残っていない。救国の乙女召喚に使える王家の秘宝は一つだけだったのだからな」
どうやら話の流れを見ると、俺は保護観察的な扱いになるらしい。
元の世界での保護観察処分のノリと同じなら、行状が悪ければこの世界での監獄的なところに送られるわけだけれど……それについてはいまは考えないでおくことにする!
不安げな顔をする俺へ、アイブラス王は言葉を続けた。
「喜べ乙女、お前を私の嫁にしてやる」
足を組むと、ドレスのスリットから白い脚が露わになった。
細すぎず太すぎない、柔らかなラインに視線が惹きつけられる。
その筋のフェチの人なら、こういう脚にほおずりして舐めて踏まれて喜ぶのだろうなと想像する。俺にそういうフェチがなくて良かった。胸は嫌いじゃないけども。
――ちょっと待て。足に見惚れてる場合じゃない! 王様、いま嫁って言った?
「嫁? 逆じゃなくて? 俺、男だよ?」
俺の性別を「ありのままで受け止める」と話していた魔術師たちが、ピクリと反応する。
その反応を見て、自分がうっかりつるっと性別を打ち明けてしまったのに気づく。
動揺している彼らを女王様は一顧だにせず、不機嫌な声で答えた。
「逆ではない。合っている」
「え、でも……」
「王である私の配偶者は男でも女でも妃と呼ばれるのだ!」
不機嫌な声音に俺の背筋がピンと伸びる。逆らったら鞭が出てきそうな迫力だ。俺は口にしかけた言葉を飲み込んだ。
「ハイ、スイマセン、分かりました」
腕っぷしには自信がない。ポテチ以外のことで人と争ったこともないので、秒で謝ってしまう。
――どうなるんだろ俺。ほんとに王様の嫁になんの?
「救国の乙女様はこの世界にいらしたときの記憶がないとお見受けしました。僭越ながらご説明させて頂きます」
腰の曲がった魔術師長が説明してくれたところによると、この国は危機に直面しているらしい。
この世界では、かつて大悪徳魔女サラマンディアが多くの国を滅ぼし、人々の心から正義と徳を奪った。五百年前のある日、神に愛されし救国の乙女が魔女を倒し、世界を救ったという。
その乙女の末裔が、このミル王国という国名の王様なのだそうだ。
「はあ……」
ざっくりとした伝説に、俺はオールマイティな相槌を打つ。
「ミル王家には秘密の言い伝えがあるのです。救国の乙女は死ぬ間際、五百年ののちに王家の血は途絶える、そして時を同じくして魔女が復活すると予言したという言い伝えです。そのときは自分の生まれ変わりを王の妃にすれば、魔女は永遠に封じられると」
魔術師長が皺だらけの顔で重々しく教えてくれる。
「それって……俺に言ったら、もう秘密じゃないのでは?」
おじいさんの細い目がくわっと見開かれる。
「その通り、もう秘密ではない! 正しくは、もう秘密にしていられない状態だといえる。なぜなら今年が、その五百年目、大悪徳魔女サラマンディアが復活する年なのだ! しかもこの数十年王族は子宝に恵まれず、こちらにおわしますアイブラス陛下が最後の王族となってしまわれました。予言は本当だったのじゃ!」
「魔女ねぇ……ん? なんか聞き覚えがあるような……」
俺が小さなころの遊び相手にいた、頭の中の『まじょのおともだち』を思い出す。
いつの間にか声を聞かなくなったけれど、そういえば似たような名前だった気がする。俺はその魔女の転生者なのだと言っていた。
ポテチへの感動と食への衝動ですっかり忘れていたが、中二病的なアレはもしや……。
「覚えがあって当然じゃ。なぜならそなたは救国の乙女の生まれ変わりなのだ! ……たぶん」
――それ間違ってる!
俺はぐっと言葉をのみ込む。これはたぶんどころか絶対言っちゃいけないやつだ。
おじいさんの目に涙が浮かぶ。
「我々は神託に従い、王家の秘宝と秘伝の魔術を使って救国の乙女の生まれ変わりを異世界から呼び出した、つもりなのだが……」
そこで王様以外全員がはぁと揃えたようにため息をつく。
「乙女ではないことに、我々も動揺しているのです」
――乙女じゃなくて男だし、救国の方じゃなくて悪徳の方だし!
二つ目の間違いは自分の身が危なくなりそうだから言うわけにはいかないけれど、とにもかくにも俺は間違ってこの世界に召喚されてしまったことを理解した。
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