記憶~赤色のオルゴール~

富本アキユ(元Akiyu)

第1話 記憶~赤色のオルゴール~

この四月から親父の仕事の関係で、東京の高校に通う事になっている俺は、部屋の荷物を段ボールにまとめていた。


「ふぅ…‥。衣類の整理は大体終わったし、次は押し入れだな」


押し入れを開けて、中からとりあえず色んな物を部屋に引っ張り出してみる。

古くなってやらなくなったゲームソフトや漫画本。買ったけど全然練習せずに挫折してしまったエレキギターに、幼稚園の時に好きだった戦隊ヒーローの変身ベルト。小学校の卒業アルバム。引っ張り出してきたら、ジャンル問わず、とにかく色々な物が部屋に散乱した。

掃除は苦手だ。とりあえず使わない物は、押し入れに突っ込んでおけというのがモットーの俺は、まさに今、ずっと掃除をサボッてきたツケが回ってきていた。


「はぁ……。これは大仕事だな」


これを今から全て綺麗に片付けなければならないという現実に大きなため息をついて、やる気が一気に下がった。部屋の中は、まるで空き巣が入ったような悲惨な有様になっていた。


「あー、面倒くさい。誰か代わりにやってくれよ……」


一応、俺も過去に押し入れの掃除をしようと試みた事がないわけではない。

”満月月子の誰でも簡単整理術”というベストセラーになった整理整頓のコツを書いてある断捨離本を買って実践した事はある。

しかしベストセラーの整理術の本を読んで、なるほど。そうか。と思っただけで肝心な行動は起こしていない。本を読むだけで満足して終わってしまった。掃除から逃げてしまった。

しかし今回ばかりは、どうしようもない。この家を引っ越しするのだから逃げられない。


「さすがにジャンケンヒーロー、ジャンケンジャー変身ベルトは、もういらないわな」


昔流行ったんだ。グーレンジャー、チョキーレンジャー、パーレンジャーの三人のヒーローが地球を侵略しにきた怪人と戦う。当時、変身ベルトを誕生日に買ってもらった時には、肌身離さず、ずっと着けっぱなしだったっけ。なんか変なシールも貼ってあってボロボロだし、プレミアが付いて高値でリサイクルショップに売れたりする事もないだろう。これは捨てるか。

小学校の時の卒業アルバム。仲が良かった森下は、別の中学に行ったけど、あいつは元気でやってるかなぁ。


「……って思い出に浸ってる場合じゃない。こんなペースじゃ全く終わらないぞ」


自分の部屋で独り言を呟きながら卒業アルバムを段ボールの中に入れた。ゲームソフトや漫画も段ボールの中に入れていく。

無心で作業を進めていく。次は押し入れの更に奥から物を引っ張り出してくる。

バドミントンのラケットや野球のグローブまで出てきた。

片付けも随分落ち着いてきたところで、それは現れた。


「これは……。懐かしいな」


押し入れの奥から出てきたそれは、赤色の小箱だった。

六歳の夏休み、祖母の家の近所にある海で出会った同い年の女の子、岸田さやかに貰った物。

俺の初恋の女の子が、別れ際にくれた物だ。

これは確かオルゴールになっていたはずだ。試しにネジを回してみる。

部屋に美しいオルゴールの音色が響き渡った。

オルゴールの曲を聴きながら、ふと思い立った。


東京に引っ越してしまうと、なかなか祖母ちゃんの家のところの海に行ける機会は少なくなるだろう。

ここから電車で1時間くらいで行ける距離だ。


「久しぶりに海、行ってみるか」


どうせ自分の部屋の整理が終わったら、母親から他の部屋の整理を手伝えと言われるに決まっている。逃げるなら今だ。

思い立ったら即実行。

財布と携帯電話と赤色のオルゴールを持って家を出た。


駅に到着し、十分後に出発する電車に乗り込んだ。

電車というのは不思議だ。

乗るまでは全く眠気なんてないのに、いざ乗ったらすぐ眠くなってしまう。

いや、それとも普段やらない掃除をやったからなのだろうか。

疲れてたからなのか、到着するまでずっと寝ていた。


津野田駅に着いた。津野田町は、海や山の自然が綺麗な田舎町だ。

駅から徒歩で十五分程歩けば祖母の家に着く。

祖母の家には後で寄るとして、目的は海だ。

歩いて海まで行った。

いつ来ても綺麗な海だ。海の波音が聞こえ、穏やかな時が流れる。

久しぶりに潮風に当たって、綺麗な海の景色を見て、初恋の思い出の場所で感傷に浸るというのも悪くないな。掃除疲れの後の良いリフレッシュになる。


「うん。来て正解だった」


独り言を呟く。

持ってきた赤色のオルゴールのネジを回して、砂浜の上に置いた。

綺麗なオルゴールの音色と海の波音が、とても心地良い。

さっき電車で寝たばかりだけど、また寝れそうだ。


目を閉じてみる。昔を思い出した。


岸田さやかと出会ったのは、六歳の夏休みだった。

顔もはっきりと覚えている。とても可愛い女の子だった。

夏休みのうちの一週間、祖母ちゃんの家で過ごす事になって親に連れて来られた。


遊び道具も特に何も持ってきていなくて暇そうにしていた俺に、祖母ちゃんが海に綺麗な小石とか貝殻がいっぱいあるよと教えてくれた。

それで海に行ったんだ。そしたら本当に綺麗な小石や貝殻が沢山落ちていて、母さんと祖母ちゃんにプレゼントしようと思って、夢中になって集めていた。


「何してるの?」


女の子の声が聞こえた。

貝殻を拾うのに夢中になっていた俺は、ビックリして振り返った。

背後から声をかけられるまで全く気付かなかった。

その声をかけてきた女の子が岸田さやかだった。


「祖母ちゃんが綺麗な小石とか貝殻が海の近くにいっぱい落ちてるって言ったから、集めてプレゼントしようと思って探してたんだ」


俺は集めた小石と貝殻を女の子に見せてあげた。


「ほんとだ。凄く奇麗。私も集めるの手伝っていい?」

「うん。いいよ」


知らない可愛い女の子に声をかけられて、なんだか照れ臭かったけど、成り行きで一緒に遊ぶような形になった。


「こんなの見つけたよ。これ綺麗」


今、拾ったばかりの青色の小石をさやかに見せる。


「これも綺麗だよ」


今度は、さやかが白い貝殻を見せてくれる。

二人して夢中になって沢山集めた。

すっかり仲良くなっていった。


「さやかは、ここら辺に住んでるの?」

「うん。家から近いよ。ここは私の遊び場だよ」

「そうなんだ。俺は、丘詩町に住んでて、祖母ちゃんの家がこの辺りだから夏休みの一週間だけここにいるんだ」

「そうなんだ。ねぇ、明日も来る?」

「うん。もっと綺麗なのいっぱい集めたいな」

「わかった。じゃあ私も明日来て手伝うね」

「ほんと?ありがとう」


それから一週間の間、海に通って、さやかと一緒に小石と貝殻を沢山集めた。


「今日で最後だね」

「うん……。今日の夕方には、母さんが迎えに来るんだ」

「あのね、勇気に渡したい物があるの。これ」

「何?」


さやかの手には、赤色の小箱があった。


「今日まで凄く楽しかったから、そのお礼。これオルゴールなの。私との思い出になるかなって」

「貰ってもいいの?」

「うん」

「ありがとう」

「もうお別れだね……」


さやかが寂しそうに言う。

俺は一週間で集めた小石の中でも、赤と青と緑色の三色の色が混ざり合った一番珍しくて綺麗な小石をさやかに渡した。


「これ。さやかにあげる。三色も混ざってて一番珍しい宝物の小石。オルゴールのお礼」

「いいの?」

「うん。いいよ」

「ありがとう」

「ねぇ。今度は十年後、会おうよ。十年後……。十六歳になったらここで。きっとまた会えるよ。その時は、このオルゴール持って会いに行くよ」

「うん。約束だよ」


あの時にした約束。あの時のさやかの声、笑顔を今でも覚えている。


そんな思い出もあったな。懐かしい。

砂浜に寝転びながら目を閉じてオルゴールの音色と波音を聴いていた。


「ねぇ。何してるの?」


女の子の声がした。

声をかけられるまで気づかなかった。


「ふぇっ?」


不意を突かれて声が裏返った。

振り返ると黒髪のロングヘアーをした可愛い女の子が座っていた。


「こんなところで昼寝してるの?」

「もうすぐ東京に引っ越すから見納めにね。この海を見に来たんだ」


俺は答えた。


「へぇー。いいなぁ、東京かぁ。可愛い服のお店とかいっぱいあるんだろうな」

「この辺に住んでる子?」

「うん。家が近所。ここは小さい頃から私の遊び場なのです」


笑顔で女の子は答えた。


「そっか。この海、綺麗だよね。落ち着く」

「そうでしょ。私の地元の自慢。……ねぇ」

「ん?」

「そのオルゴールは?」

「あー、これね。六歳の時に、ここで出会った初恋の女の子に貰ったんだ。部屋の整理してたら、このオルゴールが出てきて懐かしくなってさ。それで今日、海を見に来たんだ」

「岸田さやか」

「えっ?」

「私の名前だよ」

「まさか……!?そんな偶然あるわけ……」

「これ覚えてる?」


岸田さやかと名乗った女の子は、ポケットから赤と青と緑色の三色の色が混ざり合った珍しい柄の小石を取り出した。


「本当にあの時の?」

「そうだよ」

「驚いた。よく覚えてたね」

「オルゴールのおかげだよ。オルゴールがなかったら多分、背も声も全然違うし、分かんなかったかな。勇気君こそ、よく覚えてたね」

「ごめん。実は正直忘れてた。引っ越しの荷物整理の為に部屋を片付けてなかったら、多分すっかり約束を忘れてたと思う」

「あはは。正直だね。でもまた会えてよかった。会えると思ってなかったから」

「ほんとにね」

「ところで一つ聞いていい?」

「何?」

「さっき初恋の女の子って言ってたけど、私の事好きだったの?」

「えっ……。ああ……。まあ……そう……だね」


俺は恥ずかしくて、さやかの顔を見ずに答えた。


「そっか……。ありがとう。今は他に好きな人いるの?」

「いや、今はいない。残念ながらね」

「そうなんだ」

「さやかは?今、誰か付き合ってる人いるの?」

「ううん。いないよ」

「そ、そっか…。じゃあ俺達付き合っちゃおうか。……なんてね」

「えー、軽いー」

「ぷっ・・・。あはは」

「あははははは」


それからしばらくの間、二人して座って、色んな事を話しながら、ぼーっと海を眺めていた。


「ねぇ。さっきの話なんだけど」


今度は、さやかの方から声をかけてきた。


「ん?」

「付き合うって話」

「ああ…。確かに、さやかみたいな子と付き合えたら楽しいだろうなって思う。十年ぶりに会ったのに凄く話しやすいしさ」

「私ね、秘密があるんだ」

「秘密?」

「うん。勇気君になら話しても良いかなって思ってさ」

「何?」

「私ね…。人魚の一族なの」

「人魚?」

「そう。水の中で呼吸できるし、魚の言葉が分かったりもするの。それでね。定期的に海の中にいなくちゃダメな体質なの。一週間越えて海に入らないと死んでしまうの」

「えっ?何その冗談」

「ほんとの話だよ。もしね、私と付き合うなら、私が人魚である事を知っておいてもらわなきゃなって思ってさ」

「人魚ってさ、下半身が魚なんだよね。でもさやかには、足があるじゃない」

「んー、人魚の特異性質を持った人間って事かな。見てて」


さやかは海に入ると、物凄い早さで泳いで見せた。


「どうー?」

「凄い……。本当に人魚みたいだ」


さやかが海から陸に上がってきた。


「それでね、お母さんに言われてる事があるの。もしいつか好きな男の子ができて付き合うなら、ちゃんと想いが通じ合ってて、大切にしてくれる人じゃないとダメだよって。人魚は一度人間に恋をすると、泡となって消えてしまうからって。大事にしてくれない人と付き合うと、絶対後悔するからって。勇気君は、私の事を大事にしてくれる?」


突然の告白だった。

さやかが人魚の一族である事もそうだし、人魚が恋をすると泡となって消えてしまう事にも驚いた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。俺と付き合ったら泡になって死んじゃうんでしょ?それはダメだよ。そんなのって……。それじゃ付き合えないよ。さやかが死んじゃうなんて絶対ダメ」


「良かった。目閉じて」

「え?」


俺は目を閉じた。

唇に柔らかいものが触れた感触がした。

目を開けたら、目の前にさやかの顔があった。

それで俺は気がついた。さやかにキスされたのだと。


「はい。これで私、人魚として死んでしまいました」

「えっ?どういうこと?」

「私が死んじゃうから付き合うのを拒むって事は、私の事を大切にしてくれてるって事でしょ?……だからいいの」

「泡になって死ぬんじゃないの?」

「泡になって死んじゃうのは、人魚としての特殊能力。水の中でずっと呼吸できるとか魚の言葉が分かるとかそういうの。好きな人とキスすると、人魚である私は泡となって消えてしまうの。そして私は、これで普通の人間になれたのでした」

「そういうこと……。ビックリした……」

「ありがとう。私を人間にしてくれて。これからよろしくお願いします」


さやかは微笑んで、俺にお辞儀をした。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


俺は顔を真っ赤にして照れ臭くなりながら、さやかにお辞儀を返した。



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