閑話 アリエスの婚礼衣装
ジョルジュは考えていた。
自分に出来ることは何だろうか、と。
デビュタントの夜会に参加した際に着ていたのは、父親である国王から贈られた衣装で、婚約発表のときに着ていたのは先代国王とロッシュ、二人の祖父から贈られたものだった。
それならば、婚礼の際に着る衣装を用意するのは、夫になる自分の役割なのではないかと思ったのだ。
用意出来なくともハルルエスタート王国の王妃が自身の婚礼衣装を下賜してくれると言ってくれていたので、あまり気にする必要はないかもしれないと思ったジョルジュであったが、それでは国王が認めないのではないかと悩み出した。
しかし、エントーマ王国の王弟としての立場と収入を得たはいいけれど、そのお金であの衣装を超えるものを用意できるとは思えなかった。
そこで、編み物が得意なジョルジュは、材料さえ何とかなればレース編みでドレスを作れるのではないかと考え、その材料になるものを精霊たちに探して来てもらうことにした。
大好きなジョルジュが大好きな婚約者のためにドレスを作りたいということで、四方八方へと飛んで行った精霊たちは、途中で目的を忘れて遊び出すものもいたが、きちんと頼まれ事を完遂しようと頑張っているものもいた。
そんな中で、とある精霊がふわふわと光が落ちる景色を目にして、これをジョルジュにも見せてあげたいと思い、急いで彼のもとへと帰った。
「なぁに?どうしたの?綺麗な景色を見せてくれるの?うわー、嬉しいなぁ!うん、楽しみにしてるね!」
ジョルジュは、精霊から綺麗な景色を見せてあげるから目を通して水鏡に映してほしいと言い、また飛んで行った。
先程の場所まで戻ってきた精霊は、自身の目を通してジョルジュが見ていると知り嬉しくなって、その光が落ちていっている所へと近付いて行った。
そうすると、精霊は突然何者かから声を掛けられた。「覗きとは、随分な趣味だな」と。
精霊は、ジョルジュに見せたかっただけなのだと必死で説明した。
やっと外の景色を見られるようになった彼に、どうしてもこの綺麗な景色を見せてあげたかったのだと。
「そうか。軟禁でもされておったのか?外の景色が見られないなど……。ほう、失われた目を治してもらったとな。そして、命を救ってくれた女性と結婚することになったのか。なるほどのぅ、それで、その女性のために婚礼衣装を用意したくて材料を探しておった、と。普通の素材ではいかんのか?」
ジョルジュが結婚の約束をしている相手は、妖精の衣を使用したドレスと氷絹を使用したドレスを持っているため、それを超えるものでなければ結婚できないのだと言っていたと伝える精霊に、相手は呆れた声をもらした。
「なんと強欲な……。如何にも人間らしい欲深さであるな。権力者か何かなのか?……そうか、王女か。いつの時代も王家の女とは着飾ることに余念がないのぅ。なに?いつも簡素な服に胸当てとな?最近の流行りか?冒険者なのでドレスは着ない?言うておることが先程と違うではないか……」
相変わらず精霊や妖精の言うことは要領を得ないと、相手はため息をつき、ドレスを所望しているのは誰なのか慎重に聞いていった。
「ほうほう、なるほど。体面があるためそういった珍しくて高価なドレスが必要なのであって、結婚相手の女性はそんなことは気にしておらんのか。ふむ。よし、では、お前さんの
そう言われた精霊は、ドレスの材料が見つかったかもしれないと喜び、ジョルジュのもとへ急いで帰った。
精霊の話を聞いたジョルジュは、「僕だけでは行けそうもないなぁ……」と、少し困った顔をして頭をさすっていたのだが、そこへウェルリアムが通りかかり、どこへ行けないのかと尋ねてきた。
「うーん。ジョルジュさんを連れて来い、と。それって、どこなんですか?えっと、地図を広げますね。ここがエストレーラ侯爵領で、ここがエントーマ王国です。どの辺ですか?……なるほど、あれがあった場所を通って、そういった場所を過ぎた……。となると、この辺ですね。ソレルエスターテ帝国より南西に行った辺りです」
「うわー、遠いねぇ……」
「帝国までは転移で行けますから、あとは、そこからひたすら南西に突っ走るのみですね。わかりました、行きましょう!その近辺まで行ったら、ジョルジュさんを迎えに来ますから」
「いいの?」
「もちろんですとも。僕としても行動範囲が広がるのは歓迎なので、気にしないでください!」
ウェルリアムが連れて行ってくれるまでの間にジョルジュは、ドレスのデザインを考えた。
どのような素材なのか分からないが、レース編みで作っていくので、それほど材料に左右されないだろうと思ったからである。
アリエスの姿を思い浮かべながら、時には彼女自身を見つめて、どのような図案で編んでいくのかワクワクしながらデザインを起こす日々を過ごしていくうちに、ウェルリアムが迎えに来たのだった。
ウェルリアムは転移で連れて行く際に、軽い感じで「買い物に行って来ますねー」と言ってジョルジュを連れ出した。
ハルルエスタート王国の貴族街にある商店であれば、ウェルリアムが一人でブラついていても大丈夫なので、たまにジョルジュを連れて行くこともあったため、怪しまれることはなかった。
ただし、何かあったときは瞬時に転移できるように警戒だけは怠らずに目的の場所へと進んで行くのだった。
何の変哲もない森に見える場所の中へと、精霊に引っ張られるジョルジュの案内で進んで行くと、ふわふわと光が落ちてきており、その向こうには大きな何かがくつろぐようにして座っていた。
その姿を目にしたウェルリアムは、「10㌧トラック4つ分の……トナカイ?」と、ポカンとした顔で見上げた。
「ん?もしや、片方は渡り人か?」
「異世界から来たという意味なのでしたら、僕はそうですね」
「ほう、知識としてはあるが、会うのは初めてになるのぅ。して、そちらにいるのが、ドレスを用意したいという男か。どのようなドレスを作るつもりだ?」
「えっと、あっ!デザイン画持ってくれば良かったぁー」
ということで、ウェルリアムが転移でそのデザイン画を取ってきてから、仕切り直しとなった。
「ほう……、自分で作るとな。それほどまでにその女性と結婚したいのか?」
「んー。えっとね、アリエスさんが僕と結婚してくれるなら嬉しいよ?でもね、あのドレスを超えるものを用意してないと、結婚したくても出来ないんだ。その相手が僕じゃなかったとしてもね」
「つまり、相手が誰であれその女性が結婚するために衣装を用意したいと、そういうことなのか?」
「うん。アリエスさんには幸せになってほしいんだ。例え僕が結婚する相手じゃなかったとしても、衣装は用意したいの」
「なるほど。良いだろう、お前に特別に我の角を授けよう。精霊に好かれるお前ならば、紡ぎの精霊を万年雪の地にて得られるだろうから、その精霊に角を糸に紡いでもらうが良い」
そう言うと頭を一振りして角をふわりと地面に落としたのだが、その次の瞬間には既に立派な角が生えて元通りになっていた。
その様子を見たジョルジュは泣きそうな顔をして、「痛くなかった?大丈夫?」と、心配し、その心に触れた何者かは嬉しくなり、ジョルジュに祝福を与えた。幸あらんことを、と。
こうしてジョルジュはドレスの素材を手に入れ、この祝福を与えられた世界で5人目の人物となった。
ジョルジュは何が起きたのかイマイチ分かっていなかったが、ウェルリアムは、あとでアリエスに見てもらった方が良いだろうと判断し、目の前の何者かにお礼を言って立ち去った。
先程、万年雪と言っていたことからズートエイス王国のある地ではないかと思い、ウェルリアムはジョルジュを連れてそちらへ転移することにした。
その際に温度調節機能付きのローブを彼に着せることも忘れなかった。
ジョルジュは、初めて見る真っ白な世界に驚き、周囲をよく見ようとフードを外してしまったことで、あまりの寒さにクシャミを連発するはめになったが、ちゃんと精霊に「紡ぎの精霊」を探してくれるように頼んだ。
ついてきて!と精霊に引っ張られて向かった路地裏には、膝を抱えてうずくまっている幼い少年がいた。
こんな寒い土地で地面に直接座ってしまっている少年に、ジョルジュとウェルリアムは慌てて駆け寄った。
「君、大丈夫か?どうして、こんなところで座ってるの?家は?」
「ぼく……、いらないって。男の子は、いらないって言うんだ」
「は?男の子がいらない?」
「糸紡ぎは女の子の仕事だから、男の子のぼくはいらないって……」
「ねぇー、もしかして、君って紡ぎの精霊?」
「……そうだよ」
「ほんとに!?じゃあ、手伝ってくれないかなー?」
「……なにを?」
「あのね、僕の婚約者にドレスを作りたいの。そのためには糸に紡いでくれる精霊に手伝ってもらわないといけないの。ダメかなー?」
「ぼくで、いいの?男の子だよ?」
「うん、もちろん!!」
ズートエイス王国は氷絹を作るにあたって、その素材となる糸を紡がせるのは女の子の見た目をした精霊のみを使っていた。
それは、ズートエイス王国が女系国で、王や当主は女性が担っているからであった。
紡ぎの精霊と契約することが出来たジョルジュは、ウェルリアムの転移でアデリナ地区へと戻ってきたのだが、ズートエイス王国から出たことがなかった紡ぎの精霊は、「うわ、暑いね……」と、気温差に驚いていたのだった。
「せっかくだから驚かせたいんだけど、できるかなー?」
「アリエスさんには内緒に出来るだろうけど、ロッシュさんには無理だと思うよ?」
「うーん、やっぱりそっかー。ロッシュさん、内緒にしてくれるかなー?」
「アリエスさんを喜ばせたいからって言えば協力してくれるかもしれませんよ?僕も一緒にお願いしてみますから」
「ありがとう、リム君!」
そして、ロッシュを部屋へと招き入れたジョルジュは、ウェルリアムに仕舞ってもらっていた角を出してもらったのだが、それを与えたのが何者であるかを覚ったロッシュは、顔を強ばらせた。
「……どちらへ向かわれましたか?」
「え?えっと、帝国の南西?だったっけ?」
「はい、そうですね。ソレルエスターテ帝国から南西に行ったところにある森の中なんですけど、ものすごく大きなトナカイがいました」
「やはり間違いございませんね。神の御使い様から角を賜わったのですか……。トナカイとは、
「うわ……」
「あっ、トナカイさんってソリをひくんでしょ?え?トナカイさんって、あんなに大きいの?あ、でも、そっか。世界中にプレゼントを届けるんだと、そのくらいの大きさになっちゃうよねー」
ことの重大さを分かっていないジョルジュに頭が痛くなったロッシュと、とんでもないことに遭遇していたことを知って頭を抱えたウェルリアム。
起きてしまったことは仕方がないと切り替えたロッシュは、この角をどうやってドレスにするのか尋ねて、その方法を知り更に頭痛が増した。
「紡ぎの精霊と契約して連れてきた?紡ぎの精霊は、ズートエイス王国の者が契約していて出来ないはずですが?どうやって……」
「んっとね、男の子はいらないんだって精霊が言ってたから、連れて来たの」
「ちょっ、ちょっとお待ちなさい。精霊自身が喋っていたのですか……?」
「うん。そうだよー」
「言葉を話す精霊は、高位の精霊にしか出来ないはずですが……」
そこで、隠れていた紡ぎの精霊は姿を現すと、「ジョルジュと契約したかったからに決まってるでしょ?というか、女の子でいるの飽きちゃったんだよねー」と、ニヤリと笑った。
初めて会ったときの悲壮感や幼さなどどこにもない、
その様子に気付くこともなくジョルジュは、「契約してくれて、ありがとー!」と、嬉しそうに笑ったのだった。
もう貰ってしまったものは仕方がないし、精霊自らが契約を望んで結んでしまったのだからどうにもならないと、諦めることにしたロッシュは、アリエスには完成するまで内緒にしておいてほしいという要求を受け入れることにした。
神の御使いから角を賜わり、それを糸に紡ぐことが可能で喋ることも出来る高位の精霊と契約したジョルジュをロッシュが認めたからであった。
こうして周りの協力のもとジョルジュは、紡がれていった端からレースを編んでいった。
図案は、ネックラインにスターチス、胸元にバラ、
隙間にはカスミソウを入れ、一つだけ目立たないようにクローバーの模様を入れてあるのは、ご愛嬌であろう。
ジョルジュがウェルリアム経由で手に入れた花言葉集に、「クローバー:幸運、私のものになって」とあったから、こっそり入れたのだ。
幸運の花言葉の下に隠した、小さな小さな気持ち。
ジョルジュは、アリエスが好きなのだ。
だが、そこで終わらないのがジョルジュである。
自分のささやかな気持ちをドレスに乗せただけでは終わらず、ちゃんとアリエスが喜ぶものを作ってもらった。
世界屈指の錬金術師親子ミストとブラッディ・ライアンに、神の御使いの角を使ってモーニングスターを作ってもらったのだ。
素材が何かを知って頭を抱えてうずくまるミストをよそにブラッディ・ライアンは、笑いが止まらなかった。さすが、アリー様の旦那になる人だ!と言って。
こうして、様々な色が揺らめきオーロラのように滑らかな光が動くドレスと武器がアリエスへと贈られたのだった。
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