最終話 ドレスが出来たら……
ジョルジュがひたすらドレスを編んでいる頃、アリエスはスクアーロの両親を迎えていた。
父親のゼムは、ひょろりとした背の高い優しげな顔をしており、母親のデボラはスクアーロとそっくりであった。つまり、
二人はペタルツィーゲを見て目を潤ませていた。「夢にまで見た幻のペタルツィーゲだ……」と。
やる気を漲らせたゼムとデボラは精力的に世話をしながらスクアーロを筆頭に、先に合流していたジョルジュの側近たちの家族である畜産係に指導をしていき、10年が経つ頃には乳製品シェアNo.1の地位を築くまでになる。
その頃には、周囲の放置されていた空き地や寂れた農村を飲み込み、魔物除けの薬草栽培と畜産を行ない、更にアリエスは爵位を賜わることになるのだが、その頃には国王は異母兄のアルフォンソになっている。
ヘルマンの孫娘であるミユは、偶然アリエスに遭遇したときに食べたアップルパイが忘れられず、テレーゼに弟子入りし、至高の食べ物は材料も吟味すれば更にそこへ近付けると、夫のみならず一族までをも巻き込んでドードンとペタルツィーゲの餌を試行錯誤させ、ミユは後に辺境に住まう至高の菓子職人と呼ばれるようになる。
クラウスの息子や娘の家族も全員、村にいたため出来たことであるが、その餌を買いに方々から訪ねて来ようとも、「これは、エストレーラ侯爵家のものだから」と、売ることはなかった。
ハンナによって建てられたエストレーラ侯爵家邸は、玄関ホールにドドーン!とルナラリア王国王太子妃フェリシアナが描かれた4m級の絵が飾られており、たまにアリエスはそこに椅子テーブルを置いてお茶をしている。
玄関でお茶をする侯爵家当主。とてもシュールである。
もう一枚の絵はミーテレーノ伯爵領にて経営している宿屋の食堂に飾られており、宿泊客の目を楽しませている。
季節がいくつか巡り、ジョルジュが編んでいたドレスが完成した。
裾は後ろへ流れるようにして長くなっており、背の高いアリエスが着ればとても映えるだろうことが窺える、彼女のための逸品であった。
それを渡されたアリエスは固まった。
編み物が得意だとは聞いていたが、得意とかいうレベルではない、と。
「アリー、僕と結婚してください」
「……本気、なんだよな。じゃなきゃ、こんなすげぇドレス作んないよな」
「うん。でも、ね。でも、もし求婚を受けてくれなくても、このドレスがあれば僕とじゃなくても結婚はできるから……、だから、ドレスだけでも受け取ってほしい」
「ばーか。こんなすげぇもん用意しといて手放すようなこと言うなよなぁ。もう、しゃあねぇなぁ。特別だからな?よろしくな、ジョルジュ!」
「うん、うんっ!よろしく、アリエスさん!!」
「あ、そこは『アリエスさん』に戻んのな」
アリエスのツッコミに「だって、恥ずかしいんだもん!」と、照れて笑うジョルジュに、どっちが嫁さんか分からん態度だな、と思った紡ぎの精霊ヨリであった。
そんな照れながら喜ぶジョルジュと、どう見ても頑張ったペットを可愛がる主人のようなアリエス。
そんな二人にヨリは、「ちなみに、お直しは出来ないからね?」と、声をかけた。
「ん?えーと、誰だ?」
「あ、僕と契約してくれた紡ぎの精霊ヨリだよ!」
「はじめまして、ヨリだよ。あのね、そのドレスは糸を編んで作ってあるのは分かるよね?」
「おう、分かるぞ」
「つまり、刃物を入れてない、というか入らないんだよ」
ヨリは、そのドレスの素材が神の御使いの角であること、それを紡いで糸にはしたが、糸を切ろうとして色んなことを試したが無理だったため、ちょうど良いところで紡ぐのを止めて、ハサミは使わずに仕上げたのだと言った。
「つまりね、編み直すことは出来ても、縫って直すことは出来ないんだ」
「へぇー、そうなんだ。いい防具になりそうだな」
「何で、そうなるの……。何が言いたいかと言うと、体型が変わったからといってドレスは直せないし、他の人も着られないからね?」
呆れたヨリがそう言うと、アリエスは自身の胸を見た。
また育つ前にこれを着て、さっさと結婚式を挙げなきゃいけないんじゃ、と。
アリエスの視線の意味に気付いたジョルジュは真っ赤になりながらも、少しくらいは伸縮するからとモゴモゴしながら言った。
王侯貴族らしい挙式は嫌だというアリエスは、自身の持っている宿屋にて結婚式を挙げることにしたので、それをウェルリアムに伝え方々へ飛んでもらった。
そのときにアリエスは、角を貰ったときの話を詳しく聞き、ジョルジュのステータスを見てくれないかとウェルリアムから頼まれたので見てみたところ、「神の御使いの祝福」というものが増えており、その詳しい内容も伝えることにした。
「えーっとな、悪意のあるものがこの祝福を持っている者に近付くと、恐怖に苛まれる、だってさ。物騒だな」
「それって、祝福なんですかね?」
「まあ、祝福といえば、そうなるんじゃねぇか?何にせよ、ぽえっとしてるからな。丁度いいだろ」
「そうですね」
「うん?なぁに?」
「祝福もらえて良かったな」
「うんっ!」
ウェルリアムがアリエス所有の宿屋へ伝えると、建物の全体をチェックするために予約を入れていない日が一日だけあるということで、急遽その日に式を挙げることになった。
アリエスの結婚を伝えられた宿屋側は、蜂の巣をつついたような大騒ぎであったが、食事や飲み物などはある程度持ち込むと聞いて、渾身の力作だけを用意して、店内を磨き上げることにした。
報告を受けた
ドレスを仕上げたことで少々燃え尽き気味であったジョルジュは、エストレーラ侯爵家邸のリビングにてほっこりしていたのだが、テレーゼが作る巨大な甘い物に興味をひかれた。
「テレーゼさん。それ、なぁに?」
「ウェディングケーキにございます」
「ウェディング、ケーキ?」
「新郎新婦が初めての共同作業を行なうのが、ウェディングケーキ入刀なのでございます」
「ほわぁー、そうなんだ。何か形に意味はあるの?」
「アリエス様といえば、モーニングスターかと愚考いたしました」
そこでジョルジュは、とある提案をした。
王太子アルフォンソの外交に付き合わされて、結婚式が延びに延びている義理の甥っ子になるであろうウェルリアムにも、素敵なケーキを作ってあげられないか、と。
このとき、他に誰かいたのならば止めただろう。
何せ、ジョルジュが提案したケーキのデザインは、威風堂々としたトナカイ。つまり、神の御使いだったのだから。
アリエスのために角を用意してくれたという話を聞いたテレーゼは、アリエスに「ウェルリアム様のご成婚の際にも、ウェディングケーキをお作りいたしますか?」と尋ね、「うん、お願い。デザインは任せる!」と言われたため、その提案を請け負ってくれたのだった。
そんな話をしていて、出来上がったドレスを神の御使いにも見てもらえないかと思ったジョルジュは、ウェルリアムに頼んで転移してもらった。
突然訪ねて来た二人に快く頷いた神の御使いは、小さな分身をジョルジュの頭の上に乗せた。
あまり長くは顕現していられないが、結婚式まではもつだろうということで、しばらくは頭上に分身を乗せて生活をしていたジョルジュだったが、ウェディングケーキのことを説明して了承を得てしまったため、ウェルリアムのウェディングケーキは神の御使いを模したものが鎮座することに決まった。
そんなことが秘かに進行しているとは思ってもみない面々は、後になって「天然って、こわい」と零すのであった。
着々と準備が進み、結婚式を迎えた当日。
アリエスは、ウェルリアムの転移で王宮から運ばれてきた女官たちによって磨きに磨かれて、化粧を施されて髪を結われ、王妃が婚礼のときにつけていたティアラが載せられた。
ジョルジュが編んだドレスを身にまとったアリエスは、守護神の加護による威圧感も相まって神々しい仕上がりとなっており、女官たちは感嘆のため息を漏らしたのだった。
そんなアリエスの挙式が宿屋の食堂にて行われるという珍事に、彼女の母方の親戚であるクラウスやトビアス夫妻は額に手をあてて頭を振っていた。
ヘルマンは、嬉しそうに妻のチェリと喜び合って楽しんでいるので、得な性格である。
以前にも使われた挙式用の祭壇の前には、聖霊マリーナ・ブリリアント様が結婚の誓いをするためにコスプレ巫女スタイルで立っているのだが、美味しいものに釣られたといっても過言ではない。
今日のご馳走の中には、あのシーララースの料理もたくさん並べる予定であり、式が終わる頃にヨダレの大洪水が起こることだろう。
準備が整ったことを確認したロッシュとクロヴィスによって扉が開かれ、父親である国王にエスコートされたアリエスが食堂へと入り、頭にプチ神の御使いを乗せた新郎のジョルジュへと送り出された。
聖霊マリーナ・ブリリアント様が厳かな雰囲気で「生涯、互いに支え合うことを誓いますか?」と、前回よりも更に端折った誓いの言葉に苦笑するしかないアリエスたち。
顔を真っ赤にして照れつつも「誓いますっ!」と元気よく答えるジョルジュに対して、アリエスは苦笑しながら誓いますと答えたのだが、人前で口付けするような"はしたない"行為は良しとされていないため、誓の口付けは行われない。
というか、結婚して夫婦となったが、夫婦らしいことをするつもりがあるのやら……。
ちまっとアリエスの袖をつまむ真っ赤になったジョルジュは、彼女と一緒にモーニングスターを模したウェディングケーキに入刀をし、口に入りきらないほどのケーキをアリエスに放り込まれて、式は終了したのだった。
アットホームな雰囲気に色々と背負っているものを降ろした王妃は、とても穏やかに自然体でこのパーティーを楽しんでいた。
その様子を見た国王は、そろそろ引退して妻に楽をさせてやろうと、退位を決意したことで、やっとウェルリアムは婚約者である第四王女アウレーリアと式を挙げられることになったのだが、その挙式で神の御使い様ケーキが鎮座する事態が待っているとは夢にも思っていないだろうな。
「リゼ。退位するぞ」
「は?」
「まあ、あなた……。急に、そんな……」
「お前もよくやってくれた。感謝している。あとは、ゆっくりしろ」
「ふふ、っ……ありがとう、あなた」
ウェルリアムがいれば日帰りダンジョンツアーがやれると、「んじゃ、一緒にダンジョン行こうぜ!」と、誘うアリエスに「ああ、いいぞ」と軽く請け負う父ちゃんであるが、60歳を過ぎているのでほどほどにな。
こうして、第一王子妃が男児を産んだのを切っ掛けに国王は退位して、あとを息子のアルフォンソに任せたので、アリエスは父ちゃんを含めたメンバーを連れて色々なところへ行っては面白いことに遭遇して行くのだった。
その中に紛れる小さな人影に気付いた者は皆、二度見どころか何度も振り返ることだろう。
艶やかな黒髪をポニーテールにして、父親とお揃いの仮面の奥に光る金色の虹彩を煌めかせている少女の姿に。
彼女の正体は国王の第29子である脳筋の末娘、仮面王女たん。
つまり、王妃が産んだアリエスの異母妹である。
29番目を意識して、たまに仮面の額部分に「肉」と書いたものを着用しては、アリエスに爆笑されたりもするが、本人が楽しければそれで良いのだろう。
相変わらず楽しそうな人生を送っているようで何よりだよ、アリーたん。
お供え物を期待しつつ見守っていくからね。
愛しき子らに幸多からんことを願って。
― 完 ―
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