第七話 入れ代わり立ち代わり

 アリエスのもとへは、たくさんの人が挨拶と共にお祝いの言葉をかけていったのだが、彼女がたくさんだと思っているだけで、この夜会に参加している人数から言えばごく僅かである。


 第三王女フェリシアナの母親で王太子アルフォンソの側室パウリーナは、顔色も良く穏やかに微笑みながら、デビュタントの夜会で聖霊マリーナ・ブリリアント様に呪いを解いてほしいと頼んでくれたことを感謝していた。

お礼も言えずに退出してしまったので気になっていたという彼女にアリエスは、「お礼の手紙を貰っているから気にしないで」と、笑顔で返し、第三王女フェリシアナと王太子アルフォンソを描いた絵をプレゼントしたいと伝えた。


 「まあっ、嬉しいわ。でも、頂いてしまって良いのでしょうか?」

「いいの、いいの。私はフェリ様が描かれたのを2枚貰ったし。それに、フェリ様が嫁いじゃうと寂しくなるかと思ってさ」

「ありがとう存じます、アリエス様」


 娘が他国へ嫁いで行くため寂しいという気持ちはもちろんあるのだが、彼女の性格を知っているため胃がしくしくする思いも抱えているパウリーナは、王太子妃となる娘を持つ母として、その不安を表に出すことはなかった。


 相変わらず袖口に「ダーリン愛してる」の文字が刺繍されたジャケットを着ているヤオツァーオ公爵家当主であるウェルリアムの祖父は、その柔和な顔に深く刻まれたシワを更に深めて笑うと、そろそろ引退しようと思っていると言った。


 「嫡男の第一子である孫息子が結婚したし、末の孫たちも順調に大きくなってきたからね。そろそろ領地でゆっくりしようかと思って」

「ああ、リムの兄さん結婚したんだったな。ふふっ、お祝いに安納芋入りアップルパイたくさん贈ったっけ。ゆっくりするのは、あの静かな雰囲気の離れじゃなくて違うところ?」

「そうだね。リムたちが育ったあの離れは静かな雰囲気だから、妻の好みに合わせて別に建てたんだけど、賑やかで結構評判が良くてね。度々、茶会を開いているくらいだよ」


 ここぞとばかりに、ウェルリアムはヤオツァーオ公爵領で生まれ育ちましたよ、という情報を入れていくヤオツァーオ公爵。

疑われたところで国王も知っているので別に何も困らないのだが、付け入られる隙はない方が良いのである。


 ヤオツァーオ公爵が離れていくと、今度は叔父であるミースムシェル公爵家当主ボニファシオがやって来て、ジョルジュへと挨拶と自己紹介をして祝いの言葉を述べた。

近況を互いに少し話したあと、自身の結婚式に出られるか聞いてきたのだが、アリエスは知らない人が多いところには行きたくないと断った。


 「まあ、断られるだろうとは思ったけれど一応ね?」

「ゴメンな、叔父さん。祝いの品は奮発するからさ、期待しててよ」

「いや、嬉しいけど、アリエス嬢の奮発ってコワイな。ロッシュ、確認をお願いね?常識の範囲で頼むよ?」

アリエスアリー様の品位を落とさないようにいたしますので、ご安心くださいませ」


 それは、アリエス嬢が安心なのであって僕ではないよね、という言葉は黙殺されたのだった。


 その後も、入れ代わり立ち代わりで挨拶と共に近況報告が続いた。


 グラントゥルコ侯爵は、財政が何とか持ち直しそうだということと、跡継ぎである娘の婚約を浮気者の伯爵家次男から、お互いに思い合っていた男爵家子息に結び直したことが報告された。

豊かな農地が打撃を受けていたため、あのままであればフユルフルール王国への輸出が減って深刻な事態になっていた可能性もあったのだと、アリエスに何度もお礼を述べて去って行った。


 ミーテレーノ伯爵家からは、アリエスと面識のある先代当主デルフィーノと彼の孫である嫡男の妻メラーニアが挨拶に来て、領地から濃霧がなくなり向こうの景色が見えるようになったと、嬉しそうに報告をし、アリエスが始めた宿屋が盛況であることも喜んでいた。

メラーニアは、従姉妹であることが判明したウェルリアムの母親ララティーヌと会うことが出来て仲良くなれたことを報告し、彼女を見つけてくれたことにも感謝をしていた。


 そして、近くにいたウェルリアムにも婚約のお祝いを述べ、濃霧も晴れたことだから是非とも領地へ新たな婚約者と共に遊びに来て欲しいと誘った。


 アリエスが始めた宿屋の話を聞いたジョルジュが行ってみたいと言うので、様子を見にがてら後日訪ねて行くことにしたのだが、もちろん移動手段はウェルリアムの転移である。


 プロメッサ侯爵家当主代理夫人のヴィオレッタと彼女の義弟シルトクレーテ伯爵家当主アルトゥールも挨拶に訪れたのだが、アルトゥールから藪の中ダンジョンに不気味な仮面をつけた高身長の凄腕戦士がたまに現れ、高位の冒険者よりも深く潜っているらしいという話を聞いたアリエスは、「それ、父ちゃん……」と、うっかり口にしそうになった。

藪の中ダンジョンで得られるアイテムが、そこでしか手に入らない珍しい化粧品や美容品、活力剤とあって、入手した冒険者が自分の懐に入れてしまい中々こちらに回ってこないのだと、しょんぼりしていたので、見た目は厳ついが心は乙女というダームを紹介することにしたアリエス。


 「ダームっていう、うちで盾役タンクやってたヤツなんだけど、化粧品とかそういうのに興味ある厳つい連中のケアを始めたんだよ。荒事は苦手らしいんだけど、珍しい化粧品が出るんならヤル気になるんじゃねぇかな?そいつらを雇えばどうだ?伯爵家お抱えとなれば、そいつらも肩身の狭い思いをしなくて済むだろうし」

「むぅ……。アリエス様のご紹介というのを公言しても良いでしょうか?」

「もちろん。何かやらかしたら連絡ちょうだい」


 その後に続いたアリエスの「シメに行くから」という頼もしい言葉を受けてアルトゥールは漢女おとめ軍団を引き入れることにしたのだった。










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